第11話 あなたは何者?
簡素な麻のワンピースであるものの品の良さが出ており、魔道ランプの光を反射する金髪の昼の空を思わせる青い瞳。そこに立っているだけで、人目を引いてしまう美しい容姿。完璧じゃないか!
「おなか空いたー。ボスのところは色々輸入しているから楽しみにしていたんだよ」
ボスは表の顔で食堂兼酒場を経営している店をいくつも持っている。そこの食材は戦時下というのに豊富なのだ。当たり前だ。こうして軍人から金を巻きあげているんだから。
そして、出されてきた食事を見て、私は動きを止めてしまった。
「え? お肉ないの?」
「スープの中にくず肉が入っているぞ」
そう、出てきたものはパンとスープだけだった。これなら、街に戻ったほうがいいものを食べれた。いや、ただで食べ物にありつけて文句を言ってはいけない。
「いいか? こんなところでいいもんを食っていたら後ろから刺されるぞ」
「え? 刺されるの?」
私は隣で手紙を書き直して、ただ飯にありついているシリウスを見上げる。すると私の視線を感じたシリウスは横目でちらりと視線を向けただけで、スープに視線を戻した。
それを見た私は渡されたスプーンを握りしめる。
「士気の維持には美味い飯が必要だ!」
「現実問題無理だぞ」
ボスに指摘されて、私は項垂れる。わかっているけど、同じ食事は萎えるよ。いや、ボスが金儲けのために設置した役目がそれなのだろう。
「わかっているんだけど、週に一度でもお肉が食べれるとわかれば、頑張れるんじゃないのかな?」
「陛下に進言しておきます」
「シリウス君。君が今日ここにいてくれてよかったよ」
「私は死を覚悟しましたけど」
私はレオンに必要な人を殺すことはないよ。脅すことはあるけれど。
さて、食事を持って来て、私を睨んでいる金髪の少女を見上げる。私は何をいわれるんだろうね。
「お姫様。私に言いたいことがあるんだって? 何かな?」
「わたくしはもう、ミルガレッド国の王女ではありません。今ではイリアです」
「だったら、『わたくし』はやめようか」
私が言葉を指摘すると、顔を真っ赤にしてきた。しかし、長年使っていた言葉を変えるのは難しい。早々に直るものではない。それから名前はただのイリアと名乗るようにしたのか。それの方がいい。
「で、それが言いたいこと?」
「違います。あなたは私に何をさせたいのですか?」
「別に、何も」
私は彼女に何かを押し付けるつもりは無い。ただ彼女が選んだ道が希望となるそれだけだ。
「だったら、なぜわたくしだけを助けたのです! わたくしもあの時に死なせてくれても良かったではありませんか!」
はぁ、こうなることは予想できたから、自分で選んでもらったのになぁ。結局わかっていなかったってことか。
仕方がない。今まで、自分の意志で生きているようで、誰かの指示で事を成していたんだ。それが国王か王太子かは知らないけれど。
「私は言ったよ。生か。死か。選ぶようにと。選んだのはお姫様。人の所為にしないで欲しいね」
私はそう言って、パンをかじる。
ボス。その言いやがったみたいな顔は? 今まで誰も言わなかったから、こうなっているんだよね。
それで私に言わそうとここに連れてきたのはボスじゃない。
「わたくしはこんなところにいていい者ではありません」
「は? それはどういう意味?」
「わたくしにはわたくししかできないことがあるはずです」
まぁ、それは嘘じゃない。彼女しかできないことはある。だけど、考えが甘々だ。
「だったら、好きなところに行けばいいじゃない。別に私はお姫様を拘束するように頼んだわけじゃない。一人で生きて行けるように頼んだだけ」
「つっ―――」
そう結局彼女はここから動けないのだ。ここから出て自分の足で歩こうとしていない。
