修行の始まり
142 はじめまして
真幸side
「はぁ、なるほど。私は周囲の方の記憶がないみたいです。自分の名前すらわかりません。
記憶を封じる神様との契約なんて……あるんですね」
「うん……色々思うところはあるだろうけど、一旦はどんな人が君の周りにいるのかを伝えていいかな?
少しでも情報があった方が安心できると思うんだが……どう?」
「はい!ぜひお願いします!」
現時刻 10:00 沖縄から帰って次の日、早速真神陰陽寮の会議室を借りて清音さんの封印状態を確認中。
本人にも『命の危機を防ぐため』に清音さん自身の記憶を封じた事を既に伝えた。
呆然としていたものの、あっという間に事態を把握してくれてるが、どんな気持ちなのかはまだ……わからないな。
封印前に関わりがあった者には〝親しみやすい〟と言う感覚があるものの、身辺全ての人の記憶が封じられたようだ
一堂に介した杉風事務所のみんなはしょんぼりしてるし、仕方なかったとはいえ俺も寂しい気持ちだよ。
今日はこの後清音さんの神降しをする事になっていて、伏見さんちの真子さんと倉橋くん夫婦も揃っている。
全部まっさらな状態から始まるんだから、仕事の上でも紹介は必要だろうと事情を聞いて来てくれたんだ。
白石は今日から同席できない。記憶を取り戻すトリガーになってしまう可能性があるから、顔を合わせられないんだ。
本人は気落ちしてるのが丸わかりの状態だった。喋り声が小さいし、ポーカーフェイスと言うよりは無になってて……月読がつきっきりで面倒を見てる。
キリのいいタイミングで清音さんを助ける役割を与えてあげられたらいいんだけど。……まだ、どうしたらいいのか結論が出ていない。
でも、本当にここからが再スタートだ。俺は彼女に対しての手助けが一からやり直せる。清音さんがくれたチャンスなんだから、これをきちんと生かして行かなきゃな。
最初から全部を伝えて彼女の成長を最短で施す事ができる……それは、お互いにとってメリットがあるし救いでもある。
たとえ、白石が寂しい思いをしたとしてもそうしなければならない。二人の未来のために。いつかの……幸せのために。
「じゃあ順番に自己紹介しよう。話してる内に記憶が戻ったら、その都度教えてくれ。戻り具合を確かめたいから、最後に君のことを伝えます」
「は、はい。わかりました!」
「よし、まずは俺からだな。人名は
「我の名は颯人。真幸を依代にしている。神名は
「ハイ、ソウデスネ」
「我は今のところ片思い(仮)だ。其方にも優しく見守って欲しい」
「………………」
その情報、要る?顔が熱い……。
颯人にじっと見つめられて、俺はプイッと顔を背けた。
清音さんはその様子を見て『なるほど』と呟いている。もしかして、理解できたの?
「分かりました!あの、ヒトガミ様のことは覚えてました!すみません、稀有な神様にご迷惑をおかけして……」
「ううん、色んな意味で気にしなくていいよ。俺達とは元々知り合いだし、君の先祖に俺がいるんだ。畏まる必要はない。
家族みたいなものだと思って欲しい。これから紹介する仲間も、みんなが血脈にいるんだから」
「わ、私、神様達の血が混じってるんですか!?ヒトガミ様も!?ヒェッ、凄い……」
「うん。おそらく、後々に神力も発現すると思うよ。その辺はおいおいね」
「ほぁ……そうですかぁ」
「それから、俺が依代を勤めている神様達だ。眷属として契約してるから、彼らも家族だよ。呼び名と神名で伝えるからね。
俺が抱っこしてるのは
「安倍晴明が作り出した、十二天将を宿す精霊さんも俺とずっと一緒にいる。
「まっ、待ってください!!そんなに沢山??しかも、伝承では神格の高い方ばかりです。あ、アマテラス……って、え?天照大神って、えぇ???」
「んふ。そうだね、日本では一番偉い神様だ」
「吾はすでに一番ではなかろう。ヒトガミとしての真幸の方が上になっている」
「天照……俺はそんなの認めてないぞ」
「むむ……」
天照を睨むと、陽向が俺の代わりにチョンチョンつついてくれた。
天照が勝手にそう言ってるだけだって、知ってるんだからな。偉くしようとするのやめろください。
