34 決意 京都編 その6
「戻ってきたらご先祖様が判明されていたと言うことですね」
「なんか、ゴメンナサイ」
「いえ、私の戻りが遅かったのです。お気になさらず」
現時刻 21:00 ちょうど。
俺の中を探っていた
これからはじめまして会やるみたいで、住居エリアにお邪魔してお風呂を沸かしてもらってるとこ。やっぱり飲み会になるようだ。人様のお家に泊まるのが初めてで、心臓がドキドキしてしまっている。
先に皆でご飯にしましょう、と言う事で全員顕現したまま大きなリビングのどでかいこたつに足を入れてぬくぬくだ。こんな大きな炬燵ってあるんだな。
伏見さんは精魂尽き果てたのか『ちょっと寝てきます』と上に上がって行った。
俺はお父さんと神様達でみかんをいただきながら談話中。いいよな、こう言うの。妙に落ち着いてしまう。
「では、占いと調査の結果をお話しします」
「あっ!はい!お願いします!」
居住まいを正して是清さんに向き合う。ちょっとワクワクするな。
「あなたのご先祖様は俳句の神様、俳聖と呼ばれるその人……松尾芭蕉殿でいらっしゃる。」
「ほ、ほー?」
「その反応は、ピンときてませんね」
「不勉強でごめんなさい」
「私も俳句はよく存じておりますが、生い立ちなどはざっくりしか知りません。
しかし、彼の作品は現代にも確固たる形として受け継がれています。
芭蕉殿はご存命の時に颯人様と依代契約をされ、国護結界を建て直し、不殺の信条で各地の神々や妖怪を救い上げておられました。芦屋さんと同じやり方ですね」
「そうなのか……俺は芭蕉さんの子孫?生まれ変わり?どっちなんでしょう?」
「はい、おそらくは両方ではないでしょうか。生まれ変わりまでを調べるには時間がかかるので、颯人様に見ていただいた方が早いかと。
名を残した方は生まれ変わりでも霊力が高いのですから、どちらにしても納得の所以です。
あなたの霊力は、数値にはできかねます。常に増え続けておられる。幼い頃からの経験や、命に刻まれている他者を救ってきた記憶によるものです。
また、呪力もお持ちではある。ご自身でそれを封じられています。……お心当たりがありますね」
優しい目でじっと覗き込んでくるお父さん。
うん、心当たりはある。今も、きっとそうし続けているとは思う。こくりと頷くと、是清さんの目がより細くなる。とっても……優しい目だ。
「それもまた霊力を高め、回復を早める一因でもあるでしょう。常に修行されているのと同じですから。
そして、芦屋さんの独特なセンスや常識に囚われない行動、思想はご先祖様由来でもあり、あなた自身の星巡りでもあります。水瓶座なのでとても個性的なんです」
「ほぉぉ……」
急に占いっぽくなってきたぞ!ドキドキ。
「水瓶座は運命の女神に愛され、波瀾万丈な人生の
星の
それに負けることを許さない胆力や、矜持を持って…何かに気付けるセンスは凄まじい。神様を虜にするわけですね」
「そこまで凄いかはわからんけど、そうしなきゃならなかった感はありましたね」
「それを実際に成そうとする事が尊いのです。
私も芦屋さんが好きですよ。あなたの持つ承認欲求よりもっと深く認められ、求められる。人や神に好かれる自覚は持った方が良いかと。
気をつけていただきたいのは、この先の未来です。すでに託宣を受けられていますが、一人きりで乗り越えないように。
あなたには仲間がいます。あなたを大切に思う者が沢山います。自分を投げ捨てるような事はなさらないでください。
……こんな所ですね。改善点はありません。今までのように思う通りに、あるがままになされば道は開けます」
「ありがとう、ございます……」
占いの館に来たら、誉め殺しにあってしまったような心持ちだ。颯人も魚彦もご機嫌だし、みんなニコニコしてるし。むむむ。
恥ずかしくなって両手で顔を覆うと、ちょびっと涙が出てるのに気づいた。
伏見さんのお父さん、優しいんだもん。
俺がやってきた事を怒られると思ってたのに。出会う人がみんないい人なのはなんなのかな……はぁ。
「お話は終わりましたか?お風呂が沸きましたよ。芦屋さんお入りになりますか?夕餉の支度がこれからなんです」
お母さんと真子さんが話し終わったタイミングでリビングに入ってくる。
二人とも寒い中で作業してくれたのか、手が真っ赤だ。本当に夏はどこ行ったんだろうなぁ……早く元に戻さないと。
「俺お風呂は最後でいいですよ。あの……お夕飯の支度、手伝いたいです。嫌じゃなければ」
