つまらなそうにしているクール系美少女が階段から落ちそうなのを庇い怪我をしたら惚れられてしまった

マノイ

本編

「興味ないから」


 それが彼女が告白を断る常套句だった。


 白峰しらみね 銀花ぎんか


 鮮やかな白銀の髪を風に靡かせる彼女はれっきとした日本人だ。

 白峰さんいわく、遺伝子に関係する病気の一種らしい。


 彼女に関する特異な点は他にもある。


 男女ともに見る者を虜にする美貌。

 男は欲情し、女は羨む抜群のスタイル。

 テストは常に満点で全国模試でもトップに君臨する秀才。

 スポーツ万能で何をやらせても大活躍。

 料理が得意で調理実習でクラスメイトの度肝を抜いた。


 などなど、彼女に関する逸話を挙げたらキリがない。


「白峰さん、おはよう」


 高校二年のある日の朝。

 その白峯さんに僕は声をかける。


「夏休みが終わってしばらく経つのに、今日も暑いねぇ」

「…………」


 彼女は頬杖をついたまま窓の外をぼぉっと眺め、僕のことなど認識していないかのようにナチュラルに無視をする。


 それでも僕は話をするのを止めず、まるで壁や植物に向かって独り言をしているような感覚がする。


 それが僕こと有藤ありとう 天智てんじと白峯さんの関係だった。


――――――――


「そういやさ、テンはいつまで粘るつもりだ?」

「粘るんじゃなくて勝つつもりだけど」

「ゲームの話じゃねーよ、白峯さんのこと」

「え? ってうわ、話しかけながら狙ってくるな。卑怯だろ!」

「油断した奴が悪いんだよ!」


 赤い悪魔からコンボを喰らって僕のお猿さんが画面端まで吹き飛ばされてしまった。

 画面には無念にも相手キャラが喜ぶシーンが映し出されている。


「これで俺の勝ち越しだな」

「今のはノーカンでしょ」

「あのくらいお前だってやるだろ」

「まぁそうだけどさ。はぁ、休憩しよ」

「んだな」


 こいつは僕の友人の伊澄いすみ 冬慈とうじ

 高校で出来た友人で、僕がゲームを沢山持っていて、しかも両親がほとんど家に帰らず半一人暮らしのようなものだと知ると、喜んで入り浸りに来た。


 割と図々しい奴なんだけれど、何となくウマが合うから長い付き合いになりそうな予感がしている。


「それでさっきの話だけど、まだ白峯さんを諦めねーのか?」

「諦めないね」

「一途だねぇ。皆もう飽きてるっつーのに」

「飽きるとかそういう話じゃないんだよなぁ」


 僕が白峯さんの存在を知ったのは、多分中学生になってから。

 別のクラスだったけれど、色々と人間離れした白峯さんの話は入学してすぐに学校中に広まり、沢山の人が彼女に興味を抱いた。

 特に男子は白峯さんと付き合いたいと願い、必死にアプローチをしていた。


「冬慈は告白したんだっけ?」

「したした、一年のころ速攻でしたぜ」

「結果は?」

「定型文」

「あはは、普通に告白してもダメに決まってるでしょ」

「うっせ、その頃はそんなこと知らなかったんだよ」


 白峯さんは全ての告白をにべもなく断る、なんてことは無かった。

 実際、中学の頃は何人もの男子とお付き合いをしていたって聞いている。

 ただしお付き合い出来たとしても、最初のデートでお破産になるらしいのだ。


 その原因はとてもシンプルなものだ。


 『つまらない』から。


 男子との付き合いも、デートの内容も『つまらない』から別れる。


 『俺なら白峯さんを楽しませてあげられるぜ』なんて自信満々に挑んだ男子達が撃沈する。


 それを繰り返すうちに、白峯さんは未経験で興味をそそられるかもしれない何かを与えてくれそうな男子の告白しか受け入れなくなった。

 運良くそれらを提示できたとしても、やはり『つまらない』と言って速攻で破局してしまうのだが。


「テンは告白してないんだよな」

