49.魔王討伐の後


「天破絶刀 稲妻雷光斬 -千手せんじゅ-」


 カズヤは今まで見たことも無い奥義を繰り出した。

 名前通りだとすれば、それは千にも及ぶ稲妻雷光斬を繰り出す奥義。それはまさに究極奥義だ。


 私にカズヤの剣筋は全く見えなかった、ただ稲光が放たれ、雷鳴が轟き、魔王の身体が一瞬で細かく斬り刻まれたのだけが分かった。


 カズヤが奥義で魔王をみじん切りに斬った直後、魔王の崩壊が始まった。カズヤが魔王の核を破壊したんだ!

 魔王の身体がぼろぼろと崩れていく。

 そして崩壊が始まると同時に、カズヤの電池が切れたかの様に動きが止まり、落下を始めた。

 先ほどと同じ様に転移のブレスレットでカズヤを呼ぶと、眼の前にカズヤが転移された。

 身体から力をを失ってしまったカズヤを抱き止める。

 そしてそのままそっと膝枕の状態にして寝かせた。


「カズヤ。おーい、カズヤ?」


 先ほどと違い、読んでも返事が無い。

 それどころか受け止めてから今この瞬間まで、カズヤの身体には何の反応も無い。

 ぞわりと嫌な予感がする。


「おい!!カズヤ!!おい!!返事しろ!!」


 身体を揺すり、頬をぺちぺちと叩き、回復魔法を掛ける。

 だけど、全く何の反応も無かった。

 回復魔法は発動したけど、効果のほどは分からない。


 動かない、眼を覚まさない、まさか!!

 嘘だ、嘘だ、嘘だ!


「おい!冗談だろ!?おい!目を覚ませよ!」


 涙が溢れた、どうしていいか分からず、カズヤを抱き締めた。

 カズヤは"奥の手"と言っていた、最後の覚醒、あれが奥の手だとしたら、そして、それはカズヤの命と引き換えだったとしたら──!!


「嘘だ!!一緒だって言ったじゃないか!!それに魔王を倒したら──」


 その時、鼓動を感じた。

 小さく弱い、僅かな鼓動、だけど、命がそこにある証。


 カズヤをもう一度寝かせ、胸に耳を当てる。

 すると、僅かに、とくん……とくん……と鼓動が聴こえた。

 だけど、それはだんだんと弱く、間隔が長くなっているように感じた。


 カズヤはまだ、生きている!!


