67 諸の法は影と像の如し
「真幸、すごく綺麗やな!」
「そのコメントは複雑だよ」
「いやはや、だいぶ痩せたから心配やったけど、えらい美人さんにならはって……」
「真子さんまでやめて下さいっ」
12月31日、現時刻23:00 そろそろ時計外しておこうかな。
伏見家の社で巫女服を着付けてもらってます。時間ギリギリで転移させられたから焦ったよ……無事に準備完了して、あとは本番を待つのみだ。
真子さんは会うなりぎゅうぎゅう抱きしめてきたけど、妃菜にひっぺがされてた。この二人の関係性って、何なんだろうなぁ。
「真幸さん。私の神力を乗せるとして、あなたの今の状態だと弾き返されるかもしれません。超覚醒とか種割れって感じですねぇ」
「えっ、な、何だそりゃ?お稲荷さんの神力と相性悪いのか?」
長い髪を解き放ち、ジャージじゃなくて豪奢な着物を着てるお稲荷さんは、漫画家さんじゃなく、天岩戸から天照大神を連れ出したアマノウズメにちゃんと見える。
頭に榊の葉で作った冠を乗せて、メガネを外して、ちゃんとお化粧してるんだ。
メガネを外したらとんでもない美人さんで近寄りがたいけど、相変わらずよくわかんないこと言ってるから面白い。
そんな彼女はふわふわの肩巾をたなびかせながら、着替えを終えた俺の周りをぐるぐるして顰め面で唸ってる。
「魂が神域に満たされています。なーんかパワーアップしてるんですよ。私は長らく現世の煩悩に溺れていますので、ぺぺっと祓われちゃうかもしれません」
「俺より煩悩の方が強かったよ、鉄の結界張る時は。」
「池袋は複数人の煩悩ですからねぇ。私一人では導きになるかどうか。
颯人様を追いかけて行きたいと言うお気持ちが、そうしているのだと思います」
お稲荷さんが眉を下げてしょんぼりしてしまった。妃菜も、真子さんも同じ顔だ。
「お稲荷さん、颯人の体はここにあるんだよね」
「はい。我々五柱で神力を補充し、お体は綺麗なままです。お会いになりますか?」
「うん。俺は颯人が死んだと思ってたからさ。受肉した体がまだ残されていて、伏見さん達が現世に残れるようにしてくれた実感があれば、神域から離脱できるかも?って思って。
何より顔見たいから、お願いします」
伏見家の社から出ると、鬼一さん、星野さんが出迎えてくれる。二人は浄衣姿だ。真っ白な着物に金と銀の刺繍。
芭蕉紋じゃないかそれ。全く伏見さんちはもう。
「真幸、綺麗だな」
「本当ですね!よくお似合いですよ」
「だからそれ複雑なのー。二人ともかっこいいね。鬼一さんと星野さんは刺繍の色違うんだ?」
「はい、私はまだエリートチーム候補ですからね。エリートの皆さんの制服が金糸ですよ。鈴村さんも着替えてらっしゃい」
「星野さんありがとうな。ほな着替えて来るわ。真子さん、真幸の事頼むで」
「はいな、お任せあれ。芦屋さん行きましょか」
なるほど……キャットファイトと言うよりは同志って感じだとは思う、この二人は。うん。なんとなく性格が似てる様な気がする。
颯爽と歩く真子さんの後について、伏見家の社を出た。
━━━━━━
本殿の奥、大きな白い棺の中に颯人が横たわってる。
いつもの着物を着て、目を瞑って、微かに微笑んでいるその顔は満足げだ。
あの時……最後の言葉をくれたままの表情。
頬を撫でると、すごく冷たい。
水分が減って押し返す力のない、息吹を感じさせない皮膚が咲陽がなくなる直前と同じ感触だった。
俺の中の憎しみが湧き上がってくる。
腹の中から湧いてくるのはいつでも颯人の熱だった。今は空っぽのそこから、ドロドロした気持ちが溢れてくる。
颯人、何で俺を残したんだ?俺が死なないって言ったのは、颯人が居たからだ。勝手に俺を守って、勝手に言葉を残して、満足げな顔なんかするなよ。
俺はまだ怒ってるぞ。戻ってきたらチューじゃなくてパンチしてやる。
相棒の俺を置いてくなんて。ばか。ばかばか……寂しいだろ。おかげで俺はろくに寝れもしないんだぞ、わかってんのか。
「失礼します……芦屋さん!いらしてたんですね」
「あぁ、安倍さん。おつかれさま」
「お疲れ様……です」
鬼一さん達と同じく、白い浄衣姿の安倍さんが入ってくる。
三宝に置かれた目玉と、心臓。それ颯人のだよな?吐き出したの?