「あらあら、お客様なんだからゆっくりしてていいんですよ」
「お母はん、芦屋さんは手伝いたいんよ。うずうずしてるやん」
「まぁ……ではお願いしようかしら」
「はい!魚彦、ククノチさん、みんなが大人しくしてるように見ててくれ」
「「応」」
「なぜ我に言わぬのだ」
「胸に手を当ててよーく考えてみろ。んじゃ行ってくる」
「ぬぅ」
膨れっ面の颯人にニヤリと嗤ってこたつから出る。
キッチンにお邪魔すると、壁にたくさんの調理器具が吊るされているのが目につく。山寺で見た真さんのキッチンとは違って、お家の人が使うキッチンだ。
丁寧に使い込まれた鉄のフライパンや鍋、菜箸に木の蓋が並んでいる。伏見家の毎日が重ねられた、すごく優しい空間。懐かしいような気がするのは何故だろう。
俺は、こんなキッチン初めて見た筈なのに。
ダイニングテーブルの上には下準備がされてるお鍋と、煮物、お魚たち。
すごい量だ。
「すみません、もしかしてお聞きになりましたか?うちの神様たちすごい食べるって。こんなに沢山用意させてごめんなさい」
「はい、聞いてます。いいんですよ、神様にお食事をお出しできるなんて嬉しい事です。
お客様言葉はやめましょか。今日は芦屋さんもウチの子やからね、敬語は禁止やで」
「あ…はい、うん……へへ」
さくらさんのニコニコ笑顔がキラキラして見える。優しい人だな、お母さんがみんなこうならいいのにな。
「ほな芦屋さん、そっちのお野菜お願いしてもええ?大根を薄くピーラーで剥いて欲しいんやけど」
「はい。お鍋に入れるのかな?」
「そうよ、しゃぶしゃぶして食べると美味しいの」
「へええぇ……」
「そこのにんじんも同じにしてね。千切りしてもええんやけど、ぴろんとしたそのままのが歯応えあって私は好きなんよ」
「どっちも美味しそうだ」
「ふふ、美味しいで。食べたいだけ作ってな」
「はい」
「ほなこれでやりましょか。私と一緒に」
「はーい」
真子さんに手渡されたピーラーを片手に大根を少しずつ薄く削いでいく。
「にんじんと交互に重ねると色が綺麗よ。歯応えも面白いで」
「はえぁ…なるほど…紅白か」
「そうやで。なますさんを作る時もこうしてやれば時短になる。ヒラヒラのままでも可愛いんや」
「わあぁ!すごい!目から鱗が止まらないぞ」
「ふふ、
「きらず…って何?」
「お母はん、関東では
「おからをそんな雅な!?京都すごい!雪の花!はあぁ……おからがすごくいいものに思える。雪の花って言われるとそう見えてきた」
「うふふ。芦屋さんおもろいな」
「可愛い子やねぇ」
か、可愛いとか言われてしまった。
ふわふわ二人が微笑んで、和やかに準備が進んでいく。
お父さんがこたつで神様たちと話しして、俺たちはキッチンでお料理して。
何だか時間がゆっくりになった気がする。ピーラーを動かすだけで、真子さんが褒めてくれるもんだからのぼせそうだ。
あ、伏見さんもう起きて来たのか。キッチンに居る俺を見てびっくりしてる。
お風呂に行くお父さんと交代して、なにか話してるな。
颯人が説教してるけど伏見さんはどこ吹く風だ。強くなったな、色んな意味で。
なんか、すごく……あったかい。目に映るものが、耳に聞こえる音が全部優しい。
鍋から立ち上る湯気、ご飯が炊ける匂い。ゆったりした発音の穏やかな話し声。
ずっと、ずっと憧れてた。
『家族』ってこう言う物なのか。
目頭が熱くなってくる。
胸が痛い。今が愛おしくて、切ない。
こんな時間をもらえるなんて、思っても見なかった。俺、今……幸せなんだ。
「大根が染みたんやなぁ。大丈夫?」
お母さんが服の袖で、涙をこぼした俺の眦を優しく拭ってくれる。
「ええんよ、我慢せんで。染みたら泣いて流すの」
「はい…」
大根が目に染みるわけ、ないのに。
みんなから隠してくれて、背中をポンポン叩かれる。
こたつに居るみんなが黙り込んで、しょんぼりしてる。神様達にはわかっちゃうよな。
「あら、お迎えが来ましたよ。あとは運ぶだけやから。おこたであったまってなさいね」
「おれ、ちょびっとしかやってないのに」
「ええの。お手伝いありがとうさん。ほらほら」
お母さんに背中を押されて、迎えに来た颯人の腕の中に収まる。
……男のくせにメソメソしてごめん。
「よい。真幸を慰めるなど稀有な事だ。少し休め。今日もよく頑張った」
「泣かすなよ。ばか」
「ふ……この泣き顔はよいものだ」
颯人に手を引かれながらこたつに戻って、ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