「うん、だって僕は白峯さんが興味を惹きそうなことなんて知らないもん」


 僕は白峯さんとは対照的に取り立てて目立つ何かを持っているような人では無く、ごく普通の男子高校生だ。

 告白なんてしようものなら『興味ないから定型文』でばっさりと決まっている。


 だから僕に出来るのは『前の席のクラスメイト』として少し雑談する程度。

 雑談どころか独り言を口にしてるだけの痛い奴になっちゃってるけどね。


 きっかけは高校二年の四月。

 白峯さんと偶然同じクラスになり、偶然前の席になった僕は、勇気を出して彼女に話しかけた。


『僕は有藤天智、これから一年間よろしくね』

『…………よろしく』


 彼女が僕に言葉をくれたのはこれが最後だ。

 それ以降、どれだけ僕が話しかけても彼女は何も返事をしてくれない。


 迷惑そうにしているならまだしも、街中の雑踏を聞いているかのようにスルーされる。


 半ば、意地のようなものだった。

 彼女と仲良くなりたい、ではなく、彼女から言葉を引き出してやる、と。


 僕は毎朝、彼女にどうでも良い話をし続けた。


 五月。

 『ゴールデンウィーク何してた? 僕はゲーム三昧にしようと思ってたのに両親が帰って来ちゃってそれどころじゃなかったんだよ』

 『……』


 六月。

 『今年は雨が少ないよね。最近体育で持久走やらされるから雨で中止になって欲しいんだよなぁ。先週なんか先生に、お前は凄い苦しそうに走るな、なんて言われちゃったよ。だったら走る距離減らしてくれても良いのにさ。そう思わない?』

 『……』


 七月。

 『ネット見てたら誰でも簡単に美味しいオムライスが作れますっていう動画を見つけたから昨日作ってみたんだけどさ、全然簡単じゃなかった。味もいまいちだったし、やっぱり自炊苦手だな』

 『……』


 九月。

 『おはよう。夏休みどうだった? 僕は友達がずっとうちに入り浸っててさ、ゲームばかりやってたよ。そういえばその友達からお勧めのアニメ教えてもらったんだけどさ、凄いハラハラドキドキして面白かったんだ』

 『……』


 こうして半年近く話しかけ続けるものの、成果は出ていない。


 冬慈が諦めないのかって聞いて来るのも良く分かる。


「ここまで続けてるとさ、話しかけないとスッキリしないんだよね」

「何だよそれ」

「それにここで止めたら負けたみたいでなんか悔しいじゃん?」

「テンは結構負けず嫌いだからなぁ」

「冬慈だってそうでしょ」

「いや、俺は勝てない勝負はしないぞ。白峰さんはムリゲだろ」


 強制敗北イベントだと思えるくらいに勝ち目は無い。

 その気持ちは半年以上話しかけて眉一つ動かせなかった僕だからこそ良く分かる。


「それにさ、なんか近寄りがたいんだよな」

「そうなの?」

「お前さ、白峯さんが何て言われてるか知ってる?」

「ううん、知らないよ」


 白銀の妖精とかかな。

 聖女よりかは天使とか女神の方が似合うかも。


「孤高貴族」

「なんだよそれ」


 白峯さんは何でもできる一方で、何にも興味を持てない人間だ。

 女子が遊びに誘っても、最初はついていくけれど、興味ないからと次からは拒否されてしまう。

 部活に仮入部して大活躍しても、面白くなかったと辞めてしまう。


 何もかもがつまらなくて、興味を持てず、誘われても断ってしまうようになる。

 その結果、人を寄せ付けず、自席に座って外をぼぉっと眺めるだけの女の子の誕生だ。


 だから『孤高』と呼ばれるのは分かる。

 でも何故『貴族』なんだ。


「不機嫌になるなって、これでもマシな方なんだぜ?」

「どういうこと?」

「どうせ『私一人で生きていけるから』『下民とは感性が違うから近寄らないで』『馬鹿ばっかりしかいない』『高貴な自分は住む世界が違う』とかって考えてるんでしょ。これ、俺のクラスの女子が言ってた陰口」

