閑話

112【閑話】陰陽師名家の因習 その1

加茂side


「酒を作ると言うのは法律に抵触するからの。二十度以下の酒が基礎で、米、麦、葡萄を混ぜたらそれだけでじゃ。

 旅館、居酒屋などを営むものが提供するのは良しとされるが、アルコール度数一度以上の酒造りは免許が必要なのじゃよ」

 

「はーそれでトメさん酒類製造免許取ってあるのか?すごいなぁ、葡萄のお酒がダメなんて知らなかったよ」


「免許は取るのも維持も面倒だが、日本で暮らすなら法を守るが当たり前のことじゃろ。

 酒造りを手伝ってくれるのに人が来てくれるのはええし、真幸に会えるのがええし、酒造りはええもんだ」

 

「んふ。トメさんがそんなこと言うからしょっちゅう遊びに来ちゃうじゃん」


「ええ、ええ。わしはお前の顔を見るのが楽しみで生きとるんじゃから」

「キューン……」


「真幸、心の声が口から出ておるぞ」

「んふ、んふふ」


 

 

 トメさんと詰んできた山葡萄を樽の中で踏みつつ、足の下から染み出す紫色の液体をニコニコ眺める芦屋さん。足を踏み締めるたびに左耳のピアスがキラキラしている。

 

 トメさんが作るお酒は果物や穀物の味が濃くて素朴な甘味で、市販のお酒が飲めなくなってしまうくらい美味しい。

 今日のお手伝いの後は宴会が待っていると思うと……そわそわしてしまう。

 

 芦屋さんとお酒を飲むのも初めてだし、神継の中でも特別扱いされているようで朝から夢見心地です。



 

 

 現時刻10:00 梅雨雨の中、手長婆と呼ばれる妖怪……トメさん宅の蔵にお邪魔しています。

 

 芦屋さんの癖を真似て、時間の確認をするのは神継達の伝統になってるんだよ。

 私も腕時計をきちんとしたものに変えて、癖づけて。時計を見るたびに芦屋さんを思い出してはニヤけている。


 

 トメさんのお宅は、千葉の山奥にあって道路もなく人もいない。ここは妖怪たちが身を寄せ合って、楽しく暮らす村。

 

 このお家は昔々に人間が残していった廃屋らしい。そこを綺麗にして住んでるんだって。

 

 古い木と、黒い瓦屋根、漆喰の壁、飾りガラスはノスタルジックそのもの。

 建物の中に入れば大きな柱や梁があって、囲炉裏があって。あー、おばあちゃんちってこんな感じだよねぇ、って落ち着いてしまう素敵な場所なの。

 



 

「芦屋さん!梅が到着しましたよー!」

「お、倉橋君ありがとう。トメさん、ブドウつぶしはこんなもんかな?」

「あぁ、ババと魚彦で瓶に詰めるから、梅支度を頼む」

「はーい!」



「真幸」

「あ、颯人お疲れさま!って……な、何してんのさ?」


 颯人様が足早にやってきて、芦屋さんの腰から下に羽織を巻いてる。力強く抱き抱えられて、彼が顔を赤らめた。

 

 出会ってから数年経って、まだ照れることなんかあるんだねぇ。まぁ……まだ相棒だって言い張ってるけど。いつ結婚してもおかしくないパートナーさんなのに、いつまでも初々しい神様達だ。


 


「其方の足を見せたくない。これは我のものだ。」

「別に颯人のじゃないだろ!男の足が見えて何が問題なんだよ」

「そこな者共を見てみよ」


 颯人様が指差した先に、目を瞑った鬼一さん、白石さんと倉橋君、新しく神継になった三人娘。みんな顔が真っ赤だ。

 わかりますよぉ。芦屋さんの足、すごく綺麗だモン。



 


「べ、別に見せてないし!」

 

「見えてしまうのだから同じ事だ。ちらりとでも裾を捲れば、今すぐ閨に連れ込むぞ」

「ハイ、すいませんでした。許してください」



 首を引っ込めて、しょぼくれる芦屋さん。相棒って、どこまでが境界線なの?相変わらずわかんない。これって彼氏ヅラってやつだよね?

