83 名前をつけられないもの

真幸side

 

「高天原には新しく海外の神に対して外交の人員を置いた。国内の再生が叶うまでは必要じゃろう。

 頭の硬い連中が『鎖国せよ』と言うてはきたが、食料自給率も政策で下げておったし回復するまで諸外国とも取引をやめられぬ。その辺りの政府関連はどうじゃ?」


「魚彦殿がおっしゃる通り、今後数十年鎖国は不可能でしょうね。そんな事をしても利益がありませんし、弱った現在では自滅してしまう。

 国交の政界メンバーも、農林畜産系も優秀ですよ。今まで抑えに抑えてきたものを正しく振る舞えると知って、涙を流して喜んでいます。彼らもずっと国のためにと思いながら血を飲んできたのですから。

 面白い事に与党も野党も団結しています。一部の人員を除いては、ですが」


 

「そうよな、他国からのすぱいも多かろう。虫出しも必要じゃ。政界が荒れるやもしれん」


「その辺りはうまく動かしますよ。根回しは済んでいます。せっかく芦屋さんが成した偉業を無駄にはさせません」

 

「頼むぞ。あと心配なのは国防の話になるんじゃが──」


 


「しゅごい」

「全くわけがわからん」

 

「私もこう言うのは苦手です」

「私も分からんわ。教科書の話にしか聞こえん」

 

「カラスになって全てを忘れたい」


 

「ふふ、みんなには後で教えてあげるわ。真幸はわかってそうだけど。

必要なところだけ私が伝えるから。みんなはお団子食べてなさいな」

 

「さすが飛鳥、頼りにしてるで!」

「ん゛んっ、ま、任せなさい!」


 おー、飛鳥机の下のガッツポーズすごいな。手の血管バキバキじゃないか。俺も思わずにやけてしまう。


 

 

 現時刻 15:30 みんなでアリスの買ってきたお団子と緑茶でティータイム中。

 アリスは仕事してても毎日おやつを届けてくれるんだ。おやつ大使か?

おかげで結構体がふっくらした気がするけど。

 

 今日は高天原の報告と話し合いをするという事で、みんながお休みでリビングに揃い踏みだ。


 

 魚彦と伏見さんは山盛りの紙束を抱えつつ情報交換&会議してる。

俺も国内の情勢を調べてはいるけど、現状把握を完璧にしてるんだな。魚彦も伏見さんもすごいよ。

 

 魚彦は国造りを国津神とやって来た経験もあるし、天照と月読とも高天原でいろいろ会議してきてくれて、規律をたくさん変えたみたい。

 

 高天原では時間が経つのが早いから、こっちでは俺が起きてからまだ数日経ったばかりだけど……あの感覚だと魚彦達はもう数年働いてきた計算になる。

 

「久しぶりじゃのう」と言った魚彦に鬼一さん達が首を傾げていたのを苦笑いで受け止めていたが、魚彦は何となく大人っぽい顔つきになっていた。


 

 

 神様の階位ルールとかそう言うものに関してはよく分からんけど、俺と颯人は枠外に指定されているらしい。

 勾玉を交わしている神様が俺たち以外に存在しなくて、どう定義していいのか結論が出なかったって。


 俺は長がつかなきゃなんでもいいです。天照と月読はまだ残業していて、帰るまでに数日かかるらしい。

大丈夫なのかな。戻ったら何年経った事になるやら。



 

 みんなが住むこの家から……伏見さん達は真神陰陽寮に、天照と月読、魚彦は高天原に出勤して行ってる。みんな転移術をマスターしてるから僻地でも問題ないんだ。

 星野さんは結婚したから新居に住んでるんだけど、よく遊びに来てくれる。

 

 暉人、ふるり、ククノチさんは現世のパトロールと情報収集が主な仕事だ。

颯人、ラキ、ヤト、赤黒は俺の警護と皆んなで役割分担してくれてる。


 みんな頼もしいな。俺だけなんもしてなくて申し訳ない気持ちになる。

ご飯も作れないし、生活の全部に颯人がつきっきりなんだもん。……おトイレは出なくなったから良かったと言えばよかったかも。神様便利。

 

 颯人だって一人で何かしたい時があると思うし、迷惑かけてるよな……しょぼん。


 


