第49話


どのくらい休んでいたのだろうか。

マグリットが目を開くと外はすっかり暗くなっていた。


(しまった……!外が真っ暗だわ。そんなに寝てしまったのかしら)


少しだけ休むつもりが長時間、眠ってしまっていたようだ。

ネファーシャル子爵家にいる時も、何回か寝過ごして食事の準備が間に合わずに怒られたことを思い出しながら慌てて体を起こす。

疲労感も少しはよくなったが、体や頭は重たいままだ。


(まだ体調がよくならない……こんなこと初めてだわ。風邪を引いてしまったのかしら)


時計を確認しようと右往左往していたマグリットだったが、遠くから慌てる声と玄関の扉が閉まる音が聞こえて駆け出した。

玄関には髪や服がびしょ濡れになったシシーとマイケルの姿があった。



「シシーさん、マイケルさん!?大丈夫ですか……!?」



慌てて体を拭くための布を取りに向かう。

マグリットがシシーとマイケルに大きな布を渡すと二人は「助かりました」と言って布を受け取った。



「こんなに濡れて一体どうしたんですか!?」



まるで池の中に落ちてしまったようだと思った。

窓の外を見るとどんよりとした曇り空。

どうやら夜になったわけではないようだ。

大雨が降った形跡があり、屋根からはポタポタと雫が大量に垂れてくる。

急に変わった天気を見てマグリットは驚いていた。


(さっきまでとてもいい天気だったのに……)


二人が布で髪や体を拭いている間、マグリットが天気を確認しようと玄関から顔を出す。

すると不思議なことに真っ暗な空からは太陽が見え始めていた。



「急に大雨が降って強風に驚いたのですが、また雨が止んだようですね」


「不思議な天気ですよ。こんなことは初めてだ」



マグリットが扉を閉めて屋敷の中に入ると、先ほどまで消えていた疲労感がまたじわじわとマグリットを苦しめる。


(あれ……なんだか気持ち悪い)


マグリットは壁に手をついて胸元に触れた。

視界がぐるりと回り、倒れてしまいそうになるのをなんとか踏ん張っていたが足の力が抜けていく。



「──マグリットッ!?」



遠くからイザックの声が聞こえた。

薄っすらと目を開くとオリーブベージュの髪が見えた。

マグリットの体は床にぶつかる前にイザックが支えてくれたようだ。



「イ、ザック……さん?」


「マグリットッ!今すぐに魔法を使うのをやめるんだ!」


「……?」


「これ以上、力を使うなっ!魔力が尽きたら危険だ」



ぼやけた視界の中でマグリットはイザックのエメラルドグリーンの瞳を見つめながら考えていた。


(魔法……?魔法を使うのをやめろって、どういうことかしら。わたしは魔法を使えないはずじゃ……)


マグリットはネファーシャル子爵家に生まれたが貴族が持っているはずの魔法の力がなかった。

だからネファーシャル子爵家で使用人として育てられたのだ。

それでもイザックはマグリットに魔法を使ってはいけないと必死に訴えかけている。



「聞こえるか!?マグリット、しっかりしろっ」



アデルは魔法や社交界のマナーについて学んでいたがマグリットは幼少期に少しだけしか触れていない。

もし仮に魔法を使えるようになっていたとしても、魔法を使うことをやめる方法などわかるはずもない。


『ごめんなさい、わかりません』


そう言いたいのにマグリットの唇はわずかに開くだけで言葉が出てこない。

自分の体の感覚がどんどんとなくなって冷たくなっていく。

マグリットは恐怖を感じていた。

 


「……すまないっ!」



イザックのそんな言葉と共に唇に柔らかい感触。

体の中に温かい何かが流れてくる不思議な感覚がした。


(これは……夢?とても安心する)


ふわりと体が浮く感覚がしてマグリットは意識を手放した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る