ミモリ様

えん@雑記

第1話 ミ守様

 ある南部の県にいった際に居酒屋で偶然知り合った若い男性との話。


 偶然そんな男性なんて知り合うわけない、と思う人が大半な意見ではあるが、都会でも田舎でも立ち飲み屋と言う場所は特殊な場所で、ちょっと動くと隣とぶつかる、もしくはぶつかりそうになる。


 そこから謝罪の言葉がお互いに始まり、気づけばなぜか名前も知らない、いや名前しか知らない人と別の店で飲んでいる。と言う事はまぁまぁある。


 あの日も年齢も親子ほど違う私と彼が酒を通じて話がはずみだす、私が内地、いわゆる関東のほうから仕事で来た。と、言うと彼は数年前に関東に住んでいて、地元に戻ってきたばかり。と、返事が返ってくる。


 つい興味本位でなぜ地元に戻ってきたのか? と聞くと、なんででしょうね? と曖昧な返事を貰う。


 こういう時はそれ以上深く聞かないのが旅先でのマナーの一つである。そう思い追加のツマミを頼んだ所で彼は少し聞いてもらえますか? と話を切り出した。


 少し赤い顔の彼であるが口調はしっかりしていてそれほど酔っているようなわけでもない。


 彼の趣味は廃墟探索。


 と、言っても実際に廃墟に行くのではなくでインターネットで見る専門。というのだ。

 私は実際に行かない廃墟探索はではなく、廃墟だ。と、言うと彼はそれもそうですね。と少し笑みを浮かべてくれた。


 彼が言うには人が住んだ場所。その場所が朽ちていく風景を見ると、そこで暮らしていた人達の思いが画面越しに伝わってくる。

 そう力説するが、私はそういう事もあるのだね。と、内心と逆の事を言う。


 彼はその言葉に気分を良くしたのが、新しい酒を二杯注文しだした。


 分からない話でもないが、廃墟は廃墟だ。

 私にとっては廃墟とは無駄な場所の一言。とうてい人が住めない場所であるから廃墟になったのであって近年では不法侵入ふほうしんにゅうやホームレスや不法滞在ふほうたいざいの外国人が入り込む。などが問題となっている。


 さらに、廃墟をいい事に勝手に物を持ち出し、匿名性の高いサイトで売るような人物まで現れるのだ。


 私自身も一度盗品を買わされた事があり、苦い思い出がよみがえる。


 つい説教のようにその事を彼に言うと、彼は少し困った顔をして、そういう人物がいるは分かっているんですが……これを見て何か感じませんか? と一枚の写真を私に見せてくる。


 写真と言ってもスマートフォンの画像だ。

 古びたやしろが映っており、本来狛犬が座る場所は空白になっている。


 背景の空色からして朝か夕方に撮った物というのは分かるが、私はそれ以上何もわからない。


 これは? と聞くと彼はミみもり様の社です。と答えてくれる。その表情はひどく自信満々で勝ち誇っているようにも見えた。

 さほど詳しくない私でさえ狛犬やお稲荷様、それに狸や猫などそういう神様を祭っている神社は知っているが、ミ守様というのは聞いた事がない。


 ミ守様は廃墟にいるのです。と、言う彼は私に次々と写真を見せてくれる。朽ち果てた旅館。ひび割れた橋。草木に埋もれたゴンドラや解体途中の遊園地。

 中には犯罪であろう一軒家の荒れ果てた室内までも映し出されていた。



 これは酔っ払いの偶像。

 その類と感じた私は今回の出張は少し外れクジを引いたかな。と映っていない写真をスライドさせては彼にスマートフォンを返す。


 こういう時は相手に合わせるのが一番いい。

 私が我慢すれば相手も気持ちよく終わるのだ。


 彼は私の表情を読み取ったのだろう、やはり見えませんか。と落胆した声とは裏腹に嬉しそうな表情で私を見つめていた。


 なんでもミ守様はにしか見えないらしく、ミ守様と繋がりを強くするのに地元に戻って来たんです。と教えてくれた。


 そこまで言うと興味の無かった私ですらも少し興味がいてくる、どんなご利益があるのか? と尋ねるとどんな事があっても身は守ってくれる。と言うのだ。


 彼の話では過去に何度も命の危険はあったが全部無事だった。というのだ。家族が巻き添えになった事故ですら自分だけが助かったのだ、と腹に残った傷を見せてくれる。


 それはただの強運ではないか? と思うが指摘する事もない。

 彼とは二件目の居酒屋で別れると、私は翌日には東京の会社へと戻っていく。


 彼の顔を見たのはそれから一年と少したった頃だろう、出張のために立ち食い飯屋でソバを食べていると、ふと声をかけられた。


 最初はわからなかったのは仕方がない。あれほど覇気があった彼の顔はシワが多く、髪はぼさぼさだ。

 決定的に違ったのは彼の左足が無く松葉杖をついていた事だろう。


 突然の再会で言葉を失っていると、ミ守様のおかけで命は助かっています。とギラついた瞳で私に話しかける。

 どう返せばいいのか迷っていると、彼が頼んだソバが出来上がる、ぜひ今度また飲みましょうと誘われた私は、あの時は出さなかった名刺を1枚渡し場を離れる事にした。


 彼は私の名刺を見て、ミ守様の加護がありますように。と軽く祈ってくれる。


 背中にゾクっとしたのを感じた私は直ぐに適当な理由をつけて店を出た。

 乗っている新幹線の座席で一人、彼の顔を思い浮かべながら。とつぶやき、ふと。と言葉を切った。


 ミ守様。


 身守様。


 身取様。


 看取り様。



 その考えが一致した瞬間、唐突に私のスマートホンがバイヴをし始める。

 確認すると見たことのない電話番号が画面に映し出されていた。

 仕事柄、見覚えのない電話番号でも取るように習慣をつけているのだが、私はその着信を素早く切るとすぐに拒否に入れる。


 願わくばミモリ様が彼だけの神である事を、短くも長く感じる時間の中祈る事にした。



 

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