第17話 県外遠征@茨城県 その8


 

「狭いとこだがとりあえず入ってくれェ」


 パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、茨木童子がてくてく歩いて洞窟に入っていく。岩山の中の洞窟とか初めて見た…。

 

「先に行け…すまん」

「結界張ってからいくわ…」

「うん…ごめんな」


 転移に当てられた鬼一さんと妃菜が青い顔で蹲り、二人を置いて洞窟の中に進んでいく。

 大きな岩をくり抜いた様な洞窟。

 奥に進むにつれて暗闇が身を包み、動物の匂いが鼻をつく。

 


 

 

「ヤト、大丈夫。こいつらは違うぞォ」

《ニンゲンガイル》

「うん。昨日浄化をした奴だよォ」

《ホウ?ナルホドナ》


 真っ暗な中で足を進めていると、ハスキーな声が増えた。

 ヤト…ヤトノカミか。

 

「何にも見えないな…」


「あァ、すまん。人間は夜目が効かなかったなァ」



 

 パチンと指を打ち鳴らした音の後、大きな空洞に複数の火が灯る。松明に照らされたほこら…床一面に藁が敷かれている。

 まんまるに広がった空間は少し湿っぽい。


「匂いはこれか」

 

 颯人が眉間を揉みながら少年の傍にいるもふもふした獣を見つめている。

 真っ黒なふわふわの毛、頭から刀の刀身が二本ギュンっと曲がって生えて、切れ長の鋭い眼差し、鼻の長い…。


 

 

「わんこだ!!!」

《なっ!?なにをする!?》

「わあああ!もふもふしてる!!あったかい!!かわいい!!」

 

《二、ニンゲンゴトキガフレルナ!》

「マズルが長いな!耳の毛も長いし、あれだ。ボルゾイだな!!よーしよしよし」

《ヌッ…ソ、ソコハ…》


 

 頭を撫でながら顎の下を撫でて、胸元の毛を撫でる。

 ふぁー!柔らかいのと硬い毛が混じって…もふもふサラサラ!!!

 わんこだ!間違いない!!


「かわいいなぁ…わんこ触るの久しぶりだぁ…かわいいかわいい。よーしよしよし」

《アゥン…》


 こてんと転がって腹を出してくるので、そこをワシワシ撫でてやる。

 ヤトが目を細めて、ゴロンゴロンしてる。


 


「お前…そんなキャラだったのかァ…」

《ハッ!?チガウ!ニンゲンフゼイガ…》

 

「ヤトはオスか?お腹の毛が柔らかいなー。わしゃわしゃ!」

 

《アゥン…》




 ━━━━━━


「ごめんて。でも気持ちよかっただろ?」

《こくり》

 

 俺の脇に座ったヤトが尻尾をブンブン振りながらくっついてくる。

 颯人に清められて匂いが消え、俺も何故か手を洗われた。

 

 見た目はツノの生えた牙の鋭いボルゾイ。真っ黒でかっこいいしかわいいし。

 頭を撫でるとキューキュー鳴いて喜んでるし。わんこ。間違いなくわんこ。


 

《ナマリダマヲ…ワタソウトシテ、コロンダ。イタカッタカ?スマン》

「意外とおっちょこちょいなんだな。いいよ、ヤト。お前も撃たれたんだろ?大丈夫か?」

 

《ウン。イバラキガナオシタ》

「そっか…こっちこそゴメンな、人間のせいで痛い思いさせて。荒神にならなかったんだな、偉かったぞ」


 顎の下を撫でるとヤトが目を細める。

 こんな…こんな可愛いわんこになんて事してくれたんだ全く!


 


「ヤトを犬扱いってのは笑えるなァ。さて、じゃあ全員揃ったところで始めよう。

 まずは、真幸…広域浄化してくれたのはお前だろ?あんがとなァ」


 

 パーカーのフードを外して茨木童子が微笑んだ。マッシュルームカットって言うんだっけな…これは。

 耳の上で真っ直ぐに切られた髪型で、前髪もおでこの上に短く切り揃えたヤンチャな顔の少年だ。髪型だけならなゐの神と似てるかな。長いか短いかの差だ。

 目尻に赤くアイラインが引かれてる。

 これ、魔除けじゃなかったか?

