68 皆花よりぞ木実とはなる
いま…何時?
俺が舞を始めてから、どのくらい時間が経った?
身体中に蓄積した疲労で痺れが広がり、汗が体を捌くたびに弾かれて散っていく。くるりと回転するたびに耳が、神楽鈴を捌くたびに指先が、木の床を踏み締めるたびつま先がジンジン痛い。
黒夜の空から、白いふわふわの雪が降っている。
下拝殿の周りは降り出した雪に埋もれ、月明かりと松明の灯を白く反射していた。
ひふみ祝詞を謳い続け、舞を繰り返して……もう何回目なのかわからない。
下拝殿の中で刻々と時が過ぎてゆく。
天照大神が、降りてこない。
祝詞の声が枯れて出なくなり、神楽鈴と除夜の鐘の音だけが響きわたる。
仲間達が緊張したまま表情を硬くしてる。伏見さんの目がすごく細くなって、魚彦たちの表情が昏い。俺、何か間違えてるのかな。
(間違えてはおらぬ。すぐそこまで来ているのになぜ降りないんじゃ)
(清めも足りてるぜ。おかしいよな)
(増幅、する?)
(赤黒、ならぬ。神を喚ばわるのは巫女の純粋な霊力のみであるべきじゃ)
(せやかてククノチさん、このままじゃ真幸が心配や)
(どうしたらいいんだァ?真幸、大丈夫かァ?)
(クゥン……)
足りない何か、純粋な霊力……。
うーん。
「おかしいですぞ、まだ降りぬ」
「禊が足りぬのか、霊力の問題なのか」
「流石に浅ましい意図が伝わったのでは?」
どこかで聞いたセリフが耳を掠める。
……あぁ、神様の仕合わせってやつか。順序立てて、もう一度颯人の神降しを、最初のアレを倣わなければならないのか。
でも、俺はあの時とは変わってしまった。飲んだのはビールじゃなくてお神酒だったし。自分の体も汚れてしまっただろう。
颯人を失って、あの頃抑えていた呪力はすでに体をめぐって、神力や霊力と同化してしまっている。
颯人は『つまらんから降りたくない』と言っていた。俺、つまんない奴になっちゃったのかな。
なぁ、颯人。何もかもが懐かしいんだ。
颯人に出会って、適当に恋してちゅーするなんて言って、それを間に受けて降りてきちゃってさ。
最初は偉そうにしてたし、イケメンすぎて鼻につく感じだった。
初めて一緒に食べたのは卵かけご飯。伏見さんが用意してくれただろう、きゅうりの漬物さえ面倒で出さなかったんだ。
それでも、颯人は美味しそうに食べておかわりまでしてくれた。
忙しくて本当に疲れた時には、鰹節とお茶をかけただけのお茶漬けでも「うまい」ってニコニコして食べて、ちゃんと手を合わせてご馳走様をしていた。
生活の何もかもを一つ一つ丁寧にする颯人が格好よくてさ。それを真似て、俺の雑な所作振る舞いが少しずつ治っていった。
お茶碗ひとつ重ねる時もそっと重ねて。お箸は持ってすぐじゃなく、ちゃんと持ち替えて使う。
窓を閉めるときも、ドアを閉めるときもワンテンポ置いてから静かに閉める。
時々乱暴にしてたけど、颯人は俺に必要な時だけ慌てるんだ。
俺との生活の中で、小さなことも大きな事も喜んで、全部の真ん中に俺を置いてくれて……本当に満ち足りた日々だった。
外から家に帰ってきて、俺の靴の横に颯人の靴をくっつけて。いつまでも笑って眺めてた事もあった。
