センター試験の罠
ちのあきら
第1話
センター試験の罠
私は終了十分前を迎えて、焦燥感に囚われていた。
高校三年間、ガリ勉とまではいかなくてもずっと受験勉強に取り組んできた。そして始まったセンター試験、ここまでは順調に解き進めて来た。
前日の睡眠はたっぷり、体調も当然バッチリ。
そんなベストコンディションの当日試験会場、最後の科目である理科の時間。
試験時間は残り十分。解答はマークシート方式。全ての問いを完璧に解答してきた。
だが、私はここに来て猛烈な間違いに気づいてしまった。
全ての問いに解答したのに、何故塗りつぶされていないマークシートが残されている——?
私は顔面蒼白になった。冷や汗がだらだら出て止まらない。
必死に問題用紙と解答用紙を照らし合わせる。どこだ、一体どこの解答を漏らした……!?
ざっと見て二分ほど。ようやく一箇所のミスを発見する。
同じ解答欄を二重で塗りつぶしてしまっていた——
よりによって、問五……五問目の問題からだ。それ以降の問題を全てずらして解答してしまっていた。
バカ、私のバカ——どうして区切りの良いところで問題と答案の照らし合わせをしなかった……!?
普段であれば間違いなくやっていた。本番当日、極度の緊張とこれまでが上手くいった緩和で気が抜けてしまっていた。
呆けている暇はなかった。
一刻も早く解答を修正しなければ。
そう考えた私の脳裏に、ひとつの疑問がよぎる。
どう修正するのが一番効率的だ……?
試験終了まで残り八分。私に与えられた時間は多くない。書き換えに手間取ってしまえば、待っているのは破滅だ。
——先に解答をずらして記入し、後からずれた解答を消すのはどうか?
……ダメだ、同じ欄に二つ塗りつぶしがあれば、どちらが正答かわからなくなってしまう。
——では、最初に全て消してしまって、問題用紙を確認しながら記入しなおすか?
……再度ずれてしまったときに取り返しがつかない。
——いっそのこと、ひとつずつ消しては直すを繰り返すか?
……間違いはなさそうだが、めちゃくちゃ手間がかかりそうだ。
私の頭を答えのない問いが巡り巡る。
この難問に比べれば、センター試験の問題なんてお茶のこさいさいだ。
「残り五分です」
「————!?」
試験監督の無慈悲な声が、静寂に包まれた部屋にこだました。
焦りが私の精神を支配する。
余計なことを考えている暇などなかった。刻一刻とタイムオーバーは迫って来ていた。
パニックになり、先程思いついた方法も先二つは忘れてしまった。
やむを得ず、三番目の方法で解答欄の修正にかかる。
ここから先は、私の指先のパワーに全てが懸かっていた。
正直、この後のことはあまり明確な記憶がない。
多分このときの私は、人生で一、二を争うほど手を動かすペースが速かったと思う。
消して、塗りつぶして。
消して、塗りつぶして。
残り五分で猛烈に解答を書き換え始めた私を、隣の受験生が驚愕の眼で見ていたのはぼんやりと認識している。
あとは、終了のベルが鳴った瞬間に、最後のマークを塗りつぶせたのだけは覚えていた。
精魂尽き果てた私は、しばらくの間真っ白になって立ち上がれなかった。
その後、自己嫌悪で家に一週間引きこもった。
かろうじて志望校に合格できたとき、喜びよりも安堵が勝ったのは忘れられない。
後年、センター試験が形を変え、再びその名を耳にしたとき、苦い記憶を鮮明に思い出した。
そのときの話は、後輩との飲み会で鉄板の話題として、今も私の胸に生き続けている。
センター試験の罠 ちのあきら @stsh0624
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