 目張りだと歌舞伎だけど、何となく違う感じ。茨木童子もかわいいな…。



 

「浄化の礼を言うってことは、タケミカヅチとなゐの神も本当は匿ってた感じ?」

 

「そうだァ。神職は穢れ堕ちている。陰陽師の一人がここにきたのが始まり。

 オイラは元々京都で酒呑童子の子分をしてたが、ここに来てヤトと出会ってなァ。

 それからずっと大人しくして暮らしてた。ここは妖怪が沢山いる。自然もたくさんあるし、気持ちいいだろォ?」

「そうだな…」


 

「それを壊したのが陰陽師だった。あいつは要石が割れたように偽装し、妖怪が原因だと触れてまわった。

 神職達は術をかけた鉛玉を作って猟師に渡してな、あとはわかるだろォ?

 弾に込めてたのは陰陽師が持ってきた呪いだァ。

 それを受けた妖怪達や小さな神は荒神に落ち、県内全域で瘴気が広がって英霊達までも害したんだなァ。」


 

「確かに…おかしいとは思っていた。英霊に関しては堕ちるはずのないものだ。あれらは神ではない。名の通り昔に土地や人を守った英雄の霊なのだ」

「どう言うことなんだ?俺全然わからんのだけど。陰陽師って裏公務員の他にいるのかな」

 

「鬼一、どうだ?」


 颯人が鬼一さんに目線を送ると、顎をむにむにしながら鬼一さんが唸る。


 

 

「野良陰陽師なんか居ないはずですが。天変地異のあと、神社庁の指導で自営業の奴らが集められた。

 その後素質のある者や神職…伏見さんみたいな元々神様の存在を引き継いだ奴らを集めたのが、裏公務員の始まりだったと聞いてます」

 

「私が京都にいた頃にもおらんかったよ。国から招集が来て、一人残らず東京に居るはずやね」


「と、すれば裏公務員の中にやった奴がいるって事になっちまうな」

「そうなるよなー。わー。やだなー。」

 

 俺が思い浮かべた犯人像がフラグだったとか言えない。縁起が悪い。


 


「真幸が視た通りの犯人像だったな。霊視ができる様になっているのやも知れぬ」

「颯人!バラすなよ!!…霊視?」


 はてなマークを掲げると、妃菜が頷く。


「霊視ってのは霊力を使って必要な情報やキーポイントを探る陰陽術やね。昨日目がおかしなった後遺症かも知れん」

「後遺症で霊視が可能とか…どんだけなんだ」


「鬼一さん、俺が知りたいよそれは。ただもわーんと想像しただけなのに…」

「その様なものだ。霊視とは言うが残留思念などに触れて、微妙な情報しか得られぬ」

 

「何だ。微妙なら気にしなくてもいいか。ほっとこほっとこ」


 鬼一さんも妃菜も頭を抱えてる。

 俺のせいじゃないもん!


 


「真幸は稀代の陰陽師だなァ。オイラの気配も平気だったし、神職たちの妙な術も効いてなかったし。

 真幸の言霊はすごく良かったぞォ。オイラ達は感動して昨日一晩泣いてたんだ。真相を知ってるのかと期待してたが違ったんだなァ」

 

「ダメージがあったんじゃなくて、感動して泣いてたのかぁ…うーん…。

 それでさ、神職さんたちを正気に戻せばどうにかなるんかな。黒幕の陰陽師はもう居ないんだろ?」

 

「ん、そう。真幸たちが来た日にいなくなったなァ。神職達がまともになりゃ解決するだろォ」

 


 うーんうーん。悪役のはずだった茨木童子達がまさか被害者だったなんて…どうしてこういつも一筋縄で行かないんだろう?

 

 とりあえず困った時の伏見さんにお電話だ!!



━━━━━━




『絶句』

 

「おん。気持ちはわかるよ伏見さん。そんでどうする?流石に陰陽師の呪い云々はわからん」

 

『颯人様が撃たれた弾はありますか』

「あっ…拾うの忘れた」

「オイラが撃たれたのならあるぞォ」

「ありがとー」

「どう致しましてェ」



『…茨木童子が居るんですね、本当に。誑かしたんですね、また』

「またって何だよ!ほんでこれどうしたらいいの?」

 

『芦屋さんの目をお借りします。そのまま鉛弾を見ていて下さい』

「ふむ、目を借りる、なるほど」


 


 じっと弾を見つめていると、視界にザザッとノイズが走る。

 ふんわりと目の前に紫色のフィルターがかかった。


 鉛弾の内側にこもった黒い色が見える。…ドロドロして気持ち悪い。まるで意思を持っているかのようなそれがぱかりと開き、中から沢山の虫が湧いてきた。

 蛆虫、蛭、ムカデ、ダニ、スズメバチ、サシガメにオオジョロウクモ…。

 

 これが呪術か。なるほど呪いと言われるわけだ。禍々しい気配しかない。

 