 

 あのお二人がわかりやすい形にならなくても、お互いを思っているのはわかってる。手を繋ぐだけで頬を染めてる事もあるし、ヤキモキするのが仲間内のみなさんはクセになっている。

 

 私は早くくっついて欲しいけど、芦屋さんの過去を思えば仕方ないのかなぁ。


 でも、彼が幸せそうなのはとっても嬉しい。私まで幸せな気持ちになるから……お二人のそばはとても心地いいの。


 


「ふん。さて、梅支度だな。」

「颯人はやり方わかるのか?」

 

「詳しくは知らぬな。乙女らがやっていたのを見たことはある」

 

「んふ、じゃあ教えてしんぜよう」


 


 水洗いしたばかりの大きな梅は青々としていてとても立派だ。

 村の周囲はたくさんの梅林に囲まれていて、そこから収穫したものなんだって。芦屋さんの眷属達がたくさんのカゴをどさどさと重ねて置いていく。


「芦屋先生、私たちもやったことないんですけど」

「料理苦手なんですよね……」

「できますかね?」



 姦し三人娘と呼ばれる子達が不安そうに声をかける。この子達は先日無事学校を卒業して、立派な神継一年生になったばかり。

 

 スーツ姿じゃなくて今日は私服だ。みんなお揃いのサロペットを着ててとっても可愛いなぁ。私もお揃いにすればよかった。

……一応、私が教育係だから今日は引率なの。私もベテランになれたのかな。

 

「大丈夫だよ!簡単だから。颯人、そろそろ離してくれよ」

「そこの椅子で良いか」

「うん」


 


 みんなに囲まれながらパイプ椅子に下ろされて、着物の裾を直されて。

彼の膝の上に羽織を乗せて、颯人様は隣に座って髪を梳かしはじめた。


 この方は芦屋さんのお世話をほとんどご自身でされている。

芦屋さんに触ることをなかなか許されない私達は羨ましい限りです。


 

「まずはキッチンペーパーで水を拭き取って、この小さいヘタを楊枝でとるんだ」

 

「えっ、全部か?これを一個一個??」

 

「暉人、全部に決まってるだろ。実を傷つけないように優しく拭いてね。水分が残るとカビの原因になるから気をつけて」


 はーい、とみんなが返事してめいめい梅を手に取った。

籠の山、中には無数の梅達。これは大変な作業だ。

 


 


 颯人様に見つめられて、芦屋さんが梅支度しながら口を開く。

 

「なぁに?」

 

「其方がそのようにして何かをするのを見るのが好きなのだ。ずうっと眺められぬのが惜しい」

 

「梅のヘタとってるだけだろ?」

 

「何でもよい。真幸が何かを作る様だと思うと愛おしくてたまらぬ」

「み、みんなの前なんだからお控えください」

「む……わかった。帰ってからにしよう」

「ぬぁー……まぁいいか」



 颯人様は芦屋さんとの会話のそこかしこに『好きで好きでたまらない』と言う気持ちを伝えてばかり。私たちはのぼせてしまいそうなんだけど、仲間内でいつも一緒にいる皆さんは気にもしてない。

 同じように顔が赤くなってる三人娘と顔を合わせる……そうだよね?



