26 依代契約 茨城県編 その6


真幸side


「けふー。うっぷす、失礼しました」

「んっふ……なんやのそれ。おもろいな」

 

「真幸はそう言う所は細かいんだよな。顕現が解けて楽になったか?」

 

「うん、お陰様で。無理やり閉じ込めたから頭の中でピーピー言ってるけど」


 現時刻 23:30。シンデレラタイム前に俺は人間になりました。はー、お腹破裂しそう。噯気おくびが出てしまったぞ。

 ふかふかの布団を敷いてもらって、その上に寝っ転がって至福のひと時だ。



 

「妃菜のご飯めちゃくちゃ美味しかった。あのうどん、どうやったらあんな美味しくなるの?」

 

「ふふ……京女はうどん作らせたら誰も敵わんで。もう体は何ともないのん?」

 

「何ともないよ。ありがとな」


  

 布団に寝っ転がってお腹をさする。

流石に食べすぎた。施設の食材が空になってしまった……。

 

 妃菜が作ってくれた京料理はすんばらしかった。

 お出汁がよく効いていて、塩分が控えめで、野菜の下処理が丁寧で。青菜の筋まで取ってあるんだぞ。野菜の食感まで違うんだ。俺は感動した。

 

 油揚げの卵とじとか初めて食べたけど、甘辛の味付けでふわふわトロトロ半熟卵と出汁を吸ってじゅわっとしたお揚げが絶妙で、白いご飯をあれで何杯でもいける。また食べたいなぁ。



 

「妃菜のご飯を食べられる将来の旦那さんは幸せだな。羨ましいよ」

 

「そっ、そそそそうやんな!?」

 

「落ち着け鈴村。何にも考えてないぞ真幸は」

「わかっとるわ!ええんよ、私は長期戦を覚悟してます」

 

「え、なんの話なの?」

 

「小娘ぇ……」


  

「颯人様はライバルなので。小娘呼ばわりはやめてください。そこは神さん関係ないしぃ」

「ぬぅ」

 

「マジでなんの話なんだ?俺はスルーされてるんだけど」


「真幸はええの。ほかしといてや」

「そうだ。そなたの気にする事ではない」


「えぇ……?」



 

 本気で何の話かわからん。妃菜と颯人は仲良しになったのか?

 

 お腹をさすりながらゴロゴロしてたら、魚彦が妃菜と颯人をかき分けてやってくる。

只事じゃない様子に起き上がると、魚彦がお布団の前に正座し始めた。どした?


 

 

「もう、もう……たいみんくが分からんのじゃ。割り入ってすまぬ。真幸、聞いてくれんか。

 ワシは、二柱が言い争うのをどうにかせねばと焦って、ついカッとなってしまったんじゃ。

 収めねばならぬ場を乱してしもうた。頼む、嫌いにならんでおくれ。ワシを許しておくれ……」



 

 顔がくしゃくしゃになった魚彦を見てハッとする。……なんて顔してるんだ。

 

「魚彦、ちがうよ!俺が悪かったんだ。ごめんな、きつい言い方して。

嫌いになんか絶対ならないよ。こっちおいで、抱っこしてもいいか?」

 

「うん、うん……」

 


 魚彦がポロポロ涙を溢しながら抱きついてくる。

膝の上に乗せて、顔を胸元に引き寄せる。とめどなく流れる涙を指先で拭うと泣き笑いになり、そのまま本格的に泣き出してしまった。

 

 小さな体をぎゅっと抱きしめる。

 

 ずっと言いたい事を我慢してたんだ。こんなに泣くなんて……。俺が回復して、会話が途切れるのを待ってたんだな。

 いつもなら上手に入ってこれるのに、それが出来ないくらい追い詰められてたんだ。


 


「本当にごめんな。魚彦を嫌うなんて出来るわけないだろ。

 憧れてたって言っただろ。ずっとずっと好きだったんだよ。これから先も、ずうっとそれは変わらない」

 

「真幸……真幸っ」


  

