第16話 自称「悪魔」の全裸男性
数年前の出来事です。
夜中に何の前触れもなく夢が終わり、目が覚めました。こういう時は大体、直後に地震が来るか、金縛りが来るか、の二択です。しばらく目を開けていますが、地震が来る気配はなく、再び眠ろうと目を閉じた時――金縛りです。
私はその金縛りを破るか迷いました。その日はもう大分眠った感覚があり、つまり疲れが取れ始めているので、無理に金縛りを解くと目が冴えて二度寝できなくなると思ったからです。
バサバサ……今回はビニール音ではありませんでした。鳥の羽音のようなものがいくつも聞こえます。
とん。足元で音がしました。同時に、首から上の金縛りが解けます。
これは「視ろ」という意味でしょう。はっきり言って見たくもありませんが、同時に、何が居るのか確認せずに二度寝することなどできません。部屋にゴキブリが隠れていると知りながら眠るようなものです。ゆっくりと視線を下ろすと、そこには――
全裸です。全裸の男性が居ます。部屋が暗いので詳細は見えませんが、とにかく全裸であることは分かりました。
よく「霊」と呼ばれるものは視力や部屋の明るさに関係なく、はっきり視えると言われていますが、私の場合視えるというより「分かる」という感じです。ただ、第1話でご存じの通り、私は金縛りを「リアルな悪夢」くらいにしか思っていないので、その辺はあまり気にしていません。
「変態ジジイだ」
私は物心ついた時から様々な悪夢に苦しんできたのです。もはや全裸男性が立っているくらいでは驚きません。私はその男性を視て、そう思いました。すると。
「ジジイじゃねえ、悪魔だよ」
変態ジジイが話しかけてきました。確かにジジイという年齢ではありませんが、話しかけてくるタイプは初めてです。しかも私の思考を勝手に盗み見て、声で返事をしてきました。
「悪魔」という言葉を聞いて、ふと思いました。これは「夢魔」というものではないか、と。夢魔とは古代ローマの時代から信じられている悪魔の一種です。「サキュバス」「インキュバス」と言えば分かりやすいでしょうか。
夢魔は男性の前にはサキュバス(女性)の、女性の前にはインキュバス(男性)の姿で現れ、人間の生殖能力を利用して繁殖する。中世くらいまでは「インキュバスに襲われた女性はどのくらいの割合で妊娠するのか」と真剣に話し合われていたそうです。そこで、私は思いました。
「性別、間違えてない?」
「今日は採りに来たわけじゃないからいいんだよ」
変態ジジイ――(自称)悪魔はおもむろに、私の眠っているベッドの横で寝そべりました。ベッドの陰に入ってしまい、姿は見えませんが、声と気配は感じます。
それから悪魔はしばらくの間、何かを話しかけてきました。内容は覚えていません。急激に眠気が増して、ほとんど意識がなかったからです。
「お前、やっぱりこっち側だろ」
ふいに、悪魔が言います。きっと私の夢が支配できなくて、私がただの人間ではないと考え、正体を探っているのでしょう。金縛りはいつの間にか解けていました。
「私はただの人間」
「いや。悪は善のことを何でも知ってるけど、善は悪のことを何も知らない。その意味、分かるだろ?」
その言葉を最後に、悪魔は消えました。私は悪魔の肩を持つつもりはありませんが、なんとなく言いたいことは分かります。
善とは、主に「正義」を用いて多くのものを幸せにしようと努力し、行動する者のこと。そして悪とは、その願いが叶わなかった者のこと。
「悪魔も本当は幸せになりたいだけなのかな」
ぼんやりとそんなことを考えながら、私は再び眠りにつきました。
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