 

「あの……みなさん平然とされてますけど、いつもこうなんですか?」

 

「あぁ、いつもの事だ。お前達は初めて見るもんな。スルーしておかないと身が保たんぞ」


「「「ハイ」」」

 

 三人娘が頷いて、私をチラッと見てくる。期待されても、私はそう言う属性はないよ。

 私の隣に座った倉橋君は、一生懸命ヘタを取ってる。もともと手先が器用だからとっても上手なの。


 


「小さいヘタだな。これを毎回支度してるのか」

「俺もこんな事は初めてやるぞ。一気にやる方法はねぇんだろな……」

 

「鬼一も白石もちまちました作業は似合わんな。ワイらも昔はよう漬けたんやで」

「そうだな、ふるりは大酒飲みだし買ってたら破産しちまうしな」

「暉人かて飲むやろ?茨城の奴らはみーんな大酒飲みや」



 

 

「あなたも梅酒が好きですよね」

 

 ワイワイ話しながらみんなで作業していると、倉橋君が話しかけてくる。

私は大勢の中で発言するのが苦手なの。

 いつもこうして、気にかけてくれて…優しくしてくれるんだ。


 

「うん。倉橋君もでしょ?」

 

「はい。……芦屋さんは相当お酒に強いですよ。よっぽど飲まなければ、顔色すら変わりませんからね。」

 

「納得情報。神様達も強いし、上層部の人たちが飲み会したら凄いことになりそう」

 

「想像に難くないですね。私たちも飲み会なんて最近していませんから、久々でドキドキしています」

 

「あんまり飲みすぎないでね。また二日酔いは困るモン」

「そんなに飲みませんよ。かなり懲りてますから」


 


 芦屋さんに叱ってもらってから禁酒してたもんね。あの時のお説教は本当にキツかったな。

 

 私も倉橋君も弓削君も出身は陰陽師名家だから、それなりに小さな頃から修行してたけど。繰り返される転移が辛かった事と、行った先々で出会った人や神様の笑顔は忘れられない。


 あれは、芦屋さんのお仕事の歴史そのものだった。

物凄い数をこなしていたし、少し聞いただけだとどうやって解決したのかわからなくて。

 

 お説教の後に仕事の記録を三人で見て……本当に驚いた。

彼がこなした仕事は、数年勤めていた私達では手に負えない案件ばかりだったの。



 

 

 彼を真似て私は今までの仕事を辿り、アフターフォローを始めても、返ってきたのは微妙な反応だった。それでも、何度も繰り返し現地に行って、アドバイスをもらいに行けば先輩みんなが丁寧に教えてくれて、時々芦屋さんも手伝ってくれた。

 

 その内現地の人たちに笑顔で迎えられるようになって、ようやく芦屋さんが言っていた本当の意味がわかったの。


 

 彼が訪れる先々で受ける笑顔は、誠意を込めた仕事をして、その後もずっと支えてきた結果なのだと。私がやってきたお仕事は未完成のままだった。アフターフォローこそ仕事を完成させるのに大事な事だった。

 

 『他を救うなら一生に責任を持つつもりでやってくれ』と言われた言葉を刻み込み、それを一生懸命やった。

 そしたらいつの間にかどこに行ってもやさしい気持ちで迎えられるようになって、仕事の本当の意味を知った。



  

 このお仕事が出来て、今はすごく嬉しいし、本当に楽しい。小さい頃の辛い修行も報われた。やりがいって本物の努力の上に成り立つものなんだって知った。


 まだまだ長く続けたいけど……私はきっと、もうすぐ家に戻される。

陰陽師名名家の宿命というやつデス。

 家の人が斡旋する前に、恋人ができたらよかったんだけど。

 

 お仕事みたいに一生懸命やっていれば結果が出るモノではないし、恋愛に関しては知識も経験もない。どうにもならない事は世の中にはあるのです。



 


「男達、酒樽を蔵に運んでくれんか」

「おう!俺はそっちのがいいや」

「暉人殿はそう言うだろうな」

「鬼一もだろ。男達はみんな行こうぜ。大将もだぞ」

「……チッ」


 トメさんに連れられて、男性陣が倉の中に入っていく。颯人様の嫌そうな顔……そんなに芦屋さんと離れたくないんだね。

 

