87 情報屋の覚悟
白石side
「やー、バス移動とか久しぶりだなぁ」
「なんでお前が居るんだよ。遠出するんじゃなかったのか」
「ん?んー、ちょっと予定変更なんだ。いいだろ別に。クッキー焼いてきたけど食べるか?」
「まさか、芦屋の手作りか?」
「そうー。最近お菓子作りハマっててさぁ。食べて感想聞かせてくれよ」
本日の予定は、地下鉄道の社建立の見学。ヒトガミに会えるかもしれん。
芦屋が来ないなら動けるかとも思ったが、何で居るんだこいつ。
気まずい。手作りクッキーはあの相棒だか彼氏だかに作ったのか?毒味って事かよ。……まぁいいけど。
「いただきます」
「召し上がれー」
観光バスに揺られながらジップロックに入ったクッキーをつまみ、口の中に放り込む。
バターの香ばしい香り、チョコチップの絶妙な配分……砂糖が控えめでサクサクしてる。手作りでこれはすげーな。
「どお?美味しいか?」
「うまい。料理が得意なのか」
「得意と言えば得意かな。作るのが好きなんだ」
「フーン」
そりゃ彼氏も嬉しいだろうな。いい嫁に……夫か??嫁でいいか。いい嫁になりそうだ。
そんな芦屋は、珍しく全身真っ白な着物を着てる。羽織も白だ。白無垢かっての。
羽織の胸元に丸まった葉っぱが一枚、金糸で刺繍されている。それもどっかで見たことあるな。
やはり着物は男然だが襟が抜かれていた。髪の毛は斜めに流してゆったり結んで……なんなんだその色気は。昨日の夜散々可愛がられたってか???やっぱ相棒じゃねーんだな……クソ、なんか腹立つな。
「料理が得意なら、何で学食で食うんだ?弁当作りゃ良いのに」
「学食美味しいんだもん。俺ちゃんと学校行ってなかったから、学生やるの楽しいんだ。食堂に行くとみんながご飯食べてニコニコしてるし、楽しそうに話ししてるだろ?それ見るのが好きなんだよ」
「へぇ。なんだ、学校サボってたのか?真面目そうに見えるのに」
「サボってたと言うか、行けなかったと言うか。真面目ではないなぁ、俺は腹黒いんだぞ」
よく言うぜ。校外学習に真面目に参加して、クッキー焼いてきて食わせてるやつが腹黒い??訳分かんねぇな。
「芦屋さん」
座席の脇からにゅっと顔が出てくる。
油断した…正直ビビった。
気遣わしげな顔の倉橋が芦屋をじっと見ている。気配消すのやめろ。心臓に悪いんだよ。
「車酔いは大丈夫ですか?お身体は何ともありませんか?」
「倉橋先生、心配しなくても平気だよ。乗り物酔いした事ないから」
「そうですか。白石くん、芦屋さんをよく見ていてくださいね。何かあったら私に報告するように」
「ハイ」
倉橋……なんなんだお前。無駄に心配された芦屋が苦笑いしてるぞ。ていうか講師陣は本当に芦屋のこと好きだよな。見かけりゃ必ず絡まれてるし、大体こいつの心配してるし。そもそも芦屋さん?君付けはどうしたおい。
「お前病気なのか?」
「え?なんで?健康だけど」
「講師陣が見るたびに『大丈夫か』って聞いてくるだろ。昨日の副学長も顔色云々言ってた」
「えっ!?そう、かな。あれだろ、ヒョロいから心配してんだ」
「まぁな、お前細いもんな」
着物の袖から覗く腕はかなり細い。拒食症ってわけではなさそうだが。あんだけ食ってるしな……。その腕を掴み、じっと眺める。
切り傷、火傷、打撲痕。最近の傷もある。
「な、何だよ急に」
「芦屋……恋人とかいる?」
「えっ!?え、あー、いなくは……ないかも?ど、どうなんだろうな?」
「何だよそれ。DVとかされてねぇよな?新しい傷がある」
腕の傷をなぞると、肉が盛り上がった跡が触れる。かなり深い傷だ。
きちんと見たことなかったが、明るい場所で見ると明らかに怪我ではない。人につけられた傷ばかりだ。
昨日の彼氏触られるのを嫌がってはいなかったが、もし拒否すらできない環境なら……。
「白石、俺は幸せだし、毎日楽しく生きてるよ。」
「お前の目、なんかあったんだろ」
「まぁねー。もう解決したから問題ない」
「本当か?もし、今困ってるなら――」
口が勝手に言いかけて、慌ててそれを閉じる。何を言おうとしてるんだ俺は。
スパイとして入学した身で、最後まで面倒見れない奴が手出しするなんてやっちゃいけない事だろ。
「本当に大丈夫。心配してくれたなら嬉しいなぁ、白石はいい奴だ」
「……そうかよ」
もう一度傷痕を撫でて、目を瞑る。
だめだ、過去を辿る術が使えない。俺の唯一の特技なんだがな。
