88 情報屋の居場所

真幸side

 

 白石直人しらいしなおと、男、26歳。

地方の地主一族、建設業を営む両親のもとに生まれる。


 人のいい父親が騙され多額の借金を背負い、会社を乗っ取られて……高校を中退、自身は産業廃棄物業者の仕事に就く。

 借金を返すために黒い仕事に手を染めてはいたものの、家族のために働き続け、能力を見出されて能力者になる。


 

 その後自分でコネクションを作り、雑誌出版社に就職、汚職事件や政財界の闇を暴き世間に貢献した。

 その後、無理が祟って父母は亡くなり、小さな頃から病を抱えていた弟を一人で支え続けている。


 出版社から独立してフリーの情報屋になった白石は真神陰陽寮に反感を持ち、居酒屋で愚痴っていたところ海外のスパイである政党に目をつけられた。弟の命を盾に脅されて情報屋の仕事を請け負う。

 真神陰陽寮に潜入し、ヒトガミの正体と闇金の流れを探るべく奮闘していた。


 


「うん、概ね俺が視た通りな感じだ。間違いないよ。ありがとう」

 

「おう。仕事関連は俺が直接見てる。

詐欺まがいの事をしちゃいるが、法律ギリギリのラインをうまく泳いでたな」


「鬼一さん、探偵できるんじゃない?陰陽師探偵鬼一!カッコいい……」

 

「やめろ。俺は仙人目指してんだからな」

「んふ、んふふ」

「にやけんな」



 

 現時刻8:30。品川から新幹線に乗り換えて、名古屋でまたもや乗り換え、鬼一さんと伏見さんと俺で資料を読み合ってる。

 妃菜、星野さん、アリスは倉橋君と共に記憶操作の術を施し、生徒達の様子を見て途中から転移で合流予定。

 

 たまには交通機関を使え、との政府機関からのお達しで俺は新幹線ですけど。たまにはいいか。


 俺はようやく伊勢神宮にお参りできる。やー、どうなるかなー。神職さん達怒ったりしそうだなー、しゃーなし。



 

「おい。いい加減説明してくれ」

「おはよ、白石」

「はよ……」


 

 向かいのシートで眠っていた白石が目を覚まし、目が飛び出そうなほどびっくりしたあと、放置されて拗ねている。律儀にちゃんとおはよう言ってくれるんだなぁ。

 んふふ、ソワソワしてるぞ。


 

「お腹空いてないか?伏見さんが駅弁買ってくれてるよ。お赤飯も炊いて来たんだ」

「たしかに腹減ったな。いや、そこじゃねぇだろ!何で!俺が!こんなとこに居るんだよ!」


「んっふふ、白石は俺が目をつけてたんだ。最後の関門も無事突破したし。ご飯食べたらお話聞いてくれるか?」

 

「マジでなんなんだよ。意味わかんねぇ……」


 

 

 白石は伏見さんに出っ張りタコ飯とお茶を渡されて、俺からも赤飯のおにぎりを受け取って、微妙な顔をしながら「いただきます」と手を合わせてお弁当を食べ始めた。

 素直だなぁ。お赤飯は俺からのお祝いだ。妖怪の小豆洗いから炊き方を習ったから、とっても美味しくできた。

 

 白石は真神陰陽寮にスパイとして入学して来た。入学前にはその事情を伏見さんが知っていたが、霊力が高くて根性があるから様子を見てたんだ。

 俺が編入した時も、すごく良いやつだったから神継にしたいと思ってずっと見て来た。


 

 やさぐれ具合が、鋭い目つきが颯人に出会う前の俺にそっくりだったから、伏見さんも入学させたんだって。


 俺が彼に会ったのは、編入日に学校をプラプラしてた時だった。


 ━━━━━━


 

「自分で作った校舎なのに迷うってヤバいな……」

(真幸は方向音痴なのか)

 

「そのようです。颯人、どっちが教室なのかわかる?」

(我もわからぬ。転移して仕舞えば良いではないか)

 

「それはダメだろ。俺はあくまで生徒だからなぁ。あんまり術を使わないようにしないとさ。飾り紐で神力を抑えてるとはいえ、あからさまは良くない」

(そうか……)



 

 こうなったら学校を作った後、どんな風になってるか散歩して見回ろう。

校舎の中を歩き、木の床が撓む音を楽しむ。我ながら複雑な作りにしたから俺みたいに迷う人いるんじゃないか?