「はぁ?」


 あれだけの美貌と才能だから嫉妬されててもおかしくはないとは思っていたけれど、まさかそんなことを言われていたなんて。

 そもそもそんな人間なら、誘われても付き合わずに最初から完全に拒絶しているだろうに。


 貴族だの住む世界が違うだのと思っているのは、陰口を叩いている本人が自分自身を貶めているだけということに気付かないのだろうか。


「だから怒るなって。それに俺だってそこまでじゃないにしろ、少しは似たようなこと感じるぞ」

「え?」

「だってあそこまで全部『興味ない』ってばっさり言われるとなぁ。俺達なんかとは違う世界が見えてるんだろうなぁって思っても仕方ないだろ」

「分からなくはないけどさぁ」


 もしかしたら、最近白峯さんにアプローチする男子がめっきり減ったのも、冬慈が言っている理由に関係しているのかもしれない。

 そして諦め、遠くから眺めることで満足する。

 そのように芸術品扱いされているような気配は何となく感じていた。


「白峯さんはそんなんじゃないと思うんだけどなぁ」

「彼女から何か聞いたのか?」

「な~んにも聞いてないけどさ、なんとなく」

「何だよそれ、意味分からん」


 僕だって意味分からないもん。

 でもやっぱり思う。

 彼女が窓の外を見る横顔は『孤高』なんて気高いものでは決して無いのだと。




 十月。

 『昨日お気に入りの服に穴が開いちゃってさ。裁縫苦手だから自分で直せないんだけど、こんなときに限って母親は海外でしばらく戻って来ないんだよ。仕方なくお店で直してもらえないか調べたらそれなりにお金かかるんだよね。最悪だよー』

 『……』


 十一月。

 『最近友達が勧めてくれた Vtuber にハマっちゃってさ。トークが凄く面白くて毎回お腹が痛くなるくらい笑っちゃうんだよ。あれだけトークスキルあるなら芸人さんでもやっていけそうなのになぁ。僕は面白いこと言えないから羨ましいや』

 『……』


 十二月。

 『段々寒くなって来たね。僕は自転車通学だから手袋やマフラーしないと辛いや。今年の冬はいつもより寒いんだってさ。そういえば来週あたりに雪が降るかもしれないって言ってた。この辺りってあまり雪が降らないから少し楽しみ』

 『……』


 一月。

 『明けましておめでとう、今年もよろしくね。って言っても残り三か月でクラス替えだけどさ。年末年始はどうだった? 僕は友達と初詣に行こうと思ってたのに、あいついつの間にか彼女作ってて断られちゃった。全く、すぐに報告してくれたら良かったのに』

 『……』


 二月。

 『もうすぐ僕達も受験生だね。将来のこととか、まだ何も決まってないよ。どこの大学に行きたいかってどうやって決めたら良いんだろう。どこに行くにしても、この辺りには大学無いから一人暮らしになるのかな。今も半分一人暮らしみたいなものだから大丈夫だと思うけど、家事が苦手だからちょっと心配』

 『……』


 意地で続けてそろそろ一年。

 相変わらず最初の『…………よろしく』以降、反応は皆無だ。


 幸運にも席替えの無いクラスだったからこうしてずっと朝の語りがけを続けられたけれど、三年生になったらクラスが変わるし、同じクラスになったとしても席が変わるだろうから続けることは出来ないだろう。


 このまま何も言葉を引き出せなかったら僕の負けになるのだろうか。

 それとも諦めずに最後まで続けられたのなら引き分けになるのだろうか。


 どちらにしろ勝ちの見込みは今の所、全く無い。


 他の生徒達は今ではもう完全に白峯さんを置物のように扱っている。

 何も変わらないノーマルエンド。

 それが僕らの物語のありきたりな終わり方になる。


 そのはずだったのに。


 それは三月に入って間もなくのある日の放課後のこと。


 少しお腹の調子が悪かったのでしばらくトイレに籠り、教室に戻って荷物を取って帰ろうとした。

 そのまま階段を降りようとしたら下から白峰さんが登って来た。


 白峰さんはいつも放課後になるとすぐに帰るのに残っているなんて珍しい。

 後で聞いた話、先生にちょっとした仕事を頼まれて手伝っていたとのことだった。


 さようならと言ったら返事してくれるかな、多分ダメだろうなぁなんて思いながらお互いに踊り場付近まで進んだ時。


 ガシャーン!


 ガラスが割れたような大きな音が響いた。

 突然のことに思わず体がビクンと大きく反応しながらも、白峯さんの様子をすぐに確認した自分自身を褒めてあげたい。


「危ない!」


 白峯さんは足を滑らせ、後方へと倒れようとしていた。

 僕は咄嗟に彼女に手を伸ばし体に触れたものの、抱き起すのは間に合いそうにない。


 強引に体を彼女の後ろへと入れ、下敷きになるようにして階段に倒れ込む。


 痛っ!