芦屋の顔の横で金色のピアスが揺れて光を弾いている。お前だな、芦屋を守ってんのか?……なるほど。
「クッキーもっとよこせっ」
「良いけど、カロリー高いぞこれ」
「カロリーなんか知るかよ。お前が作ったんなら全部食う。残してやんねーぞ」
「何だそりゃ。お腹すいたのか?おにぎりもあるけど食べる?」
「食う」
芦屋が微笑み、カバンの中から海苔を巻いたおにぎりを取り出した。それを受け取ってかぶりつくと、優しい味に涙が出そうになる。
シャケと、ワカメとゴマか。混ぜ込みご飯ってやつだ。シャケにはちゃんと焦げ目がついてるし、ワカメもシャキシャキしてて胡麻もちゃんと炒ってある。
米はガス釜で炊いてる食感だ……どんなに高い炊飯器にもこれは敵わねぇ。
お前、ほんとにいい嫁になるな。作る物が美味すぎる。
「そんなに慌てて食べるとつかえるぞ。お茶もあるからゆっくり食べな」
「あんがと……」
なんか、なんか、むしゃくしゃしてきた。芦屋、お前は一体何なんだ?何で神気を纏ったモノに守られてる?それなのに何故傷なんか作ってる?
神継達の態度からして絶対生徒じゃない事くらいわかる。それなら、俺の正体を知ってたりするんじゃないのか?
なんで……俺なんかに優しくするんだよ。
俺は見た目が怖いとよく言われている。この学校ではいじめなんぞないが、わかりやすく避けられて一人ぼっちだった。その方が仕事しやすいから別に構わないと思っていた。
生まれが金持ちの家で、それが没落してそれなりに苦労人だった自覚はある。
情報屋をやる前は、親の借金を返すために産廃業者で働いてたんだ。
あいつらの元締めは大体ヤクザと相場が決まっている。都内じゃそう言うのが少ないみたいだがな。地方は金の巡りがだいたい決まっていた。
穏やかに見えても、一寸先は闇社会なんだよ。
僻地の奥に埋め立て場を作り、借金を膨らませて流れた人間の中身を売って、空になった残りをそこに埋める。
産廃のドライバーも使い捨てるような組織だったし、場所はいくらあっても足りなかった。
海外の話じゃない。日本の話なんだぜ。
俺は重機を使ってそう言うモノを埋めてきた。拝み屋とか本物の住職だか怪しい坊主までがグルで、そう言う奴は溜まり切った怨念を鎮めに来ては大金を持っていく。
そうして何度目かにやって来た坊主が俺を見つけて、霊力があるとか言って……寺に連れて行かれた。坊主は生臭い仕事ばかりして、金になりそうな俺に教育したんだ。
晴れて陰陽師崩れの様なものになった俺はある日、死にかけて突然能力が開花した。人に触れれば過去を辿る力があったんだ。
それを生かしてヤクザの繋がりで報道雑誌の会社に入り、色んな奴の闇を暴いて生きてきた。
時には捏造し、時にはトラップを仕掛けては罪を作り出し、それっぽい証拠とそれっぽい写真があればいくらでも金になる仕事だった。
対象にしていたのは大体が叩けば埃の出る奴らばかりだった。一般人を装っていても触れば分かっちまうからな。
罪を暴かれた人は俺を恨み、社会を恨み、大体が死んだ。そう言うネタじゃなければ金にならない。
相手に家族があっても、大切な人がいても、大義のためでも関係なくやった。そんな仕事ばかりをしてきた俺の手は……汚れ切っている。
そのうちに経験を積んで、いくら払っても減らない借金をキレイにするために、大元のヤクザと住職の悪行を暴いて自由になった。
今やフリーの情報屋なんだからな。
親は死んじまった。贅沢させてやりたかったのに呆気なく骨になっちまった。
俺は仕事に関しては優秀な部類だと自負している。仕事の伝手だって他に山ほどあったのにさ。
誰かが掬い上げて、幸せになろうとしているこの国が羨ましくて、妬ましくて……。
スパイの仕事に手を出すようにまでなった。クズだろ、マジで。
本物の正義の中に紛れ、そこを潰そうとする権力に屈したんだ。
正しい行いを学んでいるのに、薄汚いその手で、心で、あちこちに潜ってどうにか情報を集めようとしている。
芦屋は、自分が傷ついた過去があってもそれを乗り越えている。瞳の中に闇を残したまま、深淵を宿したままで優しく笑うんだ。
体の中にあんなに呪力を貯めてるってことは、相当な苦難だっただろう。見えるところだけであの数の傷なら、見えないところにはもっとあるはずだ。
芦屋が作った飯を食う価値なんて俺にはない。こいつと話す資格もない。
そばに居て良いはずがない。
それなのに……何故、芦屋が居るとこんな気持ちになる?