 うーん、おタバコ吸いたい。あっ、あれは……。


 廊下が途切れた先に中庭が見える。確かここに喫煙所を作ったはずだ。


 喫煙所には複数人の男性が居る。

 おぉ、ガラが悪いな!見た目が怖いぞ。スーツを着崩した複数人に並んで俺もタバコに火をつけた。


 


「ねー、オネーサンどこの人?珍しいタバコ吸ってんね?」

「マジかわいい。着物やべぇ」

「生徒じゃないんだろ?スーツじゃないもんな」


 んー、認識阻害術が弱すぎたかな。これだと俺の姿が視えちゃってるのか。正しくは認識できてないみたいだけど。

 彼らは若干の呪力を感じるものの、霊力は乏しい。所作振る舞いからして神職さんじゃなさそう。こりゃ良くないなぁ。

 

 俺は男物の着物着てるし、胸が慎ましいので男性に見えるはずだけどな。着物を知らないとそうなるか。

 

 少しだけ術の強さを上げてはみたものの、すでに姿を見ている彼らは俺から視線を逸らさない。

 

 うーん、やっちゃったかなこれは。


 


「ねー、無視しないで?」


 口に咥えたタバコを抜き取られ、勝手に吸われる。……ありゃ、大丈夫かな。


「ゲホッ!な、なにこれ?!苦!」

「ダッサ!何してんだよお前」


 

「あんま吸わん方がいいよ。俺と相性が悪いんだろ。中毒になるぞ」

「は?何言っ………」


 俺のタバコを吸った子が白目になってひっくり返る。

アー、なるほど。相性が悪いってこうなるのか、初めて見たな。

 

(真幸、出て良いか)

(だめ。誰に見られてるかわからんだろ。我慢して。大丈夫だから)

(……ぬぅ)


 

 

「お前、何したんだ!?」

「まさか毒!?てめぇ!!」

 

「ある意味毒だな。俺の唾液を摂取したし、それを作ったのは神様だから。どっちとも相性が悪いんだろ」


 驚いた二人が俺を睨みつけ、近寄ってくる。うーむ、どうしようかなぁ。


 


「やめろ。そう言うことしていい場所じゃねーだろ」

 

 いつのまにか現れた男の子が俺の前に立ち塞がる。あれ?この人……例の白石くんじゃない?

背が大きいな。颯人より頭一つ小さいくらいの、ヒョロリとした子がこっちに振り向く。


 

「あんたここの関係者か?」

「んー、そんな様なもの」

 

「何だよそれ。いいから行け」

「え?」

 

「え?じゃねぇ。男が絡まれてんじゃねーよ。柄が悪いのはこいつらだけだ。そっちの入り口から入れば、講師と生徒がいる」


 顎をしゃくり、俺が出て来た反対側の入り口を示す。

あー、反対側にいたのか俺。そして男だって分かったんなら、ちゃんと色々知ってるんだな。さっき強めに掛け直したのに認識阻害術が効いてないと。ふむふむ。


 


「懲りないな、あんた達。入学早々やらかして俺に晒し上げられて、もう覚えてねーの?」

 

「うるせぇ!白石……正義の味方気取りか!?」



 はぁ、とため息をついて白石くんがポケットに手を入れる。

髪の毛は短く切られて、目つきが悪い。眉毛が吊り上がってて目もとんがってる。

 泣きぼくろあるけど、泣き虫なのか?

 顔の作りはキツめだけど吉兆の顔つきだ。ふむふむ、いい貌だな。


 

 

「うるせーのはお前だ。正義の味方になりたい奴しかここにはいねぇ。

 お前らは本当に下らん事ばっかしやがる。一橋議員の息子だろあんた。

性根を叩き直して欲しいって親に言われてるボンクラだ。

 あそこの派閥に世話んなってるもんな、真神陰陽寮は。土下座で頼まれて補欠入学したのに、問題起こしたら即退学だぞ、大人しくしてろ」


「な、何でそれを知ってんだ……」


「子分その1は神社を辞めた家の末っ子だよな。中務に親がいたからそうなったんだろ。正義の味方に縋って入学して、恥ずかしくねーの?悪役なら悪を貫けよ」


「……」


「そこで寝てるやつは伏見さんに拾われた奴だろ。下らないナンパばっかしてたくせに、予言の力があるからってんで学校に叩き込まれたんだよな。

 絡んだ女が曲者で困ってたのを助けてもらったくせに、恩を返さずチンピラ気取ってんじゃねぇよ。マジでクソダセェ」


 