「真幸、おかしな考えは止めよ。先に伝えた筈だ。其方と共にいる時が愛おしいと」 

「き、聞いたけど、今真面目な話してるから静かにして」

 

「声を小さくすれば良い。頬が赤いぞ。甘く熟れた果実のようだ。かじってもよいか?」

 

「だ、ダメ。そう言うのは人前でしちゃダメだろ」

「二人の時ならよいのか?では後に取っておこう」

 

「いいって言ってない。人のこと甘いとか花とか果実とか、なんでなんだよ」

 

「ふ、其方は甘く芳しい花なのだから仕方ない。

 魂の相性が悪ければ、安酒のように悪酔いすることもあるのだ。枕を交わして気分が悪くなるし、苦くや辛く感じる事もある。

 其方とはなるまいな、唇があのように甘露なのだから」


「なっ……あ、風邪引いた時のことか。相性とかあるの?俺、相性いい?」

「あぁ、とてもよい。正しく酔うてしまうほどにはな」

 

「ふぅん……奥さん達とは?」

 


 あっ、しまった。つい聞いてしまった。俺は別に……そう言うんじゃないって自分で言っておきながら、どうしてこう颯人の奥さんが気になっちゃうんだろう。

なんか知らんけどずっとモヤモヤしてるんだ。


 

 

「気になるのか、真幸」

「やっぱなし。忘れて」


「何故だ?其方が望むなら答える」

「ちが、そうじゃなくて……あの」


「真幸、どうしてそのように顔を顰める?何か不安にさせているのだろう、隠さずともよい」

「違うってば……もうやめて」


 俺と颯人のやりとりに生暖かい眼差しをくれていたみんながびっくりしてる。

だめだ、俺……変だ。


「ちょっとあの、1人にして……ごめん」


 


 情けなくなって、顔を隠して転移術をかける。海辺の岩の上に移動して、膝を持ち上げ、抱え込む。


 座り込んだ大岩に波が打ち寄せ、飛沫を上げている。

満潮の時間か……いつもは砂浜と繋がってるはずの大岩が海に囲まれていた。



 

 俺、恥ずかしい。最低だ。魚彦と伏見さんが真剣に仕事してる傍でこんな事考えて。

 颯人はずっと優しくしてくれてるのに、どうしてこんな風にしちゃうんだ。

 

 嫌な思いさせてる。俺が颯人の気持ちに応えれるようになるまで、待ってくれるって言ってたのに。


 俺は何もかも整理しきれず、覚悟もできず、ただ颯人に甘えて、奥さんにやきもち焼いて。

芭蕉さんが奥さんとは縁が切れてるって言ってたけどさ。いつまでも考えてしまう。


 


 颯人の愛情を知ってるのは俺だけじゃない。颯人の気持ちを貰っていたのも俺だけじゃない。

その事実に、苦しい気持ちになる。何て身勝手なんだ俺は。

 

 こんなに大切にされてるのに。わがままな俺のそばに居てくれるのに。

 全部の出来事に整理がついてしまった今、颯人の愛情が苦しい。怖い。

何も知らない時にどうしていたのか思い出せない。


 

 


「迷える子羊の芦屋さん。お邪魔します」

「あ、星野さん……」

 

 岩の上に現れた星野さんが、ちょこんと隣に座ってくる。


「痛くないです?足」

「うん、平気」

 

「颯人様達には私がお話しすると伝えて来ましたから、ゆっくりしましょう。疲れたら言ってくださいね」


「うん……」



 星野さんは何も言わず俺と肩を寄せて、目を閉じて、波音に耳を澄ませている。

突然飛び出した俺を追いかけて来て、何も聞かないで寄り添ってくれてる。

 

 泣いてしまいそうだ。でも、そうじゃない。星野さんがここに来てくれたのは俺を気遣ってるからだし、何が原因かわかってるからだもん。



「あの、星野さん。恋バナ?したい」

「お待ちしてました。致しましょう」

  

 星野さんがニヤリ、と笑って肩に手を回してくる。

 



「芦屋さんと恋バナができるのは、今のところ私だけですから。ちなみに私の方が先輩ですね!これだけは!」

 

