奥多摩の姫巫女

7⭐︎追加新話 奥多摩の姫巫女 

「其方、このままだと神の裁きが下るぞ!借金を負い、ご飯も食べられず、路頭に迷うのじゃ!」


 ポニーテールを揺らしながら少女が立ちあがり叫ぶ。

白い上衣、赤い袴の巫女服を纏い、その手には大きな水晶を抱えていた。

……なるほど、この子が〝姫巫女〟か。




 目前に座したスーツ姿の老爺が狼狽えて、震えながら答えた。


「そ、そんな!どうしたら良いのでしょうか?」


「金銭の執着を捨てよ。我が灯火の館で浄化して進ぜよう」


「は?あ、寄進をしろと?」


「善行をなさいと言っているのじゃ。妾が病の穢れを祓い、長生きできるようにしてやろう」


「……ううむ」




 現時刻10:00 俺たちは目的地に着いた直後、調査対象にでくわした。


 電車とバスを乗り継ぎ約半日かかってやって来たたここは、東京というよりも埼玉に食い込んだ場所にある『奥多摩』。


大きな建物の中、広い畳敷きの部屋には、数十人の人達が集まっている。

お揃いの白い作務衣や巫女服を着た人が沢山居て、スーツ姿や一般的な洋服を着た外部からの来訪者を取り囲んでいた。


 かなりの山奥なのに、こんなに人がいるとは正直驚いたな。

 

『奥多摩に生まれし救いの姫巫女』

――神を身に宿し、人々を救済しているという……俺達裏公務員と同じ仕事の女性がいる!と言うことで、俺達はここに来た。




 彼女が率いる団体の人数は全部で数百人と言ったところ。

宗教団体としての届出はなく、税申告は『灯火の館』と言う法人としての物らしい。事前に見た資料には多額の納税者だとあった。


 神様の依代を務める裏公務員は、誰一人として神様からそんな話聞いてない、颯人も知らないと言っている状態で。

神を騙る由々しき事態か?と先だって調査潜入した裏公務員が複数人帰ってこなくなった。


裏公務員が宗教に感化されたか、もしくは――。




「颯人、どう思う?俺は、神様じゃなくて何か憑いてるような気がする」


「其方の言う通り神ではない。それこそ穢れて姿形が変わっている様だが、名の知れた妖怪だ」


「妖怪かぁ。人の恨みっぽいものは感じないし、黒モヤもいないし」


「あぁ、死者の匂いはない」



 姫巫女と呼ばれる少女は、おそらく17.8歳と言ったところ。

高校生くらいのはずだが、平日の昼間からこんな応対しているなら多分学校に行っていない。


親らしき人は見当たらず、姫巫女と同じ巫女服姿の老婆が彼女の周りを固めている。




「病気の治癒は本当に可能ですか?」

「まずは確かめたいのじゃな?姫巫女たる妾の力を」


「あ、はい」


「無礼者!!姫巫女様との面談が叶わぬ者もあるのだぞ!」


「何と言う物言いだ!」


 巫女服姿のおばあさんが複数人立ち上がり、老爺に詰め寄る。

沢山いる作務衣姿の人達も同じように怒りの形相だ。


 対してしょんぼりした顔をしてる老爺はかなりの富豪者のようだ。

身なりはいいものの、病気を抱えているのか頬が痩せこけている。




「皆静かに。初めて異能者と相見えたのだ。病気平癒を施せば理解できよう」


 姫巫女が憤ったおばあちゃんの肩を叩いて抑えた。

ふむ、術が見れるなら真相が分かりそうなものだし、静かにしておこう。




「術を見破るには、腹に力を入れて体の軸を立て、目に霊力を集めるのだ。それから、ここにもな」

 

 颯人がとん、と指先で心臓の上に触れる。


「結界は我が施す。術を看破するならば、術返し……反動・反射を受ける可能性がある。神たる我に怯えて攻撃を受けるやも知れぬ。気を引き締めよ」


「はい」



 何事をやるにしてもまずは『霊力の操作』が必要みたいだ。言われた通り、目と胸を意識して熱を集める。案外簡単だな。


颯人の血を口の中にずぼっと突っ込まれた時に感じた、血の流れがそのまま霊力操作のイメージとして正しいらしい。

早速実践だ。




 集まった霊力で、距離の離れた姫巫女の姿がはっきり見え出した。

結構綺麗な感じだ。禍々しいものは見えない。


病気を抱えただろう老爺には赤黒い煙が漂ってる。お腹の下あたりにそれが絡みついて……あれが病の気配か?