 チンピラ君たちは完全に沈黙してしゃがみ込んでる。反抗して来ないってことは、ある意味素直なのかも。顔だけ覚えとこ。後で生徒一覧を伏見さんに見せてもらわないと。

 しかし、個人の内情まで完璧に把握してるのはすごいな。

 

 白石くんが胸ポケットからアメスピを取り出す。マッチで火をつけて、煙を吐き出した。

 所作振る舞いが綺麗だ。霊力も呪力も十分だし、目の色がいい。

鋭い光を宿しているし口が悪いけど、心がまっすぐなんだ。


 


「……まだ居たのかよ、タバコ吸いたいのか?」

「うん」

「もう大丈夫そうだし、俺の吸う?」

「自分のがあるからいいよ。あんがと」


 自分のタバコを取り出して火をつける。煙を少し白石くんに流して様子を見てみる事にした。


 


「あっま……なにそれ。チョコのやつか?」

「ほほう、なるほど」

 

「何がなるほどなんだよ。よくそんな甘いの吸えるな。バニラ、チョコ……いや、フルーツの匂いまでする。フルーツパフェか?そんなタバコあったかな」

 


 ほほー!!こーれはいい人材だぞ。

 なんだかんだ俺を助けてくれて、相性も良さげだし。

何よりいつまでも俺を庇う位置でチンピラくん達を隙なく見て、守ってくれてる。優しい人だ。



 

「ねーねー、名前教えてよ」

「あ?……白石デス」

「白石君か。俺、芦屋。今日から入学になるんだ。よろしくな」

 

「あんたが編入生徒だったのか。もしや迷ってた?講師が迎えに行くって言ってたな」

「何だか色々知ってるんだな?白石くん」

 

「まぁな。迎えに行った奴が待ちぼうけしてるだろ、連れてってやる。君はいらねぇよ」

 

 タバコを消して、灰皿に入れて。

 周りに落とされた吸い殻たちを拾い、それもちゃんと捨ててる。

うん、いい。白石はいい奴だ。こういう人好きだな。

 


(真幸……?)

(ヤキモチ妬かないの。監視対象なんだから、仲良くしないとな)

(むう……)

 

「どうした?行くぞ」

「おう!」


 白石が差し伸べた手を握り、その手の温かさににんまりしながら俺たちは歩き出した。



 ━━━━━━


「芦屋さん、流石にかわいそうですよ。放置しすぎです」

「伏見にまで言われてるぞ、真幸」

 

「あっ、ごめんごめん。白石との出会いを思い出してたんだ」


「……そうかい」


 恨めしげな顔で食べ切った弁当箱を抱え、気まずそうに目を逸らしてる。お赤飯美味しかったのかな、包み紙をじっと見てる。

 

 最初から俺は白石が好きだったな。

 星野さんと同じだ。

 懐から黒い新品のネクタイを取り出し、白石に手渡す。ふふ、めちゃくちゃびっくりしてるぞ。


 


「さて、白石。俺は入学してから君を監視してました。色んな面倒ごとにわざと巻き込んで、その度にちゃんと解決してくれてたな」

 

「やけに面倒な事が起こると思ったら、芦屋が原因か」

 

「んふ、すまんな。白石の人となり、考え方、知識の幅、心のあり方を知りたかった。どれも神継に足り得るものだった」


 


 白石が逸らした目線を戻し、俺と見つめ合う。いつだって気配が綺麗で、いつからか俺に対して赤い色を見せてくれていた。まじりっ気のない赤だ。俺はちょっと照れ臭いけど嬉しくて仕方ない。

 

 自分は悪い奴だ、って言いながら人に対してはいつも誠実だった。

バカにしたような事を頭の中で考えていても口に出さない。

やさぐれてるのに、弱者に対してはどこまでも優しかった。

 

 君は本物だよ。


 


「白石、神継になってくれ。俺がちょくで神降しする。卒業を待たずに真神陰陽寮で働いて欲しい」

 

「はぁ!?アホなこと言うな!俺みたいな奴に神が降りる訳ないだろ。それに卒業したら……」


「白石君、我々真神陰陽寮がどれだけ根回しが上手いのかご存知でしょう。

 依頼者はすでに国外追放、強制送還を完了してますよ。日本人帰化も取り消されていますから。

 これから該当の組織はぶちのめしますのであなたに身の危険はありません」


 

