忘れられぬ人
25歳で優吾のプロポーズを受けて結婚し、今日で12年目を迎える。
37歳になったのに、いまだに子宝に恵まれる事はなく。
私の性格は、ひねくれたものになってしまった。
そんな私の唯一の味方は、二つ年上の【
「やっぱり、治療しなくちゃ難しいのかなーー」
「昌代さんの所は、治療してなかったですか?」
「してたよ。三年ぐらい。でも、辞めたのよ。
「私の所は、最初から治療の選択は選ばなかったんです。怖いのもあったけど……。犯人探しになっちゃうからって優吾が……」
昌代さんは、チラリと私の足を見つめる。
「一葉が原因だったらって思ったのかな?」
「そうかもですね。優吾は、優しいから……」
「一葉が原因なわけないじゃない。それに、これは事故だったんだから……」
「事故……だったのかな?」
「何言ってんのよ!事故に決まってるでしょ」
昌代さんは、私の肩を叩いてニコニコ笑っていた。
この足がどうしてこうなってしまったのか、私の記憶は曖昧だった。
それに、この足の事を思い出す時には必ず彼がついてくるのだ。
「今もまだ思い出すの?」
ぼんやりと空を見つめる私に昌代さんが声をかけてきた。
「どうせなら勇気を出して会いに行って、ハッキリ嫌われたらよかったのかもって思うだけですよ」
「その足が原因で会いに行けなかったんでしょ?」
「だって……。それどうしたの?って聞かれたら言わなくちゃいけないじゃないですか……。この足になった理由を……」
「確かに、そうだよね」
「だから、私はこの想いを一生抱えて生きていきます」
昌代さんは、私の背中を優しく撫でてくれる。
ポロポロと涙が溢れて、視界の先にいる昌代さんが滲む。
「私は、一葉の味方だから……。いつでも、話ししてくれていいんだからね」
「はい」
「こんな気持ち持ってたら駄目なのかなってないんだから……。私も過去の恋で引きずってるのがあるじゃない。だから、話してくれていいんだよ」
「ありがとう」
「いいの、いいの。一葉が苦しんでるなら、私も一緒に苦しみたいだけなんだよ」
「昌代さん……ありがとう」
彼を失った代わりに私はかけがえのない友人を手に入れた。
昌代さんは、優吾の中学の先輩の謙語さんの奥さんだ。
私達が付き合ってすぐに、四人でキャンプに行って仲良くなった。
私は、産まれて初めて親友が出来て昌代さんには何でも話せた。
昌代さんも、謙語さんと結婚する時にある男がいたと教えてくれた事がある。
彼と謙語さんの気持ちを
謙語さんの方が、少しだけ上だったから選んだという。
「でも、本当に……。子供が出来ないからか、心が
「ですね」
「私も最近思うの。あの日、謙語じゃなく向こうを選んでいたらって。そしたら、今とは違う未来にいたのかなって……」
「ですよね。でも、優吾を選んでなかったら昌代さんに会えなかったわけですよ!だから、私は優吾を選んでよかったってもっと自信を持ちたいです」
「確かに……。私も、一葉みたいな心友が出来なかったわけだから謙語を選んでよかったのかもね」
昌代さんと私は、笑いながら大きく頷く。
「まあ、大丈夫だよ。どんな道を進んでくにしても、いつでも私が話を聞いてあげるから」
「ありがとう。私も昌代さんの話をいつでも聞きますからね」
「うん。ありがとう。あっ!そろそろ義母の迎えに行かなきゃ」
「じゃあ、また会える日言って下さいね」
「わかった!じゃあ、またね」
昌代さんは、急いで帰って行く。
先月、謙吾さんのお義母さんが足を滑らせて骨折をした。
治ってはいるのだけれど、歩くのが怖くなったらしく……。
リハビリを受けているのを昌代さんから聞いた。
私は、右足を擦りながら立ち上がる。
歩くのが怖くなる気持ち。
私もわかる……。
時々、どうしてこんな事になったのか悩んで泣きたくなる日がある。
右足のアキレス腱の骨が砕け、ボルトで固定された。
いざボルトを抜こうってなった時には、肉が絡み付いているからと抜けなくなってしまったのだ。
その結果。
私は、足を引きずっている。
昔は、
最近は、ないと不安で歩くのが怖いのだ。
堂々と歩いていても、周りの人がジロジロと見てくる事がよくあって……。
優吾は、そんな事を気にしないで歩いてくれる人。
優吾は、信じられる人で……。
優吾は、私の不安定な心を癒してくれた人で……。
優吾は、私がどんなに嫌な事をしても言っても傍に居続けてくれた人で……。
大切にしなきゃいけないのはわかってる。
この先、どんなに頑張っても優吾みたいは人には会えないの何かわかってる。
なのに……。
時々、考えてしまうの……。
あの日、この足を気にせずに彼に会いに行っていたらって……。
私の中の勝手な妄想で、彼を信じられなかった。
一度傷つけられているから……。
信じる事が出来なかった。
信じていたら違ったのかな?
私は、ママになれていた?
彼の傍にいれた?
帰るのをやめて、その場で空を見上げる。
平日の昼間の公園。
曇り空のせいか、人がほとんどいない。
冷たい風が頬を優しく撫でる。
その風と共に漂ってきた匂いに胸がチクリと痛む。
それは、私の心の中に、ずっとしこりみたいに残っている想い出。
綺麗で汚くて……。
幸せで惨めだった。
目を閉じて、その匂いを感じながら思い出す。
私は……彼を……。
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