130円 危機一髪
真留女
待ち人来たらず
居酒屋での5杯目のハイボールはもう味がしなかった。B お前まで来ないのかよオレたち三人は中学高校大学の10年間バスケに青春を捧げてきた仲間じゃないか、この友情は永遠だって言ったのはオレじゃないぞ。A お前だ!
それなのになんだよ 急にオファーの入った海外の取引先と商談だって? 相手は今がオフィスタイムだからすまんって… そりゃあ小さくても社長だからな人に任せられないだろうさ、オレは一応有名企業に勤めてるけど まだまだ会社の命運を左右するような商談なんて任されてないもんな。お前に比べりゃ気楽なもんさ。
B! お前恋人にはちゃんと今日の事は言ってあるって言ってたよな。なのになんで彼女が家に押しかけて来るんだよ。「いやあ、彼女が疑ってヤキモチやいちゃっててさあ」ってバカか! だから今日はゴメンて アホか!
お前には恋人がいないから分からないだろうって? 永久に分かりたくないねっ!
旨くもない酒を切り上げて外に出た。すぐにタクシーを拾う気にもならずに歩いていたら、どっかから「ちょっと、お兄さん」としゃがれた声で呼び止められた。
見回すと、小さな見台に行灯型の明かりを乗せた八卦見のばあさんがこっちを見ている。酔っていたからか、なんとなく人恋しかったのかオレはふらふらとその前に座った。
「なんだい、いいなりしてるのにしけた顔してさ」
「いいから、占ってみろよ」
「待ち人来たらず」 ちょっとドキッとしたがそんな事は想像できる範囲だ。
「お兄さん、仕事もパッとしないし、恋人もいない。さみしいねえ」
「うるせえ! 占い師ならどうすりゃいいかを占え」
「今は星回りが悪いねえ、もうちっと落ちて底を突いたらあとは上がる一方になるからさ、どん底に着くまでは短気を起こさず辺りに用心して暮らすんだねえ」
「なんて占いだ! もういいっ! いくらだ!」
「870円」 安っ と思うと同時に、その半端さもバカにされてるようでむかっ腹が立ってきたから千円札を投げつけて、人気のないビル街の歩道を蹴って歩き出した。
「お兄さん、おつりだよ。130円」しわがれ声が聞こえたが、オレは
「いらねえやっ!」と言ってその場で振り返った、その瞬間、
ばあさんとオレの間にビルのでかい看板が落ちてきた。
「おや お兄さん良かったねえ。悪運が底を突いたようだ。あとは上がるだけさね」
全く、動揺していない婆さんの声が立ち上る砂埃の向こうから聞こえてきた。
130円 危機一髪 真留女 @matome_05
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