 

 うーん、それにしても前髪が邪魔だな。ポケットの中にあった輪ゴムで縛り、視界を広げた。

水つけて撫でただけじゃすぐ元に戻っちゃうし、どうしたもんか。


 俺の悩みとは裏腹に、姫巫女の大立ち回りが始まった。




「病とは穢れじゃ!それを断ち切り、まずは痛みを消してやろう!」


「は、はい!お願いします!!」


 おばあさんの一人が黒塗りのトレーを持ってきて、彼が差し出した白い封筒を受け取り捌けていく。

ほー、ああやって商売をしてるんだな。


 姫巫女は水晶を片手にゴニョゴニョ何かを唱え始めた。祝詞でもないし、お経でもないし、何だろう。


「妾は光刃を宿す者なり!其方の穢れを祓い、病との縁を切って断つ!……あっ、コレを持つのじゃ。忘れていた、すまぬな」


「は?はい」



 何だか間が悪いやりとりだな。段取りが決まってないのだろうか。

姫巫女は思い出したように胸元から紙を取り出し、老爺に手渡した。


「あれは西洋の悪魔祓いの紋様だ」

「えぇ?和風で貫いてくれよ……」


 悪魔祓いの紋を老爺が掲げ、姫巫女がちょいちょい位置調整をしている。

 ……うーん、うーん。


「よし、では参る!」




 姫巫女が九字切りを始めた。

指をピースの形にして五芒星を形取るタイプの護身法だな。


色んなやり方があるけど、手印……仏教上の悟りや誓いの象徴を手で表したり、呪言という決まった文句を唱えるのが普通なんだけど、そうじゃない。簡易式って事かな?


そもそも何故護身を施すんだ。お祓いするんだよな?もしや簡単に禊をしてる感じか?うーーん?




「清きその力を顕現あらわし、断絶せよ!陰陽和合、急急如律令!!」


 刹那、黒い塊が姫巫女の背後から現れてスパッと赤黒いモヤを断ち切った。

悪魔祓いの紋も一緒に切れてるけどいいのか?パフォーマンス目的なのか?


みんなにはあの黒い塊は見えないだろうし、効果的かも。狙い通りに観衆からどよめきが起こり、切れた紙に視線が集まる。

 九字切りは彼女自身への術反動を和らげるためだったみたいだな。

結果的に老爺のお腹に絡みついた赤黒いモヤモヤが断ち切れて、わずかに霧散していく。


 ……まだ、残ってるけど。





「「うーん……」」


 颯人と二人で唸る。

この前銀座で神起こしした『縁切りの神様』がやったのと似てるけど、あれより若干弱いような気がする。


縁切りの神様は悪縁を完全に断ち切ってたし。縁切りをすれば縁の根源ごと掻き消えるはずだ。

二度と元に戻せない位にやるのが神様の仕事だって本神が言ってたし。


 病気の完治は人間が直面する問題だ。神様が手助けしてくれるのは、病に立ち向かえるように支えるという感じだし。

今やったのは、一時的に病との縁を切って進行を妨げたってところだな。




「あぁ!!痛みが消えました!!」


「そうじゃろう、そうじゃろう」


「コレで病気が治ったんですか!?」


「一度では妾とて難しい。何度か祓いを受ければ完治するじゃろうて。病院にも通うのじゃよ」


「そうですか!!さ、早速そのようにさせていただきます!!」


「うむ。ばあや、この方に契約書を……」



 姫巫女がこちら側に居るおばあちゃんに視線をよこし、その流れで俺と目が合う。

本能的に俺は扇を抜いて両手で掴み、目の前に掲げた。


 ずしっと重たい感触と共に、ギィン!!という大きな音が響き渡る。

黒いモヤが何度か刃を振り上げて斬撃を遣し、すうっと消えた。

 