俺と無言で見つめあって、安倍さんが頷く。安倍さんの瞳は空色だ。灰色が混じった柔らかい水色の目。あの人とそっくりだ。
「何を言えばいいのか、わからないんです。ごめんなさいも、ありがとうも違う気がして」
「うん……俺もだよ」
安倍さんが颯人に頭を下げ、颯人の体に目と心臓を戻してくれる。毛玉姿の累をかざし、体の傷が綺麗に消えた。
「芦屋さん、累さんをお返しします」
「……いいの?」
「はい。わたしの元にいるべき子ではありません。累さんは蘆屋道満の
「そうなのか……」
「累ちゃん、とっても優しくて可愛い子です。わたしも一緒にいられて幸せでした。何度も元気づけてもらいました」
「そうか、そりゃ良かったよ。累、偉かったな」
差し出された真っ白な毛玉。手のひらに乗せて撫でると、累がくすくす笑う声が頭の中に響く。
また累と一緒にいられるなら嬉しい。
毛玉を胸元にしまうと、あったかい体温と鼓動が伝わってくる。冷えた心をあたためてくれる累の熱が切なくて、愛おしい。
ふと、本殿の外で言い合いをしてる声が聞こえた。真子さんと男の人だな。
「入るな言うてるやろ!」
「伏見の小娘に止められるほど落ちぶれてはいない。……依代が死体に触れると穢れが移る。安置は見逃してやってるだろう、さっさと控えの間に戻れ」
乱暴な足音と闇の匂いがぬるりと触れて、神経を逆撫でしてくる。生傷を触られている様な不快な感覚が広がり、顔が自然に顰められてしまう。
『穢れてるのはお前だ』と言う言葉を口の中に反芻して飲み込んだ。颯人に聞かれたくない。
星野さんにそっくりな顔の、真っ黒スーツ姿で現れた男性をただ……睨みつける。
どうせバレてるとは思ってたけど見逃してるのか。やはり意味がわからん。
「兄さん、失礼な物言いをやめてください。颯人様は神様です。芦屋さんが穢れる筈などないでしょう」
「
星野さんの下の名前初めて聞いたな。
彼の兄は世話役として俺のとこに最初に来て、俺に子供を作るのなんだの言い始めた人だった。
目の色が曇り切って、光さえ弾かないそれは暗く澱んでいる。この人も悲しいDVの呪いを立派に受け継いでいた。
「ま、まさか……まさか兄さんも芦屋さんに手を出したんですか!?」
「子を成せぬとは知らなんだ。無駄足を踏んだ」
「あなたは神職でしょう!?
真っ赤な顔で俺とお兄さんの前に立ち塞がり、星野さんが自分の手を握りしめて肩を震わせる。
房主様ってのはお寺の住職さんのことだ。星野さんを育ててくれたなら親御さんのような人だろう。
「あれは子供を拾うのが趣味なのだ。金を儲けることもできず、貧乏暮らしを強いている。囲われた子供達は今も飯をろくに食えずに飢えているだろうな。覚えているのか?」
「ええ、よく覚えていますよ。みんなで薄い粥を分け合い、塩菜を何食にも分けて食べた。その同じ釜の飯を食べた貴方がやった事は人として許されません。
神への冒涜でもある。芦屋さんは神様なのです」
「は、神?化け物だろう。人としての形も満足にとれず、神との間柄を色恋に発展させて神職も
「……あなたがいかに腐りはてているのか理解しました。私は金輪際関わりません。縁を切らせていただきます!!」
星野さんが自分のメガネを握りつぶし、お兄さんに突きつける。
受け取られなかったメガネは星野さんの手を離れ、カシャンと音を立てて床に転がった。
「友情ごっこはやめろ。まだ間に合う」
「命で結ばれた絆です!貴方との血縁こそごっこ遊びでした。私は、暴力の呪いから芦屋さんのおかげで解き放たれた。
貴方はまだ渦中にいる事でしょう、その腐った心でいるうちは一生そこから抜け出せない。
本当に可哀想ですね。
握りつぶされたメガネを拾い上げ、顔を真っ赤にした彼が星野さんの頬を叩く。
衝撃でよろめいた星野さんを受け止め、鬼一さんが刀に手を触れた。
「鬼一さん、やめましょう。
「……わかった」
刀を納めた鬼一さんと見つめあって微笑みを浮かべ、そのままお兄さんの顔を見て……星野さんが一層穏やかに笑う。
「本当の強さとは、力ではない。貴方は最後にそれを教えてくれました。
心から感謝します。芦屋さん、行きましょう」
