第16話 消えた助監と消えない過去

 ドラはある程度は信じていいだろうし、今回の仕事はどこまでも危うさがぬぐえない。

 そう考えたユリカは、ドラの説教が一段落した後、クロから聞かされた話を要約しつつ伝え、危機感を共有してもらうことにした。


「――という感じで、ゴタついてるみたいなんだよね、鹿野かのさんとクロさん」

『不安要素だけで構成されてる現場だな……』

小松こまつさんがバックレたくなるのも無理ない、みたいな」


 半笑いで小松をネタにしたら、不意にドラが黙り込んだ。


「んー、もしもーし? ドラさん?」

『ああ、すまん……聴こえてる。あの人が消えた理由、ちょっと考えてた』 

「散々『じゃすか』で無理させられて、付き合いきれねぇってキレちゃったとか」

『いや……ないな。最近ほぼUTSの専属で仕事してたし、ここで逃げたら業界の評判は最悪だ。それやったらもう、数年はまともな現場の仕事が来ない』


 UTS、は葛西かさいの会社の名前だったか。


「となると、事件か大事件に巻き込まれたのかな」

『二択なら事件か事故、だろ。それもどうかな、って雰囲気らしい。錫石すずいしたちが帰った後、改めてコマさんどうなったんだって話が出たんだけど、聞けば聞くほど色々とおかしいんだよ』

「……おかしい、って?」


 ユリカは緊張しながら訊き返す。


『連絡がつかなくなったのは、錫石も出た怪談イベントの翌日からなんだけど、その日の夜には、コマさんが楽しみにしてた合コンが予定されてた』

「いやいやいや……」


 緊張して損した感を全力で伝えるが、ドラは重たいトーンで話を続ける。


『だけじゃない。イベント当日の夜に、頼まれてた仕事をキッチリ終わらせてる。酒飲んで家に帰った後に、だ。そこまでしてから消えるのは、いくら何でも律儀すぎるだろ』

「それは、うん。確かに」

『万一のことを考えて、連絡が途絶えて一週間経った先週末、葛西さんが大家に連絡してコマさんちの鍵、開けてもらったらしいんだ』

「……どうだったの」

『コマさんはいなかった。でも、スマホも財布も部屋に置きっぱで、部屋の鍵がついたキーホルダーまで残ってた、らしい』


 ユリカは、ドラから告げられた状況を頭の中で再生してみる。

 明らかに小松が家にいる状態で、小松の姿だけが存在しない――これは。


「本格的に事件か事故、なんじゃないの」

『だったらそれらしい痕跡があるだろうけど、部屋は汚いけど荒された様子はないし、葛西さんとプウで細かく家捜しをしても、血痕とかは見つからなかったとさ』

「つまり物理的に蒸発とか、そんな」

『どんなだ。とにかく、この件は不可解すぎるし、錫石も気をつけてくれ』

「そうだね……ぶっちゃけ、何をどう気をつければいいのか、わかんないけど」


 ふざけ気味に答えると、ドラからは苦笑だけが返ってきた。

 そろそろ話を終わらせる頃合か、という空気が流れ始めたところで、ユリカは最大の疑問点について切り込む。


「そういえばドラさん、昼からずっと訊いときたいことが」

『ん? 何だよ』

「昔のキミはさ、完全に体育会系っていうか、野球少年だったじゃない。それがどうして、映像方面に進むことになったの」

『それ、は……』


 何かを言いかけてはやめる、そんな気配が数回繰り返される。

 質問を投げたユリカは、少しばかり緊張しながら返事を待つ。


『高校二年の時』

「うん」

『友達の付き合いで自主映画を観たんだけど……それに主演してた役者の演技に感動して。前から映画自体は好きだったけど、自分が作る側に回ることなんて、その時まで考えてもみなかった。なのにその映画のエンドロールを眺めてたら、いつかあの人を主役に映画を撮りたい、って考えが止まらなくなったんだわ……だから、だな』