 お、久しぶりに見たな。モンシロドクガの幼虫…黒い体にオレンジの帯と白い点。

 毒蛾になのに小さい時からおしゃれなやつだ。

 羽を広げる前に死んじまったのか?お前も羽ばたきたかっただろうな。


 毛虫にツン、と触れると、ふわふわのマフラーを巻いた様な蛾の成虫になる。

 灰色のような白のような羽を広げ、それが飛んでいく。

 よかった。飛べたな。


 

  

『芦屋さん、視えてますね』

「ん?見えてるけど」

『はぁ…よくわかりました。視覚共有もあなたには禁止事項になりましたので』

 

「えっ!?何でだよ?」

『普通は視えないものです。蛾にまで憐れみをかけないでください。成仏しちゃいましたよ…。

 これは蠱毒の毒呪が含まれています。呪術の一種です。最近作られたものの様ですね』


 瞳が強制的に閉じられ、再び開くと虫は消えていた。共有解いたんだな。

 成仏か。そりゃ良かったよ。


 

「虫の命を弄び、その毒を以て穏やかに暮らしていた神々や英霊、妖怪たちにまで迷惑をかけたクソ陰陽師が居るんだな。

 伏見さん、何か知ってる?」


『…私が今、言えることはありません』

 

 伏見さんの声色は申し訳なさそうな感じ……そう言う、ことか。

 

「………あぁ…やっとわかった…」


 


 伏見さんの言葉足らずが何故なのか、漸くきちんと理解した。この人は言えることと言えないことがある。

 俺が危険に巻き込まれる事を鑑みて話してるんだ。性格もあると思うけど。

 

 そして、おそらくこれをやった陰陽師を知っている。

 さらに…今は、って言った。

 今じゃなければ伝えてくれるかもしれないって事だ。もしかしたらこれから更に調べを進めるのかもしれん。


 思わず颯人を見ると、颯人がこくりと頷く。颯人もそう思ってるのか。顔が勝手にニヤけてしまう。

 伏見さんは最初からずっと俺に嘘はつかなかった。だからきっと、この問題は解決できるはずだ。


 


「とりあえ出来る事をやるしかないか。どうする?」

『神職たちの解呪をし、予定通り要石は割れたものとして修復の名目で強化しましょう。社を建立し、予定通りに帰投して下さい』

「わかった。神職さんたちの解呪は…」

 

「我がやろう。神々で解呪してやればよい。忌まわしい記憶も消し、我らは仕事をして、役所に帰って伏見に報告をするのだ」

「うん、そうしよう」

 


「ま、待ってくれ!伏見さん!!そんな説明で納得できるわけが…」

「鬼一さん」



  

 必死の形相な鬼一さんの肩を叩き、首を振る。その先はダメだ。誰に聞かれているかわからない。

 それこそ、身内のクソ陰陽師にでも聞かれたらマズイ。


 ハッとした鬼一さんの横で妃菜がため息をつく。おっ、通じてるな、妃菜には。


 


『…さて。私は野暮用ができましたのでここまでです。皆さんのお帰りをお待ちしております』

「はいよ。お疲れ様。無理しないでね」

『お気遣い痛み入ります。では』



「すまん…」

「鬼一さん、大丈夫だよ。これからやる事を決めて動こう。俺は二人となるべくマンセルを組ませてもらう様にする。協力してくれるか?」

 

「もちろんだ!」

「私も!?ホンマに!?は、はよ神降ろしせなあかんね!」


「うん。できる事を、一つ一つやっていこう。茨木童子が神様を匿ってくれたから最悪の事態は免れたんだ。その恩に報いたい」


 陰陽師全員で頷き合い、茨木童子を見つめる。

 

 ゴメンな、嫌な思いさせて。

 静かな生活を壊して…。

 必ず原因を突き止めて、解決してみせるからな。



 

「ふゥん…真幸達はあの陰陽師とは違うんだなァ」

「そう、思ってもらえると嬉しいけど」

 

「人間は厄介で複雑な事情を抱えている様だ。オイラたちみたいに毎日好きな事して、好きなやつと遊んで、好きなもの食べて暮らせばいいのになァ」

 

「それはいいなぁ。いつかそうしてみたいよ。茨木童子が友達と仲良くして穏やかに暮らして行けるように、俺も頑張るからさ…ごめんな、危険な目に遭わせて」


 あぐらをかいて、茨木童子がふ、と微笑む。


  


