危機零髪

異端者

『危機零髪』本文

 私の友人のYは、危ない人である。


 危ない――と言っても、何も怪しい薬を服用していたり、非合法な団体に所属している訳ではない。なんというか、すること為すことが危ないのである。

 Yとの付き合いは高校からだが、その頃から既に兆候はあった。

 遊泳禁止と書かれた看板が立つ急流に、あろうことか大雨の晩に崖の上からパンツ一枚で飛び込み、そのまま行方不明となって捜索された高校一年の夏。数時間後に擦り傷や打ち身だらけになって帰ってきた。

 その時は警察まで動員しての大騒ぎとなり、見に来いと呼ばれた私まで「なぜ止めなかった!?」と糾弾されることとなった。それでも、彼の両親は平然としていたが。

 それから数時間して、皆が(彼の両親を除いてだが)もう絶望的だと確信していた時に本人が平然と帰ってきた。先に述べた通り、体中傷だらけではあったが元気であった。

 その後も、近所では有名な不良高校に相手を挑発するような旗を立てて乗り込んでいったり、富士の樹海に着の身着のまま入っていって何日も帰ってこなかったりと、彼の「武勇伝」は枚挙に暇がない。何かにつけて話題に上がる男だった。

 もっとも、彼は友人と言える人間は少なかった。何かする度に近しい人に「見に来い」と呼びかけるので、巻き込まれるのが嫌な人間は逃げてしまうのだ。話題にするのは楽しいが関わりたくない、そんな印象を多くの人が持っていた。

 そんな中、私は付き合いを続けた。

「こんなにも長い間、友達で居てくれるのなんてS(私の名前)ぐらいだ」

 ある時、彼はそう言った。冗談めかして笑いながら言っていたが、案外本心だったのかもしれない。

 そんな彼とも大学は別々になり、遠方のため「見に来い」とは誘われなくなった。

 しかしながら、何かしでかす度に電話してきたので付き合いは続いていた。

 彼の方は、大学のコンパでアルコール度数の高い酒をあおって急性アルコール中毒になり救急車で搬送されたり危ない先輩に喧嘩を売ったりと相変わらずだったが、私はその間平穏に過ごした。

 やがて、二人とも無事卒業して就職した。私の方はともかく、彼が普通に会社勤めとなったのは正直意外だった。

 もっとも、ある意味それがいけなかったのかもしれない。

 彼は以前にも増して危ない挑戦をするようになった――海外である。

 社会人になった彼はもはや国内では飽き足らず、海外で危ないことをするようになった。

 サメの大量発生している海に飛び込んだり、素人にもかかわらずいきなり有名な難所でロッククライミングをしたり……とにかくやりたい放題であった。

 これはそんな彼がつい最近経験したことだ。


 彼はとある国にツアーで観光に行った。

 もっとも、添乗員の言うことなど聞くはずもなく、好き勝手に回って夜にはホテルに帰ってくる。そんな彼に呆れながら、添乗員はこう言ったそうだ。

 もう無事に帰ってくるのなら他に何も言いませんが、これから言う場所だけには行かないでください――と。

 これは「行け」ということだ。彼はそう直感した。この添乗員は馬鹿なことをした、と私は思う。

 案の定、彼は行った。

 そこはその国でもひときわ治安の悪い場所で、スラム街のような所だったらしい。

 彼が行くと、半ば廃墟と化した建物からぞろぞろと人が出てきた。その誰もがぼろの服を着ていて、一目で貧しいことが分かったそうだ。

 彼に近付くと何か言ったが、何を言っているのか通じなかった。

 彼は日本語で聞いたが、これも通じなかった。

 その時、その中の一人が黒い棒のような物を取り出すのがチラリと見えた。

 ヤバイ! ――その瞬間、彼は駆けだしていた。

 背後で何かが破裂するような音が聞こえたが、気にせずに走り続けてそこから抜け出た。


「まさに危機一髪……修羅場をくぐってきている俺じゃなかったら、危なかったよ。……いや危機髪だったかな?」

 彼はそう言うと、をボリボリと掻いた。

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