カウントダウン
51新人課長の覚悟 その1
現時刻、11:20。
俺と颯人と鬼一さん、伏見さんと累。みんなで待ちぼうけて座っているのは役所の会議室。
颯人が降りてから俺が縄で縛られて、裏公務員を始めた部屋だ。
懐かしいなぁ……あの頃は心も体も本当にきつかった。髪の毛は相変わらず伸ばしたままだけど、魚彦が綺麗に整えてくれてるし。今はやりがいのあるお仕事があって心が充実した毎日だ。
今日は髪ゴムが切れてしまったから髪はそのままにしてる。耳にかけれる長さにまで伸びたから視界は悪くないが、ほっぺに髪の毛が触ってくすぐったい。
北海道の社も無事建て終わり、星野さんも元気になったからいいんだけど。北海道の神々に勾玉を山盛りにして貰ってしまった。もう勾玉コレクターとして名乗りをあげるべきか?
北海道の沿岸部は地震が多いから複数の神社に国護結界を繋いで来たんだ。
あとは沖縄、東北、四国、九州、総本山の伊勢神宮と出雲大社に行かなきゃ。伊勢神宮は最後にしないとまずい気がするから後回しになるだろうな。
沖縄と北海道を繋げれば全体をカバーできそうなもんだが、そううまくはいかないかな。
あとは小さい島々か。佐渡とかにも行くかも知れない。
最終的には全国を回りたいけど、託宣の時が来るまでにどこまで成せるだろうか。
「もう完全に遅刻だ。俺が首根っこ引っ掴んで連れてくる」
「おー、頼む。あんま乱暴するなよ、鬼一さん」
「おう」
ぷりぷりしながら鬼一さんが会議室を出ていく。困ったもんだなー。
ため息をついて、赤文字で『問題児リスト』とプリントされた冊子を開いた。
「まったく、こんな短期間で問題児が出るとは思いませんでしたよ」
「初研修からまだ数日だもんね。昨日の皇居周りの結界張りは楽だったし、今日は疲れてないからいいけどさ」
「芦屋さんの仕事が早くて助かりますよ。我々はあずかりと課長で裏公務員バディですねっ」
「そうだなぁ。伏見さんは優秀だなぁ」
「……真幸」
伏見さんのウキウキな問いかけに適当に答えていると、颯人が怖い顔をぬっと眼前に掲げてくる。
「颯人、資料見てんだから邪魔しないの」
「ばでぃは我一人でいいと言っていた」
「そうだよ。最初から颯人だけだ」
「先ほど伏見に……」
「比べるものじゃないの。心と命で繋がってんのは颯人だけだよ。わかってるだろ?俺の大切なバディさん」
ジト目に目を合わせて微笑み、額をこづいて顔を退ける。
モゴモゴ言いながら顔を赤くして颯人が引っ込んでくれる。うむ、自分の使い方がようやく分かって来たぞ。
「自覚のあるタラシほど、碌でもないものはありませんね」
「伏見さんひどくない?お、来たな」
乱暴にドアを開いて『態度悪いですよー』と顔に書いてある子達が入室してくる。
鬼一さんは般若の様な顔でそっとドアを閉め、壇上に立って腕を組んだ。
「遅刻しておいて何だその態度は。ちゃんとしろ!!バカもん!!」
鬼一さんに怒鳴られてもどこ吹く風だな。根性はあるかも知れない。
さて、問題児は計三人。みんな霊力はいい色してるし量も多い。将来有望株だ。
今朝の出勤時には、営業課のみんなは元気に挨拶してくれてた。祝詞もちゃんとやって室内が清浄な空気に満ちていたし、教育は大体順調だ。この子達以外は。
「金髪、
「んっ!?スセリビメ?あー、あの?へぇ……」
颯人、嫌そうな顔してるな。スセリビメとは後世に残るやり取りしたもんな。颯人はやり込められた方だけど。
この子達は俺の辞令発表時にいなかった。最初からサボってたんだ。
金髪ロン毛でお団子頭、ピアスをたくさんつけてる姿で宇賀神を宿しているのは
青いカラーコンタクトを入れて一見真面目そうに見える、巻き髪茶髪ロングヘアの女の子は加茂さん。付喪神を宿してるのは凄いな。
黒髪をホストの人みたいにツンツンさせてるのは倉橋君。彼がスセリビメを宿してるんだな。みんな二十代前半で若々しい。見た目も個性豊かな子達だ。
「全員陰陽師名家の出身です。特に加茂は安倍晴明の師匠が元の家系。倉橋は土御門の分家にあたります」
「なるほどね、名家の血脈にふんぞり返ってるってわけか。さてさて」
椅子から立ち上がり、颯人に累を預ける。
(累、いい子にしててくれな。夕飯ハンバーグにしようか)
(はんばーぐ!わーい!)