「あ、は、颯人が……」
「まかせろ。手出しはさせねぇよ」
「鬼一さん、頼む」
「おう!」
「星野さん……待って。怪我を治させてくれ」
「大丈夫です」
「ダメ。星野さんの傷は俺が治すって約束しただろ?俺がやりたいの」
本殿から出て、俺の手を引っ張る星野さんがハッとしたように立ち止まる。
彼の赤く腫れた頬になるべくそっと触れて、傷に癒しの術をかけた。痛かっただろ、こんなに腫れてるなんて。
「ありがとうございます。奴を一刻も早く芦屋さんの視界から消したくて、焦ってしまいました」
星野さんはゆるゆると眉を下げて、聞こえないくらいの小さな声で、『兄があなたを傷つけてごめんなさい』と呟く。
『縁を切った』って言ったから正面切って言わないでくれるんだ。星野さんの心の中には今、いろんな気持ちが渦を巻いてる。
お兄さんのこと、本当は助けてあげたかっただろうに。優しい人だからさ。
「ごめん。あんな風になっちゃったのは、俺のせいだ……」
「いいえ、あなたのお陰です。あのメガネは兄から与えられた物でした。なくなった方がいっそ清々しい。
私、本当は目がいいんですよ、メガネなんか要らないくらい。兄はそんな事すら知らなかった。
悲しい顔をしないでください。笑って、あなたの心の内がいかに清いのかを見せつけてやりましょう」
「俺も憎しみを抱いてるよ。綺麗な心じゃないはずだ。期待させといて悪いけど、颯人に対してだって怒ってる。守ってもらったのに……子供っぽいだろ」
思わず言ってしまうと星野さんがクスッと笑い、歩き出す。
「芦屋さんのそう言うの、初めて聞きましたね」
「ごめん」
「もっと下さい」
「なんでだよぅ、ぐちぐちしてカッコ悪いだろ」
下拝殿外に張られた天幕、入り口に妃菜と真子さん、お稲荷さんが待っててくれた。三人に誘導をバトンタッチして手を引かれ、中の椅子に座る。
星野さんが膝を落としてしゃがみ、俺の手を握ったまま力を込める。
キラキラした瞳が俺を見て、ふんわりと細くなり、本当の優しい笑みが浮かんだ。
「あなたは地上に生まれた国津神です。でも、人でもある事を忘れないでください。
あなたが傷つき膝を折る時、私達は必ずお傍にいます。あなたがくれた優しさが私達を生かしているんですよ。
颯人様を早く取り戻したいですが……あなたに甘えられるのは癖になりそうです」
「星野さん……」
「私も甘えられたいわ。ちいこい真幸も可愛かったなぁ。舌ったらずで『ひな』って呼ばれたのが忘れられんなぁ」
「むー……」
「な、なんやて!?私の知らん間に芦屋さんが!?」
「ショタ?ショタですか!?ちょ、見せて!見せてください専属モデルさん!!」
「やーだよ。あの子はもう出てこない。俺が過去を受け入れたから、心の内からもう出せないんだ。なんか知らんけどずっとポテト食べてるし」
「そうなんか……ポテト食べてんの?」
「うん。時々味変してる」
「なんやのそれ、面白い。あの子も安心できたんかな、お腹空かせてないか心配してたんや。良かったわぁ」
真子さんも妃菜もニコニコして両側から抱き締めてくれる。
俺の周りは優しい人ばっかりだ。
小さい自分がが癒やされたのも、俺が過去を受け入れることが出来たのも、みんなのおかげなんだよ。
「俺の過去を知っても嫌わないなんて、みんな変わってるな。優しすぎないか?」
「アホな事言わな。あんたが優しいからそうなるの。私は誰にでも優しくしません」
「せやな。妃菜ちゃんはいけずやし」
「真子さんもやろ。ま、颯人様が戻るまでの自由やから。散々触らしてもらうわ」
「確かにそやな。可愛いなぁ芦屋さんは」
むぎゅむぎゅしてくるのはいいけどさ!か、顔にあの、柔らかいものが。
「ああぁ……あの!当たってます!」
「当ててんのよ、芦屋さん」
「真子さんやめてや」
「ほほほ。質量には勝てへんな?女の子同士なんやからええやん?」
「は?真幸は男やで」
「男でもあるし女でもあるやろ?」
「本人は男て言うてんの」
「選べなかった、て話も聞いてるけど?」
「えっ……そうなん?」
二人が言い合いをしている間に俺は顔が熱くなってくる。顔にまだもちもちふわふわの触感が当たってるんだ!!!
