第12話 灼熱地獄化する後方拠点
「ハゲのオッサン。なぜここに攻撃してくるんだろうな」
私は大きなテントに強固な結界を張って、それ以外のボスが用意した区画全体に魔法攻撃が通じない結界を張った。
しかし、さきほどから、こちらに向かって魔法攻撃が飛んでくるのだ。
いや、君たちの攻撃するべき後方拠点はあっちだ。
「頭が悪いんだろうな。それから、俺はハゲのオッサンではない。髪の毛はある」
髪の毛ねぇ。私が見る限りは産毛しかない。
「帝国の軍人さん早く決着つけてくれないかなぁ」
「さっき、双方の味方だって言っていなかったか?」
言ったけど、ここで結界を張り続けるのも暇というものだ。
「だったら、あいつらをサクッと捕まえるか、すればいいじゃねぇか」
「戦いに参加すると面倒が起こりそうだから嫌だ」
しかし、何故ここにこんなに攻撃してきているんだ? 何かあるのか?
「ハゲのオッサン。ここに何か隠している物があるのか?」
「そんなものはねぇよ」
「だよね」
だったら、なんだ? 危険な大量投入の転移までしてさぁ。狂ったようにここに集中攻撃してくる理由が分からないなぁ。
そう言えば、ボスが夜中に出て行ったって言っていたな。ボスは夜中に移動なんてしないのになぁ。暗闇からの強襲される危険性を知っているからだ。
「ハゲのオッサン。ボスは何故夜中に移動したんだ?」
「だから、ハゲではない。ボスはどこからか緊急連絡が入って慌てて出て行った」
緊急連絡? 怪しいなぁ。
「ハゲのオッサン。結界をそのままにしておくから、ここは任せた」
私は何かあると踏んで、ボスの魔力を目印にして転移をした。
そこは焼け野原だった。それも普通の焼け野原じゃない。高温で焼けたのか地面まで炭化していた。
「よぅ。どうしたんだ?」
ボスの声に振り向くと、血と煤で汚れたボスの姿があった。
「向こうも襲われている。何があった……いや、あってはならないことが起こったのは理解できる」
「ちょうどよかった。まだ生きている奴がいる。治療してくれ、金ははずむ」
「お金はいらない。戦地の治療ではお金は取らないと決めている」
「そうか」
無言でボスの後についていく。これはいくらなんでも許せることじゃない。やっていいことと悪いことがある。その分別が付かなくなってしまえば、それは人以下のクソだ。
アランバルト魔道国はボスが金儲けのために用意した女性たちを、武力をもって襲ったのだ。それは何かの憎悪を感じる程のすさまじい思いをぶつけるように、武力を振るったのだ。
でなければ、ここまでの焼け野原にはならない。
「よく助けられたね。酷い状態だったでしょ?」
私の目の前には皮膚がただれて骨まで見えている者。息がまともにできない者。手足が炭化している者。
よく生きてくれていたという人たちが10人ほど地面に寝かされていた。
「大丈夫。私が全部綺麗に治してあげる」
私は目を塞ぎたくなるような状態で寝かされている人たちを覆うように魔法陣を展開する。
「ボスも魔法陣の中に入って、火傷しているよね」
「ああ」
一見、怪我をしているようには見えないけど、所々に赤くなっているところがあるから、無傷ではないだろう。
魔法陣は金色の光を帯びて、爛れた皮膚を再生していき、炭化した皮膚は下から白い皮膚が再生し、炭化した皮膚は地面に落ちていく。気道や肺の火傷も治り、まともに呼吸をしている。
これでいい。これでいい。だけど、私の中にふつふつとした物が湧き出てくる。
これは戦争じゃないよね。そうだよね。そういうことにしよう。
「おい、悪い顔になってるぞ」
「そう? 元からこんな顔だけど?」
「てめぇは魔王のために力を使うって決めたんだろう? 今思っていることは、その魔王のためになるのか?」