 あぁ……魚彦は気をつけないとダメだったのに。わかっていたのにやっちまった。俺の冷たい言葉にこんなに傷ついてる。

 生まれてすぐに拒絶された、遠い過去を思い出してしまったかもしれない。古傷に心に刃を立てたのは俺だ……本当にごめん。


 しゃくりあげていた背中がゆっくりおさまり、魚彦の体から力が抜ける。

泣き疲れて寝てしまったか。今日は魚彦と一緒に寝よう……手を離したくないんだ。


 


「なぁ、真幸。魚彦はあんたが依代になってくれへん?契約はもうしてるんやし、あとは心の問題やろ?」

 

「えっ……」


 妃菜が魚彦の顔を覗き込み、頭を撫でる。

いつの間にか三つ編みを辞めた彼女は、吊り上がっていた目が優しく垂れて、穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

 これが本来の顔だったんだろうか。以前のキツイ印象がなくなって、ふわふわした柔らかい雰囲気が感じられる。


 


「私は別の神さんに降りてもらう。真幸の仕事を見てそう思たんよ。私が魚彦の依代では意味がないんや」

 

「でも……」

 

「あんたが私に遠慮して、手放しで可愛がらないように我慢してるのは分かってたで。だんだん抑えが効かなくなって来てたんも。

 依代云々はもう関係ないやろ?元々魚彦が好きやったんやもんな」


 

 妃菜の言う通り、妃菜の事を思って降りてきた魚彦と仲良くなりすぎたらダメかな、って自分の心にストッパーをかけているつもりで居たんだ。

 妃菜が気づいているなら、魚彦も気付いただろう。

 

 そのせいで寂しい思いをさせてたのかもしれない。俺はダメだな、なんて酷い事しちゃったんだろう。

 

 妃菜から奪ってしまうような気がして、ちゃんと魚彦に向き合っていない自分に後ろめたさがあった。大好きだからこそ、いつか妃菜に返さなきゃならないから悲しませたくなかった。

 魚彦は本当に優しくて、いい子なんだ。俺が憧れていた通りの神様だった。



  

 妃菜が目を細めて、一層深く笑う。

スッキリした顔で、もう心が定まったような表情で。


「妃菜は、それでいいのか?」

 

「そうして欲しいんよ。こんなに幸せそうな顔してるのに……引き離せるわけ、ないやろ?お母ちゃんに抱っこされてる赤ちゃんみたいや。私が見た事ない、可愛い顔しとる」


 俺の浴衣の襟を握ったまま眠っている魚彦。ほのかに微笑み、赤ちゃんがむずかるように顔を押し付けてくる。

 

 そう言ってくれるならいいのかな。魚彦は、俺のとこにいてくれるかな。


 

「……わかった。妃菜がそう言うなら、明日魚彦自身に聞いてみる」

 

「ありがとうさん。私も嬉しいわ。幸せになってくれるのが、一番ええことや」


 妃菜が満足そうにふん、と鼻息を荒くして鬼一さんが笑う。颯人は……珍しいな。すごく静かにしてるぞ。でも、優しい目で魚彦を見ていてくれる。

 うん……魚彦に聞く前に、一緒にいてくれって俺から言おう。俺がそうして欲しいんだから。



  

「はーぁ、鈴村もすっかり変わったもんだな。今の気概ならちゃんと神下ろし出来るだろ。俺も手伝ってやるよ」

 

「鬼一さん斎主さいしゅできるん?」

「それは真幸にやってもらえ」

「それはええな!そうしてもらお!」


「俺やった事ないんだが」

 

「そう言って今日えらいことになったやろ。『やった事ない』はもう通じんで」

 

「確かにな。初体験が初体験らしくなりゃしない。毎回歴書に残される逸話になっちまう」

「くっ、そう言われましても……」


 魚彦を抱きしめながら、ムームー言ってるとふいに嗅ぎ慣れた香りが鼻をくすぐる。……どこで嗅いだんだっけ?