 颯人の結界がなければ切れてたんじゃないのか?……怖っ。


「びっくりしたぁ」




 手がビリビリ痺れてる。扇には傷一つついていないが、斬撃を受け止めた俺の手はプルプルしていた。


「うむ、大変良くできたぞ。正体も分かったな」


「え?そうなの?」


「妾の刃が!?」

「姫巫女様の神が押し負けたのか?」

「扇で受け止めたぞ……」



 ザワザワと広がる囁きと驚いた顔の人たち、颯人のニコニコ笑顔、姫巫女の困惑した顔……色んな人の色んな意思が伝わってくる。



「あ……これ、やっちまった?」

「まぁ、そうなるだろう」


 間延びしたやり取りの後、俺はさーっと血の気が引く気がした。


━━━━━━



「申し遅れましたが、こういう者です」


「裏公務員の営業課とな。何故名前がAshiyaなのじゃ?日本人ではないのか?」


「あーあのー、なんか渡された名刺がそれで。すいません。」


「そういえばこれを持つ者が、妾の館へ何人も来ていたぞ」


「そうみたいですね。同僚が戻って来ないんで俺が派遣されたという事です」


「あぁ、そうか。では茶を飲んだら居場所に案内あないしよう。仕事を手伝ってくれているからの。

昼時は山頂の神社でお祓いをしてくれるのじゃよー」


「……ええぇ……」




 現時刻11:30 俺と颯人は施設の食堂に案内されて、お茶を啜っている。


俺が知ってる展開じゃない。あの場合『ひっ捕えよ!』みたいになるのかと思ったら、姫巫女に『茶でもしばくか』と言われて。

美味しいお茶を文字通りいただいてしまっている。おまんじゅう付きの好待遇だ。



「饅頭は美味いか?今度売り出す予定なんじゃよ。中のあんこにいちごのジャムを仕込んであってな」


「驚いたけど美味しいです。ジャムとあんこが合うとは知らなかった。

でも、甘いから飽きそうですね。中に入れるならクリームチーズがオススメです」


「クリームチーズとな!?ここには乳牛も居るのだ!あんこと合うのか?美味いのか!?」


「美味しいですよ。クリームチーズの酸味と塩っけ、あんこの甘さがとんでもないハーモニーです。

昔から人気のあんこバターも美味しいですけど、クリームチーズは爽やかで飽きないですね」


「なんと!!それは良いことを聞いた。商品開発部門に投げてやろう!そなたはいい奴じゃ!」


「き、恐縮です……」




 姫巫女に肩をペシペシ叩かれて、満面の笑みをいただいてしまった。


コレも知らない展開だぞ。『部外者のくせに!』『無礼者め!』って座敷牢とかに入れられるパターンじゃないのか?何でだ。


 鼻歌を歌いながらスマホをぽちぽちしている姿の彼女は、年相応に見える。

切れ長の瞳がキラキラ輝いてて、人を騙すような子には見えないんだが。




「アシヤ、その前髪のゴムは何なのじゃ?野暮ったいのう」


「え?あ、あー。髪の毛邪魔だなぁ、と思って」


「そう言う時はヘアワックスを使うのじゃ。持っておらんのか?」


「おしゃれに無頓着で生きてきたんで持ってません」


「では妾がしてやろう。あぁー輪ゴムなんぞで縛るから絡んでいるではないか。仕方のない奴じゃ」




 姫巫女が俺の前髪から輪ゴムを取って、袖の中からワックス?とやらを取り出した。それを両手に広げてさっさっ、と髪を整えてくれる。


 おぉ!女の子に髪の毛やってもらうなんて初めてだな。ちょっとドキドキするぞ。



「うむ、これでよし。……こうして見ると吉兆のある顔じゃのう。への字眉毛が情けないが、目の色が良いし、可愛らしい」


「へ?ありがとうございます?」


「ふふ。其方は妾よりも年上じゃろう。畏まらずともよい。本当に神の依代でもあるのじゃ、妾よりも尊い人であろう。国からの調査で来るような御仁なのじゃから」


「……わかってたんですね」


「うむ。妾に憑いているのは神ではない。じゃが、人はキャッチーな単語に反応するのじゃ。