小さな事を幸せに思わせてくれる、颯人のおかげで……〝不幸〟だらけだと思ってたのに、本当は自分が〝幸せ〟に囲まれていると気づけたんだ。
師匠としては厳しかったけど、一度もダメなやつだと言われたことも、馬鹿にされたこともない。
俺が諦めたくなっても、何も言わずにじっと立ち直るのを見守ってくれる。失敗しても、必ず挽回できると信じてくれる。
少ない言葉をわざと寄越して、俺が自分で考えられるようにしてた。
颯人の優しさは本物だった。まともな教えを受けてなかった俺に、人というものが何たるか、どうあるべきかを教えてくれた。
俺は、自分の人生に嫌気がさしてたよ。
保険の仕事を辞めざるを得なくなって、たまたま受けた公務員試験に受かって、それさえクビになって。
何もかもうまく行かなくて、誰にも愛されなくて絶望して。
満たされない何かを求めて寂しがってばかりで、やる前から全部を諦めていた。
そんな俺がここまでやってこられたのは颯人のおかげだ。颯人は俺が知らなかった本当の愛をくれた。
俺はまだそのお礼すら言えてない。
最期の言葉に答える覚悟もない。
約束を破って、無責任に死を選ぼうとした時の顔……ホントに怖かった。
伏見さんたちが俺を失くしたくないって言ってくれたのに、咲陽も強い言葉を残してくれたのに……颯人が生きられるなら、自分が死んでも構わないなんて思っていた。
現世に残した体がどうなろうと、どうでも良かったんだ。
颯人に会いたい。
颯人の笑顔が見たい。
颯人の大きい手に触りたい。
長い髪を撫でて、香りに包まれたい。
声が聞きたい。
俺の名前を呼んで欲しい。
……寂しいよ、颯人。
『其方は、風颯の抜け殻を宿している』
やっとこさ声が天上から聞こえたな。
なんか前回の時と様子が若干違うような気がする。拗ねてるのか?
『兄上、そう仰らず。さんざん舞を見て喜んでいたでしょう』
『いやだ。恋もちゅーも既に風颯のものだろう』
『そうですが、人妻も良いものです。ご覧くださいあのうら悲しげな色気を』
『確かによいな』
(ちょっと。変なこと言ってないでさっさと来いよ)
舞をやめ、神楽鈴を鏡に戻して袖にしまいこみ、天を睨みつける。
颯人を失った俺の武器達は、妃菜や鬼一さんのように黒に染まったままだ。俺の心みたいに。
『巫女が怖い。降りとうない』
『真幸君、落ち着いて。仮にも高天原の最高権力者にめんち切るのやめて』
(うっさいな。まさか二柱で来るんじゃないよな?空席は一つだぞ)
『えっ、やだ、僕も行きたいもん』
『月読もせっとでなければ降りぬ』
うえぇ、マジかぁ。
……颯人、どう思う?
問い掛けても、答えは返ってこない。
胸が締め付けられるように痛い。きゅうきゅう音を立てて痛みがどんどん増していく。
「お前は颯人を失った」と現実がフルスイングで俺を叩きのめしてくる。
膝が震えて力が入らない。
息が上がって苦しい。
吐いた息が白く立ち昇っていくのをただ、見つめ続けるしかない。
108回目の除夜の鐘が時を告げる。新年を迎えて俺は立ち尽くしていた。
雪が冷たい。風が痛い。
諦めたい。もう嫌だ。苦しい。
ツクヨミノミコトだって、アマテラスオオカミだって、颯人が怖がるくらい強い神様なんだぞ。そんなの中に入れたら壊れちゃうよ。
怖い……どうしたらいいんだ?