 


 

『芦屋さん』

「おっ?伏見さんか?」


 枕元に白い狐が現れた。あぁ、伏見さんの匂いだったんだな。すっきり爽やか系の香りが狐さんから香ってくる。

 

 うおぉ…尻尾がモコモコもふもふしてる!触りたい!!


 

『芦屋さんは触れないでくださいね』

「えっ!?な、何でだよ!?がっくし」

 

『あなたの中に今勾玉がもりもりなんですから。やたらめったら触ると狐が四散します。具合はいかがですか?』


 狐がこてん、と首を傾げる。

わーーん!かわいい!!何で触れないんだよ!あんなにもふもふしてるのに!!


 


「くっ……もう大丈夫。体も目も通常通り。腹が重たいけど」

『勾玉は重量がないはずですが』

 

「ごめん。妃菜のご飯が美味しすぎて欲望のままに食べました」

 

『なるほど、それはいい事です。明日までには新たに資料をお送りしますから、無理しないで下さいね』

 

「ありがとう。伏見さんもね」

『お気遣い痛み入ります。では』



 狐がす、と立ち上がり、窓辺に立って外を眺めている。使役の狐さんかな。結界強化に残してくれたんだな、ありがたや。

尻尾のもふもふが揺れて本当に可愛い。いいなー、狐ちゃん羨ましいな。


 

 

「これ、真幸。滅多にそう願うな。変なものが寄ってくる」

「えっ、そうなの?」

 

「今日はしっかり休養するのだ。そうすれば問題なくなる。それでな、タケミカヅチと決闘したいのだが」


 えっ!?なんだそりゃ。颯人が薄暗い顔で微笑んでる。野生みがあるなそれ、ワイルドだ。

 

「それで納得できるんだな?」

「そうする。彼奴は煩かろう。」

「うん、すっごい元気。出せ!って叫んでる」

 

「それを鎮めるために決闘したいのだ。このように魚彦を悩ませる事もなくなる。今日は早う寝てしまおう。山彦も心配していた」

「あぁ……山彦。抱っこして寝たかったのに。もふもふの癖っ毛……」

 

「其方は浮気性だな。我と寝て我の髪をもふもふせい。魚彦は仕方ない」

「颯人のはもふもふしてないだろ!諦めるしかないか。んじゃ消灯!」




 お布団に寝っ転がって、魚彦を腕枕で寝かせると寝ぼけながらくっついてきた。かーわいいなぁ……。

  

 鬼一さんが部屋の電気を消して、颯人も背中側から体をくっつけてくる。神様サンドか、今日は。

 ニヤニヤしていたら、妃菜と鬼一さんまで布団をくっつけて来た。


 

「近い方が守りが強くなる。俺と鈴村が交代で見るからな」

「そうやね。しっかり寝てや」


「ありがと。颯人、妃菜に手を出すなよ」

「小娘に興味などない」

「ふーん?」


「……イイッ!!」

「もう寝ろ。口を開くな……頭が痛くなる」


 鬼一さん、その生暖かい眼差し癖になってないか?

 颯人と魚彦に両側から抱きしめられて、体がぽかぽか暖かくて瞼が勝手に降りてくる。


 夢の中に片足を突っ込むと、颯人が耳元でつぶやく。



 

「其方を守りたいのに、上手く行かぬ」


 いつも守ってくれてるだろ。颯人まで変に気を病まなくていいの。


 ふ、とお互いに微笑みが落ちて、俺は眠りの海に飛び込んだ。


 ━━━━━━


 

「寝れないのか?真幸」

「魚彦が泣いちゃって。さっき寝たとこなんだ」

「そうか……夜泣きかな。今晩くらいは甘やかしてやった方が良さそうだな」

「うん」


 現時刻 2:30 昏い海と月を見ながら魚彦をあやしてたら、鬼一さんが起きて来た。



 

「俺は真幸の生活を見て大いに反省した。お前さんは所作振る舞いも、口から出る言葉も全て意識してるだろう。

足の運び方、箸の上げ下げに至るまで生活の全てが修行になっている」

 