「俺ぁ……なんか、言葉にならねぇ。お前の気持ちが伝わってきて、胸が苦しいんだ。真幸の優しさの源が寂しさだってわかった」
「クゥン……」
こたつの中にいたヤトが
頭を押しつけてくるから金髪の髪がこそばゆい。
「くすぐったいよ、
「俺は股座におさまんねぇだろ?」
「そもそも納めたくないって。ヤメテ」
魚彦が
「真幸はもう寂しい思いなんぞさせないからの。ワシをそうしてくれたように、ずっとずっと、一緒じゃよ」
「うん」
颯人に抱えられたままくっついてくるみんなが俺のことを全部知って、優しさをくれる。お父さんもそうしてくれた。
まだ何も知らないままの伏見さんも、お母さんも真子さんも。
伏見さんは心配してる時目が一番細くなる。あれ、最初に会った時の顔だな。
あの時からずっと心配してくれてたんだ。
幸せだな。俺、もう寂しさに溺れて何も見ないなんて事しなくていいんだ。
ただ、前を向いて歩いていける。
優しさに包まれた炬燵の中で、思わず口の端が上がってしまった。
━━━━━━
「ふぅ……」
散々飲んで食べて、お酒が入った神様たちはどんちゃん騒ぎの真っ最中。
伏見さんは酔い潰れてたし、お父さんはお酒に強いみたいだ。
俺は風呂上がりで一服しに庭に出てきた。
今日は結構寒い。龍神祝詞で雨が降ったからか?もう直ぐ夏本番なのに冬みたいだ。今日1日ずっと寒かったな。
伏見さんちのお風呂は何と釜だきだった。薪で炊いたお風呂なんて初めて入ったけど、お湯が柔らかくて温泉みたいにいつまでもあったかい。
お母さんと真子さんが寒い中火を焚いてくれたんだ。本当にありがたいなぁ……大切にしてもらって、嬉しくて幸せで仕方ないよ。
借りてきた
漆黒の夜空に月が浮かんで、冴え冴えとした白い光を放っている。
京都も茨城と同じで星がよく見える。山頂から見た街の景色はモヤモヤしてたけど、自然が多いから空気も綺麗になるのかな。
観光バスや車が多いし、街中は忙しないだろうけど。名所を回るのもいいが、静かな京都も素敵だな。
煙を吐き出し、吐息と重なった白いそれが夜空に溶けていく。
さて、今日あったことを整理整頓しよう。
伏見さんのツアーコンダクトから始まって、美味しい駅弁食べて、大社でお稲荷さんに会って、そしたらとんでもない漫画家さんだった。
稲荷大神達はみんな元に戻れるといいな。神様が神様らしくしなくたっていい。煩悩万歳だ。
好きなことやって、好きに生きて欲しい。
ククノチさんもいつのまにか本契約しちゃったし、みんなにあだ名をつけたら眷属になってしまった。……いいのかなあれは。
是清さんに俺の中を全部見てもらって、先祖なんだか生まれ変わりなんだかがわかって。
伏見さんはもちろん……お父さん、お母さん、真子さんも優しい人だ。伏見家の優しさが俺の心を奮い立たせてくれた気がする。
国護結界を作るなんて大切なお仕事の要となるに、自分が相応しいのかどうかはわからん。でも、俺が作れるって言うなら作る。そしたら伏見さん達もお仕事仲間も、神様達もみんな喜んでくれるだろう。
手探りで仕事をして来たけど、これからは自分の仕事が誰のためになるのか、誰を守るのかがハッキリした。
俺は、この先何が起きても立ち向かっていける。諦めるなんてありえない。
颯人と離れたって近くに戻ればいい。もし、嫌われたりしたってやり直せばいい。
鬼一さんみたいに一生懸命やればきっとわかってくれる。
痛い思いは……そうだな、あんまりしたくないけど耐性はあるだろう。
明日妃菜が来るんだよな。午後だっけ?午前は真子さんに指導してもらいながら巫女舞の練習だ。
伏見さんとはいつ、話せるだろうか。
茨城に来た陰陽師は、どうしてあんな事をしたんだろう。
政府は何を思ってこんな風にしているんだろう。
日本の国を守りたいだなんて大きな意志は俺にはないけど、今まで出会って来た優しい人達が生きる場所を守りたいとは思う。
目を閉じると浮かぶのは、自分の母の顔。魂がなくなって全てから解放された、俺を傷つけた人の死に顔だ。
あの人の救いは死だった。
だから、俺はどんなにひどい目に遭っても、何があっても絶対死なない。
生きて、生き抜いて……必ずその中に幸せを掴んでみせる。
母とは違う人生が欲しい。
小さな頃の経験がきっと生きるだろう。お稲荷さんみたいに、全部ちゃんと活かしていけばいいんだ。
――大丈夫、大丈夫。怖がるな……大丈夫。
突然、ぽたりと頭上から雫が落ちてきた。……雨か?