女性たちの様子を確認しながら、煙草を吹かしているボスに指摘されて、唇を噛みしめる。これは私が勝手に思っていることだ。だけど、こんな理不尽がまかり通っていいはずがない。
「こんなところで商売しているんだ。いつかは命を落とす覚悟はしてぇんだよ。ここにいる奴らはそれでも生きるために、ここで商売することを選んだんだ。てめぇが戦場をさまよっているようにだ」
「さまよってはいない」
「てめぇは生まれてから、まともに泣いたことはあるのか?」
泣いたこと? ないかも。でも、ここで私が泣くのは違う。
「まともに泣けねぇなら、魔王のところに帰ってから、まだ戦場に戻ってこい」
「ははははは。それはもっと泣けないね」
私がレオンに弱みを見せるとか絶対に嫌だね。息を大きく吐き出す。私が怒りを持つのも違うし、泣くのも違う。
私が全ての命を助けられるという傲慢はない。どうしても助けられない命があることは理解している。そして、戦争はそれが顕著に表れてしまう。
「ボス。以前から思っていたんだけど、人手が足りないんだよ」
「そうだろうな」
「戦いで負傷して直ぐに私のところに運んでくれれば、助かる命があるんだよ。でも今は戦闘が終わった戦場を歩いて助けられる人を探すしかない。でも戦場から負傷者を運んでくる危険性もわかっている。結局私は無駄なことをしているのかもしれないと思うこともある」
安全に人を運んでくることができれば一番いいのだけど、いい方法が見つからない。
「おい、てめぇがまとっている結界はどうなんだ?」
「は?」
「ずっと結界を張り続けるってことは、そこまで苦になっていないんだろう?」
確かに危険が及びそうな戦場や道中の移動などでは、ずっと結界を展開している。それは、常時展開できるように、最適化をしているからだ。
それを魔石に仕込んで、発動キーを発すると結界が展開できる仕様にして、盗まれる可能性を考慮して、本人の魔力と何回かに一度は私が調整しなければならない条件をつければいけるか。
いける。これならいける!
「ボス! 大好きだぁ!」
私はそう言って、座って煙草を吹かしているボスに飛びつく。
「てめぇ! やめろ……いや、リリィはよく頑張っている」
ボスはそう言って私の頭を撫ぜてくれた。……頭を撫ぜられたのは初めてかもしれない。
大きな手の温もりに思わずぽろりと、目から何かが零れ落ちる。
「な……なまえを呼ぶんじゃない。あと、頭を撫ぜられるほど子供じゃない」
「クソガキの頃から知っているんだ。ガキはガキだ。泣けるときに泣いとけ、泣けなくなったら終わりだぞ」
「泣いてなんかいない。これは鼻水だ」
「くくくくっ」
笑うな。これは誰がなんと言おうが鼻水だからな。
私がボスとまだ意識が戻らない女性たちと共に帝国側に戻った。そこは、私が張った強固な結界以外のすべてが炎に吞まれていた。
なんだ? これは?
「ハゲのオッサン! 何が起こった!」
「エスト! 無事か!」
私とボスが声を掛けたにも関わらずハゲのオッサンは、口をパクパクとさせて答えられないでいた。
しかし、目撃者は彼だけだ。他の人たちはテントの中にいるように言い含めていた。そして、彼は何かあった時のために結界の内側だけれどもテントの外にいてもらったのだ。
「エスト! しっかりしろ!」
私はハゲのオッサンに治癒の魔法をかける。これで回復するか? 恐らく精神的に衝撃があったのだと思うのだけど。
「ぼ……す……ボス! よくご無事で!」
「俺のことはいい。ここで何があった?」
ボスに聞かれたハゲのオッサンはフルフルと震えだした。どうしたんだ?
それよりも女性たちを保護してもらおう。私はテントの中をみると、殆どの女性たちが倒れていた。
え? 私は結界を張っていたし、今も結界が炎からここを守っている。何が起こった?
