untitled
@rabbit090
第1話
ああ、なんてことだろう。
目に焼き付くような光景が、そこには広がっていた。
「僕、成し遂げたんだ。」
ついに、ついに、悲願はその手に、その手の中にあった、はずだった。
「何もしない。」
落ち込んでいる、いつにも増して暗いせいか、周りに人間も遠巻きに気味悪がっている。
そして、それが伝わってくる。
ああ、一体なんで、何でこんなものを作ってしまったんだろうか。
そもそも、きっかけは学校に行かなくなった数週間のことだった。僕は、学校に行かない、いや行けなくなって、絶望していた。
でも、その中で唯一、希望といえるものは何かをしている間だった。家族も、どう扱っていいのか分からない、といった感じで接触を拒んでいた。
しかし、僕はうじうじせず、学校のように、誰かの評価ありき、誰かに見られてなんぼ、という考えを、脱却した。
誰にも見られていないところで、誰にも見せずに、自分のしたことをする、それを人生の目標にすることにした。
そうすれば、僕は大丈夫な気がしたし、人生ってそういう事なのかなとさえ思っていたから。
「できた。」
完成した瞬間は、たまげた、マジで。
だって、本当に現れたのだから。
それは、古い本だった。父は学者をしていて、怪しい文献を調べながら民俗学のようなものを題材としていて、その資料として集めた数々の本は、僕にとってとても魅力的なものだった。
奇怪な内容のも多く、単純にその中の一つを、実践してみよう、という試みから始まった。
何もせず黙っているより、したいと思ったその瞬間に、物事を実行したかったから。
「こんにちは。」
「…こんにちは。」
「お母さん?」
「久しぶり。」
最初は、ちょっと会話がぎこちなかった。でも、確かにお母さんだ。いなくなってしまった、お母さん。
「会いたかった。」
「うん。」
なんか、ちょっと違う気もしたけど、僕は感激した。絶望って、いらなかったんだ、とさえ思った、のに。
ついこの前、父が長期の出張を終え、帰宅した。
相変わらず僕のことはどう扱っていいのか分からないといった風で、軽く言葉を交わし、それで終わった。
けど、
「お前、何したんだ?」
「何って。」
僕は、一瞬何を言われているのか分からなかった。
いなくなったお母さんの代わりに、ウチには継母がいる。継母は、僕のことを嫌っている。
まあ、実の子ではないし、仕方ないとは思うけれど、でも、何が?
「母さん、どこだ…?」
父は不思議そうな顔で、そして苦しそうな顔で、僕を見た。
だから僕は答えたんだ。
「分からない、いなくなった、みたい。」
「………。」
父は黙っていた。
そして、僕は気づいたのだ。
そこには、黒々とした気体が充満し、全てを呑み込んでいるようだった。
もしかしたら、父はそれに気づいていて、継母はその中に消えて行ったのだ、ということに。
「ピンポーン。」
「…!」
父は、インターホン音を聞きつけ、目に光を取り戻したように、玄関に向かってかけた。
しかし、それは僕にとって、この現状から、逃れようとしている、つまり僕から離れたいという意思の表れのように感じられた。
「ちょっと、どういうこと?」
あ、と思ったけれど、遅かった。
それは、
「
母は、僕の名前を呼び、小さな悲鳴を上げた。
そして、僕は今まで僕の隣にいた、その母に語りかける。
「本物じゃなかったのか。」
「…そう、ですね。あなたがそれを望んでいるようだったので。」
「…おい。」
この人は、僕以外には見えないらしい。けど、この部屋を覆っている黒い期待の正体は、彼女が、いや、この生き物が放つ、存在だった。
そう、母はいなくなったけれど、それはこの家から、という事なのだ。
母は、父と、僕に愛想を尽かし、家を出た。
そしてたまに、帰ってくる。それが父が離婚を申し出た母につけた条件だった。
どうしようもできない、状況がそこには合った。
それが分かった瞬間、僕はすべてがどうでもよくなり、そのまま母と父の傍を通り抜け、家を出た。
untitled @rabbit090
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