「真幸はいいなァ。こう言う人間なら、オイラは仲良くできるのに」

「そうか?じゃあ仲良くしてくれよ」

「そうしてやろう。オイラが仲良くする人間なんていなかったんだからなァ。ヤトと二人だけで暮らして来て幸せだったが、友人が増えるのは良いなァ」



「…友人、か」


 鬼一さんは俺の傍で尻尾まで寄り添っている夜刀神を見つめてる。

 うーん、これはヤトを鬼一さんと一緒に連れて行きたいって言える状況じゃないな。茨木童子を一人にしてしまう。



 

「なぁ、こいつらを置いていくのは心配だ。真幸…連れてってやってくんねぇか」

「え゛っ!?タケミカヅチ何言ってんの!?」

 

「せやな。元々大阪の生まれでこの地では異分子になる。妖怪は生まれた土地の方が相性がええはずなんやで。

 今回は真幸が間に合うたからええが、力ある妖怪はこの先も嫌な目に遭うかもしれん」

 

「なゐの神まで…それは…心配だけど。本人達の意思を聞かないと」


 ヤトが膝の上に頭を乗せて、キラキラして目で俺を見てる。

 茨木童子…君もですか。


 


「ここを離れる事になるんだぞ?眷属になっちゃうだろうし」

「オイラを眷属にしてくれんのかァ?山彦がいるな!お前さんの中に入れといてくれるんだなァ?」

 

「そ、そう…なるだろうな。」

「ヤト!真幸にお世話になりたいよなァ!お前とも一緒にいれるしなァ」

《ワフ!!》

 

「だってよォ!連れてってくれ。お前の中ならここよりも居心地がいいだろう?山彦もそうしろって言ってるしなァ」



 

「ど、どうする?颯人…あとヤトノカミはその…鬼一さんが預かれるなら預かりたいんだが…」

《イヤダ、マサキガイイ》


 鬼一さんが眉を下げてしょんぼりしてるが、俺を見てうん、うんと何度か頷く。


「俺は、まだ調伏できるほど力がない。だから…もし今後納得できたら、本神…本犬?と将来的に話し合いができりゃいいかななんて思ってるが」

 

「うーんうーんうーん」


 颯人をちらっと見ると、ため息が落ちる。


 

 

「茨木童子とヤトノカミはよい。タケミカヅチとなゐの神は神宮に残れ。」

「そうなるよなぁ」

「せやろなぁ」


 

「そうじゃな。この地は神も妖怪も多い。また被害に遭う可能性もある。真幸が勾玉を飲んだことでお互いの保険にもなろう。

 陰陽師の術に拐かされぬ様に真幸が守ってやれる。

 この地から二柱を引き連れてゆくのは危険じゃ。今まで通り神宮でこの地を守らねばならぬ」


「「しょもん」」

「そう凹むなよ。ウチにもたまに遊びに来ればいいだろ?俺も落ち着いたら茨城に来るよ。心配だしな」



 二柱がへこみまくってるが、茨城県に守りは必要だ。

 勾玉だけもらってなんか申し訳ないけどさ。



 

「ほんじゃァ真幸、眷属の契約だ!俺の歯、あるだろォ?」

「あるけど…まさか飲めってんじゃ」

「オイラみたいな大妖怪の歯なんか飲んだら腹壊すぞォ。歯を媒介にして契約するんだァ。それを握っててくれ!」

《ココロガウケイレレバ、ナカニハイレル。マサキ、ツレテッテクレ》


「わかった。二人とも本当にいいんだな?」

《ワフ!!》

「うん!」


 元気な二人の返事を聞いて『おいで』と呟く。ふたりがすぅっと消えて、手に握った歯も一緒に消えてった。

 俺の中に二人が入って、山彦とキャッキャしてる。

 うーん。まさかこんな事になるとは。


 


「さて、それでは参ろう。不甲斐ない神職どもに喝を入れねばならぬ」

「そうじゃの、さっさと終わらせよう」


 みんなで立ち上がり、円陣を組んで手を重ねる。

 最後の総仕上げだ!



 

「やるぞー!神職さんの尻叩きだ!」


「それはどうなんだ」

「真幸…そう言うセンスないねんな」


「くっ…とりあえずやるの!えいえいおー!」

 

 みんなが苦笑いしながら手を握り合い、笑い合う。

 

 颯人が転移術を広げ、目を閉じた。



 ━━━━━━



 

「真幸はこちらへ」


 鹿島神宮の入り口前。

 現時刻 13:30 腹減った。


 神様たちが並ぶ真ん中で颯人が俺の肩に手を置いた。鬼一さんと妃菜が後ろに控えてちょっと緊張気味だ。


「山彦」

「はいっ」


 山彦ーーー!!毛だらけだなーーー!!ヤトと遊びまくったなこりゃ。


 顕現した山彦は顔を真っ赤にしてはぁはぁしてる。

 颯人が苦笑いしながら毛を払ってやった。



 

「仲良くできそうだな」

「うん!わんこかわいい!すき!!」

「そうだろ!?ヤトはいいよな、もふもふしてるしかわいいし」


「鈴村、あれ可愛かったか?」

「どう見ても妖怪にしか見えんかった。真幸の審美眼はおかしいんや。多分」


 うっせい!ヤトは可愛いよ!山彦も茨木童子もな!