「えーと、それから俺は超常達の魂と言われる勾玉を預かっていて、仲間が
「は、い……」
何とか返事を返してきた清音さんは微妙に困った顔をしている。陰陽師の基本や神様の名前とかも覚えているようだ。
俺は目線を伏見さんに送り、伏見さんが頷いた。
「では、次は僕ですね!人名は
芦屋さんの神様としての始まり、国護結界を成した後の世の始まりを見た者としての名前ですよ。
元は裏公務員の出身で、現在杉風事務所に勤務。芦屋さんの右腕をやっています。
芦屋さんは始めから神の生まれでしたが、僕たちは皆人から登仙し、神になっています」
「次は俺か。俺は
「私は
「フフ……妃菜の夫の
「ちょっとー、ハート飛ばしまくるのやめてくださーい。鬱陶しいでーす。
ええと、わたしは
ちなみに真幸さんは
アリスにとっては晴明の子孫ってついでなのか。俺の出自こそついでにしてくれ。
切込隊長じゃなくて大暴れ主戦力(破壊神)だろ……。
さて、次は星野さんの番だけど、彼は清音さんをじっと見て心配そうにしている。やっぱり、星野さんは優しいな。
「大丈夫ですか?清音さん、ついてこれてます?」
「大丈夫ですよ!全部ちゃんと覚えました!」
「おぉ……芦屋さんの血を感じますね。では続けましょう。
私は
杉風事務所の事務員で、
「うん、そうだな。俺たちは公務員だった頃からの仲間で、神継を経て最終的に同じ事務所で働いてる。
俺の事務所は『幸せの杉風事務所』って言うんだ」
「幸せの……杉風……」
自己紹介をしてくれたみんなと一人一人目を合わせ、清音さんは視線を彷徨わせる。
キョロキョロして、明らかに何かを探している様子だ。
「どした?」
「いえ、あの……何でもありません」
これは……記憶に封じられているけど白石の存在を本能的に覚えてる可能性が出てきたな。視線を漂わせた先に何もなくて、しょんぼりしてる。
(颯人、どう思う?)
(胸が痛むな……あれは封じられた記憶の奥底で白石が足りぬとわかっているのだ。
ただ、何かが引っかかっているのに言葉にできずにいる。これは封じることのできぬ本能だ。そのままにしてやれ)
(わかった……)
清音さんの思いが白石の不在を知らせているんだろうけどさ。颯人と同じく胸が痛いよ。早く会わせてあげられる様にしなきゃ。
「じゃ、最後に君自身のことを伝えよう。名前は
「大名ですか!?……でも、多分この感じだと私貧乏ですよね??服もヨレヨレですし、カバンの中にはウイダーインゼリーしかないですし。お財布は空っけつでした」
「ま、まぁ、うん」
「そのあたりはじきに解消できます。あなたはこれから神降しをして、神の依代となり、真神陰陽寮の神継を目指すんですよ」
「そうそう、給料三倍どころじゃないんやで。安心しぃ。住まいもウチらと同じになるし、ちゃーんとかわいいお部屋も準備してあるんよ」
「そうねぇ、少なくとももやしばかりの生活は脱することができるわ」
「そうですね、毎日お家で美味しいご飯を食べましょう」
「星野の言う通り、うちでは飯が基本だからな。もやしと10秒チャージはやめられる」
「あのー、普段の食事を具体的に言わない方が良いのでは?清音さん、しょんぼりしてますよ」
アリスの指摘にみんながハッとしてるが……清音さんは複雑そうな顔だ。これからはいっぱい美味しいもの食べてもらおう、そうしよう。
「ええと……続きを話そう。現代では超常が通常になっていて、普通の人でも神様が見えたりする事も多いし、俺たちみたいな陰陽師っぽい仕事してる人もたくさんいる。
そして、清音さん自身には史実にない『里見八犬伝』の伝説も宿っているんだ。守護神として犬神を背負ってるそうで、最終的には八つの神を降ろす事になる」
「へぇ、そーんなに守護神がいるのに貧乏なんですね?」
「…………そ、それはその……うん。神様も得意不得意があるからさ。君の能力的なものについては実践で少しずつ教えていくけど、守護神を持つからこそ発現しているものがある。
今日はその神様の一柱を降ろす予定なんだ」
「依代になるんですよね。私なんかができるでしょうか?」
