第7話
焦りからか動揺している二人は訳のわからない言葉を繰り返している。
家族とは思えない発言だが前世の記憶があるおかげで精神状態は良好だ。
この人たちを両親だと思ったことはない。
今でも記憶の中にある祖母と祖父が育ての親である。
しかしこの子爵邸で十六年間、タダ働きではあったがお世話になっていたのは事実だ。
もう一度言おう。今までタダ働きしていた。
マグリットは言いたくないと抵抗する唇をなんとか動かしながら二人にお礼を言うために頭を下げた。
「今までありがとうございました。お世話になりました。さようなら」
せめて挨拶だけはせねばと言葉を絞り出したマグリットに、両親が放った言葉は予想もしないものだった。
「今まで世話をしてやった恩を返す時だぞ。よく覚えておけっ」
「ガノングルフ辺境伯に何か言われたら、全部魔法を使えない自分が悪いと言いなさい!いいわね!?」
「くれぐれも我々に迷惑をかけるな!」
「縁は切れたと思ってちょうだい!」
「…………」
めちゃくちゃである。
しかし言い返したところで無駄なことを知っているのでマグリットは黙っていた。
マグリットはモヤモヤした気持ちのまま迎えにきた馬車に乗り込んだ。
扉は閉まっても苛立ちは消えずに高速の貧乏揺すりが止まらない。
空は憎らしいくらいに晴れ渡っている。
(はぁ……最悪の気分だわ)
マグリットだってある程度の知識はあるし、いつでもネファーシャル子爵邸から逃げ出すことができた。
何故、使用人として他の屋敷に雇ってもらうことをしなかったのか。
それはマグリットの親権を持つネファーシャル子爵の許可がなければいけなかったのと、食材の研究に忙しかったからだ。
好きな材料を買って、料理方法を試す。
日本食に近い味を探しながら調味料を作る実験をしていた。
唯一、ネファーシャル子爵達に強請ったレシピ本とノートは今はギッシリと文字が書き込まれている。
賃金はもらっていないが食材の仕入れをマグリットが行っていたので自由だった。
唯一、すべての権限をマグリットが握っていた場所なのだ。
それだけでマグリットがここにいる理由としては十分だ。
その代わりマグリットがいなくなり、ネファーシャル子爵家は困り果てることだろう。
マグリットはかなり節約しながら料理を作っていた。
マグリットがいなくなった家事が立ち行かずに苦しめばいいと心の中で毒を吐き散らしていた。
すぐに料理人を雇わなければならないし、あの様子ではレイもあの屋敷から出て行ってしまうに違いない。
そうなれば状況的には最悪だろう。
屋敷の掃除や洗濯に料理と誰がやるというのか。
(アハハ、ザマァないわ!)
マグリットは大人しく嫁いで腐るつもりなんて微塵もなかった。
それに腐敗魔法を使えると聞いて、あることを思いついたからだ。
(ダメ元でいいからお願いしてみましょう!)
もし環境がいいところならば自分を売り込む準備ならできている。
貴族としていい嫁にはなれないかもしれないが、使用人としても働けるしマグリットは自分の夢を叶えるためにガノングルフ辺境伯に会ってみたいと思っていた。
噂通り恐ろしい人なのかもしれないが、実際に会ってみなければわからない。
可能性に賭けてみる価値はあるはずだ。
(ガノングルフ辺境伯邸で働きながらお金を貯めて、また定食屋を開くのもいいわよね。料理人の下で働かせてもらうのもアリだわ)
王弟ならば大層豪華な屋敷に住んでいるに違いない。
ガノングルフ辺境伯にくるのに嫁入りには金もドレスも必要ないと言われていたらしく、貴族のルールに疎いためそんなものかとマグリットは思っていた。
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