優しくてあたたかいこいつの側にいると、生きていても良いんじゃないかと錯覚してしまう。「いい奴だ」なんて言われて、嬉しくなる。
芦屋が居ない日は寂しくなるし、顔を見るとほっとして、当たり前のように俺の隣に座ってくれることで心が安らぐ。
一人ぼっちの俺の中にいつの間にか入り込んで巣を作り、冷え切った心を温めてくれる……そんな芦屋にいつしか縋ってしまっていた。
昨日の情報も、外に流してない。
流せなかったんだ。芦屋を危険な目に遭わせたくなかった。
バカみたいだろ?今更善人ヅラしやがって。
俺には残す者がいる。生命保険をたくさんかけてるから困らせる事は、ないはずだ。
それでも、死にたくないなんて気持ちが湧き上がってくる。
卒業して、神継になって、真神陰陽寮の奴らみたいに芦屋に絡めたらどんなに幸せだろう。
俺だって芦屋のそばにいたいんだ。そんな資格、最初からありはしないのに。
「白石、大丈夫か?」
はた、と気づいて顔を上げる。俺の顔から雫がぼたぼたと落ちた。
ヤベ、何泣いてんだ俺は。
「すまん……」
「ん、ほれ、鼻かみなよ」
ティッシュを取り出して、芦屋がそのまま鼻を摘んでくる。
「
「ちーん、して。はい」
「
「おにぎりのコメだらけだろ?良いからはい、ちーん」
「……」
しかたなく鼻をかむ。なんだよ。子供じゃねーんだぞ。俺は26歳で、お前より年上だ。世の中の凄惨を舐めて生きてきたんだぞ。荒んだダメ男なんだ。
今流行りのダウナー系だぞ。
「もう一回。ちーん」
「……」
言われるがままにして、芦屋は上手にそれを拭ってゴミ袋に捨て、頭を撫でられた。
「白石は俺に似てるんだ。ちょっと前まで、俺もそんな顔してた」
「はぁ?ねーよ。お前がそんな……ありえねぇ」
「んふ。おにぎり食べちゃいなよ。もう着くぞ」
「うん……」
顔が熱い。マジで何してんだ俺は。
恥ずかしいし、照れくさいし、芦屋に構われて嬉しい。意味がわからん。
盛大なため息をついて周りから覗き込んでくる奴らを散らし、おにぎりにかぶりつく。
涙も綺麗に拭われて、頭を撫でられながら味わうそれは――今までで一番美味い食いものだった。
━━━━━━
「それでは、皆さんはここで待機です。ヒトガミ様がいらっしゃいます。お顔を見てはいけませんよ」
――ヒトガミ!ついにちゃんと見られるのか!!!
