26.カズヤの回想3


 なんでこんな事になっているんだろう。

 俺は今、疲労困憊で、身体もボロボロで動かず、絶体絶命の窮地にいた。


 もうすでにクエストに出発してから1週間近く経っている。

 予定通りならとっくに街に戻ってミキと再会し、ザックからオリハルコンの武器を受け取っていたはずだ。


 オークを何体倒したか覚えていない、巨人族だってかなりの数を倒したはずだ。

 自分がある程度、いや結構強いという自信があった。だけどそれはAランクまでの話だ。

 あいつの強さは反則だった。


◇◆◇


 ザックの鍛冶屋でミキと別れた後、シリンダールの街では珍しいAランククエストを受けた、それも大規模なオークの群れとオークキング討伐というAランクとしては特段に難しくもないクエストのはずだった。


 実際にオークの群れとオークキングは比較的楽に討伐出来たからその認識は間違ってはいなかった。

 だけど、Aランククエストではよくある、調査不足で本当に危険な魔物の情報、が圧倒的に足りていなかった。


 オークの群れに小さいサイズの巨人族が混じっている時点で違和感はあった。

 でもまさかオークキングは先遣隊で、本命は魔王幹部の一人、巨人族の王、巨人王テュポーンだったなんて。


 巨人族とは身長が3mから10m程度の人型の種族で、いわゆるジャイアントと名がつく魔物がそれだ。

 テュポーンはその巨人族の王と呼ばれていて、3mから最大100mまで大きさを変えられるという噂だ。

 まさに巨人の王として君臨していて、魔王幹部の一人として数えられている。


 今思えば、オークの群れの動きも、一時撤退や時間稼ぎが多かったように思う、俺も罠があると思って深追いせずに追い返すだけで無駄に日数を費やしてしまった。

 まさかそれがテュポーンの到着までの時間稼ぎだったなんて、今思うと見事に術中にハマっていた。


 次第にオークの群れに巨人族が増えていき、オークキングを倒しても群れは増え続け、最終的にはテュポーンが現れた。

 その時の身長は5m程度でパッと見ただけではそれと気付けるほどの余裕が無くなっていた。


「ほう、勇者か。なるほどな」


 重く低い声、そう声を掛けられてやっと、明らかに強い魔物がその場に居ることに気付いた。


 巨人族はその高身長と巨体のせいで首を刈る為に黄金覚醒を瞬間的ではあるが何度も使用していた。

 そのため、連日の戦闘という事も相まって、テュポーンが現れた時点で俺はかなり消耗していた。


 まずは探りを入れる意味も込めて、黄金覚醒でテュポーンに近づき、膝目掛けて切りつけた。


 思った通り、テュポーンはその巨体から動作がそこまで俊敏ではなく、膝に正面から切りつけに行った。

 全身から金色のオーラを放ち、ミスリルの剣も黄金のオーラに包まれ、さらに雷を纏い、鋭く膝を断ち切る。

 そのつもりで剣を振るった。


 ──しかし、刃が僅かに食い込み軽く傷を付けるに留まった。


 すぐに距離をとり、反撃を回避する、そのつもりだった。

 だがテュポーンの動きは俺の想像より俊敏で、他の巨人族とは比べ物にならない程早かった、俺の着地に合わせて足をそのまま前に出し、キックをモロに喰らったのだった。

 膝への攻撃はわざと受けたとでもいうのだろうか。


 その質量の暴力そのものな攻撃の重さたるや、一撃で俺の全身の骨が折れ、内臓が破裂したんじゃないかと思うほどだった。

 黄金覚醒の最中でなければ間違いなくその一撃で死んでいた。それほどの威力だ。


「ほう、今のを耐えるか、さすが勇者と言ったところか。それに雷使いとは、ふむ、少し相性が悪いな。やるではないか」


 テュポーンは余裕そうに俺を称えた。

 何が相性が悪いだ、まるで効いている気がしないぞ。


 そして俺はというと、さっきの一撃、たったキック一つでもうまともに戦える状態じゃなくなっていた。

 黄金覚醒を解いたらその瞬間、倒れて動けなくなるだろう。


 だから俺はテュポーンと距離を取って回復をしたかった。

 だけど気付くと周りは既にオークと巨人族に遠巻きに囲まれていて、まるでテュポーンと俺の1対1を観戦でもしているかのようだった。


「安心しろ、邪魔はさせん。勝負を楽しもうじゃないか」


 どこまでも余裕そうにそう言うテュポーン。

 くそ、もう勝負は付いているようなものだ、黄金覚醒の時間切れまで逃げて、それまでだ。

 その逃げる事すら、今の俺にはどこまで出来るか分からない。


 そう思っているとテュポーンは逆の足で蹴ってきた。

 今度は何とか避け、少しだけ距離を取る。


 もう腕に力が入らないから剣を振るってもまともに斬り付ける事は出来ない。

 何か手は無いかと考え、一つだけ思い出した。

 剣を構え、魔法を使う。


 テュポーン自身が言っていた、雷は相性が悪い、と。

 その言葉を信じ、魔法を使う。


「雷刃剣!雷霆一閃らいていいっせん!!」


 激しい雷を起こし、剣に収束させ、その収束させた雷を相手に放つ魔法の剣技だ。

 俺の使える1番の威力の持つ雷の魔法。

 覚醒状態で放つコレが全く効かないなら、もう本当に打つ手が無い。


 そしてそれは、テュポーンの膝を直撃した。


「グオォォ!!!」


 膝が焼けこげ、テュポーンは呻いて膝をついた。

 やった!どうやら雷との相性は本当に悪そうだ。

