37.想いの果て
カズヤとカリフ、2人は同時に覚醒し、相手の魔法使いに向かって駆け出した。
私もネヴァスカも同時にそれぞれ結界と防壁の魔法を使って身を守ろうとする。
魔法使いの身体能力は前衛と比べると貧弱だ、それがエルフなら間違いなく。そしてそれはパーティにおける弱点となる。だから前衛が最初に狙うのは強力な魔法を使う後衛となるのは戦闘の基本だ。
後衛もそれが分かっているから最初に自身を守る魔法を使う。
そして当然、人間同士のパーティはそんな事は分かっている。するとどうなるか、お互いの魔法使いの直線間での近接同士での戦いになる。自身の後衛を守るため、相手の後衛を狙うため、自然とそうなる。そして前衛が戦っている時、ここからが後衛である私とネヴァスカの戦いだ。
まずは支援魔法を追加する、自身とカズヤに対冷気、対水属性の付与をする。
そこからは後衛に仕事をさせないように妨害をする必要がある。それはネヴァスカに対し魔法攻撃を仕掛ける事だ。
目標の周囲にいくつもの火球を発生させて、炎の塊を連続で飛ばす魔法。当然、魔法防壁が貼られている事を前提として威力が高く出来るだけ動きを拘束出来そうな継続的に攻撃を仕掛ける魔法が良い。
発動し、ネヴァスカの周囲を炎で囲むと同時に、私の周囲にも沢山の氷柱が発生した、どうやらネヴァスカも似たような魔法を選択したようだ。
続け様、魔法の防壁を重ねて貼りつつ次の魔法で攻撃を仕掛ける、防壁の展開、攻撃の継続、前衛への支援、それらが途切れないよう、ずっと魔法は使いっぱなしになる。
こういう時は複数人パーティであれば役割の分担が出来て負荷の分散が出来る。だから一般的には4人以上のパーティが多いのはそういうわけでもある。
自慢じゃないけど、私なら1人で3人分の働きが出来て、効果も強力な魔法を使える、だからなんとかなるしなんとかしてきた。だけど相手がまさか近しいレベルのエルフになるなんて想像もしていなかった。
お互いに攻防が続いていた。だけどそれはギリギリの均衡で、バランスが崩れたら一気に押し負ける、そんな状態だった。
どうやら私とネヴァスカの魔法力には大差が無いようだった、魔力容量の大きさには関しては里で一番の自信があるので持久戦ならいつか押し勝てるとは思うけど。
となると次は使える魔法の種類が勝敗を分けるんだけど、ネヴァスカは古代魔法も使えるので差があるようには思えない。
攻撃も防御の手も緩める事は出来ない。大魔法を使うには戦闘速度が早くて難しい、発動が早い真空の刃の魔法はそもそも無差別に飛ぶ魔法なのでここで使うとカズヤに当たるかも知れないから危険で使えない。
そうなると後はもう外的要因に頼るしか無い。つまり近接戦闘をしているカズヤだ。
中央の戦いはカズヤが有利に進めている、ように見える。
元々の属性有利に加えてカズヤ自身の強さがカリフを超えているのだろう、カリフは防戦一方となりつつあった。
「カズヤッ!てめえふざけんなよッ!!」
形勢不利なカリフが喚く。
カズヤは武御雷でカリフの剣を押さえ、そのまま体当たりをぶつけてカリフの態勢を崩し、そのままガラ空きの腹を蹴り飛ばした。
「ガッッ!!」
態勢が崩れたところへの強烈な蹴り、カリフの身体がくの字に折り曲がった。
カリフの明確な隙、その隙を逃さずカズヤはネヴァスカに迫る。攻撃魔法を中断し、強力な防壁の魔法を唱えるネヴァスカ。私も咄嗟に唱えていた魔法を中断し、原始魔法を唱える。
原始魔法は魔力そのものを操作し、使用する魔法だ。今では使えるものは3000年以上生きているエルフの長老クラスぐらいだ。そして原始魔法の利点は現代魔法の防壁では完全には止められず、威力の減衰がされるだけだということだ。
少し詠唱に時間が掛かるがカズヤの対処に時間を掛ける今なら詠唱を完了出来るだろう。
カズヤが防壁を斬り付けて防壁の耐久を大幅に減らした。
その隙を見逃さず原始魔法を発動させ、攻撃魔法と化した魔力の塊がネヴァスカを襲う。
