第51話
「マグリット、ここは王都だ」
「…………はい!?」
「すまないが醤油をかき混ぜることは諦めてくれ」
イザックから告げられる醤油の未来。
マグリットはヘナヘナとその場に座り込む。
何故、ガノングルフ辺境伯領にいたはずのマグリットが王都にいるのかはわからない。
しかし醤油の瓶をかき混ぜることができないことは理解した。
イザックが力が抜けたマグリットを抱えるようにしてベッドへ戻す。
呆然としているマグリットの前にイザックは跪く。
項垂れているマグリットの手を握る。
周囲がイザックが自分からマグリットに触れているのを見て唖然としていることにも気づかず、マグリットは顔を上げて涙目でイザックの顔を見た。
「マグリット、醤油はアレでも味噌は無事なのだろう?」
「……はい、たぶんですけど」
イザックはマグリットの頭を優しく撫でて励ましてくれる。
イザックに気を使わせたままではいけないとマグリットはヘラリと笑みを浮かべた。
「俺はいつでも手伝うから、そんなに落ち込まないでくれ」
「…………」
「まだまだ作りたいものがたくさんあると言っていただろう?新しいことにも挑戦しよう」
「……本当ですかっ!?」
「ああ、もちろんだ。俺の力でよければ何度でも協力する」
その言葉にマグリットはイザックの手を包み込むように握った。
絶望感に澱んでいたマグリットの瞳が輝きを取り戻す。
イザックが協力してくれるのは醤油と味噌だけだと思っていたマグリットにとっては朗報である。
(ぬか漬けや塩麹も作ってもいいということ!?そういうことなのね……!)
醤油がダメになってしまうことを知り、絶望していたマグリットの気分はすっかりと上向きだ。
イザックの希望に満ち溢れた言葉に感動して彼の手を掴んでブンブンと振りながら喜んでいた。
「イザックさん、嬉しいですっ!ありがとうございます。とても元気が出ました」
「ああ」
「イザックさんはわたしの欲しいものを生み出せる唯一の存在ですから!」
マグリットがイザックに向けてそう言ったことで、その場にいた研究員たちは大きく目を見開いて呆然としていた。
その中から眼鏡をかけたモサモサのダークブラウンの髪の男性は楽しげに唇を歪めている。
クツクツと喉を鳴らして笑っている眼鏡の男性がマグリットとイザックの前で止まった。
「はじめまして、僕はここの魔法研究所の責任者のローガン・リダだ」
「魔法、研究所……?」
マグリットは首を傾げた。
アデルが通っていた魔法研究所は王都にあることはマグリットも知っている。
マグリットはガノングルフ辺境伯領にいたはずで、王都までは馬車で丸二日ほどかかる。
それは王都にあるネファーシャル子爵家からガノングルフ辺境伯領に移動したことのあるマグリットが一番よく知っている。
「イザックが一日中馬を走らせて君をここまで運んできた時は何事かと思ったけど無事に目覚めてよかったよ」
「イザックさんがわたしを運んだ……?」
「ああ、君はイザックに救われたんだ」
マグリットがイザックを見ると目を伏せながら気まずそうに頬をかいている。
イザックはマグリットを何から救い出してくれたのだろうか。
「君がここについた時に深刻な魔力切れで大変だった。イザックがマグリットに魔力を補給しながらここまで連れてきたんだ。手遅れにならなくて本当によかったね」
「まっ、魔力切れ……?わたしがですか!?」
「ああ、そうだよ」
「ありえません!だって……」
マグリットには魔法の力がないから使用人として生きてきたのだ。
ずっとそう思って暮らしてきたし、現にマグリットに魔法を使った覚えはない。
「この部屋にいればとりあえずは安心だよ。魔力のコントロールができないうちは外には出ない方がいい」
「あの、待ってください!」
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