「いや、真面目にそうだと思う。星野さんが来てくれて助かった。」

「そう言ってもらえると嬉しいですよ。最高の気分です!」

 

 俺の肩をさする星野さんの手は結構大きい。わずかに残った手首の傷が懐かしく思える。


 


「あっ!これ浮気になったりする?」

「あっはは!なりませんよ。私の奥さんはちゃんとわかってますから、ご心配なく」

 

「そう、そっか……うん。星野さん、俺何かおかしいんだ」


 穏やかに微笑む星野さんに縋りつき、助けを求める。こんなの、経験がない。本当にどうしたらいいのかわかんないんだ。


 


「どうして、そう思うんです?」

 

「あの、颯人が俺のこと好きだろ?それで、その……俺も好きだけど、恋とかそう言うのなのかすらわかんなくて、自分の感情がわけわかんない。怖い」


「なるほど、混乱してしまってますね。ちなみに颯人様の最後の言葉は告白だったと言う事ですよね?」 

「……うん」

 

「そして、芦屋さんはそれが嫌ではないし、颯人様と命を分け合うほどに信頼している……相棒として」

「うん」

 


「心の中にお互いが居て、信頼しているけれどボーダーラインがあり、まだそこは許せない。何もかもを手放しで愛してくれる颯人様の気持ちに応えられない。

 しかし、自分もまた颯人様を想っていて、先ほどのお話から推測するに……元奥方にやきもちを焼いていると」


「うぅ、うー……そう、だと思う。マジで俺カッコ悪い。何様なんだ。矛盾してる。おかしいよ……」


 

「どうしてですか?恋も愛も、キラキラしたものとドロドロした念や悲しさとは表裏一体のものです。

 片方がボーダーラインを引いているなら、相手を待つのは当然の事ですから。それができない男なんて捨ててください。一円の価値もないですから」

 


 星野さんがガチ目のトーンで話し出した。星野さんは結婚したばっかだし、彼女もいた経験があるし。

俺の気持ちもちゃんと整理整頓してくれて、真剣に考えてくれてる。



 

「芦屋さん、結論から言うと恋の過程や結果がどうあってもおかしくはないんですよ。

 結婚を選ばない人もいるし、離れ離れで暮らす人もいる。お互いが愛し合っていれば、他のことは正直どうでもいいですし、どうにでもなりますし、どうあったっていいんです」


「で、でも……颯人は経験者だから、そう言う欲望とかあるだろうし。

 俺、その辺りはまだわかんないままだし、正直この先そこに触れられるかすらわかんない。

 相棒だからそばに居たい、離れたくない。触りたい。

でも、それって颯人だけ辛いだろ?俺は最低なことしてるんじゃないのかな。勝手にやきもち焼いて、パニックになって。感情が制御できないんだ」


「それでいいんですよ。芦屋さん。何もおかしくなんかありません」

「そうなのか……?でも、これが恋だとは思えないと言うか、思いたくないと言うか。凄く複雑なんだ」


 星野さんが「ほう」と呟く。

俺のよくわからん欲望を吐いて、嫌われたらと思うと怖いけど、星野さんはきっとそんな事しないと思う。

優しい瞳の色を見ていると、そう思えた。



 

「颯人が傍に居てくれれば本当に何もいらないし、肌が触れているだけで幸せでさ。今までの何もかもが報われる気がする。

 でも、その先は本当にダメなんだ。キスまがいな事をされるのは嫌じゃないけど、体を差し出したりはできない」


 

「それは……過去の経験もありますか?」

「うん、多分そう。純粋な行為自体に嫌悪感はもうないけど。ウズメの本を読んで、話を聞いてそう思った。

 恋人ならそう言うことしたいだろ?でも、俺は出来ない、しなくない。颯人が『相棒』の枠から外れるのが怖いんだ」



 奇妙な独白を聞いた星野さんの顔色は変わらない。動揺もなく、蔑みもなく……ただ、穏やかに微笑んでくれる。




 

「嫌なことは嫌だと伝えて、颯人様に我慢してもらうのは何も悪いことじゃありません。あなたを幸せにしたい、と颯人様は望んでいます。想いを寄せられるのは嫌ではないのでしょう?」