──しかし、ネヴァスカに原始魔法は直撃しなかった。
間一髪飛び込んできたカリフが自身を盾として原始魔法の直撃を受けたのだ。
原始魔法はネヴァスカには届かなかった、だけどカリフにダメージを与える事には成功した。
倒れるカリフをネヴァスカは支え、即座に古代魔法の治癒の魔法を使用する。それは古代魔法らしく魔力消費は膨大だが、対象者に直接触れて発動する、瞬時に大幅に体力を回復する魔法だ。
カリフは素早く起き上がって覚醒し、剣を構え直した。
私は続けざまに魔法を発動する、その対象はカズヤの武御雷。即座に発動させる必要があったので強力な雷の魔法ではなく中級程度の雷魔法だったけど、必要十分だと判断した。
武御雷に私の雷が当たり、吸収されてカズヤが強化されるとカズヤは剣を横に寝かせ、突きをするような態勢を取った。
「獅王争覇!万雷閃光!!」
「崩瀧奥義!大瀑布!!」
カズヤとカリフ、2人の声が聞こえた。
ドカンと大きな雷が落ちたような音と同時にドドドと大質量の水が落ちたような、大きな滝の前にでもいるかのような音がした。
カズヤとカリフ、形は違えど2人共に無数の攻撃を繰り出していた。カズヤは突きを、カリフは上段の構えで。
力の拮抗は僅かな時間だけ、すぐにカズヤがカリフを凌駕し、そのまま無数の突きをカリフとネヴァスカに打ち込んだ。
その音が収まる頃、カズヤは仁王立ちし、倒れたネヴァスカとカリフを見下ろしていた。
「カズヤ!?」
「大丈夫、ちゃんと急所は外してある、気を失っただけだ」
気を失っただけって、全身から血を流してるように見えるんだけど……。
慌てて駆け寄り2人に回復魔法を掛けた。これで傷口を塞ぎ、適度に回復するはずだ。
私に2人を殺す気は無かった。
戦闘前の会話を経て同じ境遇であった事を知り、今でも正常な思考と人間のようなやり取りが出来た、それに魔王を倒せばもしかして刻印も消えて自由になれるかも知れない。だから仲間になって欲しいと思ったのだ。
それはカズヤも同じ考えだった。だから殺さないように気を失わせるだけに留めて倒したのだ。
戦闘前のやりとりで私とカズヤの気持ちは通じ合っていた。
◇◆◇
暫くして2人は意識を取り戻した。
「あれ……私……生きてる」
ネヴァスカがそんな事を言い、身体を起こして自分の褐色の肌、銀色の髪を触り、状態を確認し、そして私たちを睨みつけた。
「一体どういうつもり?」
「実は俺たち──」
「カズヤ!!お前最後まで本気を出さなかっただろ!なんで本気でやらない!……舐めやがって……!!」
いつの間にか起き上がっていたカリフがそう捲し立て、カズヤを睨みつけた。
「い、いや別にそんな事は……」
「剣を合わせたオレにはバレバレなんだよ阿呆、最後まで手を抜きやがって、本気なら最初の立ち会いでオレは死んでた。なんでそんな事をした!?」
カズヤは最初から、一番始めの支援無しの勝負からカリフに手加減していたらしい。
全く気付かなかった、私の目からは全力でやっているように見えた。だって、ネヴァスカを魔族にしてしまったカリフに対し、カズヤは怒っているように見えた、だからあんな啖呵を切ったのだと思っていた。
だけど剣を切り結ぶ事で考えが変わったのだと、そう思っていたのにすっかり騙されてしまった。
そして驚くべき事に、あれで手加減していたという事は、カズヤは以前より更に強くなっているという事だ。
脅威の成長速度だ、私を大きく超えてしまった。
「俺は……カリフやネヴァスカなら一緒に戦えると思った、だからお願いします!2人さえ良ければ、一緒に、魔王を──」
「そりゃ無理だ」
あっさりと断られる、いともあっさりと。
「オレたちは沢山の人間を殺している。カズヤの想像出来ないくらいの数、人間をな。伊達に魔王軍に100年以上も在籍してねえって事だ。そんな連中をいくら勇者様でも連れて歩くのはどうなんだ?」
「それは!……そうかも、知れないです、けど……」
