改変ならず

日下部聖

改変ならず

 悪役令嬢に転生した。

 ので、誰に読ませるわけでもないが記録をしておこうと思う。


 これが本格ミステリー小説の冒頭であればそこそこ衝撃の一行目だが、異世界ファンタジー小説の冒頭であれば使われすぎてありふれている一行目ある。擦られすぎて新鮮味がない。


 だがこれが現実に、自分の身に起こってしまったとなると、新鮮味がどうとかいう話ではなくなる。――そう、二一世紀日本に生きていたわたしは、事故で死んだかと思ったら、悪役令嬢に生まれ変わってしまっていたのだ。正確には、令嬢というか皇女だったけれども。



 ただ、生まれ変わってしまったからには、新しい人生をどう生きるかが肝心だ。



 ――さて、諸氏は女性向けライトノベルにおける「悪役令嬢転生もの」をご存知だろうか。一般的には、異世界転生ファンタジーの一種だとされている。


 まず「悪役令嬢」とは漫画、アニメ、ゲームなどに登場するキャラクター類型のひとつであり、その作品中で悪役として扱われる人物を指す。だいたいは、自分のした悪事が原因で破滅する運命をたどる。



 ――そして、いわゆる女性向けライトノベルの「悪役令嬢もの」のストーリーは、基本的にこう展開する。


 まず、そういった「悪役令嬢」が登場する物語の内容を知る主人公(大抵は、現代の日本人女性)が、なんらかの原因で命を落とし、物語の中の「悪役令嬢」に生まれ変わってしまう。


 物語の中では、破滅を迎えてしまう「悪役令嬢」。しかし主人公はどうして「悪役令嬢」破滅してしまうのかを知っているので、悪事をしない、なるべく善行を積む、などの行動を心掛け、破滅の運命を回避するのだ。


 そうして、物語では「悪役」と呼ばれていたはずのキャラクターは主人公の改変によって「悪役」ではなくなる。当然、「悪役」と呼ばれずに済んだ主人公は、ハッピーエンドを迎えるのである。



 しかしひとつ困ったことがある。



 わたしは自分が転生した「この女」のことをよく知らないのだ。知っているのは、悪女として処刑されたということだけだ。だから、前世で読んだ「悪役転生もの」の主人公のように、わたしは自分の運命を改変することは難しいかもしれない。


 ……いや、待てよ。

 よく知らないとはいえ、「悪事」については知っていることもある。


 たとえば、とんでもない浪費家だったとか。

 お気に入りの貴族を贔屓したり、城のルールや伝統を守らず、周りから白眼視されたりした、とか。

 自分に破滅の運命が迫っていると悟ったらすぐに逃げ出して、挙句の果てに無様に掴まったとか。


 ――要はそういうことをしなければいい。お金を使いすぎず、傍若無人にふるまいすぎず、人々の人望を得れば破滅の運命を改変することが叶うだろう。



「お母様がお呼びよ! 一緒に行きましょう?」



 おっと、姉が呼んでいる。

 ではここらで一旦、記録はやめにしておこう。





  *





 まさか前回の記録から、これほど空くとは思わなかった。これでは三日坊主どころか、一日坊主だ。……ただまあ、何かをしていないと不安でたまらないので、書き物をすることにする。


 ――ああ。

 わたしはいつか見たライトノベルの主人公みたいには、ハッピーエンドを迎えられそうにない。


 なぜなら、わたしは運命の改変に失敗したからだ。――わたしはついさっき、死刑判決を受けた。


 遺書を書き終えたので、あとはこの、もはや意味のない記録をつけて死を待つのみである。




 ……一体何がいけなかったのだろうか。


 わたしは最近、そのことをずっと考えている。


 皇女として生まれたわたしは突然結婚が決まり、行ったこともない国の王太子の妃となった。

 嫁いだことで環境が劇的に変わってしまったが、めげなかった。

 人間関係では大変なこともあったが、苦手な人物ともきちんと和解するように努めたし、夫との関係を良好に保つように努力した。


 王族として流行を作り、経済を回した。煩雑な接見などの手順を簡略化した。

 王族に親しみを持ってもらえるように、食事の風景を公開した。

 王族が節約ばかりでは貴族たちの締め付けになる。だからこそお金は使ったが、あくまで王族として適度にであり、国庫を傾けるような浪費はしていない。むしろ食生活を中心に、贅沢をしすぎないように気を使っていた。


 夫との間に生まれた子どもたちは、きちんとした子に育つよう、子守りに任せず自分の手で熱心に教育した。


 死刑になるほどのことは、何もしていない。



 だというのに今、わたしは牢にいる。信じていた味方に見捨てられ、もはや家族とも離され、このまま死んでいくのだ。



 ああ、最後の朝だ。



 自分の末路は知っている。なぜならば「この女」――つまり転生した自分自身の処刑シーンは、前世でも非常に有名だったからだ。


 ウィーンのハプスブルク家に生まれたマリア・アントニア、改めフランス王妃マリー・アントワネットは、ギロチンにかけられて死ぬ。

 小学生でも知っていることだ。



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