「先生、誰もが先生のように強いわけではありませんよ。私も先生におんぶにだっごされなければ、領地から出ようとは思いませんでしたよ。こんなおばさんでもです」
夫人はそう言ってくるけど、夫人は、きちんと選んで自分の足で歩いているよ。
「アンナは私の手を取って、私の手になると決めた。だからどんなにつらくても泣き言を口にして領地に帰るって言わない」
お姫様はまだ歩けていないのだ。ここは嫌だと駄々をこねているだけ。もう一つ現実を教えてあげよう。
「ねぇ、私のことはボスから何って聞いている?」
お姫様は自分を助けた人物が何者か聞いているはずだ。それに対してボスは何と答えたか。
「悪魔の化身」
「ぷっ! ボス。本当に酷いなぁ」
「本当の事だろうが」
まぁ、ボスならそう答えるだろうね。それがお姫様にとって私が得たいの知れない存在に映っているのだろう。
「私には親はいない。スラム街の出身者だ。お姫様、そういう軽蔑した視線はダメだよ」
身分がない者への差別的な視線。それはお姫様自身に返されるものだ。
「そう今の姫様も親がいない身元を保証してくれる者がいない。私と同じ状況だ」
「わたくしは第三王女だった者です! あなたとは違います!」
「それは、誰が証明してくれるわけ? 国は帝国に蹂躙され別の統治者が入っている。ミルガレッド国の物は全て処分されているだろうね。それほど皇帝を怒らせたのだから仕方がない。そして、お姫様には新しい戸籍が与えられたはずだ。身分がなく死別した親がいる孤児の戸籍だ。今のあなたは何者?」
「……」
お姫様は答えられない。まだ現実を受け入れていないから答えられない。
だから私は夫人にも聞いてみる。
「アンナは何者と問われれば何って答える?」
「そうですね。先生の助手ですかね」
「助手、いいね」
私はただ飯を食べ終わったシリウスにも聞いてみる。
「シリウスはどうかな?」
「陛下の部下ですね」
「忠犬でいいと思うけど?」
「それは別の方に譲ります」
「ぷっ! それは言える」
それはやっぱり、カルアがふさわしいね。
「だったら……」
ん?
「だったら、あなたは何者ですか?」
「私? うーん? レオンの友達かな?」
これが一番しっくりくるかな?
「いや、悪魔だろう」
「先生は世界一の治療師です」
「そう自称するなら、陛下の元に戻って下さいよ。色々大変なのですから」
シリウス。友にはいろんな形があるんだよ。それから、その大変を背負ってもらうために君たちをレオンの側に置くようにしたのだからね。
お姫様は納得したのか納得できなかったのかわからないけど、その場を無言で去っていった。自分が何者か。それは難しい問いだ。
しかし、ボスはあの状態でよく引き取れって言ったよね。あれじゃ、途中で泣き言を叫んで部屋から出て来なくなっていたんじゃないのか?
シリウスは私の手紙があるから、首が繋がるとかよくわからないことを言って去っていった。いや、レオンの命令で仕事をしていたのだから、首を切られることはないと思うけど? 女の人たちと色々遊んでいたぐらい。
そしてボスは一つのテントを貸してやるから泊まっていくといいと言ってくれた。これは助かる。いつも明け方に宿に戻るから、宿の人から変な目で見られるんだよね。
私と夫人は一つのテントを貸してもらい。ゆっくりと休むことができた。やっぱり、夜に寝るのが一番いい。
ふと、目が覚めた。目を開けると外が明るく、遠くからは爆撃の音や鬨の声や色々な音が混じって聞こえてくる。今日も人は命を掛けて戦っている。
今日は夫人の休みの日だから私ひとりで頑張らないといけない。しかし、私が動くにはまだ早いと再び寝ようと目を閉じるが、何か心がザワザワとざわめく感じがする。
なんだ? 何が嫌なんだ?
私は敵索の魔法を広範囲に展開する。後方の拠点は問題ない。前線の拠点も問題ない。戦場は私が口出す状態ではない。
ではなんだ?
