第10話 県外遠征@茨城県 その1



「と言う事で、鬼一、鈴村両名と共に茨城県出張と研修をお願いします」

「はぁ」

 

「芦屋さんは生活の全てを普段通りに行っていただき二人はそれに倣うように」

「「はい」」

「えぇ…?マジなの?」


 

 

 陰陽師課、事務室の中。

 現時刻 7:30 朝から呼び出されて出庁してみたらこうなってました。


 目の前の机には「茨城出張・研修」と書かれた冊子が並んで、向かい側に真面目な顔をした鬼一さんと暗い顔の鈴村さんが並んで座ってる。鈴村さん、白いシャツに戻ったんだな。仕方ないか…。

 鬼一さんも白シャツのままだし、黒いシャツは伏見さんと俺と颯人だけだな。


 


「伏見さん、事前に研修させてちょ、とかそういう打診ないの?」

「すみません。昨晩遅くに要請があり、芦屋さん指名ですし丁度いいと思いまして」

 

「いや、仕事はいいけどさ。研修って…俺の方が経験不足だろ?先輩達に教えるとか良くないんじゃない?」

「そんな事はありません。あなたが半年でこなした任務ランクは二人よりも上の物ばかりです」

 

「えっ、そうなの?」


 こくり、と頷いた伏見さんは笑顔になって、ホワホワした空気を醸し出す。

 飲み会の後から電話の声も雰囲気も柔らかくなった気がするな。

 相変わらず報連相は最低限しかしてないけど。

 あ、もしかして先に言ったら断られるからか?伏見さんならあり得る。

 

 


「件数も多いですが内容も難易度も別次元です。全て祓わず鎮めてますから。 

 私が出張る回数が減りましたので本当に感謝しております」

「感謝感激雨嵐はそれか。しかし研修ねぇ…俺がやって修行になるんかな…」


 伏見さんの顔をまじまじ見つめると、真剣な表情で頷かれてしまう。

 昨日颯人魚彦と話してたのが早くも話題に出てきたな。なっとらん、って言ってたし。

 

 二柱とも同じく頷いてるんだがヤメテ。

 

 


「芦屋さんの霊力の上がり具合は、颯人様の影響があるとはいえ異常です。

 本来は私が朝のおはようから晩の同衾まで生活を共にして学びたいのですが上から許可が降りませんでした(怒)」

 

「一気に言うの怖い。(怒)まで口で言うなし。…同衾はやめて。二人に教える事なんかあんまりないと思うけどなぁ」

 

「いいえ、必ずあるはずです。

 鈴村に関しては霊力不足で伸び悩んでいましたし、寺にでもぶち込もうとしましたがそれ以前の心得が必要だと判断しました。

 あまり深く考えず、芦屋さんはいつも通りにお仕事をして下されば良いんです。気負わず、覚悟を持つ必要もありません」


 お寺にぶち込むなって。伏見さん時々乱暴なんだよな…。俺が身構えないように配慮してくれたのか。うーんむ。

 

「心得ねぇ?二人はそれでいいの?」



 

 二人に目線を送ると、鬼一さんがガバッと腰を折って頭を下げる。


「お願いしたい!是非に!まともに研修すらできなかった俺が言うのも烏滸がましいが…強くなりたい。実家にも頼んでみたが断られた。今回の話を頼んだのは俺なんだ…すまん」

 

「ほーん…鬼一さんちも難しいんだな。なんとなく察した。鈴村さんは?」


 鈴村さんはちらっと俺の隣にいる魚彦を見て、気まずそうに目を逸らして…下を向いたまま口を開こうとしては閉じる。言葉を選んでるみたいだな。

 反省はしてるっぽいけど、仕事に連れてって大丈夫か?