艶々の銀髪を撫でて壇上に上がり、鬼一さんの肩を叩いた。
「そんなに怒ると血圧が上がるぞ。そろそろ交代しよう」
「すまん。嫌な思いをさせる」
「大丈夫だよ。ありがとね、鬼一さん」
伏見さんと並んで立って、問題児を観察する。全員目が淀んで、香水や整髪料の匂いがぷんぷんしてる。颯人が鼻を摘んでるぞ。
という事は、依代として宿ってる神様も嫌な思いをしてるな。これは。
「さて、何で呼ばれたのかは分かってるんだろ。なぜ真面目に研修を受けないんだ?」
はっ、と馬鹿にする様な笑いを浮かべた
「研修なんかしなくたって、俺たちゃ仕事ちゃんとしてんだけど。何で今更?」
「ソダネ。」
「血脈で確かな方は伏見さんと鬼一さんだけですよね?僕たちは幼少期から名家なりの教育を受けています」
加茂さん、それ口癖なのか?髪の毛をくるくるしながら口をとんがらせてる。ちょっと子供っぽい仕草だな。
倉橋君は丁寧語なのか。その見た目で。ううむ、ギャップがすごいな。
「ノルマは確かにこなしてるな。でもね弓削君、道祖神からクレーム入ってるよ。地域住人の方と連携してお掃除当番をしてくれるよう頼んだのに、名前だけ適当に打ち込んでプリントして『あとは勝手にやってくれ』って言ったんだって?」
「荒神でもねーし妖怪ですらねーのに、何でそんな事しなきゃなの?意味わかんねーし」
「ほう、なるほど。加茂さんと倉橋君はいつも二人で動いてるね?」
「別に組んではならないという決まりはありません」
「ソダネ」
「確かにそうだな。だけどさ、鎮めた神様のアフターフォロー一つもしてないでしょ?直前に祝詞を奏上した
「……しましたが」
「ソ、ダネ」
「内容的には大祓だよね?まさか間違えたりしてない?」
「し、してませんよ。基礎中の基礎でしょう」
「……」
加茂さんが黙り込んでる。昨日俺が出張った皇居周辺へ結界繋ぎの途中、出会った河童さんは人間の尻子玉抜きまくってたんだけど。完全にご乱心だったぞあれは。
……祝詞を間違えたんじゃないとしたら。
「手順は?禊は?鎮魂した後に周辺の調査はした?」
「「……」」
あ、なるほど適当にしたなこれは。
「鬼一さん。将門の首塚、妃菜に連絡して偵察してくれって伝えて」
「分かった」
鬼一さんがスマホでぽちぽちし始めると、弓削君は欠伸をこぼした。舌打ちしながら鬼一さんがスマホ片手に会議室の外に出て行く。
ほんじゃ、荒療治と行きますかね。
「今日は三人に裏公務員の仕事が何たるかを伝えよう。俺がやった任務を最初から全部辿る。覚悟してついて来てください」
「は?あんた日本中かけずり回ってんだろ?」
「そうだよ。一日あれば終わるかな」
「いや、無理ですよ。どうやって……」
「ソダネ」
加茂さんがペケモンに見えて来た。
なんとなく、倉橋君に依存してる感じだな。
「颯人の転移術で行くんだ。伏見さんも来る?」
「……腕試しと行きましょう!かかって来いですよ!」
「よし、俺もちょっとチャレンジしてみようかな。神様全柱顕現したままで行きます。三人とも一柱くらい顕現保てるよね?名家だもんね?英才教育受けて一人前だもんね?」
「ア、アンタ……そんな口利いて後悔するからね!」
加茂さんがソダネ以外喋った!わー!