「そもそもだ。オレたちが魔族になる時、魔王様の刻印を受けた。それは魔王様への反逆を許さない、反逆の意思が生まれればそれを感知し魔王様に知らされ、魔王様の心持ち一つでオレたちは死ぬ。そして魔王様が死ねばオレたちも死ぬ、そういう刻印が刻まれている、だからオレたちは魔王様を裏切らない、諦めろ」
なんとなくだけど、刻印と聞いた時、そんな気はしていた。多分忠誠を誓わせるための何かなんだろう、と。ただ自動的に死に至るのではなく、魔王の気持ち次第というところには魔王の性格が見える気がする。魔王らしい性格の悪さが。
「そんな!なんとかならないんですか?」
「ならない。色々調べはしたけどね、魔王様にしか解けないわ。だからカズヤにはお願いがあるの」
「!!──なんですか!?なんでも協力します!」
カズヤが前のめりに協力を申し出た。何か光が見えたと思ったのだろうか。しかし私にはネヴァスカの表情からはそうは思えなかった、だけど、それを口にするのは憚られた。
ネヴァスカとカリフはお互いを見合い、頷く。そしてカズヤをまっすぐ見据え、口を開いた。
「私たちはカズヤとミキに負けた。だから──私たちを殺して欲しい」
「!!!?」
その言葉に驚きは無かった。正直なところ、想像通りだったから。
カズヤは大層驚いているけど、
「な!なんでそんな事!?」
「カズヤの言う通り、500年経ってカリフが亡くなった後の事はずっと悩んでた。私たちは話し合って、2人で一緒に生きていけないなら、せめて死ぬ時は一緒に死にたいと。そんな相手が現れるのを待っていた。私たちに勝った2人なら、それに似たような境遇の2人なら、殺されても良いって、いや、2人に殺されたいって。そして、一緒に弔って欲しいの」
「それがオレたちの願いだ」
カズヤは沈黙していた、私も言葉が出なかった。
ネヴァスカもカリフも覚悟を決めていたのだ、だから相手の実力を知る為にネヴァスカの吹雪の魔法やカリフの立ち会いで私たちの実力を図っていたのだ。
そしてそれに見事に合格し、ちゃんと実力を出し切って自分たちを倒した。
私たちはそんな事は知らず、手加減し、回復してしまった。
だからあらためてお願いされたのだ。
──殺して欲しい、と。
「オレたちは魔族だ、カズヤ、何を躊躇う事がある、お前は勇者なんだろう?」
カリフがカズヤに言葉を掛ける。
それを聞いたカズヤは俯き、唇を噛んだ。
そして、静かに顔を上げた。
「──わかりました」
長い沈黙の後、カズヤが応えた。
覚悟の決めた表情をしていた。
「オレたちは幸せだった、なあネヴァスカ」
「ええ、そうねカリフ、とても幸せだった。一緒に死ねるなんて夢みたい。私は、諦めていたから」
それは、カリフの事か、自らの事か、分からなかった。
「ミキ、あなたには私に勝ったご褒美を上げるわ、受け取りなさい。私には資格が無かった、だけどあなたならきっと使えるはずよ」
ネヴァスカから指輪を受け取った。
それから、ネヴァスカは私たちを見てこう言った。
「ミキ、カズヤ、最後にあなたたちに出会えて嬉しかったわ、これから困難が待ち受けてると思うけど、頑張って乗り越えてね。お幸せに」
2人は抱き合い、口づけを交わす。
「頼む」
カズヤは武御雷を構え
──ッ!!
一振りで2人の首を跳ねた。
最後までお互いを見つめ合い、笑みを湛えて、死を迎えるような顔ではなかった。
そして、「ありがとう」という2人の声が聞こえたような気がした。
勇者が魔王幹部を倒した。
そのはずなのに、私たちの気分は晴れなかった。
むしろ、重苦しい気持ちになっていた。
当たり前だ、相手は魔族といえど元勇者とエルフ、意思の疎通が出来て、事情まで知ってしまった、それに仲間になって欲しいとまで思った相手なのだ、気分が晴れるはずが無い。
それに、まるで自分たちの未来を見たような、そんな気分にもさせられる。
しかしそんな気分などお構い無しに、私たちの周囲はにわかに騒がしくなっていった。
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