あっ!星野さん!星野さん行かないで!!
微妙な苦笑いではけていった先に、鬼一さんと安倍さんが並んで生暖かい微笑みを浮かべてる。あれ?後ろを通ってる星野さんのお兄さん、顔がボコボコなんだが……。鬼一さん、やったか……。
「「で、結局どっちなん?」」
「ふぇっ!?え、あの……」
「女の子でも私はいいと思うよ。神さんならどちらかになれるはずやし、颯人様とくっつくんやろ?」
「ほなら男にもなれるやろ。真幸の意思を誘導するのはやめてや。そもそも颯人様と恋仲なわけちゃうやで」
「えっ!?あんなに仲良いのに?」
「バディバディてしつこく言うてたやん!聞いてへんかったんか?」
「バディ、相棒、パートナーやろ?私は推しカップルがくっつかんと困るんや」
「私はブロマンス派なんで。恋と相棒は別なんや。一緒にせんといて」
ど、どうしたらいいんだ?俺は別に……いや、男がいいとは思うんですけど。颯人とそう言うあの、色恋沙汰とかまだ良くわかんないし……うーん。
「芦屋さんは、芦屋さんですよ」
安倍さんの声に二人がハッとする。
「男だの女だの、ラブだの相棒だの、それは颯人様が戻られてからお二人が決める事です。私達はそれを見守る使命があるんですよ。チャチャ入れないでください」
「あ、安倍さん?」
安倍さんがスタスタやってきて、二人を引き剥がしてくれる。俺の頭をひとなでして、耳下まで伸びた髪を掬う。
「あなたはあなたのままでいてください。それが一番相応しい」
「はぇ、はい……」
安倍さん、二人を黙らせるなんて強くなったな?なんだかイケメン化してない?ちょっとドキドキしちゃうぞ。
「平和な様相でよござんすな。戻ってたんだな息子殿」
「……道満か。知ってただろ、どうせ」
黒いハイネックを下に着て、赤い着流しに紅い羽織を肩からたなびかせながら蘆屋道満が天幕に現れる。
久しぶりに見たけど、明らかに顔色が悪いな。
赤い着物は顔色を誤魔化すためか。
疑問に思っていた事の確信を得て、ため息が出る。
「さすが息子殿、わかるもんか」
「……ここでドンぱちはじめるか?」
「いや、某も天照大神の顔は拝みたい。人生なるようにしかならんだろ?行先はまだわからぬもんだし。策がない訳ではないさ」
「そうだろうなぁ。親父が望むならそうしてやるよ。全てはそこで決着だな」
親父と呼ばれて一瞬表情を崩すが、いつも通りの嫌味な笑いを浮かべ、去っていく。
「芦屋さんが戻ったことを知っていたんですか……あいつ」
「伏見さんおかえり。そうじゃないかなーとはうっすら思ってたけどねぇ」
道満について来た伏見さんが呆然としてる。珍しいな、気づかなかったのか。
「奥の手がすごいのか、それともそう出来なかったのかは分からんけど。俺もちゃんと奥の手を用意してあるから、ご安心ください」
「えっ!?な、何ですか?奥の手なんて聞いてませんよ!」
「口にしたらバレるもん。内緒だぞ」
みんなが不思議そうな顔してるけど。営業ってのは二の手、三の手を用意しておくんだ。
負けられない勝負なら尚のことだろ?俺は今日、ちゃんと万全の体制で挑んでるんだぜぃ。
「ほいで、いつものアレ、やらんの?」
手を差し出すと、みんなが一斉に重ねてくる。俺、結構これ好きなんだ。今回こそはやってやる!!
「俺は……誰も、何もなくさない。アマテラスを降ろして、道満を
誰一人かける事なく、希望に満ちた結末を迎えよう」
「っな!?真幸そういうの出来るんやん!??」
「驚きましたねー!ツッコミできません!!!」
「真幸、やったな、かっこいいぜ」
「最初から信じてましたよ!私は!」
「僕は突っ込みたかった!様式美が……」
「くっ、んふ。かっこいいで!んふふ」
真子さんがプルプルして笑いを堪えてる。隠す気あるのかっ!!!みんなして相変わらず酷いよっ!
「ふんだ。俺だってやるときゃやりますよ。さて、決戦だ!気合い入れて行くぞ!」
おー!とみんなの声が揃う。
笑顔と決意に溢れた天幕の中に、年末へのカウントダウンである鐘の音が響いていた。
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