「では賭けと行きましょう。我々が顕現を保てなければ、あなたの言う通りにします。あなたが顕現を一柱でも保てなければ我々にエリートチームの権利を下さい。
まぁ、伏見さんの実家権力で集めた言いなりの……ちょっと霊力が高くて神様をたらし込むのが上手な課長と、体を使ってのし上がった女、鬼一一族の恥さらしが子分ですから。メンバーは総入れ替えさせてもらいますが」
倉橋君はそう言う感じの子なのねー。得意げにしてる。伏見さん、顔。怖い怖い。
でもそうだな、こりゃ本気で行かないとダメだ。
「んー、仕組み自体どうなるか知らんけど、俺が失敗したら課長は辞めようかね」
「芦屋さん!何言ってるんですか!!あなたは何柱抱えていると思ってるんです!しかも転移は颯人様の神力だけじゃなく、霊力も消費するんですよ!」
「分かってるよ。そろそろ単独でできる様にしろって颯人が言うんだ。多少無理しないとね」
「そうだな」
「颯人様!人である陰陽師が転移術など出来るはずが……」
颯人は腕を組んで、ニヤリと嗤う。
練習だけは欠かさずやってるからなぁ。一応成果は出てるのだ。
「真幸に出来ぬ事などない」
「まだ安定してないから、術自体は今回颯人にしてもらうよ。
今までお世話になった人たちに俺の神様を会わせたいんだ。神職さん達は〝
「それは、そうですが」
「んじゃさっさと行こう。時間は有限だ。戻って来てから教育的指導しなきゃだしさ。俺は明日沖縄だから」
「……かしこまりました」
コンコン、とノックの後鬼一さんが帰って来た。
「おーい、昼には確認してくるってよ」
「鬼一さんありがとう。これから俺の仕事して来たところ回ってくるから、留守番してくれるか?
戻ってくる前に連絡するから、アイスノンと、バケツと、雑巾用意しておいて。累を頼むよ」
「…………おう」
鬼一さんが何とも言えない顔になって、渋々頷いた。
(累、可愛いナマズちゃん買って来てあげるからね)
(なまず?)
(うん。いい子でお留守番できるかな)
(できる!)
よしよし、今日も可愛くて素直でいい子だな。小さな体をギュッと抱きしめ、鬼一さんに預ける。
「よしっ、気合い入れてやるぞ。魚彦、赤黒、暉人、ふるり、ヤト、ラキ、ククノチさん」
「「「「「「「「応」」」」」」」」
俺が神を顕現し、問題児達が一瞬目を剥く。暫しの間の後、それぞれが鋭い目つきで睨んでくる。
……ふ、やる気があるのはいいことだ。
「伏見さん、触れなくてもワープするけどもうちょい寄ってくれる?」
「はっ!?そ、そんな……手放しで転移出来るんですか?!」
「うん、俺が仕組みを理解できたからバージョンアップしたんだ」
「そうでしたか……」
伏見さんがウカノミタマノオオカミを顕現して、アワアワしてる。
ふふ。今日はレベルアップと転職具合をお披露目だなぁ。賢者に近づいてると良いけど。
「颯人、頼む」
「応!」
颯人の元気な返答を背に、そっと目を閉じた。
━━━━━━
「大村さん!ナマズちゃんこんなに頂いていいんですか!?」
「勿論ですよ!真幸さんが社建ててから女の子たちがようさん来てくれるんや。ナマズの額束が可愛い〜♡って言うてな!」
「そうでしょうとも。ナマズちゃんは正義ですから!!累が喜ぶだろなぁ、かわいいなぁ」
現時刻 13:30 現在大村神社にお邪魔している。大村さんに袋いっぱいのナマズちゃんをいただいて、俺はホクホクだ。
八幡の藪知らずではあの子のお母さんと八幡様にご挨拶できたし、赤城山では赤黒のメタモルフォーゼをお披露目できて温泉まんじゅうをもらった。
手紙のやり取りばっかりだった奥多摩の姫巫女、咲陽にはとれたてのとうもろこしをご馳走になった。
真さんのところでは結界の検証して、子供達とも遊んで来れたし……山菜もたくさん貰った。
鹿島神宮の皆さんは、何と記憶を取り戻していたんだ。謝り倒して、沢山地酒をくれて……神様達が沸き立ってたな。
大社ではお稲荷さんが俺の絵を描いてくれて、今飛ぶ鳥を落とす勢いの人気漫画もサイン付きでもらって来た。
神様みんなで物語を描いて楽しそうにしてたな……勾玉が各所で増えたのはいただけないけど、みんなが笑顔で嬉しかった。
道祖神の神様たち、小さな塚に宿った精霊たち、仕事をさせてもらった所でもたくさんたくさんお土産をもらってしまって。本当に幸せだ、涙が出そう。
「さて、バケツもう一杯ずつです?」
「そうだねぇ。ごめんね、大村さん。帰る前にちゃんと片付けるからさ」
「なんのなんの。これから香取神宮、東京周辺と北海道でしょう。おうどんで足りましたか?」
「うん、美味しかったなぁ……。大村さんの甘ぎつねが忘れられなくてさ、また食べに来てもいいですか?」
「いつでもどうぞ。はい、井戸水です。キンキンに冷えてます!」
「ありがとうございます♪」
バケツいっぱいに入った冷たい井戸水を抱え、笑顔を浮かべて問題児三人にぶちまける。
「そろそろ起きてくれ。まだ先は長い。夕飯にハンバーグ作るから、あと3時間くらいで帰りたいんだ」
「オラ、立て」
暉人に胸ぐらを掴まれて、弓削君が無理やり立たされる。
ふるりも嫌そうな顔で加茂さんを掴み上げ、倉橋君はラキに摘まれて立った。足がプルプルしてるなぁ……。
「も、もう無理です!勘弁してください!」
「う、うぇ……ひっく、ごめんなさい」
「……すみませんでした」
「君たちの謝罪って何か価値がある?無理とか知らん。俺のことはいいけど、伏見さんを侮辱して、妃菜や鬼一さんにまで汚い言葉、使ったよな?