「はぁ……そんな熱いドラマが」


 思ったよりも劇的で、茶化ちゃかすのも躊躇ためらわれる理由だった。

 ユリカが次のセリフを探していると、ドラが口調を元に戻しながら言う。


『とにかく、何かあったらいつでも連絡してくれ。現場でトラブった時も、言ってくれれば即対応するから』

「ありがと……頼らせてもらう」


 通話を切ったユリカはベッドに身を沈め、大きく息を吐いて天井をあおぐ。

 様々なことが頭の中をグルグルと回っていて、どうにも落ち着かない。

 とりあえず、不安感の原因を一つずつ潰してしまおう。

 身を起こしたユリカは、スマホで共演者二人の過去について調べ始めた。


「えぇと、『アイダケンジ 事件』とかでいいかな」


 シンプルな検索を試してみると、一発でそれっぽい記事がいくつか出てきた。

 未成年者相手の淫行疑惑と、後輩芸人からのイジメ告発騒動。

 見出しに逮捕や送検といった文字はなく、ネットの記事も週刊誌からの転載だ。

 記事を読んでみたユリカの感想としては、白に近い灰色といったところ。

 どちらも警察沙汰になっていないようで、続報らしい続報もない。


 アイダの対応はよくわからないが、釈明会見的なことはやっていない。

 ネットではそこそこ炎上したものの、同時期の大ニュースと重なったのもあって、アイダは焼き尽くされずに済んだらしい。

 数年前の出来事なので半ば忘れられているが、キャンセルカルチャーが幅を利かせる現状では、この過去はかなりの地雷と言える。


「これはまぁ、セーフ……だね。うん」


 自分に言い聞かせるように呟いて、開いた記事をまとめて閉じた。

 続けてユリカは、クロについて調べてみる。


「えぇと、霜月――怪談、ホスト、っと」


 クロウの漢字が思い出せなかったので、代わりに怪談を入れて試す。

 ヒットした件数は、アイダの時よりもかなり少なかった。

 検索結果をザッとチェックしてみるが、それらしい内容は見当たらない。

 何度か検索に使う言葉を入れ換えていると、かなり昔の巨大掲示板のオカルト系のスレッドで、クロの出自が話題になっているのがやっと見つかった。


 そこでは、鹿野が無名ライターを霊能者として売り出した、というほぼ正解の仮説が語られていたが、クロが何者だったのかについては意見が割れていた。

 自称事情通の数名が、オンライン占い師だったとか、メンズ地下アイドルの元メンバーなどの主張をし、その中に新宿近辺でホストをしていた、との情報も混ざっていた。


「これじゃ、根拠が薄いなぁ……」


 見た目がホストっぽさ満点なので、噂が出るのはわかるのだが。

 そんなことを考えつつ、様々な検索ワードの組み合わせを試していたら、メイクかフォトショでキラキラした感じになったスーツ姿のクロが、ホストクラブの宣伝写真に載っているページのスクショが出てきた。

 源氏名は『愁哉シュウヤ』だが、髪色の他はどこからどう見てもクロだ。


「おおぅ……」


 キメキメの絵面の強さに、思わず変な声が出てしまう。

 あの物腰の柔らかさと女の扱いの上手さは、やはりホスト経験の賜物たまものか。

 やたら酒に強い理由なども含めて、ユリカは諸々がちた。

 アイダもクロも思っていたより癖がありそうだ、というのはわかった。

 しかしこの程度の問題なら、鹿野に比べればそこまでの脅威はないだろう。


 葛西や撮影スタッフは、隙あらば無茶をゴリ押しするだろうから油断はできない。

 ドラは信用してよさそうだが、どこまで頼っていいかの見極めはまだ微妙。

 女性スタッフがいれば安心感も増すのだろうが、『じゃすか』の現場では自衛を心掛けるしかなさそうだ。


 人間関係も厄介だが、子供時代に失った感覚が復活しているのも困りものだ。

 不意に妙なものを見たり聞いたりしてしまうのは、仕事は勿論もちろんのこと日常生活にも支障が出すぎる。

 どうしたものかと一頻ひとしきり悩んだユリカだが、どうしようもないと諦めてアルコールを追加で摂取せっしゅする方向に逃げた。

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