アニバーサリーなんて気取ったことは好きじゃないけれど。

中野はる。

 

本を読むことはいいことだ。

お風呂に入りながら思う。

最近は文庫本片手に湯船に浸かることがちょっとしたマイブームだ。


近くに置いてるスマホを見る。

少し前に新調したカバーの7文字。

刻印できますよーっとサービス文句に釣られて入れた記念日が目につく。

黒地に黒字で刻印されていて見づらいのにこれだけ目につくのはきっと彼のことを考えているからだろう。


昨日の電話で18時に上がるって言っていた。

時刻はもうすぐ日付が変わる。

なのに電話しても繋がらない。

コレはもうお酒飲んで早々に寝たなぁ。

文庫本を再度持ち直して思う。

スマホを見なかったのは彼からの連絡がないことを見たくないからだ。

あと、今の時刻を知りたくない。

1時過ぎちゃったらもう絶対電話できないってわかってる。

明日、私が起きるのと同じ時間に「ごめん、寝てた」のLINEが来るに一票。

絶対今賭けてたら私が勝ってた。賭け金100万円でもよかったのにと若干悔しがる。

付き合ってもう一年。

大体彼のルーティーンはわかっているつもりだ。



彼と出会ったのは私が一番しんどかった時だ。

今思えば自業自得なんだけど、一番辛い時期だった。

仕事だから、という言葉が最初にくるのもわかっている。

仕事だから仕方がない。絶対彼はそう思っていた。

でも間違いなく彼のおかげで救われた。

今付き合ってわかる。

そりぁあれだけ客観的に考えて、自分のするべき仕事、立ち振る舞いを胃が捩れるほど考えて、私を助けてくれたんだ、と。

訂正。

そんなわけない。

私を助けていたわけではないこともわかってる。

むしろ私以外の職場の人たちを助けてくれたってわかってる。

でも結果的に私もだいぶ助けてもらったんだ。

助けてくれたと思っても差し支えないだろう。


ずっと私は嫌われてるって思ってた。

まぁあまりにも酷い上司だったから。

思い出したくないくらい酷かった。

初めての役職、初めての部下。てんやわんや度合いは過去最高だった。


それに彼には彼女がいた。

付き合っていると人伝に聞いたとき、正直、ふーんあの子と付き合ってるんだと思った。

別に興味はなかった。

彼は私にとってただの同い年の部下だったし、部下の恋愛に口出すほど私は時間も余裕もなかった。

私も彼氏欲しいなぁって思ったくらい。

でも心のどこかでちくりとしたのを気づかないふりした。


好きになったきっかけはわからない。

でももしかしたら、と思うのが休憩中にオフサイドについて聞いた時だった。

サッカーが好きだという彼に、間をもたせるためだけの質問だった。

正直今でもオフサイドのことはよくわからない!

