第65話
* * *
マグリットはイザックに腕を引かれながら廊下を早足で歩いていた。
久しぶりに見た父と母、アデルにいつもの輝きがないことに驚いていた。
髪はボサボサで肌荒れもひどかったように思う。
体型は以前よりも大きくなったのかアデルのドレスはパツパツではちきれそうになっている。
夫人のドレスもネファーシャル子爵のジャケットも皺だらけだった。
(……三人ともひどい状態だったわ)
レイやマグリットがいなくなった後、ネファーシャル子爵家がどうなっていったのかすぐに想像できる。
ゾッとしたのはマグリットをまたネファーシャル子爵家に戻してアデルを嫁がせると言った子爵の発言だ。
それに心が動揺したからか、魔力コントロールが大きく乱れてしまい曇り空が晴れて光が差し込んでしまう。
(明日、ガノングルフ辺境伯領に帰る予定なのに……このままだと帰れないわ)
マグリットは気持ちに反応して力が勝手に漏れ出てしまう。
落ち込むマグリットにイザックが声を掛けてくれた。
「マグリット、大丈夫か?」
「……はい」
「ローガンが奴らを追い返す。これ以上好きにはさせない」
イザックはマグリットが両親とアデルに会ったことで気を落としていると思っているのだろうか。
マグリットはアデルがイザックの元に自分の代わりに嫁いでしまったらと考えてスッと背筋が寒くなった。
本来ならばアデルがイザックの隣で笑っていたのだろうか。
だが、マグリットはイザックの近くで過ごしてきて彼のそばにいることが心地いいと感じていた。
「わたしは……」
「マグリット?」
「やっぱりイザックさんと一緒にいたいです」
「……!」
「あの場所に戻りたくありません」
味噌や醤油も確かに大切だがイザックがそばにいなければ何も意味がないような気がした。
うまく言葉にはできないがイザックと共に過ごしてきた日々は特別だと感じる。
イザックはマグリットを包み込むように抱きしめた。
マグリットもイザックの背に腕を回す。
まだマグリットの親権はネファーシャル子爵が持っているのだろうか。
アデルと強制的に交換されてしまったら……そう思うとゾッとする。
「大丈夫だ。兄上にはマグリットの親権を剥奪するように頼んできた」
「え……?本当ですか!?」
「ああ、これでネファーシャル子爵はマグリットのことに一切関与できないはずだ」
マグリットはイザックの言葉にホッと胸を撫で下ろした。
ネファーシャル子爵は本来ならばマグリットに魔力がないとわかった時点で魔法研究所に連れていかなければならなかった。
そのルールを破っていたことやこれまでのマグリットの扱いにより親権を剥奪されてしまう。
つまりマグリットに対して好き勝手に手出しはできなくなるということを説明してくれた。
「ありがとうございます。イザックさん」
「安心していい。マグリットは俺が守る」
マグリットは嬉しくなりイザックにすり寄るようにして抱きしめた。
彼の体温をこんなにも感じたのは初めてだった。
しかしすぐに体が離れてしまう。
イザックはマグリットに背を向けて歩き始めてしまった。
イザックの顔が照れて真っ赤になっているとも知らずに、イザックの手を握る。
「マグリット……?」
「イザックさん、わたしがんばりますから!」
「ああ、マグリットならば必ずできる」
今日中にローガンが合格を出してくれるような魔力コントロールを身につけなければならない。
明日はイザックと共にガノングルフ辺境伯領に帰りたいからだ。
(たとえ醤油が食べられなくても、わたしには味噌があるしイザックさんがいてくれるわ!)
フンッと気合い十分に鼻息を吐き出したマグリットは気を取り直して魔力コントロールに励む。
安心からネファーシャル子爵のことも忘れてマグリットは訓練に集中したのだった。
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