目を閉じて、涙が溢れる。
涙が熱い。体が冷え切ってる。
颯人が居ないと寒くて仕方ない。
颯人にあっためて欲しいのにさ。
颯人……颯人……はやと……。
──突然、腹の底から熱が湧き上がる。
体を灼く熱が体をめぐって、魚彦、暉人、ふるり、ククノチさんの勾玉を呼び起こす。
外にいるはずのラキ、ヤト、赤黒の勾玉が体の中に生まれたのを感じる。
みんなが一斉に俺の中に戻って、颯人の抜けた穴を広げて、二柱分の居場所を作ろうとしてくれる。
……そっか、わかった。
俺、諦めないでやってみる。
「いいよ。来て」
小さく呟くと、夜空から降ってくる白い
音が消え、風が止み、真夜中の空が割れて青空が現れ……太陽が顔を覗かせる。
夜空はヒビを広げて闇を払い、ガラスのように陽の光を弾き、夜の欠片が降り注ぐ。
なんて力なんだ……夜を朝に変えてしまうなんて。
自分の手先から、足先から金色の光が生まれて体を蝕んでいく。
頭の真上まで昇ってきた太陽、それと重なった月が灼熱を纏った光を発し、俺をまっすぐに照らし出す。
熱くて溶けそうだ。
颯人の熱とは違う、熾烈を極めた一筋の閃光が天空から降りて、体を貫いた。
「……かはっ……」
「あ……芦屋さん!!!」
衝撃に耐えきれず、自分の口から血が吐き出され、身体中の血管が脈打って死の気配が近寄ってくる。
体の真ん中に突き刺さった光が溶けて、四肢まで痺れが広がる。
支えきれなくなった命が、溢れて落ちるような感覚。体が言うことを聞かずに床に崩れ落ちた。
「しっかりしてください!芦屋さん!芦屋さん!!」
伏見さん?なのかな……何言ってるかわかんない。目に映ってるものがなんなのか理解できない。体が痛い。
目からも激痛が走り、涙のはずの雫が、ぼやけた視界を赤く染める。
頭の中が真っ白になって、脳の動きが止まり、耳だけが音を拾っていた。
「はは…は……すげぇ。想像以上だな。アマテラスとツクヨミか。二柱呼び寄せるとか何なんだお前。本当に下ろしたのか?信じられん。
颯人との契約は破っていないぞ。お前が勝手に死ぬんだからな。最高神は降りた瞬間にバーサーカーだ!はは、……ハハハ!!!」
「道満、貴様!!最初からそれを知っていたな!!」
「伏見さん、知らない訳がないだろ?某は天才陰陽師だよ?お前らのやってる事なんか、パァにできるから放置してたんだよ。バカだねぇ?」
「クソっ!!」
「真幸、手を握れるか。ワシが癒してやる。しっかりしておくれ」
「ヤベェ!!魂が持っていかれそうだ……真幸!行くな!!」
「あかん、あかんで!真幸!ワイを見ろ!ちゃんと見るんや!!」
「真幸!お主が死んでどうする!颯人を取り戻すんじゃろう?道満を倒して国護結界を繋ぐんじゃ!」
「真幸ィ!嫌だ、オイラを置いていくなよォ!ラキ、魂をひっつかめ!噛め!」
「わかっタ!!」
「あるじ様、僕をひとりにしないで……」
「お、中にいた眷属が全部出てきたな。総仕上げと行くか!」
下拝殿の周囲から、膨大な瘴気が生まれ落ちる。呪いの匂い。負の感情を煮詰めたような……不快でねっとりとした空気が体を包んでくる。
「安倍晴明が
胸元が熱い……累が熱を発して、ブルブル震えている。毛玉に手足が生えて、鋭い爪が俺の胸をガシッと掴んだ。
「累、どした?怖いか?ごめんな、巻き込んじゃって……もっとちゃんと捕まって良いよ、俺が守るからな」
「……」
「寂しくなっちゃったのか?手が動かなくて、抱っこできないんだ。累のふわふわを撫でたいな……」
「……まさ、き」
「うん、そばに居るよ。かわいい累……」
「…………うん」
爪が引っ込んで、あったかい舌がぺろぺろ爪痕を舐めているのがわかる。
んふ、ちょっとくすぐったい。
「……おい、累!?」
「…………」
「な、何してんだ??真幸を仕留められる場所にいるだろ!俺が現世に喚んでやっただろ!?お前、働け!!」
「ヤダ。わたし、真幸が好き。お前の言うことなんか聞かない」
「…………は??」
うーん、何だろう、まだ音が戻ってこない。伏見さんがソワソワしてるのがわかるし、眷属の神様たちが一斉に俺を取り囲んだ気配がするんだが。何が起きてる?