「まぁね。自堕落な生活をしてたから最初はキツかったよ。颯人の依代やってるんだからちゃんとしないといけないな、と思って」


「そう思っていても出来るものじゃない。今4柱と眷属との契約を成している事自体がもう普通じゃないんだ」

 

「そう?俺は陰陽師の何もかもを知らないから、良く分かんないや」

「俺が……教えなかったからだ。人に教えるのは自分が学び直す事であり、教える事の全てをマスターしなければできん。だから俺は出来なかった」


 鬼一さんが真面目な顔してじっと見つめてくる。

妃菜と同じで鬼一さんも変わったな。決意のこもった眼差しで、心をきちんと俺に向けて話してくれてる。



 

「そう思うって事は鬼一さんも成長したんだよ。本来の気性がそうさせてるんだ」

「そんな風に言ってくれる人を俺は蔑ろにして、初っ端裏切った。とんだ愚か者だ」

「鬼一さん……」


 鬼一さんが握った手のひらを差し出し、開いた。手の中には黄色い花を押し花にした栞がある……クサノオウだ。

 


「あれから薮知らずに日参してた。母親に薬草を届けて、荒神になりかけた八幡様と話して、これを貰った」

 

「あの子のお母さんから?」

 

「あぁ。真幸が山神にしたのと同じように対話してみた。時間がかかったが、漸く鎮まってくれた。八幡様は荒神にならないし、母親も皮膚病が完治した。

 いつ渡せばいいか分からなくてな……遅くなったが、受け取ってくれ」



 

 栞を受け取り、じっと見つめる。

 小さな花が重なるように配されたそれが、俺の胸を締め付けてくる。

 先端に結ばれたリボンの赤は、あの子が着ていた着物と同じ色だった。



「謝って済む問題じゃないが、俺はずっと言いたかった。受け取らなくてもいい、聞いてくれ。

 …………本当に、すまなかった」


 腰を折って、大きな体の鬼一さんが頭を下げて小さく縮こまる。

 ポタポタと涙が落ちる音。

 その音が胸の痛みをほどいてくれる。


 

 鬼一さんも忙しかっただろうに、ずっと藪知らずに通って見守ってくれてたんだな。俺たちが行こうとした時に伏見さんが止めたのはそのせいか。

 

 じわじわ…胸が温かくなる。

涙まで流してくれた鬼一さんの真摯な気持ちが沁みて、優しい気持ちでいっぱいに満たされた。

 腕の中の魚彦に頬を寄せて、自分の顔が緩むのがわかる。ふくふくほっぺの魚彦もほんのり笑顔を浮かべた。

 

 俺は、こんな人たちと仲間なのか。俺と一緒にいてくれる人達はこんなにも俺を想ってくれるのか……。

 

 すごく嬉しい。本当に幸せだ。



 

「俺さ、もうダメだって思ったらその人の事を二度と許せない狭量な奴だったんだ」

「そうか」

 

「でも、鬼一さんはもう違う。俺は鬼一さんを信じてる。

仕事を増やして忙しい中で、鎮めてくれて……本当にありがとう」


 鬼一さんが体をガバッと起こして、真っ赤な目でじっと見てくる。

うん。もう、大丈夫。俺は鬼一さんの事が好きだ。意地を張ってまで遠ざける人じゃない。背中を預けられる大切な仲間だな。


  

「赤城山の時も今日も思ったけど、仲間っていいな。自分が傷つきたくなかったから一人でいたんだ。

 妃菜が言ってたけど、信じたら裏切られるかもしれないだろ?そしたらきっと自分が傷つく。それが怖かった」


 妃菜に偉そうに言ったけど、あれは俺自身への言葉だった。今は、そう思う。


 


「俺も、もう怖くない。信じて裏切られたとしても、俺が信じた事実は変わらない。誰にも変えられない。

 俺が勝手に嫌いだと思っても、それを覆すまで一生懸命やってくれた鬼一さんのお陰でそう思えるようになった。本当にありがとう」

 