「大丈夫、もう影響を受けてるんだから、依代を務めているのと同じことだ。詳しい話は神降しをしてからにしよう」
「はい……」
「清音さんの血には神の血が多数混じっていて、依代として守ってもらわないと、逆に危険が伴う。
神降しの後はみんなで協力して君自身の成長を手助けする。だから、そんなに心配しないで」
「はい、わかりました!いえ、……まだよくわかってはいませんが、とりあえずやる事をやってからちゃんと考えようと思います」
「そうしてくれると助かるよ。ごめんな、上手く伝えられなくて。まだまだ情報が沢山あるんだ。一気に話したらわかんなくなっちゃうと思うから、少しずつになる」
「いえ!私のためにそうしてくださっているんですから、私は感謝するしかありません。
記憶をなくす前の私もきっと同じ判断だったでしょう。今後とも宜しくお願いします!!」
立ち上がってぺこっと頭を下げた清音さんは、胸元のネックレスを握る。
自分に対しての『危険』や『護り』がちゃんとわかっているみたいだな。
白石の渡したネックレスが、自分を守るものだとわかっている。
うぅ……胸がキュンキュンするんじゃぁ……。
「か……可愛いネックレスやんな?」
「あっ!?あ、はい。私には不釣り合いに思えますけど、触っていると落ち着くんですよ。きっと誰かに頂いたんだと思います!……何となくですけどね」
「そうかぁ……あぁ……そうやんなぁ」
妃菜が我慢できずに聞いてしまって、撃沈している。飛鳥も同じように机に突っ伏してプルプルし出した。
白石から聞いたけど、あれは白石とお揃いのシルバーチェーンにダイヤがくっついてるんだそうだ。いつか清音さんに渡そうと思っていたらしい。
それを結界の媒介にして、沖縄の蛍石とともに守護の輝きが胸元で誇らしげに揺れている。
ネックレスってさ、ちゃんと意味があるんだぞ。『永遠の絆』とか、『お守り』とか。ネックレス自体が輪っかであることも『繋がり』を意味するんだよ。
何を言葉にしたらいいのかわからなくなって、みんなが黙り込んでしまう。何度記憶を封じられても、この子は命から白石をずっと好きでいる。それが……切なくて。
「……たまらぬ」
「ほんとだな……はぁ」
颯人に手を握られて、どうにか持ち直した。清音さんは背筋を伸ばして俺の言葉を待っている。……しっかりしなくちゃ。
「とりあえずはここまでだけど、清音さんから何か質問はあるかい?」
「あの、私の能力はすでに開花してたりしますか?この先は何が開花するんですか?」
「俺の見たところだと、元々生まれ持っていたものはほとんど顕現してる感じだな。耳がとってもいいし、危険なものへの嗅覚反応や察知能力がある。
星野さんの血縁が関係しているのか、呪術への耐性も高くて、毒や害のある薬も効きづらいって聞いてるよ」
「ほうほう……なるほど」
「もしかしたら祓いも得意かもしれない。前回の事件の時にした祓いは完璧だったらしいからね」
清音さんは頷きつつ、顎を摘んで思い悩んでいる。
「芦屋さんの能力も複数出ていますよ。飛び抜けた記憶力、人たらし、汁物をもつとこける、頑固で意地っ張りで、負けん気が強い、と言っていました」
「伏見さんがそう言ってはるけど、真幸の根性継いでるなら苦労するで……」
「な、なるほど?後半は私の性格ですか?」
「……そうみたい。今まで、人たらしはそこまでじゃなかったらしいから、前回の事件からだな。
能力開花の時に発熱を要するんだが、俺が共鳴したってことは俺の能力が目覚めてるのは間違いないんだ」
「真幸の特性も発現しているだろう。身体から花の香りがするのだ」
「花?体臭がですか?」
「清音の心持ちによって、花言葉に合った花の香りがする。本来持っている匂いは、月下美人の香りだ」
ポカンとした清音さん……あ、なるほどね。色々バレバレってことか。なるほどね。うん。
俺自身も最近知ったんだが、花言葉が気分にあったものになるらしい。変な特性だよ……まったく。
「颯人様、今、私はどんな匂いですか?」
「……其方の香りは、封じられている。これも、護りなのだ」
「……そうですか」
本当は俺と颯人にだけ香りが伝わってきてるんだ。気配の匂いだからこれを感じられる人や神は僅かだと思う。