「うん、そう……好きだって言われると嬉しくなる。でも、俺だけ満足して、颯人が幸せじゃないのは良くないと思うんだけど」


「颯人様はそうおっしゃいましたか?今、現状ではなんと?」


 ハッとして星野さんの目をみつめる。

あぁ、俺……勝手に颯人の気持ちを決めつけてたのか。めちゃくちゃカッコ悪いな……。



 

「ね、何もおかしいことはありませんよ。颯人様はちゃんと芦屋さんにお伝えしていますよね?共に過ごす時が愛おしいと」

 

「うん、そうだった。俺勝手に暴走してたんだな」


「友達以上恋人未満とかそんな感じでしょうかね。相棒と呼んでいますが、あなた達の関係は命を分けた半身ですよ。恋愛も酷似しています。私も初恋はヤンデレかましてましたよ。月読様といい勝負でめちゃくちゃでした」

 

「そうなの?なんだか難しいんだな……あのさ、もう一つ聞いていい?」

「なんなりと」


 凄く、言いづらい。みんな俺の過去を知ってるんだから傷つかないように言いそうだし、星野さん優しいし。

でも、うん、星野さんならちゃんと応えてくれるはずだ。



 

「颯人が俺に触れるたびにドキドキするんだ。恋人じゃないって思ってても、身体に触りたくて仕方ない。

 もしかしたら……そう言うのに慣れすぎて、依存してるのかな。そう思うと恥ずかしいし、颯人に申し訳なくて、やるせなくなる。相棒がいいとか言ってるのにサイテーじゃないか?」


 星野さんが手を握り、親指で手の甲を撫でる。慈しむようにしてくれて、心が凪いでいく。



 

「恋人ではなくとも、好きな人とは触れ合いたくなるんです。私が芦屋さんに触れたくなるように。

 例え、芦屋さんが望まぬものを経験したとしてもそれが当たり前なんですよ。自分を信じてあげてください。

 あんなに大変な思いをして、傷だらけになったって颯人様を取り戻した純粋な心は、誰にも穢せません。

 こうして触れていても、私がそれを望んでいるようには見えないでしょう?

あなたは大切な友であり、尊敬する方へそんな劣情は持ち得ません」


 顔が熱い。わずかに頷くと、星野さんが小さく笑った。



 

「なんて可愛い人なんだろう。芦屋さんは本当に可愛いらしいですね」

「むむ、むぅ……」


「性依存しているなら、他の人ともしたくなりますよ。例えば、私とか、伏見さんとか、鬼一さんとか。鈴村さんもそうです。みんな芦屋さんのことが大好きですから、求められれば応えてしまうかも知れませんね?」

 

「……」


 

「ね、そうしたいとは思わないでしょう?それは依存ではありません。

 こう言ったものを抱えるのが初めてなら、悩んだりするのも当然ですし戸惑うこともあるでしょう。どうしてこんな風にしてしまうんだろうと悔やむ事もある」


「うん」


「そう言う時は相手に委ねるんです。嫌なことはしなくていいんですよ?

 見つめたら見つめ返してくれる。手を握れば握り返してくれる。抱きしめたら抱きしめ返してくれる。

颯人様は必ず応えて下さるはずです。彼にとっての幸せがそこにあるのですから」


 

 

 星野さんが、優しい言葉でトゲトゲしていた筈の全部を包み込んでくれる。迷いのない答えが俺に安心をくれるんだ。すごいな……。

 

 目を瞑ると、いつも浮かんできた母の面影はない。浮かんでくるのは颯人ばっかりだ。

 颯人の目、颯人の唇、颯人の手、颯人の髪。カッコよくて、優しくて、力強くて……『我の花』と言われたあの時の甘酸っぱい気持ちでいっぱいになる。


 


「まだ時間がかかりそうだけど、何となくわかった。俺は颯人の事が本当に大切なんだ……いつか、恋人になりたいと思うかもしれない」

「そうでしょうねぇ」

 

「そんなにわかりやすい?みんな察してるの?」

 

「それはもう。芦屋さんがくれる眼差しはいつも優しくて穏やかなものですが、私たちに向けるものと、颯人様に向けるものは違いますよ。お互いがきちんと向き合っていて、そばに居る私たちでさえ幸せな気持ちになってしまいます。