倉橋の言葉にどくり、と心臓が脈打つ。
東京駅の地下に潜り、大きなトンネルの中で松明の火が揺らぎ、俺たちの影を壁に投影している。
昨日図書室前に鈴なりだった奴らが白い浄衣を着て、立ち並んでいた。
うわ衣に、金糸の刺繍がされている。
あれもどこかで見た気がするが、遠くてよく見えないな。
「あっ!あれがヒトガミ様かな!?」
「きっとそうよ!偉丈夫でかっこいい!足が長いわねぇ!!」
「面布してるのにわかんないでしょ」
姦し娘たちが黄色い声をあげる。
三人とも倉橋に睨まれて、伸ばした首を引っ込めた。
金色の光を弾きながらやってきた黒髪の偉丈夫は、顔を布で隠して黒い着物を着ている。ボクサー体型ってやつか?骨格がしっかりして、男らしい体つきだ。
小指に赤いリングをしている!!アイツ、芦屋の彼氏じゃないか!?
思わず隣にいる芦屋を見る。何故かしかめ面の芦屋は、俺の目線に気づいた。
「あのさ、結界張れる?」
「は?いや、習ったけど」
「どれ?」
「九字と真言」
「あぁ、まぁ行けるか……」
なんだ……?様子がおかしいな。
芦屋がチッチッ、と口を鳴らし、倉橋に目線を送る。
倉橋が頷き、柏手を叩いた。
それに気づいた真神陰陽寮の神継達も同じように柏手を打つ。
なんだよそれ。
芦屋、お前……今何した?
「ちょっと、あの、あれだ。気をつけてくれ。結界張って」
「……わかった」
真剣な顔で言われて、弾指で穢れを祓い、口の中で真言を唱える。寺の住職が師だからな。真言は得意だ。
ヒトガミが柏手をたたき、祝詞を唱え始めた。低く、伸びやかなその声。柏手を叩いた時もそうだが、祝詞にこもった神力に身慄いする。
隣にいる芦屋がふと微笑み、唇を動かす。読唇術もできるんだぞ。俺は。
じっと見ていると、ヒトガミと揃って祝詞を唱えていることがわかる。
何を……してるんだ?
「火界呪展開!生徒達は壁に退避!」
突如鈴村が叫び、袖から軍杯扇を取り出した。なんだその色……悪趣味だな、ショッキングピンクかよ。
星野がトンネルの奥に向かって水晶を差し出し、霊壁を張る。
星野の横に並んだ鬼一が火界呪を広げた。足元からごうっと音を立てて火柱が立ち上がる。
……可視化できる火界呪なんてはじめて見たんだが。
(白石、端っこ行って)
(は?お前は?)
(あの子達足がすくんで動けないんだ)
(バカ!俺も行く!)
姦し娘たちが固まって、動けずにいる。
霊壁の向こうから大量の瘴気が湧いてきた。黒く澱んだ煙の中に無数の目が光る。
怨霊?妖怪もいるな。
あっ……やべ、念通話できるのバレた。まだ学校で教えてねーのに。
「きゃっ!?」
「ぐえっ!」
「ひゃーーー!」
芦屋が2人を抱え、俺が1人担ぐ。お前力持ちだな?
三人娘を壁際におろして怪我がないか確認していると、ドカンと大きな音と振動が響いた。
「あ、ダメだ間に合わん」
ヒトガミと芦屋の祝詞が終わり、芦屋が呟く。
瘴気の渦が結界に向けて津波のように押し寄せる。わずかな綻びから瘴気が漏れ、俺達も足を取られて転び、黒い波に巻き込まれた。
足を踏ん張り、瘴気を吸わないように呼吸を落とす。
「瘴気を吸ってはいけません!くっ、結界が間に合わない!」
「倉橋君、俺がいく。後で記憶操作頼むね」
「はい!」
倉橋が気絶した生徒たちを運び、壁際に転がす。
芦屋が立ち上がって髪を解いた。黒髪が広がって、金色の光が降り注ぐ。
「東京の地下で眠っていた怨霊と妖怪か」
「真幸!数が多すぎて無理やーー」
「だめだ、弱すぎて祓っちまう!結界で消えちまうから抑えられん!」
「うん、わかった」
芦屋が瘴気の渦の中でスタスタ歩き、ヒトガミと手を繋いで七色の光がトンネルの中に舞い降りる。
なんだこれ?なんでお前金ピカなの?七色の光なんか持つ者がいたのか?