「くそッ!累まで絆してんのか!?それなら直接……」
――……かごめかごめ
籠の中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀と滑った
後ろの正面だあれ?……―――
「なっ、かごめ歌!?何ですかこの禍々しい気配は!?」
「ほっほっ、浄真のとこからやってきたのじゃ。コトリバコの中にいた子じゃよ」
「コトリバコですって!?」
あれ……誰か歌ってる?この声は、ショウタロウだろうか。
小さな少年の声で、俺の名を繰り返し呼ばれる。ほんのり柔らかい光が近づいてきて、一つずつ俺の中に染み込んできた。
「まさき!たすけにきたよ!」
「ショウタロウか?コトリバコから出てきたのか?」
「うん!タロウも、ヤスケもみんなできたの!あのおじさん、やっつけるね!」
「……えぇ?」
耳が突然クリアな状態になって、幾重にも重なるかごめ歌が聞こえる。
明らかに子供の声なんだけど、耳が痛いほどの音量のデカさで、思わず塞ぎたくなるくらいだ……。
かごめ歌って、いろんな解釈があるけど吉方を占って活路を示す歌なんだよ。怨霊である子たちが歌ってるから、ちょっと禍々しく聞こえるけど。
「なんなんですかこれは!?怨霊の気配……これも道満が!?」
「ちゃうと思うけどー!なんやご本人も耳押さえてうずくまっとるでー!!」
「味方にしたって、俺たちも動けねぇぞ……」
「耳が……頭が痛い……」
ありゃ、みんな混乱してるな。ショウタロウ達は道満を抑えてくれてるのか。
「ショウ……タロウ、もう良いよ」
「芦屋さん!?声が戻りましたか!?」
「伏見さん、ごめん。まだ動けないけど、ショウタロウはいい子だから……祓わないで」
「は、はい……」
「まさき、もういいー?」
「うん、多分いいぞ。ありがとうな」
ショウタロウが暗闇の中で手を振って、走り去っていく。
「あっ、あのね!
ショウタロウが消える瞬間に叫び、腹の中で、熱が二つ生まれる。
(――ごめん、勾玉出すの忘れてた)
(すまぬ……風颯から聞いていたのに)
降ろしたばかりの二柱の声の後、景色が目の中に戻ってくる。
散じた意識が急速に収束し、頭の中の霧が晴れていく。
「くっ……そぉおおおお!
何なんだよ!何なんだよ……
お前!!!!!!!!!」
「敵ながら同意せざるを得ませんねぇ」
「伏見さん!真幸何なの!?おかしいだろ!?ヤベェ怨霊呼び出してんじゃねーよ!!?」
「知りませんよ!突っ込むにも情報が足りないんですから!」
「クッソ……もう良い!!最後の手段だ!!
――某の
あっ、これまずいぞ。道満がなんか喚び出してる。
俺の涙を拭ってくれる伏見さんが、視線に気づいて細い目を見開いた。
「芦屋さん!!目も戻りましたね!平将門が召喚されています!鬼一、鈴村、星野!芦屋さんをお守りしますよ!!」
伏見さんの呼びかけに応えて三人が走ってくる。
是清さんと魚彦が代謝全体に守護結界を発動した。紫の光が大きく周囲に広がり、消えていく。
「けほっ、将門さんだって?……嘘だろ?」
魚彦が俺の体を起こして、暉人が支えてくれる。体に力が入らないし、アマテラスもツクヨミも顕現できない。
他の神様達は全部まろび出てきちゃったんだ。二柱の容量がデカすぎる。
脳みその中が勝手に動いて、形を変えていく。ものすごい情報量が中にいる二柱からもたらされて、処理しきれない。
将門さんは、契約をしない前提で招んだ神は……依代を得られず最初から荒御魂になるのか。しかも何か細工をしていて完全にバーサーカーになってるみたいだ。
おおおおぉ………と地の底から唸りをあげ、中務の陰陽師たちを蹴散らして瘴気が一つにまとまる。道満の背後に大きくその鎧姿を成し、将門さんがのっしりと立ち上がった。
足を踏み締めるごとに大地が揺れ、空気が震え、漆黒に渦巻くその身中に複数人が巻き込まれて飲み込まれていく。
荒神どころの騒ぎじゃない。身体中が潰されるような圧力が波打って、押し寄せてくる。
「仲間を巻き込むのか、道満!」
ニタリと半月に口を歪め、道満が嗤う。
「お?何だ戻ってきやがったのか!チッ。別に仲間じゃないよ。俺は友達一人もいないからな。
将門さんは妖怪を百匹殺して血を捧げたらあんな感じ。俺も殺されそうだなぁ!頑張ってね⭐︎」
道満が走って端っこに逃げていく。
形が一定にならない将門さん……少し前に鎮めたはずの彼はゆらめき、瘴気を増して行く。それを見た自分の背中に怖気が走った。
鎮められるだろうか、あれを。
いや、俺はやらなきゃならん。
しっかりしろ。考えろ。アマテラスの情報を必要なだけ読めばいい!