 恋なんて名前をつけなくても、いいと思いますよ」


「そう?そう、なのかな」

 


 

「思えば最初から颯人様はそうだったと思います。ずっと芦屋さんを見つめる色は変わって居ません。

 あなたのそばに居て、あなたの生き方を見てきたんですからそうなるでしょうねぇ」


「……?なんで?颯人が惚れてくれるような事したのか?」

 

 

「あー、なるほど。そこが原因ですか。

良くわかりました。芦屋さん、ちょっと待っててもらえます?恋バナ仲間として仕事をさせていただきます」


「???仕事?」

 

「ええ、とてもとても大切な仕事です。迷える子羊さんに道標みちしるべを渡したいので」

 

「うん……あ、あの、話聞いてくれてありがと。また、聞いてくれる?」

 

 星野さんがニコニコしながら俺の手をぎゅっと握りしめる。


「私だけにいつでも相談してください。これは大変幸せな時間です」 

「ほぁ……はい」


 では少々お待ちください、と星野さんが姿を消した。



  

 俺が座ってる岩に打ち寄せる波が、夕方になって冷えた空気を運んでくる。

来月にはもう、梅雨が来るんだな。季節がきちんと訪れて、この国は順調に回り始めてる。


 魚彦も、伏見さんも……真神陰陽寮も、高天原も、きっとこの先は幸せな未来が待っている。

 俺は、幸せになる事自体が少し怖い。いつも幸せの後には不幸が来てしまうから。


 大村さんが言ってくれた様にそれとは決別したと思っていても、癖になってしまった怯えが頭をもたげて……なかなか振り払えない。


 


 颯人が俺のこと、つまんないって思ったらどうしよう。

今が好きでも、人より長い時を過ごすのに飽きられたら?

俺が恋人になんかなれないっていつまでも待たせて……嫌われたら。

今度こそ本当に失ってしまったら、と考えると体が勝手に震えてしまう。




「……真幸」

 

 羽織で包まれて、颯人の香りが柔らかくその温度を伝えてくる。

心配そうな顔でじっと見つめて、大きな手が肩を優しくさする。


「足は痛まぬか?体が冷えているではないか」

「平気……ごめんな」


 膝の上に抱き抱えられて、すっぽり大きな体の中にしまわれる。

あったかいなぁ、颯人は。


 

 


「星野と話した。すまぬ、我のせいで真幸を不安にさせていたのだ」

 

「ち、ちがうよ。俺が勝手にそうなっただけ。颯人を振り回してるのは俺だろ?」


 

「我が恋に落ちたのは、其方が神隠しの神に出会い、雨に濡れた髪をかきあげた時だ」

 

「へ……えっ?」


「愛していると確信したのは、我が風邪を引いた時だ。真幸の深い愛情に命が震えて、我だけのものにしたいと思った」

 

「な、なに?何が始まったの?」


 颯人が俺を持ち上げて、向かい合わせで膝に乗せ、腰を片手で支えてる。

 なんだかすごい格好なんですけど。

颯人の綺麗な顔が直でぶつかってくるんだが。顔がイイ。

あの時のトメさん、こう言う気持ちだったのか。


 

 

「我は其方を愛している。最後にそう、言葉を残したのは口が勝手に言ってしまった。其方を縛りたくないと思いながらも、他の者に手渡すことは出来なかったのだ。

 其方を、守りたかった。生きる糧になれたのだと幸せな気持ちで現世を去った」


 そんな苦しそうな顔しないで。わかってたよ。ちゃんと。

俺のことを思ってしてくれた事だって。わかってはいるんだ。



 

「すまぬ。今ではそれが間違いだったと思っている。

 我が去った事で真幸の眼は昏く染まった。だが……我はそれすらも愛おしい。我を思っているからこそ、そうなってくれたのだと正しく理解している。

 相棒か、恋人かなど些細な事だ。何も苦悩などしていない。

そばに居て、口吸いを避けられるのは最高によい。猫のような気まぐれさがたまらぬ」


「何だよそれぇ……」


 颯人が笑って、それが自分にも移る。

颯人の声も好きだな。低くて、優しくて、ドキドキしちゃうんだ。



 