「真幸」
「颯人」
「一人でそんな風にするな。我はばでぃなのだ。真幸の哀しみも、畏れも我の物だ」
「ふ、クサいな。颯人が泣くなよ」
「うるさい。真幸が泣かぬからだ」
縁側のガラス戸からにゅっ、と顔を出して、上から覗いている颯人。俺は庭先で振り向き、背の高い颯人を見上げている。
颯人の綺麗な雫が溢れ、俺の目の中に落ちて……冷えた頬に熱を移しながら伝っていく。
「颯人、俺は生きていくよ。約束した通りどんな手を使っても生き抜いてやる」
「その意思はとてもよい。閨にゆこう。昔話をしてやる」
「お、旅の話か?」
「そうだ。我の腕の中で、話を聞いて欲しい。其方の魂と巡り会った、遠い昔の話を」
ありゃー……俺生まれ変わりなの?松尾芭蕉さんの?確定なのかそれ。
やだなぁ、恐れ多いよ。俳句の才能はないし。
縁側に座った颯人の膝の上に乗って背中を預ける。
颯人が着ている半纏の中に潜り込んで、顔だけ出して二人で空を見上げた。
「今話してくれよ。もう一本吸いたい」
マッチで火をつけ、庭に置いてある灰皿に捨てる。ちゅん、と水に落ちて小さく燃え滓が鳴き声を上げた。
これも侘び寂びか?
「真幸と何もかもがそっくりだった。なぜ気づかなかったのか今ではわからぬ。芭蕉は料理人をしていた事もあるのだ」
「へぇ?そうなのか。仕事で?」
「そうだ。その後俳句をはじめ、最後の仕事として我と共に旅に出た。その頃にはもう立派な俳人だったな。
奇想天外で朗らかで、いつも周りを笑わせていた。
俳句もな、何というか身も蓋もない物を詠むのだ。池に
「あー、あれねぇ。なんとなく知ってる」
「蛙が水に飛び込めば、それは音がするものだろう。だがあれは文字通りの意味ではない。
飛び込んだ後に広がる音の消えた余韻、侘しい心持ち、静かなその時を詠んだ句なのだ。ぱっと見で判断できぬ。深い所まで実は潜り、表現している。
お前の魂は変わらない。
しょっぱかった真幸がいつの間にやら花のように花弁を広げ、その美しさで何者でも惹きつけてしまう」
颯人の胸に後頭部をくっつけると、俺を抱えた颯人が頭の上からじっと見つめてくる。背が高いから、いつもこうなるんだよな……この体制、嫌いじゃない。
「例えがおかしいだろ。心の話とはいえ、男の俺を花に例えるのか?」
「我にとってはずっとそうだ。かけがえのないたった一人のばでぃであり、真幸は我が唯一の花だ」
ゆらゆらゆらめく瞳の中に、颯人の心が見える。それがなんなのか、俺にはまだ…良くわからない。
わかりたいような、わかりたくないような。俺だってたった一人のバディだと思ってるんだ。
その形が変わるのは、少し怖い。
目線を逸らし、颯人の懐に深く潜り込むと颯人の熱が伝わってくる。
こんなに寒いのに、何でこんなあったかいんだよっ。
俺は顔を隠して、煙だけ吐き出した。
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