ゆきゆきこんもり

三毛狐

第1話

 雪山の頂上付近で、いま2種類の動物が対峙していた。

 今年の雪は少なくて奪い合いになったのだ。


「そっちは体が小さいのだから、適当に麓で転がっていればよかろう」


 クマが不満そうに語り掛ける。

 ヒグマだった。冬眠に飽きたのだ。


「横暴だよ! こっちだって新雪でふかふかしたい!」


 対するウサギ達も抗議する。

 ユキウサギと呼ばれる種類だ。

 夏場は茶毛だが、寒くなると白毛へ生え変わる。

 雪原では白い姿の方が安全だからなのだが、今年は雪が少なくてただ白く目立っている。

 安全面でも雪は確保したい。


「では雪合戦で決めるとしよう」


 近くの枝に大きな鳥が止まる。

 ふわふわの白い毛に短い線をいくつか縦に引いたような茶が混じる色合い。

 エゾフクロウだ。


 この山で争いがあるとやってきて、勝手に勝負内容を決めるのが趣味だった。

 誰もさからえない。


「……わかった。では雪合戦で勝負だ」


 クマが受け入れる。


「いいよ。最後に立っていた方が勝利だ」


 ウサギが一見クマの方が有利そうでいて、数の利で体力切れを狙う作戦を潜ませた。

 仲間達はすぐに察する。


「いいだろう。おれが倒れるわけもない」


 クマはウサギの狙いに気が付かない。

 気が付く必要もないほどに体格差に自信があった。


「……いいね? では最後に立っていたのがどちらかは私が見届けよう。始め!」


 フクロウが叫んだ。

 30匹のウサギが散開し、クマが突進する。

 

 足元のわずかな雪で球をつくると、ウサギの背へめがけて熊が振りかぶった。

 踏み込み全身をひねらせて、狙ったとおりの軌道で撃墜する。


「ぴゃ」


 ウサギが一匹沈黙した。


「よし、まず一匹」


 熊の巨体は的である。

 ニヤリと笑ったとたん、全方位から雪玉が飛んできて全弾命中し、全身が真っ白に染まる。

 不動のままのクマからポロポロと雪球だったものが足元へ落ちていく。


「効くわけないだろ? この勝負は最初からおれの勝ちなんだよ」


 クマが吼えた。

 ウサギ達が再び散開する。


 散りながらも目線で会話し頷く。

 全ては想定内だった。


 ぴょんぴょこと跳ねるウサギを、どたばたとクマが追い、雪球が飛び交う。

 山の冷たい空気のなかでお互いに体が温まり、はぁはぁと白い吐息がこぼれた。


「くそ! 思ったより面倒だな!」


 既に10匹を撃墜した。

 だが足を止めるとあちこちから雪球が飛んでくる。つまりまだ居る。

 最初に何匹いたのか気にしておけば良かったと、今さらクマは思った。

 あと何匹だ? と自問しながら雪球をつくる。


 中途半端な冬眠明けのクマの体力は、あきらかに削れていた。

 ウサギから見ても膝が震えているのがわかる。


「いいぞ。狙い通りだ。どんどん投げろ!」


 ポンポンと雪球が飛び交い、仁王立ちになったヒグマに弾けて散った。


「あっ」

「はぁはぁ、疲れたのはおれだけじゃないようだな」


 転んだウサギにクマが両手で抱えた巨大な雪球を叩きつける。

 また一匹、ウサギが沈黙した。


「あと何匹だ。まったくわからん!」


 あと6匹だった。

 ウサギ達は逃げ周りながら、クマが倒れるのと自分たちの全滅のどちらが早いかを、息をのんで測っている。

 クマは視線を走らせウサギを探す。探している時間の分、体力が減っていく。


 クマは少し考えると、ガクリと膝をついた。


「もう、だめだ……」


 フクロウの目が光る。


 雪球は飛んでこなかった。

 喜びながらウサギたちが集まってくる。


「やったー! 勝っt」


 今まで交渉し全体に指示を出していたリーダー格のウサギにクマの雪球が直撃した。沈黙。


「ああっ、リーダー!」


 残ったウサギたちが集まってきてざわめく。


「油断したな? なるほど。これであと5匹か」


 クマの視線がターゲット全員に繋がった。


 雪球が飛ぶ。

 ウサギが逃げる。


「はぁーっ、はっはっ。良いじゃないか。残り5か。終わりが見えたら元気が戻ってきたぞ」


 クマが再び立ち上がり、ウサギを追い始めた。


「いま膝をついたじゃないか! 最後に立ってた方が勝利なんだろ!」


 ウサギの1匹が抗議した。

 頭上を無音で舞いながらフクロウが解説する。


「完全に倒れるまで立っていると見做す。そもそもキミらだって四足地面に突いているじゃないか」

「ごもっともぉ!」


 たしたしとウサギが走る。

 クマの雪球が勢い衰えず次々に飛んでくる。


 ウサギ残り1匹。


「ここからはどう油断しても、雪はおれの独り占めだな」


 クマが呵々大笑した。

 ウサギは観念した。

 フクロウも終わりを予感した。


 そこに雪が降ってきた。


「ん?」


 クマが足を止める。

 ウサギも足を止めた。

 フクロウは近くの木に止まった。


 そこから吹雪まで一瞬だった。


「うおおおおお、寒い寒い寒い!」

「ぴゃあああああ、雪だ! 雪がきた!」

「この勝負もういらないよね。帰る!」


 三者三様であった。

 雪山のひとときの遊びは、豪雪にてしまる。


 なんだかんだで今年も大雪となった。

 山頂にはクマ、麓にはウサギとなったが、どちらも雪を堪能できた。


 よかったよかった。

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