……俺の目を見ろ。プライドがあるなら
俺、ほんとは怒ってるよ。
怒りが頂点を超えるとかえって冷静になるもんだな。
問題児達の目線が集まる。
俺はこみ上げる怒りを纏って、彼らを見つめ返した。
「倉橋君が言った言葉は一言一句
何も知らずにふざけた物言いだった」
「……」
「二人とも同じ気持ちで頷いてただろ」
「「……」」
「愚かな……」
大村さんが額を抑えて、怒りで顔を真っ赤にしてる。ごめんな……こんな下らない物見せて。
でも、徹底的に打ちのめされないと、この子達は腐った性根を治せない。
2度と立ち上がれなくなるまでやらないとダメなんだ。
「伏見さんは裏公務員の黎明期から所属してる。始発から終電まで毎日働いて、移動中のわずかな時間で睡眠を取っていた。
その経験があるから俺たちはあずかりの人から正確な仕事の差配を受けられる。
三人がやった失敗の尻拭いを伏見さんがどれだけしていたか、知らないとは言わせない」
「妃菜はオリジナルの術で神降ろしをして、先日新しく神様を迎え直して、すっかり一人前でみんなのフォローをしてくれてる。出世に体を使うとか、いつの時代の話?
そもそも、妃菜はそんな事する必要がない。実力があるし努力を欠かさないからな」
「鬼一さんが恥さらしだって言ったのは取り消せ。あの人は全部一から学び直して、今は二柱の依代をしてる。
それがどれだけ大変な事かわかるか?わからんよな、一柱の顕現も続けられてないもんな。」
「――俺たちは誰一人としてぬるい仕事なんかしてない。みんな命をかけて、限界を超えて戦ってる。それが当たり前の仕事だからだ」
「「「……」」」
「倉橋君、君がやった鎮魂は完全に失敗だった。瘴気に毒された河童たちが何人殺しかけたか知ってるか?
ただ鎮まり
三人とも、呆然としたまま俺の怒りをただ、受け止めてる。
まだ終わらないよ。俺は一柱として顕現を解いてない。死ぬ気で最後までやり通す。俺の姿を目に焼き付けてもらわなきゃならん。
人を叱る覚悟はもう持った。手加減はしない。
「芦屋さん、明日の沖縄は取りやめです。鈴村からの報告で、平将門首塚周辺に強い瘴気を見たと。臨時の結界を張って防ぎましたが恐らく明日には……」
「了解。スピードアップして研修を今日中に終わらせよう。ハンバーグ、みんなで食べようね」
「はい!」
「おし、じゃあ後半戦行くぞーい。大村さん、ごめんなさいお騒がせして」
「いやはや……芦屋さん、痺れましたよ。またぜひいらしてください!!」
「必ず来ます。おうどんごちそうさまでした!」
颯人が問題児たちの吐瀉物や排泄物を綺麗にしてくれて、手を繋いでくる。
「ごめんな、颯人。みっともないトコ見せて。がっかりしたか?」
「する訳がなかろう。我がばでぃの真意を分からぬはずもない。皆も同じ気持ちだ」
ヤトが足元に巻き付いて、頰をすり寄せてくる。
赤黒も、ラキも、魚彦もふるりもくっついてニコニコしてくれる。
暉人とククノチさんに頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになって来た。
うん、俺…頑張る。
「颯人、頼む」
「応」
再び目を閉じ、唇を噛み締めた。
頼む。君たちを誰一人として諦めたくない。……耐えてくれ。
この国の未来に必要な君たちを、立ち上がらせたいんだ。
そう願いながら颯人の手をきつく握りしめた。
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