告白とマネージャー
比呂
告白とマネージャー
「あれ?」
私は偶然に教室を通りかかって、背の高い男子を見つけた。
その男子が、机に向かって何かをやっている。
「あー、わかんねー」
ついに諦めた様子だ。
野球は大変に上手で、大学へ推薦で行ける程の男子だが、頭の中身については残念なところがある。
私は声を掛けることにした。
「何やってるの?」
こちらに気付いた男子が、にこりと笑う。
無邪気な野球少年が、そのまま高校生になったような奇跡。
ちと、ズルくないかい?
「あ、マネジャーか。いや、ちょっとな。俺も三年だろ? 勉強でもしてみるかな、と思ってさ」
「熱でも出たの!」
本気で心配になった。
荷物でも持っていれば、足の上に落としていたかもしれない。
その程度には、頭の中が残念な男子なのだ。
「え、そんな心配されんの?」
心外そうな顔をする、あなたのその自意識の高さが理解できない。
というか、今から勉強しても遅いと思います。
それに。
「――――推薦でしょ?」
怪我をして大変だったけれど、あなたは頑張った。
その頑張りを認められて、望んだ場所へ行く。
誰しもが与えられるものではないんだよ。
勉強するなとは言えないけれど。
いまさら何で、と聞きたい気持ちが残る。
「まぁ、そうなんだけどさ。この前、中学のときの同級生に会ってな。そいつ頑張ってる奴でさー、俺もやる気になったわけだ」
「野球を頑張るところじゃないの、そこは」
「あー、まあ、ね」
私の言葉に、あなたは目を逸らす。
嫌な予感がした。
きっとこの野球少年は、思い出の中に大切なものを持っている。
そして、それを、思い出したのだ。
「何それ」
私は、動揺を隠そうとした。
焦燥感を押し殺して、平気なふりをする。
あなたの顔を見れなくて、机の上にある問題集を覗き込んだ。
「こんな問題もわからなくて――――」
問題。
次の〇〇に当てはまる漢字を書け。
危機〇〇。
おい。
ちょっとまて。
残念にだって程度があるだろう、貴様。
「いやー、難しくね? マネージャー、わかるか」
「えー、あ、うん、わかるよ……」
悲しさが胸に去来する。
どうしてこんな奴を好――――こんぶ。
危ない。
まだ言葉にしてはいけない。
あなたは、私の気持ちなどお構いなしに、踏み込んで近づいてくるのだから。
その無邪気な笑顔で。
何の罪も無いような顔をして。
「じゃあさ、ヒントくれよ。ヒント」
「危機がヒントだと思うんですけど……」
それ以外にどうしろと?
あなたがわからない。
あなたが真剣な顔をして、問題集を睨んでいる。
「そうか、危機って、ピンチってことだな。つまり――――こうだ!」
危機大変。
確かに大変だ。
うん。
この気持ち、あなたにどう説明すれば伝わるだろうか。
「合ってるか」
「間違ってます」
「そうかー」
残念な顔しないで!
少しも惜しくないし、掠ってもないから!
「あー、駄目だな。もう少しヒントくれ」
「そうだね」
たぶん、ヒント無しで終われない気がする。
髪なんて漢字で書けないだろうし、ほぼ答えたようなものだけれど、仕方ないでしょう。
あなたは野球少年なの。
それ以外、無理なの。
わかって。
「じゃあ、これで考えて?」
危機〇髪。
「はあ? 髪? 何で髪が出てくんだ? ……いや、待てよ。髪がピンチってことか」
「いますぐその考えから離れなさい」
「違うのかー。考えから離れる? まあ、いいか」
危機長髪。
いいか、じゃないのよ。
真逆に走って行けって言ってないの。
あなたは自慢気な顔をした。
「これはな、髪の長い奴がピンチになる様子を現したものだろ」
だから何だってのよ。
そのままじゃないの。
本当に、自分に呆れてしまう。
自分の気持ちもわからない。
「何で、あなたを好――――」
「ん? どうしたマネージャー」
「――――ライディングの練習に連れて行かなかったのかわからないわ!」
私は背を向けた。
髪が揺れる。
危機長髪。
間違って、ない。
告白とマネージャー 比呂 @tennpura
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