人は光る力を持てないはずだ。それに、これはヒトガミじゃなく芦屋の力だ。霊力や呪力じゃない……神力なのか?あたたかく清浄な空気が芦屋からもたらされて、瘴気が一気に霧散していく。
「お、小豆洗いさんかな、君たちは戦後に切腹した人たちの怨霊だね」
鈴村、鬼一、星野、安倍がどんどん集まってくる怨霊たちに触れ、優しく瘴気だけを祓う。
それにしたって数が多すぎる。真っ黒に蠢く形を成さない者たちが一斉に芦屋の足元に縋りついていた。
「地上で其方の結界に追い出され、地下に潜っていたのだ。本当に数が多いな」
「江戸城建立の時は、八重洲が死体置き場だったって言うからなぁ。あとは人柱の人と、
「八王子城の殲滅戦か?あれがいるなら3000はくだらんぞ」
「鬼一……ゾッとすることを言わないでください。芦屋さん、どうしますか?」
「三千より居そうだね。一気にやると完全に祓っちゃうから、力を制限して、手分けしてやろう。
妃菜と星野さんは瘴気の浄化、伏見さん、鬼一さんは俺と一緒にお話聞いて、成仏させてあげよう。アリスは攻撃しそうな子をおさめてあげてくれ」
全員が「はい」と返事をしてそれぞれに分かれ、怨霊や妖怪の話を聞き始めた。
何が起きてる?芦屋がなんで指示を出してる?何でそれを……全員が素直に聞いてるんだ。
芦屋は白い着物なのに気にもせず地べたに座り、ヒトガミがそれを咎めて膝に乗せる。微笑みを交わした二人が寄り添い、動くたびに七色の光がこぼれ落ちていた。
二人で一つ?二人とも気配が金色だが、二人揃うと七色になるのか?
待て、芦屋は人じゃないのか。お前も神様なのか?
「意識を保てるとは。なかなか強い力をお持ちですね、白石くん」
「……なぁ、あれは芦屋だよな?」
「そうですね、記憶を消してしまうのですから教えてあげましょうか」
冷たい微笑みを浮かべた倉橋が横に座ってくる。こいつも霊力がかなり強い。傍にいると皮膚が総毛を立てて、やべー奴だと告げてくる。普段は抑えていたのか。
「芦屋さんこそがヒトガミ様なのです。彼は生まれからして神様でした。国護結界を成し、この国を守っているのは彼ですよ」
「なっ、何だと!?じゃあ、膝に乗せてるのは……」
「芦屋さんのパートナーです。彼も名のある神様です」
芦屋の肩を抱いた左手の小指に嵌ったリングは、よく見ると水引のようだ。それを編んで結び指輪のようにしている。
神継達が着ている浄衣……あれは、芦屋が着ている羽織にもあった家紋が刺繍されている。
全てがつながり、バラバラのパズルが嵌っていく。
「颯人!今はほんとにダメ。」
「そうか」
「あ、後でね」
「うむ」
こんな所でもイチャつくのかよ。彼氏の顔が近づいて、芦屋が真っ赤になってそれを押さえて怒ってる。
周りの奴らは生暖かい眼差しでそれを見つめて……あっ!!
彼氏の顔をとどめた芦屋の左手、小指に彼氏と同じリングがはまっていた。
あれは、そうだ。神前式をした奴が嵌めているのを見た事がある。
縁紐って奴だ。運命の赤い糸を模した水引で作られた、愛の証。
そうか、芦屋……本当にお前は幸せなんだな。
「芦屋はなぜ隠されてるんだ」
「わかるでしょう?あなたが依頼を受けた人達のような害悪から守る為です」
「そうか……そうだな、それがいい。俺の素性、わかってたのか?」
「ええ、もちろん。貴方が苦しんでいる事も、芦屋さんは全てご存知です。昨日の晩の話は貴方が情報を漏らすかどうか、確かめていたんですよ。あの方に見通せない物などありません」
なるほど、俺は芦屋に謀られていた様だ。確かにちょっと腹黒いな。
その芦屋の元から大量に白い魂魄が舞い上がる。あぁ、成仏していくのか。
芦屋に救われて、お前達は悔いを残さず天に昇るんだな……。
「いいなぁ……俺も死ねば芦屋に救われるのかな、羨ましいよ」
「それは彼が悲しみますよ。芦屋さんは貴方のことを大切に思っていますから」
「真神陰陽寮のスパイに来て、ヒトガミを売ろうとしていたクズをか?