 今なら間に合うはず。落ち着いて、冷静に、古代魔法の回復魔法を使う。

 詠唱し、口づけをする。

 これは現代魔法の回復と違い、瞬時に大幅に身体を癒す古代回復魔法だ、しかし膨大な魔力を消費し、直接触れる必要があるため、実践では使いづらいものだった。

 だけど、今の私には丁度良い。直接触れるだけじゃ私の気が収まらない。


 唇を離し、カズヤの胸に耳を当てる。

 さきほどより力強い鼓動が聴こえた。どうやら効果があったようだ。良かった、本当に良かった。


 安堵した瞬間、涙が零れた、今度は嬉し涙だ。

 あらためてカズヤを膝枕し、胸に手を当て鼓動を感じながら、起きるまで待つ事にした。


◇◆◇


 魔王の身体は完全に崩壊していた。

 灰の様な塵がそこに残っているだけで、静かなものだ。

 おかげでカズヤの鼓動がしっかりを感じられる。


 カズヤの髪を撫でる。

 心なしか顔色も良くなっているようだ。


 もう一度、口づけをする。今度は何も無い、本当にただのキスだ。

 すると、カズヤに反応があった。


 ゆっくりと、瞼を開き、眼だけが動き、周りをキョロキョロと見ていた。

 そして私の顔を見て、眼に意思が宿ったような気がした。

 瞼と眼だけが動き、何かを伝えているようだ。


 多分、カズヤはまだ身体が全く動かせず、瞼と眼だけをやっと動かせる様な状態なんだろう。

 本当はもう一回古代回復魔法を使いたいけど、殆ど魔力が無くなっていた。


 だけど、私はカズヤが眼を開けただけで嬉しかった。

 そのまま髪を撫で、頬を撫で、唇にキスをする。


 すると、僅かにカズヤの唇が動いた。

 まだ喋るには至らないようだけど、確かに動いた。


「カズヤ、待つよ、慌てなくても良いんだよ。ちゃんと待つから」


 唇が動いた、それは「わかった」と言っているように見えた。

 そしてカズヤは目を瞑り、まるで眠りについたように落ち着いた。


 また静寂が戻ってきた。

 といってもここはずっと静かで、私だけが勝手に騒いで、喜んで、はしゃいでいただけなのだけれど。


◇◆◇


 また少しして、カズヤは眼を開けた。

 そして言葉を紡いだ。


「ミキ……ありがとう……なんとか……戻って……これたよ」


「うん、おかえり、カズヤ」


 まだカズヤは首を動かせないみたいで、魔王が居たほうに目配せする。


「安心して、魔王デビダンガルムはもう居ない、カズヤが倒したんだよ。流石……私の勇者様だね」


 最後、少し言い淀んでしまった。

 ノリじゃなくて、本気で。いざ口にしようとすると思っていたより恥ずかしかった。


「うん……良かった。……ちゃんと……魔王を……倒せて。……ミキに格好良いトコ……見せれたかな」


「うん、すっごく格好良かった。惚れ直したよ」


 カズヤは安堵したような表情に見えた。


「……ミキ……こんな状態だけど……もう我慢出来ないから……言わせて欲しい」


「ん?何?どうしたの?」


 カズヤはツバを飲む。ゴクリと喉仏が動いて嚥下した。

 どうしたんだろう、何かあるのだろうか。


「ミキ……俺は……お前が好きだ!……お前が欲しい!!……だからもう一度言う……俺と一生!添い遂げてくれ!!ミキ!!」


 !?

 まさか。

 まさかこのタイミングで告白なんて。

 端から見ればなんとも不格好だ、動けなくて膝枕されてる男が、女を見上げて告白なんて。

 普段なら、少しはタイミングを考えろ、と思っただろう、だけど。今は違った。


 ただただ嬉しかった。

 答えなんか分かりきっている、受けるに決まってる。

 だけど、それでも、心の底からちゃんと私を求めてくれて、嬉しかった。


氷鷹ひだか 未來みきは俺にとって前世からの親友だ。今だって親友だと思ってる。だけど同時に、ミキを女として心から愛している。どちらの気持ちも俺の本音だ。都合の良い話だけど、俺にとってミキは親友で愛する人なんだ。他に親友は要らない。他の女は俺の目に入らない。俺のものになってくれ!ミキ!」


 ……。

 沈黙が流れる。

 早く応えないと。そうは思うけど、いざとなると言葉に出来ない。

 とにかく、なんでもいいから声を出せ! 

 うん、まずはうんと言うんだ!


「うん。……私にとっても柊木ひいらぎ 和也かずやは親友で、カズヤは愛する男です。私もあなたを愛しています。だから、うん。あなたと一生、添い遂げます。よろしくお願いします」


 一言、うん。と言ってしまえば後はスラスラと言葉が出てきた。

 ただ気持ちに応え、自分の気持ちを伝えるだけ。

 言い終わってみれば簡単なものだった。


「ああ。俺の方こそ、よろしくお願いします。一緒に幸せになろう」


 カズヤはいつの間にか流暢に話せるようになっていた。だけど私たちはそんな事には気付かず、ようやく、やっと恋人同士になる事が出来た。


 やっと話せるようになったものの、カズヤの身体はまだ動かなかった。

 ちょっと締まらないな、なんて思ったけど、私から唇を近づけて、長い、長い口づけを交わした。


◇◆◇


「あ~~ッ!!まーたお前らはイチャイチャしやがって!!」


 そんな声がして、慌てて唇を離し、そちらを見るとそこにはロイたちがいた。


「ロイか。悪いな、そっち助けに行けなくて、俺がまだ動けなくてさ」


 カズヤが声を掛ける。

 それにしても、ここに来たという事は……あのアーシェラーを倒したという事だ。

 ウィンダムとジョセフさんはそれぞれエリンとコリン、クラウディアに支えられてやっと歩いているような状態だったけど、パーティメンバーは一人も欠けてない。

 ロイたちは凄い事を成し遂げたんじゃないだろうか。


「アーシェラーを倒したんだよね?大変じゃなかった?」


 そう問いかけるとロイは自慢げに語りだした。


「ああ、めちゃくちゃ大変だった。何度も死ぬかと思ったし、実際死にかけた。だけど力を振り絞って、みんなで協力して、なんとか倒せたんだ。本当に、みんなには感謝しかないよ。最高のメンバーだ」


「なーにが最高のメンバーよ、ロイが何回も死ぬ!死ぬ〜!って言うからみんな頑張ったんでしょうが。まったく、私たちが付いてないとダメだなって思ったわよ。私の勇者様は情けないんだから」


 クラウディアが苦言なんだか惚気なんだか言っているけど、ロイは興奮してさらに捲し立てる、でもイマイチ要領を得ない。とにかくみんなが協力して、大変だったんだなと、それだけは理解した。