生きて、生き抜いて颯人に会うんだ!!
「星野さん、霊壁を張ってくれ!神職さんを、稲荷神達を守って!!妃菜、戦闘の指揮を頼む!」
「はいっ!」
星野さんが目の前に立ち、ハラエドノオオカミと共に柏手を打って水晶を掲げ、霊壁を張り巡らせる。
「わ、私が指揮すんの!?」
「そうだよ、妃菜。軍杯扇は軍を差配するんだ。伏見さんは十手、鬼一さんは刀。神から下された武器は、その人のやるべき仕事を表している。二人は時間稼ぎを頼む!」
「おう!」
「お任せ下さい!」
鬼一さん、伏見さんが武器を構えて、神を顕現して走り出す。大きく腕を振り回した将門がその足元を打ち払い、二人が跳ねて避け、左右から回り込んで攻撃を繰り出した。
「俺の眷属達は鬼一さんと伏見さんを
「「「「「応」」」」」
魚彦と赤黒以外の神様たちが頷き、鬼一さんと伏見さんに合流して繰り出される瘴気を祓い、将門さんに立ち向かっていく。
「妃菜、みんなの動きを見て動かして欲しい。妃菜なら、必ずできる」
「や、やるしかないんやな!よっしゃ!!呪力上昇、腕力、脚力アップのバフかけるで。ショックに気ぃつけや!是清さんは守護結界を維持、神職さんは大祓祝詞お願いします!」
妃菜が双眼鏡を除くようにしてバラバラに動き回るメンバーを見つめる。
神職さん達の祝詞が始まり、周囲の瘴気が消えた。冷たい風が吹き始め、清い気配に満ちていく。
「鬼一さんは祓い、伏見さんは打撃、ラキと暉人様が攻撃主力やな。撹乱はヤトがやって、相性がいいのは……よし。あんたら、ちょっとペアに分かれて!!」
妃菜はそんなにでっかい声出るんだな、びっくりした。
位置取りまで細かく指示を出して、みんなの動きが揃い始めた。
鬼一さんが低い姿勢で抜刀し、小手を抑えて将門さんの抜刀を止める。
その脇からヒノカグツチとイケハヤワケノミコトが飛び出して剣と金槌で叩き、大きな大きな刀が手首ごと落ちた。
将門が怯んだ瞬間に伏見さんが十手を膝裏に叩き込み、ウカノミタマノオオカミが足を払って大きな体がひっくり返る。
「ええで!そこでフルボッコや!!」
お尻を地面につけたまま後退った将門さんをボコボコにして、立ち直ったら立ち直ったでヤトが引っ掻き回してる。
ヤトの背中に乗ったラキが噛みついて、爪先で切り裂いて瘴気を散らす。
暉人が雷を落とし、感電させてククノチさんが茨の蔓で将門さんを縛り上げた。
ふるりが大地を揺らして、絡んだ茨がガリガリ体を削ってる。エグいな。
妃菜が指示してるんだぞこれ。凄い。
俺、初めて見たな。みんながちゃんと戦うの。将門さんはすごく痛そう。早く正気に戻してあげないと。
「真子さん、あんたそれ使えるん?」
「まかしとき、昔取った杵柄や」
「頼むわ!武器に霊力足すからな!」
「はいな」
真子さんが釘バット持ってる。タバコを咥えて、真っ白なサラシを巻いた長ランを着て。伏見さんが『後継になるなんて考えられなかった』って言ってたのこれか。
明らかにヤンキー姿の真子さんも駆け出していく。怖い。顔が怖い。
「星野さん、近隣住民を避難させるよう警察に伝えて。是清さんは守護結界をもう一度強化してや。
真幸、神力が溢れて破裂しそうやし、国護結界を先に繋ごか。力を放出しなければ何もできひん」
「そうね、私も手伝うわ。情報処理も頭を空っぽにしたほうが進むから」
「わかった。ありがとな」
大きな飛鳥と小さな妃菜が微笑み合い、手を繋ぐ。俺は懐から鏡と、剣を取り出した。
胸元にいる毛玉の累を撫でると、がんばれ、と小さな囁きが聞こえる。
草薙の剣の上に
檜扇から白檀の香りが広がり、自分を包み込んでくる。
それを掴んで広げると、迸るようにして金色の光が空に登って広がっていく。
(神継のみんな聞こえるか?鈴村です。現在平将門と交戦中、真幸はアマテラス、ツクヨミ二柱を無事降ろした。国護結界をつないで、ついでに将門を鎮めるんや!)
