第126話 魔女の誘惑
「公爵と接触した魔女は公爵に取引を持ちかけた。自分の行いを見逃す代わりに、公爵の願いを一つ叶えると」
「魔女ってそんなことできるの?」
「何でもできるわけじゃないけど、手数が多ければ多いほど何でもできる。そう、失せ物探しも人捜しも、魔女にとっては簡単なことだ」
公爵はその誘惑を、一度は耐え抜いた。
彼にも矜持があったので、正当な依頼ならともかく裏取引に応じるわけにはいかなかった。陛下が助長しているのは魔女の助けがあってこそなので、魔女に対していい感情を持っていなかった所為でもある。
しかし魔女はめげなかった。彼女は的確に、彼の弱い部分を突いてきた。
『妻を迎えに行かなくていいの?』
『相手の男はもう死んでしまっているよ』
『飛び出した手前、自分から帰れないだけじゃないの?』
『妻は夫を待っているはずよ』
『妻はそれを望んでいるはずよ』
いつ何があったのか、魔女は全て調べ上げていた。
その上で、公爵に囁く。妻は夫からの迎えを待っていると。
飛び出したことを後悔しているから。しかし自分から戻るほど厚顔無恥ではないから。だから夫が来てくれるのを、夜を数えて待っている…。
見つけられないのは邪魔が入っているからだ。積み上がった善意が愛し合う二人を阻んでいる。私ならそれを掻い潜り、お前を待つ最愛の居場所を教えてあげられる。
『ねえ、本当に迎えに行かなくていいの…?』
魔女は囁いた。男が望む言葉をそれらしく囁いた。
囁きは暗示となる。呪いに等しい、けれど呪いほど強制力のない暗示。最愛に飢える男によく効く、都合の良い戯れ言を囁いた。
耐えて、耐えて、耐えて…。
十七年の飢えは、耐えきれなくなった。
「そして公爵は魔女に陥落して、陛下を諫めることをやめた。おかげさまで、僕の目を掻い潜って呪いが送られてくる日々が始まった」
スタンとエヴァが王宮で過ごしていなかったのは、エヴァの安全面を考慮してのことだった。王宮にいたのでは、王の手の者が多すぎて妹を守り切れないから。
王の暴走への対処でエヴァの護衛が減ったこともあり、スタンとエヴァはあの屋敷に避難していた。
「…そもそもなんで、父親が我が子を呪うの」
「先に弁明しておくと、エヴァは何も悪くない。あの子は父親に憎まれているわけでも、疎まれているわけでもない。むしろ期待され、望まれている。むしろ陛下にとって、エヴァを呪うのは愛情表現に等しい」
「狂ってるわけ?」
「相手が最高権力者とわかっていても強気の発言。本当に気持ちがいいね――――ああ、狂っているんだ、あの人は」
気持ちがいいといいながら、スタンは残念そうに嘆息する。
「聖女を盲信して、聖女を渇望して、聖女の存在に狂っているんだ」
昔々のお話だ。
大昔に実在した聖女の話。
王は、聖女の存在を盲信して――――聖女の末裔である自分の娘も聖女であると、信じている。
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