〝妖怪に取り憑かれた少女〟よりも〝神に選ばれし姫巫女〟の方がいいじゃろ?」


「……どうして、そんな事を?結構危ないやり方だと思いますが」




 手についたワックスをティッシュで拭いながら、彼女はほんのり寂しそうな笑顔を浮かべる。


「……そうじゃの、説明するために我が荘園に案内しよう。其方も納得してくれるじゃろう。他の裏公務員たちと同じくな」


 俺は颯人と顔を見合わせた後、静かに立ち上がって建物の外を目指す姫巫女を追いかけた。



━━━━━━



 山へ向かう畔道は綺麗に整備されて歩きやすく、広大な敷地の中にポツポツと小屋が建ち、たくさんの作物が植えられている。


たくさんある小屋は休憩所のようになっていて、農作業の道具を持つ人たちが集まっているようだ。



「姫巫女さま、お迎えもせずにすみません」

「よい、休憩しておれ。客人の案内をしているだけじゃ」


 『はい』と答えたおじいちゃん達は、ベンチに座ってのんびりお茶を啜っている。

お弁当のおにぎりを齧ってる人もいて……皆んながいい笑顔だ。




「ここでは元々農家の者が多かった。山奥の村じゃ、大した産業が無くての。

ここに来るまでの幹線道路が細く、大きなトラックが入れぬ故運搬が思うように出来ん。金を稼ぐのに苦労しておった」


「もしかして新しく道路をひいたんですか?そう言えばバス停の標識も新しかったですね」


「そうじゃよ。寒村であるここは、大きな問題がなければ行政に解決してもらえぬ。申請が通ったとして何年先になるやら」

「届出は、出されてましたね」



「あぁ、やる事はやってある。公の仕事は小より大が優先されて当然じゃし、寒村の貧乏な暮らしを改善するにも今の世では難しかろう。

ただ待つだけではゆるゆると死を迎えるしかない。地方の財源は少ないのじゃ、人口も少ないからのう」


「……はい」


「それ故にここは、妾の存在が必要なのじゃよ」




 サクサクと農地を歩く姫巫女は、ちゃんと長靴を履いて袴をその中にしまっている。

整備された畦道を雑草を引っこ抜きながら進み、畑歩きに慣れた様子だ。



「ここはキャベツ。そこからナス、シシトウ、ピーマン。トマト、サヤエンドウもある。

コンパニオンプランツといって仲の良い作物達じゃ。害虫をうまく避けて、生育が良くなるんじゃよ。ミントもあるのう」


「へぇ、オーガニックとかではないんですね。虫食いはそんなに見当たりませんし」


「農薬は必要な物じゃ。できるだけ使わぬように努力をしてはいるが、野菜に穴が開けば売れぬ。

色々と文句を言う者はおるが、農作業の煩雑さを防ぎ、金を稼ぐのには必須となろう」

「そうですね……」


「オーガニックとやらも結局特定の農薬は使っておるじゃろう?無農薬など趣味の範囲でしか意味がない」


「おっしゃる通りです」


「なんじゃ、まだタメ語はできぬのか?重たいのう」

「ど、努力します」




 姫巫女の話は、さっきからずっと至極真っ当な物だ。理想ばかりを語る妙な蘊蓄ではなくて、農業の知識も常識も持ち得ていて達観している。

すごい子だ……。こんなに若いのに産業のノウハウをきちんと得ている。


「特定農薬しか使えぬオーガニックは逆に微妙じゃとも思う。

アブラムシ対策に効く焼酎は登録されておらぬから、それを使えばオーガニックではない。おかしな話じゃ、焼酎こそ人の口に入る物じゃろうに」


「本当ですね」



 緩やかな斜面を歩き、畑の天辺に到達して眼下に広がる緑の海を眺めた。

大きな畑に高地独特の乾いた風が渡っていく。


ここは風が冷たいが気温は暖かく、まるで常春のようだ。

冬の作物でなくとも育つ、温室のような気候になっている。天変地異もたまには良い仕事するんだな。




「のう、裏公務員殿。妾はここに生まれ、たまたま巡り会った妖怪と協力して悩める者達に手を差し伸べ、その対価でこの村を生かしている。