「ロイ、おめでとう。やっぱロイは凄いよ、俺とは違う強さだ。ロイなら俺とは違う方法で魔王も倒せたかもな」


「いや、それは流石に買い被りすぎだ、カズヤと俺では強さの次元が違う。今のお前を見る限りじゃ、俺には到底無理で、カズヤじゃないと倒せなかったと思う」


 カズヤはロイを認め、ロイはカズヤを認める。

 認め方は違えども、2人は良きライバル関係に見える。少し羨ましい。


「そうよ!カズヤとミキは魔王を倒したんでしょ?どれだけ凄い事をしたか、もっと自覚しないとダメよ!」


「そ、そうかな……」


 クラウディアにはそんな事を言われてしまう。


「今のカズヤを見れば死闘が繰り広げられていたのは明白だからな、こりゃあ土産話が楽しみだなあ!」


「ジョセフさんまでそんな事を……良いですよ、その代わり、ロイたちの話も楽しみにしてますからね」


 カズヤはそう応えて、一同は笑いと暖かい空気に包まれた。


 あらためて実感する、カズヤは本当に魔王を倒したんだ。

 それはとんでもない事だ、あのカズヤが、成し遂げたんだ。


 国を挙げてのお祭り騒ぎになるだろう、……それはちょっと苦手だなあ。


◇◆◇


 その後、カズヤはすっかり回復し、ロイたちと一緒に魔王城から前線の街であるスピリングの街へと凱旋した。

 ギルドの受付で魔王を討伐した事を報告すると、途端に大騒ぎとなった。


 ギルド長の部屋で詳細な報告をし、部屋から出ると冒険者たちの大歓迎に合った。


 みんながカズヤを褒め称える、勇者カズヤ万歳!ありがとう!と。

 カズヤは軽くスピーチをして、更に場は盛り上がった。


 その日の街は夜遅くまで、いや数日は祭りが続いた。


 ロイたちは戻った翌日、すぐに王都へ向けて出発した。

 私たちは王都から迎えが来るのでそのまま待つよう命じられた。

 

