原作ゲームの知識ゼロなのに悪役魔女に転生してしまいました。

邑田 よよぎ

第1話

 突然だが私は病によって死んだ。

 そう、死んだはずなのだ。

 確かに腕に刺さっていた点滴の感覚もまだ覚えているし、何より私を泣きながら看取った家族の顔をしっかり覚えている。

 なのにどういう訳か、目が覚めたら知らない部屋で一人目覚めた。

 見慣れた病室でもなく、辺り一面薬草やら小瓶に入れられた色とりどりの液体達が無造作に置かれているような空間に一切の見覚えがない。


「ここ、どこ……」


 ベッドから身を乗り出し、近くにあった鏡をなんの気もなしに覗いて思わず悲鳴がでた。

 血をそのまま垂らしたような赤く、太ももまである長い髪にスピネルという宝石のようなキラキラした紫の瞳。それに極めつけには尖った耳だ。


 雰囲気としてはまさに悪役のようで、今までに見た事もないようなレベルで美人だけど、どこか冷たい雰囲気を放っている。


 その美人が、私なのである。ナルシストのようになってしまうが、鏡を見たら分かる。この絶世の美女は私のようです。


「こりゃどの角度で見ても絵画になるわ……」


 ぺた、と肌荒れ一つない自分の頬を触ると思わず感嘆のため息が零れる。こんな肌の調子なんて今まで一回もお目にかかれた事がない。


 他に何か状況を把握できるような物はないかと辺りを見渡すと、何やら少し寂れた日記のようなものが薬草だらけの机の上に乗っているのが見え、手に取ってみる。


 書いてあった事としては、どうやら私はこの山奥の屋敷に一人で住んでいる“魔女”という物らしい。


 細々とここで暮らしつつ、たまに来る依頼者からの依頼品を売って生活しているらしい。たまに憂さ晴らしにイタズラを仕掛けに出かけたりする事もあったようだが魔女にしてはまだ可愛い方なのではないだろうか。

 

 ふとノックが聞こえ、慌てて元々着ていたネグリジェを脱ぎ捨て、何か着るものはないかと探していると、いきなりポンッと音を立てて黒をベースとした綺麗なドレスが出てきた。


 何事かと辺りを見渡して見るが誰かが服を投げ渡してくれた訳ではなさそうだ。

 もしかして、と自分の手のひらを見てみると微かに光を放っているのが分かる。


「もしかして、これが魔法……?便利すぎる……」


 ある日突然知らない人になって、別世界に来たと思ったら魔法が使えるようになるとは、大混乱もいい所である。


 そこまで物思いにふけっていたところで客人を待たせている事に気が付き、何をどうするべきなのかと頭を働かせつつ扉の前に立ったその瞬間、自分の口からするりと言葉が出てきた。


「……今出るわ」


 自分から出た言葉は誰が聞いてもヒヤッとするような声音で、自分ですら少し怖気付いてしまった。


「でる」と言った手前後には引けないのでゆっくりと扉を開ける。

 一体誰が来たのかと顔を上げるとそこには分厚い胸板があった。え?と一瞬困惑しつつも更に上の方へ顔を向けると、キラキラ輝く銀髪を靡かせた、いかにも甘い雰囲気を漂わせるイケメンが立っていた。


 長いまつ毛の奥から見える深緑色の瞳も彼の魅力を更に引き上げていて思わず見入ってしまいそうだ。


 パチりと目を合わせると目の前のイケメンはにこりと、私の様に混乱している状態でなければ見たら卒倒しそうな顔で笑い返して来た。


「こんにちは、君がエスティア・ラートリー嬢かな?俺はシルウェストレ公爵家のルーク・シルウェストレ。今日は依頼をしに来たんだが、余裕はあるだろうか」


 公爵って確か結構お偉いさんだった気がする。そんな高貴な方がこの山奥にまでわざわざ依頼しに来るとは……私の元々の体の持ち主は中々のやり手だったのかもしれない。


 私の名前がエスティアと言うのかさえ分からないが、客人をいつまでも玄関に立たせたままにするのも申し訳なく、中へ案内する。


「確認しますわ。お茶を出すので中へどうぞ」

「それはありがたい」


 また眩しい程の銀髪を揺らしながら微笑むルークに、ドキドキしつつ平然を装いながら中の客室があるであろう部屋の方へと案内した。

 お茶を出さなければと思い、ダメ元でと ティーセットのイメージをしながら掌に力を込めると、ポンッと音を立ててティーセットが現れた。


 そのままの流れで暖かい紅茶の入ったティーポットも繰り出す事にも成功。

 そしてティーカップを空中に浮かせたまま紅茶を注ぎ、目の前に座るルークの元へとゆっくり届ける。


「……まさかあの闇の化身だと恐れられる魔女がこんなに美人な子とはね。お茶ありがとう」

「……どうも」


 私にはどうやらイカつい通り名が付いていることが分かり少し驚いた。なんだその通り名は、イカついにも程がある。

 まあそんな事を気にしている訳にもいかず、早速依頼について聞くことにした。


「__それで、今回はどのような依頼をしにいらっしゃいましたの?」

「友人が宰相をしていてね、近いうちに魔物の討伐に行くと言うので何か魔物を寄せ付けないようなポーションが欲しい」


 魔物という単語が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか、まだこの世界?に来て間もないのに些か情報過多である。

 何はともあれ友人の為だけにこんなところまで魔女に会いに来るとは、この目の前のイケメンは友達思いの良い人の様だ。

 まさか公爵の頼み、と言うべきかほぼ命令のようなものを一介の魔女如きが断れるはずも無い。ルークの言葉に半ば諦めるような形でこくりと頷いた。


「……分かりましたわ。ここでお待ちください」


 客人をその場に残し、日記に記されていた作業場の方へと向かう。


 ……さてここで一つ問題がある、一体どうやって頼まれた物を作れば良いのだろうか。


 するりと作業場と書かれた部屋に入り扉を閉じた辺りで座り込んで考える。


 いきなりこの世界に来ただけの一般人がどうしろと!!?


 しかも相手は公爵という地位である。下手なものを渡せば魔女狩りよろしく家ごと燃やされたって文句は言えない。

 どうしたものか、と頭を抱えながら考え込んでいると作業机の上に何やら光るものがある事に気が付いた。


「なにこれ……?」


 慌てて駆け寄ってみたが、ただキラキラとした光がその場に浮いているだけだ。

 まるでゲーム内でのアイテム位置を示すポイントの様にも見える。


 好奇心に負けその光に触れて見ると、目の前に四角い画面のような物が出てきた。大きさはちょうどスマホ位の大きさで、ホログラムのようにも見える。前世でよく見ていたような転生漫画に出てくるステータス画面という認識で良いのかは分からないが、とりあえず画面に記されている文面に目を通す事にした。


『【チュートリアル】初めてのポーション作り!』

「チュートリアル……??!」

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