妾は何かの罪に問われるだろうか」


「…………」


「神を騙るのは申し訳ないとは思うておるよ。死にゆく故郷を立ち行かせたかっただけなのじゃ」


「それはよくわかりました。しかし、一つ問題があります」



 颯人と話した結果、彼女に憑いているのは傷ついて穢れを持った妖怪である事が分かった。


 俺を見て攻撃してきたのは颯人が力のある神様で、祓われるんじゃないかと怯えたからだ。

そして、今の状態は彼女の命に悪影響を及ぼしている。





「あなたの命が危ないんです。妖怪の穢れを払えばマシにはなりますが。元々霊力がなかったはずの姫巫女様が超常を宿していると、寿命が縮まります」


「そうじゃな、そう聞いた」

「……妖怪にですか?」


「あぁ、依代になる際に言われておる。それでも構わぬとお願いしたのじゃ。元々短い命故、役に立てるならと妾から頼んだ」


「何かの……病気なんですか?」


「あぁ、二十までは生きられん。余命は後2年くらいじゃのう。生まれつきのもので、何をしても治療にはならぬ。

発症するまでは、このように歩けるのが不幸中の幸いと言うわけじゃ」


「そうでしたか……」




「うむ、ここまで出来れば、あとは自然とやって行けるじゃろう。宗教法人化しないのはそのためよ。

妾が泡沫の灯火を灯す姫巫女としての役割を終えれば……ここはただの農村に戻る。そこからが勝負となろう」


「…………」


「農作の基盤は完成しておるからいつ死んでも大丈夫じゃが、もう一稼ぎしておきたい。農作物は天候の被害を受けやすいからのう」




 からからと快活に笑う少女に、俺は何も言えなくなった。

彼女は全てわかっていて、自分の故郷の貧困を救うために命を賭している。


その覚悟に胸が打たれて、息もできない。




「悲しげな顔をせずとも良い。其方は優しいな、妾の命を思うてくれた。ここにおる皆が同じように親のない妾を慈しんでくれる。

妾は生まれてすぐに山の奥の社に捨てられておってな『山神がよこした巫女じゃ』と言われたのが始まりよ」


「それで姫巫女様なんですね」


「うむ。そんな育ちじゃからの、こんな喋り方なのじゃ。妾は生まれた時から姫巫女という仮面をかぶっていた」


「仮面……あなたはそれでいいんですか?」




「よい。妾にとってはこの村の民が親じゃ。死ぬまでに恩を返したい。

あと5年はもたせたいが厳しかろう。自分の身に宿る病穢れは祓えぬ」


「…………はい」


「あの老爺は完治する。優秀な医者がついているからの。完治する頃には生前贈与で揉めた事も懐かしく思えるじゃろう。金を搾り取った主犯は天の国に渡った後じゃ」


「下調べも、しているんですね」


「当たり前じゃ。其方のようにイレギュラーで来る者は難しいが。特に、秘匿されている国家公務員ならば尚のこと。

ああ、お仲間は頂の社におるぞ。ゆこうか」


「お願い、します」




 緩やかな斜面には、畑の区切りに木が生えている。全部を畑にしてしまうと地滑りが起きた時に下の街に被害を及ぼすからだ。


元々そうだったとは考えにくい。寒村の貧しい村では、ここまでの開拓はできなかっただろうから。

これもきっと、彼女が成したことだ。




 足が地面を踏み締める度に、胸がズキズキと痛む。


(颯人、この子の病気は……)


(余命の宣告通りあと二年だ。眠るようにしてこの世を去ることになる。

妖怪を祓っても同じこと。穢れを背負っていては姫巫女自身に負担がある。それだけでも祓ってやれば、助けになる)


(……わかった)




 颯人が口にしないってことは、彼女の病は本当に治せないってことだ。


唇をかみしめて、山道を登っていく。


 あまりにも大きなものを背負っている姫巫女の小さな背を見つめた。




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