私が体験した心霊的現象・悪夢障害との闘いの記録

植木 浄

第1話 悪夢か、うつつか、幻か

 ある冬の日の夜です。


 その日は海外旅行の準備をする夢を見ていました。私は悪夢か明晰夢を見ることがほとんどなので、普通の夢を見るのは珍しいことです。


 ところが、その珍しい夢もつかの間。金縛りで目が覚めました。感覚的には2時間も眠っていないので、夜中の2時くらいだったと思います。


 私は、金縛りは「現実と区別のつかないほどリアルな悪夢に過ぎない」と考えているので、霊的なものを連想して恐怖を感じることはありません。ただ、肉体を一切動かせないことに対しては、何度経験しても慣れない恐怖があります。


 指先ひとつ動かせない金縛りの中、自身の胸、すなわち心臓と肺だけが自動で動いているのを感じます。心臓と肺が金縛りの影響を受けないのはなぜか。当然、影響を受けてしまっては困るのですが、金縛りを心霊的な意味で解釈をしている人は、このことをどのように考えるのか、いつも何となく不思議に思ってしまいます。


 ガサ、ガサ。下の階からビニール袋のような音がしました。その音は少しずつ頻度を増し、激しくなりながら階段を上り、私の寝ている寝室へと向かってきます。


 ガサガサガサ……ビニール音は寝室に入ってくる頃には絶え間なく続くほど激しくなり、私の右足から左手側に、そして頭から足へ、足から頭へと回り続けています。本当はそのまま二度寝したかったのですが、あまりにもうるさいので金縛りを解くことにしました。


 肺が自動で息を吸うタイミングに合わせ、深く息を吸います。そして一瞬、その刺激でコントロールを取り戻した首を横に倒し、同時に薄目を開けます。


 やはり居ました。私の右足側に人影。

 電気を消しているので見えないはずですが、何故かそれが、真っ黒に焼けただれたタイ人女性であるということが分かります。タイ人女性は何かを言いたそうにしていましたが、私は暇ではありません。眠いのです。


 全身の金縛りを気合で破り、首から上を肉体から離脱させるイメージをします。肉体を起こすのが億劫だからです。いわゆる「体外離脱」というものかも知れませんが、私は深く考えていません。


 頭部が無事に離脱しました。まるでゴムのように、肉体に戻されるような感覚があります。頭部を離脱させるだけなら全身の金縛りを破る必要はないのですが、何度も破っていると金縛りに耐性ができるような気がして、そうしています。


 私は改めてそのタイ人のほうを向いて言います。


「寝てるときに来ないでくれる?」


 タイ人は帰りました。闇に溶けるように、フェードアウトするような消え方でした。首から上は幽体(?)なので、その声は「声」にはなりませんでしたが、ちゃんと伝わったようです。離脱した部分を戻し、肉体を起こして時計を見ると午前2時30分でした。


 その後、再び眠りについて見たのは、生前のそのタイ人女性と、彼女の思い出の場所を巡る夢でした。

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