そういったら俺、2回くらい説明してるよね!? って彼は言うかもしれない。

いや、実際そうなんだけど。

でもあの時すごく楽しかったのは覚えてる。

時間を割いて説明してくれたこと。

好きなサッカーについて話している横顔がとても輝いて見えたこと。

あぁこういう顔するんだって思ったこと。

あれが入口なのかなって思ったけど、それから時間を空けずに彼が彼女と付き合ってるって聞いちゃったら何もできない。

だから人知れず、自分にもわからせないようにしたのかもしれない。

まぁ「かも」とか「もしも」の話だ。

好きになった入口なんて誰もわからない。

過去は全て感傷と美化で出来上がっているものだと思っている。

そろそろ読んでる文庫本の内容に頭が入らなくなってきた。

お酒を一口飲む。


好きだと確信したのは大晦日のあの日だ。

彼と私と同僚と同僚の友達と4人で遊園地に遊びに行った。

遊園地にいる間は何も思わなかった。

ただただ楽しかった。

楽しかった以上の感情を持ったのは帰りの車かもしれない。

彼が運転していて、助手席に私が座っていて。

後ろで同僚と友達は寝息を立てていて。

楽しかった、本当に。

今思い出しても何を話していたかわからないけど。

1時間か2時間か。

彼の隣でいろんな話をしているのが楽しくてしょうがなかった。

そのあと4人で飲んで、飲んで、飲んで......。

2人は都内に行くって言って。

元気やなぁって思って、私はなんだかそのまま1人で帰るのが寂しくて。

たぶんきっと良いって言ってくれるって下心込みで、二次会行こうって言ったら彼が行くって言ってくれた。

すごく、すごく嬉しかった。

嬉しかったからお酒も進んじゃって。

気づいたら日本酒を確か2合以上あけていたと思う。

そのあと2人でカラオケで年越すとは思ってもみなかった。


その時も含めて、いつも2人でご飯行く時、恋愛の話になってた。

恋バナっていうにはリアルで。

恋愛相談っていうにはもっとライトで。

人生相談なんて代物じゃない。

もっと砕けていた。

そのはなしをしているときいつも思っていた。


彼のスペースに入る人ってどんな人なんだろうって。

なんだかんだで警戒心も強くて、自分のことを俯瞰で常に見ているちょっと捻くれている彼が自分のスペースに入れる人ってどんな人なんだろう。

あの子はそのスペースに入ることができたんだ。

へぇすごいな。ふーん入れたんだ。

そっか、私は入れてないんだ。

と思ったのは私が異動して部署が変わってから初めて会った時だった。


突発的に飲み会が決まった。

たまには遊園地メンバーで飲もうよって盛り上がった。

あまりに突発的だったから集まれたのは私と彼だけ。

それでも日にちを変えようかって流れにはならなかった。

楽しくて楽しくて楽しくて。

こんだけ楽しくて、彼もたくさん笑顔を見せてくれているのに隣にいるのは私じゃないんだって気づいた時、本当に悲しかったし寂しかった。

駅向かっている時、彼の裾をぎゅっと握ったのは、酔っていることに甘えて意識して欲しいて思ったから。

でもそれと同時にこんなんじゃ絶対靡いてくれないって気づいてた。

彼はあの子を振り切って私のところには絶対来ない。


直属の上司と部下の時に、好きかもなぁって思った。

でもその時彼にはあの子がいた。

だから結構踏ん張って蓋をした。

でもそれでも、と思わずにはいられないった。


だって私の方が楽しいでしょ?

一緒にいて面白いでしょ?

一緒にいて楽だなぁって思ってくれているでしょ?


そんなことを何度思ったかわからない。

一緒に、2人で遊びに行って。

1回カラオケオールした時、これはまずいと思った。

帰っている時の罪悪感が半端なかった。

だから彼にいったの。

私と2人で遊びに行くって彼女に言って。

何もないのはわかっていると思うけど、それでもちゃんと伝えるのがマナーだからって。


彼が彼女と付き合っている限り私に靡かないことはわかりきっていた。

だって、彼の性格的に彼女を裏切れないから。

私と彼が付き合うためには、彼女と彼が別れないとダメだってわかってた。

でも、もっとわかっていたのは彼から別れを切り出せないことだった。

その点に関して彼は弱くて、悪い言い方をすれば卑怯だった。


彼は自分から彼女を切れない。

彼女から切り出したら別れを選択するかもしれない。

でも自分から別れを切り出すことは絶対できない。

わかっていたから、わかりきってしまっていたから、じゃぁ私はどうしたら良いんだろうって思った。


でも。


まさか今、彼のスペースに私がいるなんて。

と、お酒を飲みながら思う。

日付が変わったから、あと2日で1年記念日。


私たちは友達としていろんなことを話してきたから、彼氏彼女の関係に収まったらなんだかすごく居心地が良かった。

最初の3ヶ月くらいで、1年経った気がしていたくらい。


彼は私をどう思ってるんだろう。

私は良い彼女でいるのだろうか。

彼の負担になっていないか。

彼の、ポジティブな要因になっているだろうか。

だいぶ緩くなったお湯に浸かりながら思う。


私は彼が大好きだ。

自分が一番大切だと言いながらも私も大切にしてくれていることが。

何も考えてないと言いながら周りのことを自分のこと以上に考えていることが。

好きな話をしている時のキラキラした横顔が。

言葉にするとなかなか思うように伝わらないけど彼のことが本当に大好きだ。

今彼は寝息を立てているんだろう。

寝ることが何よりも大好きな彼のことだ。

きっとお酒を飲んでお布団にくるまって夢も見ないほど寝入っているに違いない。

そんな彼も愛おしく思う。


明後日になったらどんな話をしようか。


一緒に桜を見たわけでもないし、

夏らしいことをした覚えもない。

真っ赤に染まった紅葉も一緒に見ていない。

冬の雪も澄み切った星空もこれから一緒に見ることができたら嬉しい。

そんな1年だったけど、1年壊れずに一緒にいられたことが嬉しい。


付き合って3カ月目から600kmの距離にいたのだ。

壊れなかったことに感謝したい。

私の彼への愛情にも、

彼の私への愛情にも。

あるいはお互いの忍耐か......?

いやぁそれはまだないだろう。


次の1年、どんなふうに過ごすだろう。

できればもう少し近くにいたい。

600kmは遠すぎる。

どこでもドアがあればいいのに、と思う日々はもう味わい尽くした。


お風呂のお湯はだいぶ緩くなって、

彼からの着信は一向に来ない。

これはもう賭けは私の勝ちだろう。


なんだって、こんな短編小説を編むことができたんだから。

小説というにはお粗末だけど、これはこれで私らしい。


次の1年も、昨日までの1年と同じように、

美味しいものを食べて、

お酒をたくさん飲んで、

笑顔いっぱいの思い出を両手に抱え切れないほど作りたい。


そんなことを思いながら、この話を終わろうと思う。

小説と言って良いのか。

独り言と言って良いのか。

いっそのこと彼にいつか送りつけようか。

いつ彼はこのお話を読むんだろう。

異論反論はいつでも承ります、とだけ添えておこう。


大好きなあなたへ。

365日分のありがとうと大好きを込めて。


私より

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