 女の子だけで残って、みんなでせっせと梅のヘタをとる。

私、こういうの好き。コツコツやる地味な作業がいいの。



 

 

「加茂さん」


 芦屋さんが椅子を寄せてきて、三人娘も手招きして女の子達でくっつく。

 なんかいい匂いがする。倉橋君が言ってた芦屋さんの香りかな。

お花みたいな、お香みたいな複雑な香りがしてる。なんだかドキドキしてしまう。


 

「こういう作業好きなんだ?」

「……わかります?」

 

「うん。楽しいって顔に書いてある。加茂さんは静かだし、あんまり言葉にしないけど、そばにいて見ていればちゃんとわかるよ。表情豊かだからさ」



 

 びっくりして、芦屋さんをしげしげと眺めてしまう。そんなことを言われたの……倉橋君以外で初めてだ。

いつも、何考えてるかわからないと言われ続けてきたから。家族にもだよ。


 

 彼はお仕事の時は人間の姿で男性を模して、お休みの時や高天原に行く時は女神の姿になる。

 今日は女神姿だから、物凄い美人さんでしかない。

 

 私と同じくらいの背丈、長い髪はサラサラしてるし。颯人様がゆるくまとめた髪が肩に乗って、なんとも言えない人妻感が漂っていた。


 ご本人には内緒だけど、天照殿の仰った『団地妻顔』と言うのが形容詞として使われてしまうのは……ちょっと納得してる。


 

 梅雨の雨の中でもキラキラして見える。静かに降る雨を眺めて、目を細めて、伏し目になって、手元に目線が戻る。……ホントに綺麗な方だ。なんて事ない仕草がとっても色っぽい。

 

 颯人様が言ったことの意味がわかる。このお顔が〝たまらない〟と言うことだと思うの。何でもかんでも可愛いって言うけど、芦屋さんの方が可愛い。




「どしたの?そんなじっと見て」

「……芦屋さんって、お綺麗ですよね。初めて見た時から、ずっとそう思ってました」

 

「えっ!?……裏公務員の部署に来た時の話?」

 

「はい。目が見えてなかったけど、鼻がすらっとしてるし唇なんかプルプルしてたし、たまにチラッと見える目がかっこよかったです」

 

「颯人にもモサいって言われてたのに。そんな事初めて言われた」

 


 思わずため息をついてしまう。

 

 人間は見た目を全容で判断するからそうなるかもしれない。私はパーツの組み合わせで判断するんですよ。

芦屋さんは元の作りが綺麗なんデス。みなさん分かってないですね?

 



 

「芦屋さんは最初から変わりませんよ。女神のお姿はこう、ふっくらして愛らしくて、小さいですけど。ね、桜庭ちゃん」


 三人娘の1人、桜庭ちゃんの肩をつつく。

 この子達は一般家庭の出だけど、倉橋君のかけた認識阻害の術も看破していて、勘が鋭い。私と違って名のある神様が降りてるし。将来有望株なのです。


 

「は、はい!先生の時も素敵でしたけど、女神様バージョンはあの、可愛いです!」

「そうそう!まつ毛長いし!」

「あの、どうやったらそんなに腰がくびれるんですか!?」


 

「……お、おおう。うーん?くびれ?……俺ってそんなにくびれてる?」

 

「荒木ちゃん、芦屋さんは多分特別な事は何にもしてないよ。私もこのくびれは羨ましいケド」

「ですよね!?運動量の違いなのかな?もっと鍛えなきゃ!」

 

 

「ソダネ。……私もいつまで仕事できるかわかんないし、早く成長してくれるならくびれ目的でも……あっ」


 

 

 しまった。余計なことばっかり考えてたから口が滑った。

 芦屋さんの笑顔が消えて、真剣な表情になった。……やっちゃった。自分の手を握りしめて、唇を噛む。こんなこと言うつもりじゃなかったのに。


 私は芦屋さんから目を逸らし、もう一度ため息を吐いた。


 

 

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