 

 

「時間がかかりそうな依頼だし、泊まりになる感じだよね?」

「はい、宿泊先は確定済みです」

 

「神棚、ある?」

「あります。裏公務員専用施設に逗留していただきます。朝から祝詞を叫んでも大丈夫ですよ」



 祝詞は叫ばないでしょっ。専用施設なんかあるんだ…民宿みたいな感じかな?公務員専用の宿舎があるって言うのは聞いたことあるけど、どんななんだろう。

 温泉とかあるのかな…ソワソワしてしまうぞ。

 

 

「そんならいいか。で、鈴村さんはどうする?」


 ようやく顔を上げた彼女の目はこの前みたいに淀んではないけど、落ち込んでるのがはっきりわかる。目に顕れやすいタイプだな。

 怪我の影響もないし、体調は悪くなさそうだけど感じる力が結構弱々しい。魚彦が抜けた分もあるんだろうとは思う。

 連れて行くとして、結界を張る必要性があるかも。



  

「私も…お願いします。私はこう言うものを教わるつてがないんや。研修してくれた人は神職に戻ってしもたから…」

 

「そっか…鈴村さんの資料見たけど、出身は神社だろ?ご家族経営の。それこそ俺より本職なんじゃないの?」

「うちの神社は潰されとるんです。神職だった父には教われる状況やなくて、母は別の仕事をしてます。」


 顔を顰めて苦い顔で呟く鈴村さん。

 昨日一応メールが来てたし資料として二人の経歴を見たけど、彼女の出身は神社だ。マンセル組むのかと思ったらまさかの研修とはねぇ。

 


 

「社が壊されたとか?」

「うちのは遷座せんざになってます。社は残されとるけど神さんはいない。父も神職の資格は剥奪になりました」

 

「遷座はわかるが剥奪…って…穏やかじゃないな。氏子の総意と神社庁への相談がなければされない筈だよな…」



 

 神社で働く神職さんは、みんな神職資格を持っている。

 宮司ぐうじ権宮司ごんぐうじ禰宜ねぎ権禰宜ごんねぎ巫女みこと階位が分かれているそれをまとめて神職と言う。神社の全てを取り仕切る人達の事だ。

 神道を学ぶ大学を出た人や、講座を受けて資格を得る形になるが、その資格が剥奪されたと言うのは相当な事がなければ為されない。

 

 彼女の神社は地域の氏族に関係が深い『氏神うじがみ』を祀っていた『氏神神社』。

 氏子うじこさんと呼ばれる人たちは神社と同じ地域に住み、その地の神を信仰する人たち。要するにご近所の住民が神社を手伝ってくれるシステムなんだよね。


  

 例えば酒浸りの生臭神主だったり、犯罪を犯したり…そう言った類は氏子さんの訴えにより、各県の神社取りまとめ役である神社庁が動いて資格剥奪…となる。


 遷座せんざは神様がお引っ越しするって事だ。社を新しく建て替えて移動するとか、天変地異で社が壊れて遷座になった神様は多数いる。

 

 何か事件が起きて、神社を続けられなくなって移動させたのか?後継がいなければ神職が神社庁から派遣されるはずだし、そもそも跡取りとして彼女が居るのに何故そうなったんだろう。


 


「うちの親は何も悪い事してへん。」


 鈴村さんはそう言い切ると、口を閉じて顔を真っ赤にしてる。これは怒りだ。

 なんかあったんだなー。それなら仕方ないか…。俺も教える事で復習になるし、伏見さんがいつも通りでいいって言うなら…やってみよう。


 

「んじゃ、行きますか。浄化の儀式の前に資料読みたいし…つくばエクスプレス使う感じかな。あそこ新幹線の駅ないもんね」

「そうですね。行く前に仕事の内容を頭に入れなければなりませんから。駅までは私が送ります」

「よろしくー」


 


「…一つだけよいか」


 机の上の資料をトントン、とまとめてカバンに突っ込むと、颯人が手を挙げる。


「はい、なんなりと」

「伏見が言っているかもしれぬが、我も伝えておきたい。

 鈴村、お前が魚彦に害を与えるのなら即刻転移でここへ戻す。足手纏いだと判断した場合も同じ事だ。

 我が守るのは真幸であり、仕事の上で危険があるのは確実だ。覚えておけ」

「……はい」

 

 鈴村さんも、魚彦も苦い顔をしてる。

 まぁなー、そうだよなー。気まずいとは思う。弱々しい感じだと危ないからそう言ってくれたんだな。

 颯人の優しさが正しく伝わるといいんだけど。

 