 痛っ!

 痛っ!

 

 いったああああああああい!


 あまりの激痛で涙が出そうだった。


「痛ったぁ……」


 完全にクッションになり切れなかったのだろう。

 白峯さんもどこかしら体を打ったようで顔を顰めている。


「え?」


 幸運にも大したことが無かったのか、彼女はすぐに痛みから復帰して僕の上に乗っていることに気が付いた。

 本来であれば体が密着していて嬉しい筈なのだが、残念ながら早く退いて欲しい。

 だって体が凄い痛いから。


 強引に体を入れ替えようとしたからか、不安定な体勢で倒れてしまい、全身がめちゃくちゃ痛い。

 特に右腕が熱を持ったように激しく痛み、治まりそうにない。


 めっちゃ痛い、これ、もしかして折れてるのかな?


「ご、ごめんなさい!」


 僕が苦悶の表情を浮かべていることに気付いたのか、白峯さんは慌てて僕の上から飛びのいた。


「有藤くん、大丈夫、じゃないよね。えっと、えっと、どうしよう」


 おお、凄い、白峯さんが困ってる。

 彼女が感情を露わにした姿を見たのは僕が初めてでは無いだろうか。


「何で笑ってるの?」


 あれ、そうか、僕笑ってたんだ。

 痛みに顔をしかめていると思うんだけれど。


 その状態で笑ってたらドMだと思われちゃうじゃん。


「ご、ごめん、白峯さんが、焦ってるのが、珍しくて」

「……え?」


 あはは、今度はポカーンとしてる。

 すっごい可愛い。


 痛みが無ければ堪能するのになぁ。


「う゛っ」

「有藤君!?」


 大怪我なんてしたことも無いから痛み耐性が全然無いんだよ。

 一際大きな痛みが来て思わず声が出ちゃった。


「とりあえず、保健室に」

「あ、うん、そうだよね。立てる?」

「ど、どうにか」


 激しく痛むのは右腕だけで、他は大丈夫そうだ。

 フラフラと立ち上がり、白峯さんに体を支えて貰いながらゆっくりと歩く。


 あの白峯さんが焦り顔で僕の体に触れてくれている。

 こんなこと言っても誰も信じてくれないだろうね。


「痛い? 大丈夫?」

「う、うん、どうにか。白峰さんは?」

「え? 私?」


 僕が下になったとはいえ、白峰さんだって体を打ったはずだ。

 平気そうには見えるけれど、痣が出来ちゃったりしていないか気になる。


「あ!ご、ごめん。お礼を言うのが遅くなっちゃった。私を助けてくれたんだよね。ありがとう、有藤君のおかげで私は平気だよ」


 そっかそっか、なら平気だな。

 それにしてもあんなに話しかけても返事が無かったあの白峰さんと会話しているなんて変な感じ。


「あは……は……」

「また笑ってる。やっぱり打ち所が悪かったのかな。どうしよう」


 おっと危ない。

 ドMだと勘違いされてしまう危機再び。


 ちゃんと訂正しないと。


「違う……違う……白峰さんとお話が出来るのが変な気分で……」

「あ…………」


 痛みのせいだろうか、それともやっぱり頭を打っていたのだろうか、少し意識が朦朧としているような感覚だ。

 白峯さんの表情をもっと堪能したいのになぁ。


「ごめんなさい」


 その謝罪は何に対するものなのだろうか。


 僕が話しかけても無視していたことに対してだろうか。

 僕に対して明確に拒絶の意思を示さなかった事だろうか。

 それともそれ以外に何かがあるのだろうか。


 彼女は言い訳をしてくれないから、その理由が分からない。

 その代わりに、彼女はぽつりと小声でつぶやいた。


「どうして……」


 それはきっと質問ですら無かったのだろう。

 そして明確な形を伴った疑問でも無かったのかもしれない。


 どうして諦めずに話しかけ続けたのか。

 どうしてあんなに冷たくした私を助けてくれたのか。

 どうして私を構おうとしてくれるのだろうか。


 その他の様々な『どうして』が合わさって、漏れてしまった小さな疑問。

 聡明な彼女でも分からない一つの難問。


 漏れ聞こえてしまったそれに、僕は反射的に答えた。


「白峯さんが、寂しそうに見えたから」

「え?」


 孤高だなんて言われていても、何事にも興味が無く誰に誘われても塩対応になっていても、彼女は誰かと『楽しい』を共有したかったのではないだろうか。

