第10話
しかしマグリットだってガノングルフ辺境伯がいきなり手を出してくるとは思っていない。
噂と自分で見るのとでは全然違うことを食堂を営んでいる時に知った。
見た目や噂だけで判断するのは早計である。
「ここに来る前に噂は聞きました。ですが私はガノングルフ辺境伯にどうしてもお会いしてみたいんです」
「……なぜ?」
「聞きたいことがあるんです!」
マグリットはキラキラと瞳を輝かせて両手で頬を押さえた。
よだれが垂れないようにするためだ。
馬車の中で腐敗魔法について深く考えていた。
どうしてマグリットが両親に従い、殺されてしまうかもしれないリスクを犯してまでアデルの代わりにここに来たのか。
腐敗魔法が使えるということは念願だった〝アレ〟ができるからに決まっている。
「そう言う奴もいるが……皆が魔法の力に恐怖して離れていく」
そう言ってイザックは悲しげに瞼を伏せてしまう。
「そんなことありません!それにガノングルフ辺境伯に気に入られるために私はここに来たのですから!」
「そんなこと初めて言われた。変なやつだな」
口角をあげて笑ったイザックは、マグリットの視線を感じると咳払いをして誤魔化した。
「ガノングルフ辺境伯はそんなに恐ろしいのですか?私は今まで社交界に出たことがないので詳しく知らなくて」
「……なに?社交界に出たことがないだと?ネファーシャル子爵家の令嬢ではないのか」
「はい。ですが私は魔法が使えないのでずっと使用人として働いてきました」
「魔法が使えない?それは本当か……?」
イザックは眉を顰めて顎に手を当てながら首を傾げている。
そのまま彼の顔が間近まで迫る。
「いや……この不思議な感じは間違いないはずだ」
「……?」
イザックにまじまじと見られて、マグリットは慌ててカップを置いて体を引いた。
「あ、あの……イザックさん、近いような」
「……っ、すまない」
イザックは勢いよくマグリットから距離を取った。
なんだかあまり人と関わることに慣れてなさそうだと思いつつも、気まずさから珈琲を口に含みながらイザックに寂れた屋敷の理由について聞いていた。
この屋敷にはガノングルフ辺境伯爵を恐れているからか使用人はいないらしい。
侍女や執事は高齢で引退してもらい、アデルが嫁いでくるということで派遣された新しい侍女や侍従は皆、恐怖からか帰ってしまったようだ。
それからはイザック一人で色々としているそうだが屋敷の手入れが行き届いていない理由もわかった。
イザックは寡黙で怖そうに見えたが、マグリットが質問するとわかりやすく答えてくれる。
(つまり今はイザックさんだけで屋敷を管理しているのね。ガノングルフ辺境伯は食べる物はどうしているのかしら?)
マグリットが何を食べているか問いかけるとイザックは「適当に……」と視線を逸らしながら答えた。
歯切れの悪い返事を聞いてあまり料理はしていないのだと悟る。
そしてガノングルフ辺境伯は今は出かけていていつ帰ってくるかわからないとイザックは言った。
(イザックさん、何か隠しているような……)
今度はこの土地の名産などは何かとイザックに問いかける。
イザックはよくわからない質問に不思議そうにしながらも立ち上がると窓を開けた。
潮風と海の匂い、生温かい風がマグリットの頬を撫でる。
ガノングルフ領はマグリットの思った通り、海の幸が豊かで市場では新鮮な魚が毎朝、市場に並ぶそうだ。
野菜や穀類も王都では見かけない食材がたくさんあると聞いたマグリットは瞳を輝かせていた。
「こんな状況だ。君が家族に復讐したいという気持ちは理解するが早くここから出て行った方がいい」
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