危機……これってどっちだっけ?

最早無白

一髪『ワンチャン』

「やっば……これってどっちだっけ?」


 ――私、乃乃崎ののさきさやかはある問題に頭を悩ませていた。原因は机上にある現代文の教科書に、ひっそりと収録されているミニコーナー。


 『キキイッパツを漢字で書いてみよう』。そう、コイツが諸悪の根源なのである。


 事件は数分前にさかのぼる。次の授業である現代文の準備を済ませ、教科書でも読んで時間を潰そうと、テキトーなページを開いた。そこで思いがけず出会ってしまったのだ、このキキイッパツに……!

 こんな問題でつまずいてはいるが、私だってそこまでバカじゃない。ちゃんと三文字目まではこぎつけているからな。最大の難所はシメの四文字目なのだ。


「うわ、本当にどっちか分かんなくなってきたじゃん」


 そうなんだよ、どっちかなんだよ。というわけで、私の脳内には最後の『パツ』を担う漢字の候補が二つある。一つは髪の毛の『髪』で、もう一つは発電や発明なんかの『発』だ。

 私が最初に浮かんだのは髪の毛の方。ノートに四字熟語として一度書いてみて、違和感がないか確かめる作戦に移ろうとした時、発電の方もビビっときてしまったのだ。


 そういうわけで、机の上には教科書との他に『危機一髪』と『危機一発』の二つが書かれたノートもある。実際に書き起こして一、二分吟味してみたのだが、どちらも違和感はない。もしかしたら、両方正解というトゥルーエンドも待っているのかもしれない。


 ――休憩時間終了まであと三分。携帯を駆使して検索しようにも、フライングで先生が教室に突入してきて、没収されてしまう確率がゼロではないし、なんとなく『負け』な気がする……。


「……あ、そうだ。彼方かなたさ~ん、ちょっと力を貸してくれる?」


「ガチかよ現役かよ、ウチはもう中二病は卒業したぞ? それか……ウチらの共通の敵か!?」


 卒業しきれてないね、ぶり返しちゃったね。というか、そもそも私は中二病じゃないんだよ。

 今のように、言動にいちいちクセのあるこの女子は多選たより彼方さん。入学式の日に『鼻水石油』なる珍議題で盛り上がり、そのまま友達……向こうにとっては『マブ』な間柄だ。


「んで、どしたんさやか? なんか悩みでもあんの~?」


「悩みってほどでもないんだけど、この問題がね。キキイッパツの『パツ』の字をド忘れしちゃって……」


 彼方さんに教科書の問題文と、ノートに書いた二つの候補を見せる。彼方さんは目でそれらを二往復ほどし、やがてぼさぼさの茶髪をセットしつつこう言った。


「その問題は既に通り過ぎてんだよ……ねっ!」


「ドヤんなくていいから」


 とりあえず彼方さんはこの問題の答えが分かるらしい。でもなんか、彼方さんってこういう『二択の問題の答え』とかを調べるのが好きそうだし、知識として覚えてたりするのかな。


「それじゃあこれとこれ、どっちが正解なの?」


「果たしてどっちが正解でしょうか、ドラムロ~ル!」


 いや、そこまで正解を焦らされたらすごいもどかしいじゃん! スッと正解だけ言ってよ!


「いや、結局どっちなの? もう胸のつかえがすごいことになってんの!」


「なっ!? ウチがまな板だからって……!」


「そうじゃなああああい!」


 気にしてるからか知らないけど、敏感になりすぎだって彼方さん! 別に私もそこまで方じゃないし!


「はいはい、正解はこっち。髪の毛の方だよ~」


「よかったぁ……最初、そっちだと思ってたんだよね~」


 最初に下しかけた自分の判断は間違っていなかった。まあ、助けを乞うた時点で負け惜しみにしか聞こえないのだろうけど。


「まあいいや。危機一髪をド忘れしちまうさやかちゃんに、とっておきの方法を教えてやろう~! コツはただ一つ……『ワンチャン』だよ!」


「……ワンチャン?」


 なんでワンチャン? 危なかった時に使うんだよね?


「そ、ワンチャン。危機一髪ってね、なんか『髪一本分のズレで危ねぇの回避~……』みたいな意味なの。だからこっち側からしたら『ワンチャンを引き当てたんだな!』って感じになるの」


「ああ、確かにそっか」


 要は一本の髪で『一髪』ってことね。これだと覚えやすい……いや、やっぱりなんでワンチャン? 逆にピンチでしょうよ。別の角度からこんがらがっちゃうよ。


「あら、ピンときてないっぽいね~。もしかしてさやか、自分がで考えてないか~い?」


 いや、意味的にそうでしょ。『危なかった~』が自然な反応なんだよ? なんで彼方さんは危機側に立って殺りにかかってるの!?


「普通は受け身で考えると思うよ!? 彼方さんは分かんないけど、少なくとも私は危ない思想なんて、持ち合わせてないんだからね!?」


「……何言ってんの? そんなのウチだって持ってないよ~。ただ、そっちで考えた方が発電の方の『一発』と区別できるんだよ~!」


 どう区別するのかはさておき、彼女なりに編み出したクセの強い覚え方があるってことなんだろう。それの片割れが『ワンチャン』だったわけだ。ワンチャンというワードに頼りすぎている気がしないでもない。もうツーチャンくらいはありそうだな……。


 ――さてぇ? ここまでドヤ顔一つ崩さなかった彼方さんだけど、もう一つの区別する方法も教えてもらおうじゃないか。よっぽど自信があおりなようだからねぇ~!


「それで、発電の方の『一発』はワンチャンじゃなくてどう区別するの?」


「そんなの、一発で仕留めるから『ワンパン』だよ」


「見事なまでに真逆っ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

危機……これってどっちだっけ? 最早無白 @MohayaMushiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説