「誰か無事な人はいる? この人たちを休ませて欲しいのだけど」
「今はそこまで手が回らないですわ」
声がする方に視線を向ければ、そこにはお姫様が倒れている人に水を与えていた。
「この人たちの怪我は治しているから、寝かせられるところが欲しい。どこか空いている場所はない?」
「それならそこが」
示されたところは、入り口のすぐそばだった。それ以外は、スペースがないということなのだろう。
「ボス。運ぶのを手伝って!」
私はボスに女性たちを運ぶのを手伝うように言う。すると、数人の意識がある女性たちがこちらに視線をむけてきた。
「おう。多分ここも、あっちと同じことが起こったんだろうなぁ」
そう言いながら二人の女性を抱えてテントの中に入ってきた。
「ボス」「よかった」「ボス、ご無事で」
口々にボスの名が呼ばれた。ボスの姿を見て安堵したのだろう。泣き崩れる女性もいた。やはり、ボスは偉大だってことだね。イケオジだもんね。
「同じって何?」
「わからんが、状況が酷似している」
「……あの火の海の中に飛び込んでいったボスを本当に尊敬するよ」
今の状況は、人を助け出せる状況じゃない。あれは息をするだけでも死ぬだろう。
「いや、流石にここまで酷くはなかったな」
そうだよね。これは死ぬよね。
さて、誰か状況が分かる人はいないのかなぁ?
「誰か説明できる人いない?」
「そんなもの神器が使われたに決まっていますわ」
神器と答えたのは勿論、お姫様だ。恐らくこれぐらいの規模のものを王太子と第二王子は使おうとしていたのだろう。
それはレオンも怒るよね。こんな物を持ちだしたら、戦争じゃなくなって一方的な蹂躙だ。
「ねぇ。ボス。古代魔道具を持ち出すんだったら、私は手を出してもいいと思うんだよ」
「好きにしろ。これだけの者たちを守ってくれたんだ。俺はこれ以上口出しはしねぇよ」
ボスも怒っているようだ。そうだ、こんなものは使ってはいけない。それも武力を持たない彼女たちに向けるものでは決してない。
「行ってくるけど、結界から絶対に出ないでよね」
「出ねぇし、この状況で出ようとするやつは、相当イカれている奴だ」
「失敬だね」
私はイカれてはない。ただ頭にキているだけだ。
ニヤリと笑みを浮かべた私は、テントを出て行った。
「悪魔を怒らせたやつは後悔することもねぇだろうな」
は? どういう意味?
ボスが何を言いたいのかわからないけど、別に私は悪魔じゃないし。
私は結界の外に出る。
息ができない程の熱風に、肌を焼く炎が頬を撫でる。私は右手に魔法陣を展開させた。青く白く銀色に光る複数の陣が重なった魔法陣だ。
それを辺り一帯に大きく広げていく。
お前たちが炎で攻めるのであれば、極寒の地を体験するといい。
息も凍り、血も凍りつき、吹雪と凍てつく空気に包まれていくといい。
炎は熱を帯びない青い炎に変貌し、大気の水分がキラキラと凍り付き、空から舞い落ちていた黒い灰は白い雪に変貌し、全てを白く塗り替えていく。
「はぁ」
私が吐く息が白く凍りついていく。
理不尽には理不尽をぶつける。お前たちは選択肢を間違えた。
私は片手を振り、魔法陣の術の施行を止める。だけど、凍り付いたモノが解けることはない。
そして、凍り付いた世界を私は駆けだす。一つ、大きな魔力の発生源があるのだ。
少し離れたところで、見慣れないローブをまとった集団が凍り付いていた。その中心に赤く光る物を発見する。
「アレか!」
私はその赤く燃えている何かに向かって、青い魔法陣をまとった拳で叩きつぶす。理不尽には理不尽でつぶす。古代魔道具には古代魔法でつぶす。
赤く光る何かと青い魔法陣が接触する。火花を散らし、互いが互いを削ろうとするが、私は更に別の魔法陣を展開する。
「火に水が利かないなら、水と凍てつく氷でどうだ!」
すると、バキッという音とともに赤い塊が爆ぜた。その爆風に飛ばされるが、凍り付いた地面を滑って体勢を整える。
そして、天から私の魔法陣と爆風で作られた雨が降り注ぎ、それすらも凍り付いていっている。
赤い何かだっだ破片に近づいていくと、そこには金属の欠片が落ちているだけで、元がなにかだったかわからない。
一応拾って持って帰るか。修復されても嫌だしな。
私は、金属の何かの破片を拾って、唯一残っている大きなテントまで戻っていったのだった。
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