第2話


「高木快都かいとです」


 僕が名前を告げると、少女はまたフフッと笑って言った。


「カイトくんか。なんて字書くの?」

「えっと、快い都で、カイトって読みます。」

「へえ。いい名前」


 素直に嬉しいと思った。別に思い入れがある名前ってわけではないけれど、褒められるとやはり気持ちが上がる。


「あの、あなたは……」


 不躾かなと気にしつつ、僕は少女に名前を聞く。すると彼女は、頷いて名前だけを口にした。


「北條ヒカリ」

「漢字とかって……」

「ひかり、はカタカナでヒカリなの。」

「いい名前ですね」


 既視感しかないその会話に、僕と北條ヒカリさんは笑ってしまう。


「快都くんは二年生?」

「あ、はい。」

「じゃあ私の方が歳上だ」

「あ、そうなんですか……北條、先輩?」

「いいのよ、ヒカリってよんで」

「じゃあヒカリさん。」

「よろしく、快都くん」


 二人でまた、窓の外を見る。さっきより光の強さは弱まってしまったものの、雲の合間から見える光線は、輝き続けていた。

 

「ねぇ、知ってる?快都くん」


 ヒカリさんが白い光を目に映しながら僕に聞いてくる。


 「この光の線の名前」


 何故か僕は、その答えを知っていた。


「確か、光芒……薄明光線とも言うんでしたっけ?なんか、いろんな名前ありましたよね」

「そうそう。よく知ってるね」

「自分でも、なんで知ってるのかわからないんですが」


 じゃあさ、とヒカリさんは、その白い指先を自分の頬に当てて更に聞いてくる。


「この呼び名は知ってる?『光でできたパイプオルガン』」


 パイプオルガン……?


「知りません。」


 よし!とガッツポーズを決めるヒカリさん。


「じゃあ、誰がこう表現したと思う?」


 わからないよ……。僕はふと頭に出てきた芸術家の名前を答えてみる。


「……ピカソ?」


「ブーー!」


 口をとがらせ、笑うヒカリさん。


「正解は宮沢賢治でした」


「あぁ」


 その人なら、知っていた。僕が覚えている数少ない作家の一人。


「宮沢賢治、知ってた?」

「ええ」

「読んだことある?」


 それには、すぐ答えられなかった。なにか読んだかな……宮沢賢治でしょ。あ、


「『注文の多い料理店』なら」


 パッとヒカリさんの目が輝いた。


「私もそれ好きよ。あのね、私実は宮沢賢治作品のファンで」


 銀河鉄道の夜でしょ、風の又三郎でしょ、セロ弾きのゴーシュでしょ、よだかの星でしょ。


 ヒカリさんの口から、無数の文学名が飛び出す。


「話を戻すけど、『光でできたパイプオルガン』っていうのはね、宮沢賢治の『告別』っていう詩に出てくるの」


「そうなんですか」


 パイプオルガン――確かに、あの壮大な管楽器の、パイプの部分は、光芒に似ているのかもしれなかった。


「宮沢賢治はすごいわ。世界をあっという間に輝かせてくれるんだもの。その輝きは切なさが多いけど……」


 宮沢賢治の凄さを語るヒカリさんは、楽しそうだった。でも、その目を見たときに、僕は彼女の心の奥の声を感じ取ってしまった。


(この世界も、そんな輝きがあればいいのに)


 僕も、そう思ったが、次の話にどう繋げていいのかわからず、また窓の外に目を戻した。雨は少し強くなっていたが、金のパイプは相変わらず空に向かって伸びていた。僕とヒカリさんは、それを長い間見つめていた。

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