『はい』と各地に広がった神継達から返事が来る。
妃菜と飛鳥が網目状に広がった守護結界を一部解いて俺の力を通し、大社に国護結界結界の赤い糸が集まってくる。
「真幸!祝詞行けるか!?」
「おう」
(神継達!『皆花よりぞ木実とは生る!』真幸の聲に集中して、心を一つにするんやで!)
魚彦に支えられてどうにか立ち上がり、柏手を打つ。大して力を入れていないのに耳をつんざくような音が生まれて、俺の中に篭った力が霧散していく。
鼻から息を吸い、口から息を吐いた。
時は0時を過ぎているが、真夜中にも等しいのに空は快晴の青空。国護結界の糸を通してみんなの心が寄り添ってくる。
赤黒と手を繋ぎ、笑顔で見つめ合った。
「神職さん!大祓祝詞中止!改めて神々に
──
口を開くと同時に、耳の奥からみんなの声が聞こえてくる。
国護結界を繋ぐのに、俺が一番好きな祝詞にしましょうと言ってくれたのは、星野さんだ。俺らしくて、俺の心が宿ってるからだって。そんな事言われると照れちゃうよ。
──
瞼を閉じて、自分の魂が空をかけていくのを感じる。
大社から最初に繋がったのは、大村神社だ。鳥居の下で手を振っている大村さんと倉橋くんと目が合った。
微笑みを受けとって……次は香取神宮。加茂さんが羽田さん達と一緒だ。
次は鹿島神宮。弓削くんが居る。
加茂さんも、弓削君も、二人とも必死で目を閉じて祝詞を唱えてる。背中に手を置いて力を抜くようにさする。
そんなに力まなくても大丈夫だよ。
2人と別れて結界の糸を手繰り、
すんごい勢いで手を振ってるな、元気で良かったよ。
これで東国三社が最初につながった。そこから伊勢神宮に結界の糸を伸ばして行く。遠いな、こんなに距離があるのか。
千葉と茨城の境目からぐっと降って行く最中にもいろんな神社仏閣から結界の糸が伸びてくる。
それを残さず掴み、一本に編んで繋げる。
──
言葉が重たい。みんなの霊力が重なって、ゆるゆると結界の糸を引っ張っていく。
あぁ、伊勢神宮には安倍さんがいるのか。さっきまで京都にいたのに、転移術マスターしたの?
道満さえ入れなかった強い神宮の結界の中で、彼女が誇らしげに微笑む。
──
伊勢神宮が東国三社の力を受け、日本の全土に国護結界の赤いラインが輝きながら一気に広がっていった。
──
樽前山神社と、その奥宮に飛んでいった光が跳ねて北海道全域に赤い光が空を覆っていく。
オオヤマツミノカミ、口がとんがってるぞ。まだ拗ねてんの?