浜茄子の香りがずっとしている。白石がいないから、寂しくて悲しい気持ちがあるんだろう。黙り込んでしまった清音さんは自身の中で色んなものを咀嚼しているようだ。
手に取るように気持ちがわかるなぁ……俺たちも言葉の端々に清音さんを一番知ってる『誰か』がいる事を隠しきれていない。彼女ならきっとそれに気づいているだろう。
「取り敢えず神降ろししようぜ。はやく終わらせて、美味い飯食って明日に備えよう」
「鬼一の意見を採用しましょうか。朝の鍛錬もありますしね」
みんなが一様に頷き、その様子を見て清音さんも同じようにして頷きをくれる。
「私、色んなものが体の中にあるのを感じてます。私のために、皆さんが全部を伝えられないのも何となく把握しました。
記憶がなくなってても私を大切にしてくださる方がいる……私、一人じゃないんですね!すごく嬉しいです!」
「……うん」
「はぁー………年寄りの涙腺崩壊寸前なんやけどぉー」
「真子さん!?しっ!!いま、清音さんはようやくホッとしてるんですから!!」
「せやかて、もー、はぁー……」
「ソダネ。気持ちはわかります」
真子さんと倉橋夫妻はまんじりともせずな顔だ。倉橋くんはもう泣いてるぞ。……そういえば、自己紹介すっ飛ばしてた。ごめんよ。
「清音さん、芦屋さんのうっかりで省かれたんで、勝手に自己紹介させてもらいます。私は
「真子さん!!すごくお綺麗な方ですね!お肌がツヤツヤしてます!おっぱいおっきい……羨ましいです、いいなぁ」
「……なんや、どえらい可愛い子やな。よし、真神陰陽寮の長である私も守ったるからな!どーんと任せてや!」
「あはは!よろしくお願いします!」
清音さんは真子さんに握手を求められて、それに応じてニコニコし出した。
……なるほど、人たらしだ。真子さんが一番気にしてるところから行ったな。
「あの、ついででいいので聞いてください。私は
「清音さん、私たちも仙人だよ。私は加茂家の一族、倉橋君も土御門の分家にあたるの。私たちは真神陰陽寮の管理部をやってます。よろしくね」
「倉橋君の名前初めて聞いた」
「名前があったのだな」
「驚いたな、知らなかったぜ」
「僕は知ってましたよ?と言うか、今更ですよね」
「名前あったんやな」
「びっくりねぇ、三百年越しよ?」
「みなさん酷くないですか?私も知りませんでしたけどー!アハハ!」
「ぐすっ、酷いです」
「仕方ないよねー、倉橋君は倉橋君だもん」
「皐のせいでは?いまだに名前で呼ばないじゃないですか」
「呼んでるでショ?二人の時だけは」
「それは、その……ハイ」
「ふふ……」
「あらぁ、そう言う事なのね」
「ウチらは秘密の呼び方があるんやで♡」
「妃菜ちゃん……わたしの先祖みたいな事しないでほしいんですけどー」
風向きがだいぶ悪い方向になったぞ。
伏見さんが『あっ!』と何か思いついたような顔になった。嫌な予感がする。
「そういえば颯人様も『我の花』とおっしゃいますよね?こう言うのはセオリーなんでしょうか?芦屋さんは颯人様を何と呼ばれてるんですか?」
「伏見さん、キラーパスやめろください」
「真幸、落ち着け……若干ガチな目つきだぞ」
「鬼一さん、ガチ目じゃなくてガチだ。今の俺にその話をふらないでください」
昨日は色々あったんだ。本気を出し始めた颯人はひどかった。あんなずっと耳元で囁かれたら寝れないだろ!?うぅ……思い出しちゃったじゃん!
「だーーっ!!わちゃわちゃせんといてっ!!!芦屋さん、さっさと神降ししなや、もういやや。そこたら中カップルだらけや!キーッ!!」
「ま、真子さん?俺はカップルじゃないぞ?」
「ふむ?我もつつくべきか」
「颯人やめろ!ちょ、さわんなし!」
「わぁ……皆さん過激ですね?」
「キーーーッ!!あー腹立つわぁ!」
真子さんが立ち上がり、清音さんを抱えてさっさと部屋から出ていく。……真子さん、笑顔で怒るとか器用だな?
彼女とは対照的に苦笑いを浮かべたみんなで立ち上がり、後を追った。
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