「…おう」


 ぐしぐしと涙を拭ってニッカリ微笑む彼の顔に、俺も微笑みを返した。


━━━━━━



 

「それで、麻多智さんはヤトノカミを神として祀ったんだよね」

 

「当時はそうです。民のために田畑でんぱたは必要でしたし、開墾せねばならぬという朝廷からのお達しでしたから。

 そのため谷より上がヤトノカミ、そこから下が私たち人間の領地と分け合い、きちんとお祀りしていくはずでしたが、あの……」

 

「ん?」



 

 現時刻 朝の6:30 麻多智さんが宿に来てくれて、俺たちはすぐ近くの海岸にいる。

浜辺に座って麻多智さんと裏公務員達で話し合い中。


 

「あ、あの、颯人様とタケミカヅチ殿は何をしているのですか?」

 

「あぁ、決闘してる」

「決闘ですか?!神様同士で?」

 

「うん。お互い気に食わないからやり合って決着つけたいんだとさ。」

「へぇ……」


 

 微妙な顔をしてる麻多智さん。彼は常陸国風土記ひたちのくにふどきに登場する人だ。

茨城県の行方郡なめがたぐんで、奈良時代に未開拓の地を切り拓いた豪族だ。

 

 元々の土地に暮らしていた妖怪のヤトノカミを説得して土地をもらい、農地にしてくれた開拓者で歴史に名を残している。

 

 この人も筋骨隆々でなかなか勇ましい感じだなぁ。眉毛が太くて凛々しいぞ

 。

 こうして姿を現せるって事は、英霊として神にも等しい存在になってるんだと思う。英霊は生前の功績によって力が決まり、この世を見守ってくれるありがたい存在なんだ。

 

 

 

「しかし、剣と矛では剣が不利でしょうに」

「武器だけで言えばそうかもしれんけど、使ってるのが颯人だからねぇ」

「確かに気配が……恐ろしいほどの鋭さですが」

 

「麻多智さんも矛使いだもんねー。戦争だと矛は無敵だったかな」

「そうなります。りいちの差がありますから。本当に無敵なのは弓かもしれませんがねぇ」


 そう言って麻多智さんが颯人とタケミカヅチを見てる。むーん、集中できなそうだから決着を待つか。どうせなら俺もちゃんと見とこう。



 

 二柱は距離を取って睨みあい、膠着状態。

颯人は草薙の剣を肩に担ぎ、ものすごい殺気を纏ってタケミカヅチを牽制してる。

 長い矛を構えたタケミカヅチは額から汗を流してそれを睨見返していた。


 脇で見届け役としてなゐの神と魚彦が佇み、二人が撃ち合って出るだろう衝撃波を食い止める役目をしてる。

 

 山彦は海が好きじゃないから俺の中。

みんな顕現してても何ともないから、俺自身も問題なし。



 

「勝負あったと言ってもいいんじゃないのか?あれは」

「せやなぁ……颯人様に手出しできひんやろ。うすら笑いしてるで!怖っ!」 

「俺的にはどんな立ち回りするのか見たいんだがどうだろね?」


 のんびり話す俺たちを呆れた目で麻多智さんが見てる。

すまんて。でも困ったことにはならんから大丈夫だよ。颯人だからな。


 


 ちらっと颯人と目が合った。

 もう、よそ見しないの!

 

その目がふんわり笑った瞬間、タケミカヅチの矛が突き出される。

 攻撃をふわふわ避けて悪そうな笑いがはっきりと浮かぶ颯人。足元を薙ぐ槍をぴょんぴょん飛んで大笑いになった。

 あー。意地悪してるな、あれは。


 


「ぬるい。餅でもついているのか」

「うるせぇ!くそっ!このっ!!!」

「武神のはずだなぁ、お前は。我もそうだが、役割は果たせているのか?