わかっていたのに仲良くしてくれたんだろ、芦屋は。そんな……そんな奴が俺みたいな奴に害されていい訳がない」
鼻がつんとしてくる。
怨霊と話してるんだよな、あれ。どうしてあんな風に笑ってるんだ?
神継達は誰一人として悲痛な顔をしていない。怨霊の念に引っ張られてる奴もいない。
一人一人に丁寧に接して、無念を晴らして……成仏させてやってる。
妖怪がなんか差し出してる。何だあれ。
「黒曜石の瞳、星空色の髪、
「だからどーーーしてすぐ勾玉出してくるの?団地妻はやめろ。
「
「そうだけどー。あいつ……また変な話広げてんのか」
「兄上が帰ったら説教だな」
「ほんとだな。とりあえず預かります。あっ!なぁ、小豆洗いはお赤飯炊けるか?」
「小豆飯と大して変わらんデショ?ワシがたく飯のうまいことと言ったら……」
「小豆洗い!明日赤飯炊くんだ!すまんけど、手伝って!頼む!」
「応!」
妖怪の小豆洗いが芦屋の手首にあるブレスレットに吸い込まれた。勾玉って信頼の証って奴だよな。あれは勾玉を持つ超常達の魂のはずだ。
ヒトガミは天照大神を降ろし、八百万の神の勾玉を持つと聞いていたが……マジなのか。やばいなあいつ。
彼氏は天照大神を兄って呼んでるなら
ピアスも眷属が変化したもの、飾り紐には盛大な神力と霊力が宿ってる。
なるほど、なるほど、神装束か。
〝黒曜石の瞳、星空色の髪、
だが、確かにそうだな。芦屋はまごう事なき美人だから。
「小豆洗いは
「おや、よくご存知で。
そうですねぇ、芦屋さんはそこらじゅう絆してしまうんです。あのブレスレットは平将門が作り、それこそ本当に八百万の神が差し出した勾玉を収納しています」
「はは、はぁ……そうか……」
乾いた笑いが浮かんでくる。
ぼーっとしたまま芦屋を見ていると、目から勝手に涙が流れた。
お前すげー奴だったんだな。
女の子でいいんだよな?可愛いもんな。縁紐を持ち合う仲の彼氏がいたのか。
俺は、お前が初めてできた友だった。俺も大切に思ってたよ。だからすげー、胸が痛い。
友人の芦屋を失うと思うと切なくて、苦しくて……悔しい。俺がこんなじゃなければ、一緒にいれたのかな。
せめて卒業までは傍にいたかった。
スパイだってバレてるなら俺は退学になるんだろう。
学校から出たら、どうせ殺されるし。記憶を消すならお前の事をちゃんと見ておきたい。
「本当に綺麗だな、笑顔が可愛い。俺みたいなヤツに平気で優しくしてくれてさ。あいつこそいい奴だ。この国は幸せだな、俺は……日本が羨ましいよ。
芦屋に守られて、みんなが本当に幸せになれるんだ」
「貴方にも、理由があったとは思いますが……すみません。我々は芦屋さんを失うわけには行かないんです」
倉橋が陰鬱な顔で告げてくる。
え、同情してんの?倉橋もなんか優しいヤツなのか?
講師陣はみんな厳しいが……そうだな、俺たちの事をいつも思ってくれていたからこその厳しさだった。
この国を守る真神陰陽寮の奴は、みんな芦屋みたいに優しくてあたたかいんだろう。
「謝らなくていい。俺は悔いがないよ。俺はクソみたいな奴へ情報を出さずに済む。芦屋を害さずに済むなら、何でもいい。……やってくれ。
芦屋にすまんって、ありがとうって伝えて欲しい」
「……はい」
倉橋が俺の額に指を付けて、俺の目がグルンと回る。
芦屋が振り向き、眉を下げた。
そんな顔、すんな。
お前と、ちゃんと出会えてたら良かったのにな。俺がこんなじゃなければ親友なんてものになり得たかもしれん。
さよなら……芦屋。優しい気持ちをくれたお前を忘れるのは悲しいけど、仕方ない。
幸せになってくれよな、人ばっかり幸せにしてないでさ。
瞼が閉じ、暗闇の中にずぶりと音を立てて俺の体が沈んで行く。
胸の痛みがだんだんと静かにおさまり、俺は何もかもを投げ捨てて、闇の中に潜って行った。
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