 そして更に1週間後、王都から迎えの馬車が到着した。


 王都に凱旋すると、門前にロイたちが待っていてくれて、 一緒にパレードが行われた。

 こんなに人々がいたのかと思うほど道は人に溢れていて、みんながカズヤの偉業を褒め称えてくれる。

 特にカズヤと私にはみんなの視線が注がれた。

 緊張していたのも最初だけで、すぐにカズヤも私も熱気に呑まれ、多いに盛り上がった。


 その後、王との謁見となる。

 身なりを整えさせられ、王の前に立ち、礼をする。

 本当はちゃんとした礼儀作法があるらしいのだけど、冒険者という事でそこまで厳格にしなくても良い事となっていた。


 王から労いの言葉を賜り、褒美は何が良いかと問われる。

 カズヤの選択肢はいくつもあった。領地が欲しい、権力が欲しいなどなど、だけどカズヤは生涯困らない程度の金銀財宝が欲しい、と褒美を求めた。


 その要求にガッカリした者もいれば安堵した者もいた。

 だけどこれは事前にカズヤと話し合って決めた事だった。

 この後、挨拶を済ませたら、私たちはカズヤの寿命を伸ばす方法を求めて旅をする。

 そしてそれに集中するために金銀財宝が欲しいのだ。お金じゃなくて、金銀財宝だ。

 お金だとこの国が滅びた後使えなくなる可能性が高い。その点金銀財宝は常に一定の価値がある、だからそれが必要なのだ。とカズヤは力説していた。


 言わんとしている事は良く分かる、というか私にとっては常識だ。

 通貨なんてそれが金や銀で出来ているならまだしも、すぐに無価値になってしまう。

 100年後、いや50年後にすらこの王国が存在しているかは分からないのだ。


 カズヤは金銀財宝を貰い、ホクホク顔で王城を出た。

 ちなみに全て私の魔法袋に入っている。ふっふっふ、カズヤよ、財布の紐は握らせて貰ったぞ。


 王都を出るまでの間、カズヤと私に対して何度も貴族から仕官のお誘いがあったけど、全て断っていた。

 まあこの国の最高戦力、ほっとくわけ無いよね。

 王に金銀財宝を求めた事もあって、カズヤはお金で落ちると思った貴族は多く、金銭でのお誘いは多かった。


 当然、女をあてがおうとする貴族もいた、だけどその場合、カズヤは必ず言うのだ「その女は

ミキよりも魅力的ですか?もしそうなら連れて来てください」そう言うと大体の貴族は他の提案に切り替える。もし連れてきても「話になりません」と一蹴する。

 カズヤにもし本当に凄く綺麗な人が来たらどうするんだ?と言っても「ミキより良い女はいないし、綺麗な女もいない」ときっぱり。それ以上は何も言えなくなった。


 言っておくけど、これは惚気じゃ無いから。

 思い返しながらニヤケたりなんかしてないから。


◇◆◇


「よおザック、久しぶりだな!元気か!」


 シリンダールの街に立ち寄り、ギルドに寄った後に鍛冶屋に顔を出した。

 ザックは武御雷を打ってくれた鍛治師のドワーフだ。

 初めはエルフの私との相性は悪く、だけど一緒に冒険し、カズヤのおかげもあって、今では仲良くなっている。


「おお!カズヤ!おっと……これはこれは勇者カズヤ様、此度の魔王討伐おめでとうございます。本日はどのようなご用件でしょう?」


「おいおい、やめてくれよザック。俺はもうそういうの飽き飽きなんだよ」


「フハハ!冗談だ。久しぶりだなカズヤ。武御雷は大活躍しただろう?俺の打った武御雷は」


 カズヤは武御雷をザックの眼前に突き出した。


「武御雷は最高だよ、これ以上の剣は存在しないと言い切ってもいいね。サンキューな、ザック」


「そうだろうそうだろう。どれ、後でちょっと見てやるか」


 ザックはそう言って武御雷を受け取り、武御雷を鞘から抜いて確かめた。


「こんにちは〜。あれ!カズヤさん!どうして此処に!?師匠!カズヤさんたちですよ!」


 ザックとおしゃべりしていたら、ファビオとクララが現れた。


 ファビオとクララはザックに紹介して貰った武器防具店の店主とその弟子だ。

 ただ、ファビオは革製品の扱いに優れていて、マントなんかはファビオお手製のもので、クララは当時Cランクの冒険者でもあった。

 どちらとも仲良くさせて貰っている。


「ようファビオ、それにクララも。後で顔見せに行こうと思ってたから丁度良かった」


「カズヤよ、魔王を倒したってな。これで俺も胸張って革製品を宣伝できるな。あの勇者カズヤが纏っていたマントと同じものだ、ってな」


「ああ、存分に宣伝してくれ。嘘じゃない程度にな」


「分かってるよ、カズヤの名に傷は付けねえさ」


 こうやって、挨拶周りを済ませた私たちはシリンダールの街を出た。


 カズヤの生まれ故郷の村にも立ち寄って、カズヤがもみくちゃにされたりしていた。

 私はエルフという事で珍しがられた。街では珍しいと思っても中々口にはしないものだけど、ここではみながそれを口にするので、違いを感じた。

 その後、カズヤのお母さんに紹介されて、カズヤが結婚する事を伝えた時は少しだけ複雑な表情をしていたけど、すぐに祝福してくれた。後でカズヤは謝ってくれたけど、まあ、エルフが相手だし仕方ない。


◇◆◇


 そしてカズヤの故郷を出て、私たちは旅に出た。

 カズヤの寿命を伸ばす方法を探しに。


 正直、途方の無い話だ、無茶な話だ、これで見つかるくらいならとっくに見つかってるだろう。

 だけど、カズヤの気持ちが嬉しかった。

 私のために自分の人生を捨ててまで付き合ってくれる。それが1番嬉しい。


 そうだな……5年、それだけ探せば十分だろう、その時は諦めさせて、普通に過ごそうと思う。

 普通に結婚して、人間とエルフだと出来にくいらしいけど、子も成して、一男一女、出来れば2人、そうやって、最後にはカズヤを看取るんだ。

 こうやってさ。


「済まないな、ミキ……俺の人生に付き合わせてしまって……」


 そしてこう返すんだ。


「何言ってんだ、言っただろ?一生一緒にいてやるって。だから私は幸せだったよ」


 そう言って、カズヤを送り出してやるんだ。

 ……あれ、涙が出てきた。

 まだ早い、まだ数十年あるんだ、まだ早い……。


 よし!カズヤとの数十年、悔いの無い様に過ごすぞ!



「さて、そろそろ行こうか。ミキ」


「うん」


 カズヤは立ち上がり、手を差し出し、私を引いてくれる。

 年老いて、いつか私が手を引く事になるだろう、だけど、私はこの手を離さない。


 こうして、私たちの魔王討伐の旅は終わり、新たな旅が始まった。


==============================

2人の再会から魔王討伐までのお話はこれで終わりになります。

次回のエピローグで完結です。

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