「いつかは一つになりたいと思う。隙あらばそのちゃんすを伺うが、真幸が許すまでは待てるぞ。我は大人だ。

 そのように苦しまなくてよい。今までの寂しい気持ちも、苦しかった事も、二度と味合わせたくはない。

 真幸と笑い合い、共に過ごす時間が愛おしいのは本当なのだ。

我を想ってくれるなら、何も気にせず気ままに振る舞ってくれぬか」


 欲しかった言葉をもらって、体の中がポカポカしてくる。

夕暮れの海の上なのに。のぼせそうだ。


 


「本当にいいの?俺は何にも答えが出てないのにさ。相棒だって言い続けるぞ。……颯人は、悶々とするしかないんだぞ?」

 

「真幸にされるならよい。其方は自惚れてくれねば困る。我は、どんな事があってもどんな事をされても真幸を愛する。

一度は言うたはずだ。ここまで恋しいと思った事がないと。互いの気持ちが揃うまでは相棒でいさせてくれ」

 

「うん……」


 

 

 颯人の柔らかい言葉にホッとしてしまう。

 俺は、目が覚めるたびに颯人を探して、見つけるたびに幸せな気持ちになる。不安な気持ちもあるけどさ、それを満たしてくれる人がいるって……本当に幸せなんだ。


 色んな事を考えて、それが拗れてしまうなら何も考えずにいたほうが良いのかな。

 俺だって、颯人が他に相棒を作るなんて嫌だ。「どう思う?颯人」って言ったら返事が来ないと嫌だし、すぐに触れられる距離から離れたくはない。

 でも、相棒のままでいたい……。


 本当にいいの?こんなので。

子供みたいなわがままなのに、颯人を困らせるのは嫌だ。颯人が幸せにしたいって思ってくれるなら、俺だって同じ気持ちなんだ。

 



「一つ、伝えておこう。我は蘆屋道満の術を其方と出会った時にすでに見破り、看破していた。きっかけは奴の呪いがあったかも知れぬが。

 彼奴は術をかけるに長けているが、うっかりしているところがある。

術をかけた本人がその術を使おうとしなければ発動せぬ」

 

「え?マジか……親父のうっかり酷いな。勾玉貰いすぎなのはそれのせいもあるかと思ったのに」


 


「皆、真幸の命そのものに惹かれている。

 そもそも其方は自分を好いて欲しいやら感謝して欲しいやら、そう言うものは持っておらぬのだから術が発動する理由がない。

 承認欲求がどうのと言っていたが、お礼を言われれば何やかんやと逃げる。信頼の証である勾玉も嫌がる。

道満を打ち倒した後に祝いもせず、御百度参りに行っただろう?一日くらい酒を飲んで褒め称えられても良かっただろうに。

 もしや、我に認められたいとでも思っていたのか?」




 颯人に見つめられたまま、自分の顔に熱がひろがっていく。

 だって、颯人はすごい神様なんだ。

最初からそうだってわかってたし、俺の雑なところを全部見直すきっかけをくれたし、人として教わったことのないモノを全部くれたんだ。

 

 認められたいって……思うだろ。

相棒だし、師匠だし……今の俺は、颯人が作ってくれたんだから。


 


「……そのようにされては……どこまで我を夢中にさせれば気が済むのだ。どこまで真幸を恋しくなれば良い。わからぬ」


 颯人の大きな手が頬を包む。

びっくりするほど熱い手が、壊れものに触れるようにそーっと動く。


 


「我が得た其方との関係は、名前などつけなくとも良い。このままの距離で、心を一つにしてくれれば本当に幸せなのだ」

 

 おでこをくっつけて、真剣な目で伝えられて……涙が出てきた。



 

「颯人……ありがとう。これからもよろしく頼むよ、相棒」

「応」 


 小さく呟くと、颯人が強く抱きしめてくれる。

 心から溢れて来る気持ちは、まだなんなのかわからない。ただ、幸せで……ただ、熱くて。

俺の幸せは颯人だったんだな。そう確信できた今は、それだけを信じていたい。


 冷たい海風が吹いても、体も心も暖かい。いつか……相棒ではなくなるその時が来ても、この暖かさはなくならないんだ、と初めて自分の未来に希望を感じた。

 

 

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