 

「ぶちのめ……伏見……サン、あんた何者なんスか」

「私は神継の仕事を差配している『あずかり』ですよ。伏見家の隠密は現在僕の配下です」


「あー、隠密。あいつらか……すげーな、相伝の他にも継いだのか」

 

「よくご存知ですねぇ。人の過去を視る力を持ち、お寺さんで修行されていますから知識も十分です。

 調べ物も得意のようですし、あずかり部門に欲しいくらいですよ」

 

「伏見、ダメだ。あずかりが増えても仕事は減らないんだ」

「そうそう。鬼一さんの言う通り神継を増やさないとね」

「はぁ、そうですね……」


 

 

 白石はなんとも言えない表情で逡巡している。情報通で個性のある力があって、心根もいい、霊力も呪力もたくさんある。

 伏見さんの事も真神陰陽寮の事も、殆ど世の中に知られていないのに、情報を集める手腕もある。完全に即戦力なんだ。


 

 

「俺は、殺されずに済むのか?……そう言えば記憶操作されたはずなのに、なんで覚えてるんだ?」

 

「倉橋君はちゃんと術をかけてるよ。白石の真言でなされた結界が強かったから、無効化されたんだ」

 

「でも、芦屋には術が効かなかっただろ。ピアスに宿った眷属に阻害されて、過去が見えなかった。手首にも、飾り紐にも神力がわんさかついてるのに正体がわからん。俺は大した腕じゃない」


 

「ピアスが眷属だと分かったんですか?」

「神力を見えるようにはしてないんだぞ。お前、本当に見えてんのか?」


 伏見さんと鬼一さんに言われてはてなマークを浮かべ、白石が頷く。


 

「あんたたちも見えてるんだろ?

飾り紐は抑制の意味だ。呪力も霊力もあるが、あんだけ混じり切ったものは神力にしか見えん。曲がりなりにも陰陽師を目指す生徒たちの中で、芦屋の存在を気づかれないようにするためだろうな。

認識阻害の術も上手く掛けられていた。

 ヒトガミの芦屋を見た時は記憶操作されてほとんど覚えてねぇし、俺はスカウトしてもらう価値なんかねぇよ」


 しょんぼりして項垂れる白石。

 あー、ダメだ、にやけてしまう。

 伏見さんも鬼一さんもニヤけ出した。



 

 

「俺の力は確かに封じてるし、ピアスは眷属の赤黒だよ。でもな、それが見えるのはごく一部の人だけだ。白石は才能がある。……懸念してるのは弟君のことだろ?」


 白石が弾かれたように顔を上げる。

 大切に思ってるんだな、弟君のこと。


 

「彼は生まれながらに呪力を持ってた。うまく体に馴染ませられずに病気になってしまってたんだ。昨日のうちに退院してるよ。もう具合が悪くなったりしない」

 

「あ……芦屋、お前がやってくれたのか?」


「うん、少しコントロールを教えただけですぐに会得してた。しばらく真神陰陽寮で預かるからな。

 穢れを持ってしまっているから、それを今祓ってるんだ。祓が終われば白石とずっと一緒に暮らせる。安心していいんだよ」


 びっくりした顔からゆるゆるとしかめ面になり、泣き笑いになった白石が涙を一筋流した。

 綺麗な涙だ。人のために流す涙の綺麗さを、白石は持っている。


 

 

「あぁ、芦屋、ありがとう……ありがとう。すげー、嬉しい」

「うん。今までよく頑張ったな」

 

 震える白石の手を握り、緩んだ目を見つめる。優しい顔になってるなぁ。

妃菜もそうだったけど、人も環境に顔つきが左右されるんだ。

 辛くて、寂しくて、闇に潜りながらも必死で生きるしかなかった。それでも綺麗な目はそのままだったんだな。


「伏見さん、俺がやっていい?」

「いいですよ」

「へへ……やったぜ!」


 伏見さんが書類を白石の膝に乗せる。

 これを言うの、憧れてたんだ。

胸がドキドキしてくる。期待と、希望と、嬉しさがいっぱいで溢れそうだ。


 

 

「白石、衣食住保証、厚生年金免除、給料は今の3倍は出るぞ。

真神陰陽寮の神継になってくれるか」


 握りしめた手にパタパタと雫が溢れ、ぎゅっと力強く握り返される。

真っ赤な気配に染まった白石が頷き、頭を下げた。


 

「よろしく……お願いします!」


 




 

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