ここより後方? この後方の拠点よりも帝国側に魔法の範囲を広げる。
あれは……
私は飛び起きる。これはヤバい。
「アンナ! 起きろ!」
「先生?どうかしましたか?」
「敵襲だ! アンナを街に転移させるから、そこで待機だ!」
「先生は?」
「ここの女性たちを逃がす」
「それなら私も」
「アンナにはその後を手伝って欲しいから体調を万全に整えておいて」
「はい。わかりました」
すぐさま身なりを整えた夫人を、昨日まで拠点にしていた街に転移させる。あそこは戦場から距離がかなりあるから、被害はでないだろう。
そして、私はテントを出て昨日ご飯を食べた大きなテントに入るが、誰もいない。奥にいってみると、酔いつぶれている女性がいた。その女性を叩き起こす。
「ボスは今どこにいる?」
「ぼす? ですかー? 夜中に出て行きましたよー」
「使えねぇー」
ボスを頼れないとなればどうする?
ここを仕切っている奴はいるのか?
「ここを仕切っている奴は誰だ?」
「えすとさんです」
「誰だよ! って寝るな。起きろ!」
くそぉー! この時間って最悪じゃないのか? まだ日が高く上がっていないから、ここの者たちはまだ寝ている時間だ。
「エストって誰だー!」
「朝からうっせー! どこの誰だ! 俺の名を叫ぶ奴は!」
いた! 本人が出てきた。ちょうどいい。私はハゲの厳ついオッサンに近づいていく。
「みんなをたたき起こして撤収だ!」
「ああ? 何を言っているんだ?」
エストというオッサンはいきなり変なことを言って、という視線を向けてきたが、一瞬でその表情が固まった。
「ボスが言っていた悪魔じゃねぇか」
ボスはいったい何を周知徹底しているんだ? 一度その辺りを問いただしたいものだ。
「背後を突かれた。直ぐにここも戦場になる」
「は?」
まぁ、『は?』になるのはわかる。しかし、アランバルトはやりやがった。私が危険だと避けていたことをやりやがったんだ。
「転移で大量の兵を飛ばしてきたんだよ」
はっきり言って多くの人を転移で飛ばすと何が起こるか。転移の反動でかき回されて転移酔いが起こる原因だ。そう人同士がかき回される確率が増える。それが起こった結果、私が無機物を送るのをあきらめた状態が再現されるのだ。そう人だったものが周囲に散らばって現れる。
ただ、全員が全員、そうなるわけではない。身を守ればそれは起こらない。
アランバルト魔道国。魔法に特化した国家だ。
多くの魔法師を輩出してきた国である。その魔法師に己の魔力を強化して身を守らせ、大量投入してきたのだ。
「今はまだ態勢が整っていない。だからすぐに逃げれば、戦火に巻き込まれることはない」
「そんなことは無理だ」
「なぜだ?」
「女たちを移動させる手段がない」
移動させる手段……馬車とか荷車ってことか? 自分の足で歩けばいいじゃないか。
いや、歩けてもどこに逃げるのかというやつか。
前方は戦場。背後に敵。左右は広い荒野。逃げているのがバレバレだ。
ここで私が戦争に手を出すのは簡単だ。しかし、それはレオンが戦場に出た時と同じことが起きる。私が死を増やしてはいけない。
いや。ここの人たちを守るためなら、仕方がないことなのか?
「ふぅー……。この一帯に結界を張る。魔法攻撃は当たらないけど、敵は侵入してくる。この戦争で双方の命を助けると決めた私の境界線。……だけど、私に攻撃してくれば、対処する。だから、女性たちをこのテントに集めて欲しい」
「わかった。感謝する。おい! ヤロー共起きろ! 背後を突かれたぞ!」
ん? ヤロー共? ボスの部下がまだいるのか? ならば、守り手として使えるか?
「え? 今日は出撃しなくていい日なのに?」
違った。半裸の軍人が別の部屋から出てきた。
……ちょっと待って! 私の算段が狂った!
いやさぁ、ここって非戦闘員がいる区画だよね。だから、敵も見逃すと思って魔法攻撃が当たらないようにするって言ったんだよ。だけど、私は平等に助けると決めたから、一方に味方して守るのも違うって思ったんだよ。
普通に軍人がいるし! 今日非番みたいな感じだし!
絶対にここが攻撃対象になるじゃない!
これは軍人追い出して、ここに強固な結界を張った方がいいかもしれない。
そうだ。そうしよう。要は女性たちを守れればいいのだ。そうすれば、ボスに貸しもできるだろう。
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