 


「さて、始めよう。真幸は社の建立だ。鬼一、鈴村は柏手だけ打てば良い」

「イメージすりゃいいのかな」

「そうだ。いめーじの補助はなゐの神とタケミカヅチに任せる。我の神力の増幅を山彦、補助を魚彦に頼もう」

「「「応」」」

「はい」


 よし!やるぜい!!

 

 颯人が大きく柏手を打ち、それに倣って全員で柏手を重ねる。

 音の余韻と共に、波状に冷たい気配が広がっていく。

 目を閉じると、要石の社跡地が頭の中に浮かんで来た。

 

 神職さんが集まってるな…。俺たちの事忘れちゃうんだろうな。多分。

 でもきっと、その方がいい。悪い陰陽師なんて居なかったんだ。



 

 ええと…社って…どのくらいの大きさ?とりあえず柵が必要だよな?

 色は何となく白がいい気がする。

 先端が尖ってて、ハーブガーデンみたいなやつ。


 あと…鳥居も必要だよな。柵が白なら鳥居も真っ白にしよう。額束がくつかに鹿の角でも書いとこうかな。

 あ、そうそう落ち葉が出るから屋根も欲しい。あと周りの木も元通りにして…杉の木にしよ。

 鳥居にしめ縄した方がいいよな、神域にしちゃえば妖怪も入らないし。


 あとは…。


 

「真幸、そのくらいにせよ。これ以上立派にしたら神宮の主が変わってしまうぞ」

 

「はっ…あれ、もう終わった?」

「滞りなくな。白い社とは趣味がよい。あれはもう二度と壊せぬぞ」

「おぉーそりゃ良かった!」


「神職たちも記憶の消去と共に解呪された。オレ達がうまーく説明しておくから、真幸はもう帰れ」

「せやな。しばしの別れや。」


 タケミカヅチとなゐの神が鳥居を潜って、こちらを振り向き泣きそうな顔してる。


 


「また会えるよ。ここを守ってやってくれな。後を頼むよ」

「「応」」


 二柱が背を向け、境内に向かって歩き出す。

 またな、と声をかけて俺たちも歩き出した。


 背中から颯人がひっついてきて、山彦と魚彦が俺の手を取り、冷えた体を温めてくれる。


 


「帰ろう、真幸。我らの家に」

「そうだな。あ、伏見さんにお土産買っていこうか」

 

「茨城のお土産は何がいいんじゃろな?」

「昨日ネットで調べたらほっしぃ〜もっていうのがランキング一位やで」

「俺はハムがうまそうだと思った」

 

「それ茨城っぽくないよ」

筑波つくばハムって書いてあるんだぞ。ハムと、ウィンナーとベーコンとセットになっててな」

 

「じゅるり…やっぱ買うか」

「なんやの、真幸は食いしん坊になったんちゃう?」


 わはは!と笑い合って、みんながワイワイ話しながら歩いていく。

 俺は振り返って、勾玉をくれた二柱の神たちを思う。

 

 心をくれたのに、ごめんな。

 でも、また来るよ。ここに。



 

 

「真幸、ゆくぞ」

「おう!」


 大きな手を差し出してきた颯人の笑顔に迎えられて、帰り道をただひたすら…歩いて行った。

━━━━━━



 


 

 陰陽師と神たちが立ち去ったあと、黒い浄衣を纏った者が現れる。

 落ち葉を踏み、歩いてゆく先に結界と真新しい社が見えた。

 

 偽装したはずのそこに、近寄れなくなっている。こんな結界…誰が。

 ──わかりきってる。自分が指名したんだから。

 神職達の洗脳もパァか。伊勢神宮は無理だったし、ここももう無理だ。手出しできない…。


 

「忌々しい…」


 忘れられた鉛玉を拾い上げ、口の中に放り込む。それを噛み締め、飲み込む。


「まだ食べ時じゃないかな…」


 そう独りごちたその人は、旋風と共にその姿を消した。

  

 



 

 

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