「しからばゆこう。伏見、浄化の装束は用意があるのだな?」

「はい、現地に用意しております」

「うむ、ならばよい」


 

 厳しい顔のままの颯人が、魚彦の勾玉をスーツ越しに触る。


「…飲んだ方がよいかも知れぬな」


 


 不吉な言葉を残した颯人に呆気を取られながら、俺たちは事務室を後にした。



━━━━━━



「さて、1時間ちょいで資料読み切るぞーい。」

「シートベルトをちゃんとするんじゃぞ。では出発!」


 なぜこうなったとか言ってる場合じゃないけど、電車より車の方が早いってんで車移動になりました…。

 新幹線が通ってるのに、何で降車駅がないんだ茨城県は。わけわからん。



 車を運転しているのは魚彦。

 これもなぜなんだ。そして免許をなぜ持ってるんだ。黒塗りの高そうな車が公用車なのもなぜなんだ。

 今日はなぜが多いな…うん。


 後部座席で資料をばさばさと広げ、しばらくそれを見ていると颯人の寝息が聞こえる。

 颯人は移動中よく寝てるんだよな…守りに徹するから消費が激しいらしくて、寝るのが一番神力回復の効率が良いらしい。守らせてばっかりなのも何とかしたいなぁ…。


「スクナビコナは…車の運転できるんやな」

「俺も今日初めて知ったよ」

「神が免許を持ってるのが訳わからん」

「俺もそう思う」



 

 喋りながら鬼一さんも鈴村さんも資料を眺めてる。

 今回は書面の記載は少ないが、内容を想像すると頭痛がするくらい工程が多くなる。日程も3日予定だがどうなるかな。

 茨城の後の任務も決まってるみたいだし予定通りに終わらせたい。

 

 今回のお仕事は、最近になって茨城県全域で妖怪や荒神が異常に増えたらしく、俺にご指名が来た。これも何故なのかはわからん。秘匿されてるんだよね?裏公務員って。神職さん達はみんな知ってるからそっちからのご指名なのか?


 

 

 元々茨城県は妖怪が多く存在してる。

 神様も多いし、歴史もかなり深い話が多い。

 今日お邪魔する予定の鹿島神宮かしまじんぐうには地震と雷を司る武甕槌神タケミカヅチがいる。名前の通り雷と勝負運の神様らしいけど…それよりも気になってるのは要石の存在だ。



 要石は地震を抑えてくれる霊石。

 鹿島神宮の他には千葉県香取市の香取神宮、三重県伊賀市の大村神社、宮城県加美町の鹿島神社に存在している。

 それぞれに逸話があるが、概ね効能は同じ。


 原理としては神話が元だ。

 神話の設定では日本が海にふわふわ浮いているモノで、地底である金輪際こんりんざいにつながり、日本の全土を固定する柱の役割をしてるのが要石と言う設定。

 

 曰く偉い人が七日七晩掘っても掘り出せなかったとか、動かそうとすると祟られるとか。

 要するに触っちゃいけないモノだ。これが今回割れてしまったと言う。


 

 

 日本の天災の中でも最も厄介で数が多いのは地震なのは言うまでもない。日本の家屋が容易く倒れない仕様なのは地震大国だから。ありがたい企業努力ってやつだな。

 

 その家屋が頻発する地震で沢山倒壊してしまって、更に妖怪達や荒神が大暴れしたらそりゃ大変だよ…。

 

 要石が割れたせいじゃないのかなぁ、とは思う。

 金輪際につながっているなら悪しきものが地底から這い出てきてそうだ。そもそも霊石であるならそこにあるだけで良くないものは寄り付かず、抑えて鎮めているはず。それを治すのが今回のメインイベントだ。


 


 依頼内容は以下の通り。

 

 1 県内に複数いる荒神や妖怪たちを鎮めるために広域浄化

 2 ランクが上の厄介なものだけをピックアップして直接鎮める。ランクが下のものは他の陰陽師が俺たちの後に対処してくれる予定。

 3 鹿島神宮の要石を修復のち新たに社を建立こんりゅうする。


 こんな感じだ。どうして陰陽師の俺が?と言う内容も入ってるが…ご指名とあらば承認欲求のバケモノを抱えている俺は飛んでいくしかない。

 でも…今後もこんな感じで全国飛び回るのかな。地方の人たちにもちゃんと手を差し伸べてくれる伏見さんの差配にニヤついてしまうのは仕方ない。



 

