第11話


「え……?」


「もし働き口がないというのなら紹介しよう」


「……そういうことじゃ」



どうやらマグリットがガノングルフ辺境伯に会いたいのはネファーシャル子爵たちに復讐するためだと思われてしまったようだ。

否定しようと口を開くが途中で遮られてしまう。



「それに結婚など無理だ。このまま一人でいい」


「え……?」


「……と彼は言っていた」



イザックの言葉を聞いているとガノングルフ辺境伯はアデルとの結婚を望んでおらず、このまま自分一人で辺境伯の世話をすると言いたいのだとわかる。

気まずそうな表情を見るに言いにくいのに無理をしてくれているのだとわかる。

そもそもマグリットは追い返されたとしても居場所はない。

マグリットにはガノングルフ辺境伯に嫁ぐというよりは働きにきたという認識の方が強い。


(なら、互いにちょうどいいんじゃないかしら。ガノングルフ辺境伯には使用人として雇ってもらえばいいのよ……!)


イザックは一人でいいと言っているがこの状況を見て満足いく生活を送れているとは思えない。

ここに少しでも長く留まって料理をするためにやることはただ一つである。



「イザックさん」


「なんだ?」


「わたしをここで働かせてくださいませんか!?」


「働く……?」


「はい!料理も洗濯も掃除も得意です。きっと役に立つと思います」


「…………」


「ガノングルフ辺境伯が帰ってくるまで、わたしが頑張って屋敷をピカピカにしますから」



マグリットは興奮しながらイザックを見上げて両手を掴んだ。

イザックは大きく肩を揺らしたあと後退りをしていく。

イザックの背は壁に押し付けられるようにドンと、音を立てた。

しかしマグリットは興奮しており手を握ったまま勢いで体を寄せる。

とにかくここを離れたくなかった。

頭の中ではどんなレシピがいいのか生で食べられる魚はあるのかと、そればかりが頭に浮かぶ。



「い、一度離れてくれ……!」


「どうでしょうか!?使用人としてなんでもやりますっ!」


「わ、わかった!わかったから手を離してくれ」


「やった……!嬉しいです。ありがとうございます、イザックさん」


「……っ!」



イザックは自分の手のひらを見つめながら固まっているように見える。

その理由もわからずにマグリットが喜んでいると許可はイザックではなくガノングルフ辺境伯にとらなければならないと冷静になった頭で思っていた。



「ガノングルフ辺境伯にどうやって許可を取ればいいでしょうか?」


「…………。俺がいいと言えば大丈夫だ」


「イザックさんは信頼されているのですね。では今日から住み込みで働かせていただきます!よろしくお願いします」


「……っ」



マグリットは満面の笑みを浮かべてから再びイザックの手を掴んでブンブンと振った。

己の生死がかかっているので遠慮してはいられない。

それにイザックは押しに弱そうだ。

イザックは相変わらず困ったように顔を伏せて人差し指で頬をかいている。


新しい生活にワクワクとした胸を高鳴らせていた。

開いた窓からは眩しいくらいの太陽の光と波の音が耳に届く。

早速ではあるが、イザックに屋敷の中を案内してもらっていた。



「……狭いがこの部屋を使ってくれ」




イザックにそう言われてマグリットは目を丸くした。

マグリットはネファーシャル子爵家で与えられた部屋よりも何十倍も広い部屋を見回していた。


(こんな広い部屋、わたしがいいのかしら……!)


カーテンは閉め切りで真っ暗だ。窓を開いて空気の入れ替えを行った。

手早く布団を持って、天日干しする前にこの窮屈なドレスを着替えたいとイザックに部屋から出てってもらう。

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