──
素盞嗚神社だ。神職さんがみんな、泣きながら手を振って空を見あげている。
みんなにも、早く会いたいな…颯人と一緒に、行くからね。
──
山手線の沿線に沿って国護結界の力が増して、首塚を抑え始めた。将門さんの動きが完全に止まる。
銀座方面からたくさんの狐さんがやってきて、神田明神に走って行った……そうだね、祀られてるの、そこだもんな。
──
大社まで一旦戻って、もう一度霊力を注ぐ。是清さんが颯人のそばで祈祷しているのが見える。お稲荷さん達がさらに力を乗せて、西に広がる力がどんどん勢いを増していく。俺は稲荷山の山頂を撫でて、もう一度空を駆ける。
──
出雲大社の大きなしめ縄をくぐると、神職さん達が独特の作法で拝してくれる。二拝、四拍手、一拝。回数の多い柏手で勢いがついて、そのまま反対側の広島へ、厳島神社の海の鳥居を潜って海中に社をポコポコ建てていく。
四国方面に向かうと渋ーい顔をした住職の皆さんが手を合わせ、頭を下げた。
ごめんな、ちゃんと後で挨拶に行くから許してくれ。
渋い顔をしたお坊さんの中に、真さんがいたのは見て見ないふりした。あとでお土産持って行くよ。
──
九州に到達、ここは神様たちが受け継いでくれる。あれは誰だ?アマテラスによく似た匂いの神様だ。もしかして
──
沖縄!!初めましてだ!そしてなぜオオヤマツミノカミがまたいるんだ????
口髭を扱きながら『
──
佐渡島、猿島、津島……各地にいる神職さんがみんな、微笑みをくれる。
ほんとにごめんよ、こんな初対面で申し訳なさ過ぎる。絶対お話ししに行くからな……。
──
淡路島に到達。ここは、イザナミノミコトとイザナギノミコトが
……そして誰?神様だよな?男女二人がチャイナドレスにひらひらの袖がついた衣服を着て見つめてくる。
どこかで見たことがある神様だ。
……まさか、まさかな。
──
全部がもう一度大社に戻ってきた。赤い糸を手繰り寄せ、大地を踏み締めて国護結界を天上に投げ打つ。
赤い糸が七色に輝いて、空に大きなアーチの虹が大きくかかってキラキラと輝き出した……。
──
「芦屋真幸、復帰します。みんな、国護結界の赤い糸を社に括りつけてくれ。俺が力を送って社を全て作り直す」
──
みんなが社に繋いだ糸に俺の神力を乗せて、強固に繋ぎ、全ての社を作り替える。それぞれの社の形をなぞり、そのままの形を残してピカピカにした。
空が赤、橙、黄、緑、青、藍、紫に変わって少しずつ明るく白く、そして空色に戻っていく。
……国護結界は、形を成して日本全土を包み込んだ。
──
「伏見さん、鬼一さん、戻って来て。魚彦、みんなの回復を頼む」
「応」
──
「安倍さんも戻ってきてくれるか。最後を見届けて欲しい」
──
安倍さんがいち早く戻ってきて、俺と星野さん、妃菜の横に立った。
眩しい、いい笑顔だ。
伏見さん達もみんな戻ってくる。
結構怪我させてしまったな。
俺の眷属達も、戻っておいで。みんなで俺の仕事を見届けてくれ。
──
全員が揃い、声を揃えて祝詞を終える。言霊載せてるのに音が聞こえたな、こんな事あるんだ?
手首に通した勾玉神ゴムが金色の光を放って、将門さんが瘴気を引っ込める。どさどさどさ、と俺の足元に勾玉がたくさん転がって俺と赤黒が埋め立てられた。
誰だ!勾玉送ってよこしたのは!!
元の姿に戻った将門さんが手を振りながら、蘆屋道満の首根っこを掴んで引きずってやってきた。
「真幸殿ー!つかまえましたぞー!」 「くそっ!?何故だ!?何が起きた!!」
切り傷や擦り傷をたくさんこさえた親父が地面に転がされて、俺と目が合う。
俺は勾玉の山から赤黒と抜け出して、ヤンキー座りでしゃがみ込み、神様のスタンダードスタイルで顔を覗き込んだ。
「親父、腹割って話そうか」
「クソッタレ」
忌々しげにつぶやいた親父と見つめ合い、お互いため息を落とした。
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