「真幸、広域浄化と建立の経験はあるか?要石の修復は正直わからん」

 

「あるわけない。浄化については現地の人と神様に聞かないと。やたらめったら力をふるえばいいってもんじゃないし。

 建立と修復に関しては何となく出来るんじゃないかとは思うよ」

 

「……そうだな。間違いなくできる」


 鬼一さんが苦い顔になった。

 俺は最初の任務で薬草を生やした時に何かを生み出す方法を体が覚えている。

 それと同じ原理だと颯人が言っていたし、伏見さんが送ってきた資料を見た感じだと出来なくはないかなと言ったところ。

 その辺も現地の人と話さないといけない。まずは話し合いからかなー。



 

「なんで…鬼一さんは芦屋さんが出来ると思てんの?」

「真幸は研修中に草を大量に生やしたことがある。モノを生み出す原理を理解しているんだ」

「伝説の陰陽師くらいやったやろ…そんなんが出来るの…」

 

「陰陽師の仕事のうちに化学に触れるものが沢山あるだろ?錬金術とは違うけど、生と死と物事の根本を理解していくって言うのが基礎なんだから、やろうとすればみんなできるよ」


「簡単に言わはるな…」

「簡単じゃない事くらいわかってるだろ。真幸の努力に対して不遜な口を利くな」

「……はい」


 鬼一さんに怒られちゃってるな。悪意はないんだろうけど、物言いがキツいんだ鈴村さんは。

 悪いけどその辺も後回しにさせてもらうよ。



 

「とりあえず項目1から順番にやればいいって感じだけど、妖怪や荒神の現状把握が厄介だな…鬼一さん占卜せんぼく出来る?」

 

「一応は…だが占いは苦手分野だ。やり方を教えるか?」

「いや、ダウジングとか粗方颯人に教わったから大丈夫だと思う。鬼一さんと二人でやって対象の場所を把握して、転移して確認かな」

「了解。一項目一日にするんだよな?」

 

「んー、できればもう少し早く終わらせたいけど…これだけで済むわけがないんだよなぁ…」

「そうだな…既に把握してる荒神だけでもかなりの数が居る。浄化で一気に祓うのは、しないんだろ?」

 

「しない。わかってるだろ?」

「あぁ。すまんな、役立たずで…」

「いや、手伝ってもらえるなら助かるよ。よろしく頼みます」

「誠心誠意勤めます」


 二人で目を合わせて、ニカっと笑い合う。やっぱいいなぁ、こう言うの。




「占い、なら私得意やけど」

「お?そうなの?じゃあ頼もっかな」

「でも、私なんかが…やってええんやろか、神さんも保てず人様に負担かけてるようなんが」


「落ち込んだり反省するのはいいけどさ、卑屈になるのはやめたほうがいいよ」


 


 研修の書類を見ながら、背中で語りかける。

 鬼一さんの向こうで小さくなってる彼女がぴくりと動くのがわかる。

 


「君は裏公務員をクビになってない。給料もらってんだから、鬼一さんみたいに何がなんでも学ぶぞって気概くらい持ったほうがいい。魚彦のためにも、自分のためにもね」

「……はい」

 

「真幸の言う通り、仕事に行くならしゃんとしろ。気力で負けてたら悪しき物の餌食だ。危ういと思ったら帰してもらうからな」

「はい…すみません」


 微妙な空気にはなったが、今回は特に命懸けの仕事なんだ。このままの気持ちでいたら危険なのは鈴村さんだからな…。ごめんな、嫌な言い方して。




(それでよい。道をゆくものは決意がなければいかん。ありがとう、真幸)

(うん…)

 

 胸がチクチクするのを抑えるために、声をかけてくれた魚彦の勾玉に触れる。

 バックミラーで俺を覗いてきた優しい目線に笑顔で応え、ため息を一つ落とした。


 

 

 

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