 だから様々なことに挑戦して『楽しい』を探していたのではないだろうか。

 不幸にも彼女の『楽しい』が見つからなかっただけであって、彼女は年相応に人生を楽しみたいのではないだろうか。


 彼女の横顔をずっと眺めていたからこそ、僕はその寂しさに気付くことが出来たのだ。


 でも気付いたからといって僕に出来る事なんて何も無い。


 多くの『楽しい』を皆が彼女に提供してみたけれど全てダメだった。

 普通の男子高校生の僕が彼女に提供出来る目新しい『楽しい』なんて何も無い。


 強引に手を引いて彼女に救いをもたらすような物語の主人公にはなれはしない。


「僕には話し相手になることくらいしか……出来ない……から」


 出来ることはこの程度のことしかない。

 だからって諦める事なんてもっと出来ない。

 寂しそうにしている女の子に手を差し伸べない奴なんて、男じゃないからね。


 痛みでこれ以上他のことを考えることが出来なくなってきた。

 耐えることに全ての意識を切り替えようとする直前、僕が見たのは顔を真っ赤にする白峰さんの可愛らしい表情だった。




 入院することになった。


 右腕は予想通り骨折。

 でも入院は骨折の影響では無く、頭を強く打ったから安静にしなければならないということらしい。

 何事もなければ明後日には退院出来て、その後は経過観察になるとのこと。


「天智! 大丈夫!?」

「お母さん!?」

「うわああああああああん!天智いいいいいいいい!」

「ちょっ、抱き着かないでよ!」


 事故の翌日。

 お母さんはお父さんと一緒にアメリカの学会に参加中だったはずだけれど、僕が入院したと聞いて速攻で戻って来たらしい。

 お父さんも戻りたがっていたけれど、僕が絶対に戻って来るなと拒否した。


 大事な大事な学会だって聞いてたから、僕のせいでダメになるなんて絶対に嫌だったもん。


「僕は平気だから、お母さんもすぐに戻って良いんだよ」

「馬鹿、何言ってるの。頭を打ったならまだ油断出来ないでしょ。少なくとも天智が治るまでこっちに居るわよ。それに入院の手続きとかもあるでしょ」

「でもお父さん一人で大丈夫?」

「あなた……息子に頼りなく思われてるわよ」


 だってしょうがないじゃん。

 お父さん凄い学者らしいけれど、家じゃお母さんに頭のあがらない気弱な感じの人なんだもん。


 お母さんはお父さんの助手で、一緒に世界中の学会発表に参加して回っている。

 そのせいで何日も連続で家を空けることが多く、僕は半分一人暮らしのような生活をしているのだ。


 今回は僕が入院ということで慌てて戻って来てくれた。


「暇だなぁ」


 頭を打ったものの、別に何も異常が無いのでただ寝ているだけなのは暇だ。

 お母さんが滅茶苦茶甘やかして来るのを必死に耐えながら時間が過ぎるのを待つしかない。

 個室じゃないから、他の入院患者に見られていて超恥ずかしい。


 そんなこんなでその日は検査とお母さんの相手で過ぎるかと思っていたのだけれど。


「あ、あの、有藤君?」


 夕方、面会者がきた。


「白峯さん!?」


 制服を着た白峯さんが、病室の入り口に立っていた。


「お見舞いに来てくれたんだ」

「うん、有藤君が怪我したのは私のせいだから……」

「気にしないで。突然あんな大きな音が鳴ったら誰だってびっくりするよ。それより白峯さんは大丈夫だった? 検査してもらったんでしょ?」

「どこも問題無いよ。有藤君が守ってくれたおかげだね」


 そう微笑む白峯さんがあまりにも可愛くて、ドキドキが止まらない。

 白峯さんって美人系だと思ってたけど、素の表情はこんなに可愛いのか。


「天智、その子誰? もしかして彼女?」

「ゲッ、お母さん」


 しまった。

 白峯さんと話をしているところをお母さんに見られた。


 しかもしっかりと定番の誤解しているし。


「違うよ。学校の友達」

「え?」


 何故白峯さんが疑問の声を上げているのかな。

 もしかして友達なんて言ったのは厚かましかったかな。


「ああ、ごめん、友達なんて言ったら失礼だったかな」

「ち、違う、そうじゃなくて!」

「?」


 真っ赤になって俯いている。

 怒らせてしまったって訳じゃないよね。