 コレを続けていれば、勝てるんじゃないか?そう思ったのだった。


「貴様、よくもやってくれたな。もう容赦せんぞ」


 テュポーンは怒り、攻撃を仕掛けてきた。

 何とか攻撃を交わし続け、反撃のタイミングを待った。

 その時の俺は勝機が見えた嬉しさですっかり自分の今の状況を忘れていた、疲労困憊で、覚醒が長く持たない事を。


 そしてそれは突然訪れた、覚醒が切れたのだ、つまり俺の体力は無くなり、その場に倒れた。


 迫るテュポーンの攻撃、もう回避出来ない、身体を激痛が遅い、動く事もままならない。

 今度こそ終わりだ。


 ……はは、あそこで反撃なんかせず、逃げる事に全力だったなら、またミキに会えたかもしれないのに、すぐに調子に乗るのが俺の悪い癖だ。

 中々戻って来ないからきっと心配してるだろうな……ああ、ミキ、ゴメン。


 目を瞑るとまるで走馬灯のようにミキの姿が浮かび、一緒に過ごした日々を思い出す。

 それは前世の男同士だった時に2人でバカやってた時の事から、今の姿になって再会し、抱き締め合うようになった日々まで、凄く長いけど一瞬の時の思い出だった。


◇◆◇


 大きな爆裂音、続いて後方でも爆裂音がし、オークや巨人族の騒ぎ声が聞こえる。


 何事かと目を開けると、テュポーンは顔から煙を出し、顔を覆って攻撃が一時止まっている。

 さらに俺とテュポーンを囲んでいたオークや巨人族の囲いの一部は爆裂魔法か何かでぽっかりと大きな空きが出来ている。


 そしてその空いたスペースには見覚えのある顔があった。


 夢じゃないかと思った。

 俺の妄想なんじゃないかと。

 だってこんなに都合良く現れるはずが無いじゃないか。


 だけど、それは夢じゃなく、妄想でもなく、そこにいた。

 ついさっき思い出を噛み締め、心の底から実感した、俺の愛するエルフ、前世は男だけどそんな事はどうでも良い。

 俺の親友で、俺の愛する人だ。


「ミキ!」


 奮い立たせ名前を呼ぶ。

 なんとか身体を起こし、立ち上がる。

 はは、ミキの姿を見るだけでこれだけの力が湧いてくるんだ。もしかして俺の女神でもあるかも知れないぞ!


 そしてよく見るとミキは一人じゃなかった。

 一緒に1等鍛冶師のザックと、確かあれは武器防具店でファビオを師匠と呼んでいたクララだ。

 そういえば一緒に冒険に連れて行ってくれと頼まれた事もあったっけ。


 ザックとクララは近くのオークや巨人族を相手に戦っている。

 とはいえ、ミキの強化魔法を受けて、なんとか戦っている、とういうような状態だ。


「カズヤ!」


 ミキは俺に向かって駆け出した。

 俺もなんとか身体を動かし、ミキへ駆け出す。


 体制を立て直したテュポーンが攻撃を仕掛けてくる。

 なんとかミキを抱き締め……いや、俺はヘロヘロになりながらもミキに抱きついた。

 ミキはなんとか俺を受け止めると、即座にあの強力な結界を張った。


 そして俺に最上級の回復魔法を掛けてくれた。

 合わせて体力回復ポーションも飲ませてくれる。

 お陰で俺は全快になった。


 結界でテュポーンの攻撃を一度受け止める。

 俺はミキを抱き上げ、ザックたちの場所まで駆けた。


「よし、このまま逃げるぞ!」


 そうミキが声を上げる。


 俺は考えていた。

 俺一人なら勝てないだろう、だけど、ミキと一緒なら、今の俺たちなら、やれるんじゃないのか、と。

 初めてのSランク討伐が魔王幹部というのも悪くない。


「ミキ、相手は魔王幹部の一人、テュポーンだ、めっちゃ強いけど、ミキとならやってみたい、やれると思う。ダメかな?」


 ミキは呆れ顔になりながらも、応えた。


「はー、全く……カズヤならそう言うと思った。だけどザックとクララは此処には置いてけないから安全なところまで連れて行く。戦うのはそれからだ、良いな?カズヤ」


「分かってる、2人には無理な戦いだ、だから俺が少し離れた安全な場所へ連れてくよ。だからミキ、少しだけ時間稼ぎをお願い」


 そう言ってミキを降ろし、黄金覚醒を発動し、ザックとクララを両脇に抱えた。


「跳ぶぞ、舌を噛むなよ」


 そう言って、一足飛びに跳んだ。うん、身体は完全に快復していて、体力も万全だ。

 そして安全だと思われる離れた場所につき、2人を降ろした。


「ザック、クララ、2人とも助けに来てくれてありがとう。お陰で助かった。あのデカいのを倒したら戻って来るから、此処で待っててくれ」


 そう言うとザックは風呂敷を取り出し、俺に風呂敷のまま渡して来た。


「カズヤ、これがお前のオリハルコンの剣、武御雷タケミカヅチ、命名はミキだ。ワシとミキの全てを込めた剣だ、お前の雷にきっと馴染むじゃろう、活躍して来い」


 風呂敷をザックから受け取る、本当はここで取り出して眺めてみたいところだけど、ミキを待たせてるからそんな余裕は無い。


「ありがとうザック。──それじゃ行って来る」


 ザックとクララ、2人に手を振って、黄金覚醒状態でミキの元まで戻った。

 ちゃんと時間稼ぎと合わせて雑魚減らしもしてくれていた。


「お待たせ!武器も受け取ってきた。さあ、やろうか!」


「ああ、行くぞカズヤ!」


 さあ、ここから反撃だ。

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