 あぁ、妖怪に攫われるくらいだ、大したことはなかろう。」

「……てンめぇええ!!」


 

 颯人の挑発に乗ったタケミカヅチが顔を真っ赤にして矛を薙ぎ、突き出して目前に刃が迫る。

 

 それをようやく剣で受け、左足を下げて剣の角度を変えて、槍の力を受け流した。槍に釣られて傾いだタケミカヅチの胸を刃先で叩く。

 

 血が吹き上がり、タケミカヅチが飛び退る。体を低くしてそれを追った颯人が懐に潜り込む。

  

 勝負あったな。

矛はリーチの差で剣より優位なはずだが懐に入られたらどうにもならないんだ。


  

 颯人の剣が腹を薙いでタケミカヅチが真っ二つに割れて転がった。……大丈夫なのかあれ。痛そう。

 

 『剣術は足の運びである』と聞いたことがあるけど、力点作用点の問題もぶち込まれるみたいだ。

 意外に力技だけじゃないんだな。アレだけサクサク動くには相当鍛錬が必要だろう。原理がわかるとちょっと面白い。


 

 

「そこまで!タケミカヅチはこれで納得するんじゃぞ」

「くっそ痛え!!!…わかったよ。俺は颯人の軍門に降る。すいませんでした!」

「我は神宮に戻ってほしいが。ばでぃの座は我のものだ。次点は魚彦と山彦のみ真幸に認められている」


 あっ!もう。何で言っちゃうんだよ!

 

「ま、真幸……よいのか?」

  

 魚彦がうるうるした目で俺を見てくる。

 

 

「あーもう。俺がちゃんと言おうと思ってたのに!全く!!」

 

 立ち上がって尻についた砂を払い、砂浜を歩いて魚彦に近づいていく。

じっと待っていた魚彦がウズウズして、我慢できなくて走ってくる。


 

 


「真幸!」

 

 砂浜に膝をついて魚彦を受け止め、抱きあげた。

 

 くるくる回ってすとん、と砂浜に下ろすと頬を真っ赤にして息を切らした魚彦がじっと俺を見つめてくる。

 可愛いなぁ……目がキラキラしてる。


 

「魚彦、正式に俺が依代になりたい。勾玉をくれた魚彦のパートナーにしてくれるか?颯人が言ったように俺のバディはあくまでも颯人だ。

 厳密に言うと颯人の眷属になるんだ。それでも、いいかな」


「うん……いい。真幸のそばに置いてくれるなら何でもいいんじゃ。お前さんと離れとうない」

 

「そっか、へへ。じゃあこれからもずっと一緒にいてくれるか?」

「うん」


 魚彦が頭を俺の胸元に押し付けて、微笑んでくれる。

魚彦は望んで俺のそばに居てくれるんだな。良かった……本当に嬉しい。



 

「すみませーん。スクナビコナ殿。回復を頼みてぇんですけどー」

 

「タケミカヅチは待ってて。今は魚彦と喜びを分かち合ってるとこなの」

「真幸ぃ……そうは言うが痛えんだよぉ」


 颯人が剣を懐にするすると差し込み、俺と魚彦を包み込んでくる。すごいぞ、どこにしまったんだ??四次元ポケットか?


 

「我は魚彦の事を認める。お主には真幸が必要で、真幸にも魚彦が必要だ」

「そうだな。俺は未熟者だから、魚彦にたくさん助けてもらわないと」

 

「うむ!ワシは必ず役に立って見せる。……彼奴らはどうするんじゃ?」


 半分になったタケミカヅチとなゐの神がしょんもりしてる。ののじをくりくり描いてるんだが、そういうキャラなのね。


 


「もう勾玉飲んじまったし仕方ない。ただ、俺が心を許してもいいと思わなければ返すよ」

「とりあえず、要石の修復にも役立つだろう。二柱揃ってないふりの神だ」


 ないふり……地震の神様だな。

タケミカヅチの石像は地震の元であるとされる大鯰を踏みしめてるし、なゐの神はそのまま地震の神様だし。


 はーあ。やれやれ。



 

「魚彦、回復してやってくれ。頼む」

 

 魚彦の頭を撫でながらそう告げると、パァッと顔を輝かせて魚彦が頷いた。


「応!!」

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