 というか、信じられないけれど、まさかアレじゃないよね。

 無い無い、まっさかー


「あらあらうふふふ」

「お母さん、余計な事言わないでよ」

「大丈夫大丈夫」


 この世で一番信じられない『大丈夫』だ。


「あなたお名前は?」

「白峯 銀花です」

「銀花ちゃんね。髪がとても綺麗で凄い美人。天智にはもったいないわ」

「だからお母さん、そういうのじゃないんだって」

「天智は黙ってなさい」


 もう、白峯さんを困らせてしまうじゃないか。

 朝話しかけるのすら拒絶されるようになったらどうするんだ。


「あ、あの。有藤君のお母さん。ごめんなさい。私のせいで有藤君が怪我しちゃって……」

「話は聞いてるわ。銀花ちゃんは何にも悪くないから気にしないで頂戴」

「でも……」

「それでもまだ気になるなら……」


 お母さんは白峯さんの耳元に顔を寄せて小声で何かを話している。

 白峯さんは顔を真っ赤にしながら小さく顔をコクコクと縦に振っていた。


「それじゃあ銀花ちゃん。よろしくね」

「は、はい!」


 話が終わるとお母さんは僕に謎のウィンクをしてから部屋を出て行った。


「あの、白峯さん?」


 部屋に残された白峯さんに声をかける。


「有藤君」

「は、はい」


 僕の名前を呼ぶ白峯さんの声が妙に力強くて、はいと返事をするだけなのに少し詰まってしまった。


「しばらく右手が使えなくて不便でしょ。だからその間、私がサポートするね」

「ええええええええ!?」


 白峯さんが僕の生活をサポートするって、どういうこと!?


「もしかして、嫌?」


 そんな不安そうに言わないで!

 嫌だと言える男子なんてこの世に居ないから!


「そうじゃなくて、そこまで気を使わなくても良いんだよ。この怪我は、本当に白峯さんには関係ないから」

「有藤君は優しいね。でも、私がやりたいの。有藤君が嫌じゃ無ければ……だけど」

「嫌じゃないです」

「やった」


 待って、その笑顔は反則でしょ。


 僕は分かって無かった。

 白峯さんも年相応の少女だったんだ。


 美少女の屈託のない笑顔が自分に向けられているなんて、これは夢じゃないのかな。


「とりあえず、今やって欲しいことってある?」

「いや、別に無いけど」

「…………」


 しゅーん、とする姿も可愛いなぁ。

 じゃなくて、そういうの卑怯だと思います。


「それじゃあ話し相手になってくれないかな」

「え?」

「今日はもう検査も無いし、暇なんだよね」

「分かった!」


 あれほどに求めてやまなかった白峯さんとの語らいの時間。

 それがまさかこんなにもあっさりと手に入るなんて、思いもよらなかった。


 しかも単に話をするだけでは無い。

 白峯さんは実に感情豊かに話をしてくれた。

 普段は全く見せないその姿にドキドキして、僕の方が上手く話が出来なくなりそうだった。


 その姿は……あれ?


「ねぇ白峯さん、一つ聞いて良い?」


 そろそろ面会時間も終わりになる頃。

 僕は彼女との会話中に感じた一つの疑問を聞いてみた。


「もしかして今『楽しい』?」


 その言葉に白峯さんは少しキョトンとしてからはにかんだ。


「うん、楽しいよ」


 その答えがとても嬉しい。

 あの寂しい顔を笑顔にしてあげたいとずっと思っていたのだから。


 でも同時に不思議でならない。


「僕と話をしているだけなのに?」


 彼女に近づいた人の中には、僕なんかよりも遥かに話が上手な人が居たはずだ。

 それなのに、何故、今に限って『楽しい』と思ってくれているのだろうか。


 白峯さんは僕の追加の問いに、少しだけ考えると、立ち上がった。

 そして僕の耳元に真っ赤になった顔を寄せてくる。




「好きな人と話をしているから、だよ」




 その直後、僕の頬に柔らかな何かが触れた。


 その意味に僕が気付く前に、白峯さんは慌てて病室から出て行った。


 彼女との全てのやりとりが他の患者さんに見られていたことに気付いたのは、声にならない歓喜の雄叫びを上げた少し後のことだった。

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