魔族領 二

 バッデルは外から見た様相と異なり、町の中に入ると建物がまばらでバラバラに建っているけれど、小さくない町だというのが分かった。


「クウガくんが魔族と話せたことに驚いたけど、ニコアまで……どこで覚えたのかしら?」


 ミローデ様は俺とニコアが獣人と会話できたのが不思議で仕方ない。

 何度かしつこく聞いていたけど、ニコアは「何となく理解できて……」とはぐらかしていた。

 俺もニコアが何故、獣人と会話できたのか知りたいけど、ミローデ様とニコアのやり取りを見て、聞かないほうが絶対に良いなということで忘れることにする。

 バッデル町内は人通りがそれほど多くない。

 それでも、時折通る獣人は皆それぞれに個性的。兎みたいな人だったり狐みたいな人だったり、そんな見た目の獣人とすれ違った。

 で、獣人たちも俺たちが人間だから何度も振り返って見返していたのもよく分かる。

 ここでは人間が異分子なんだ。


「クウガくん。魔族の町に来たのは良いけど、どうしましょうか?」

「宿を探してみます。きっとお金が必要でしょうからお金を稼ぐ方法もそこで聞こうと思います」


 ミローデ様がここでの目的を確認してきたので、俺はここでやりたいことを伝えた。

 バッデルに入って小一時間ほど歩くと中心街らしきところに差し掛かる。

 このあたりは広場になっていて露店が多い。

 ここには獣人族だけではない魔族っぽい者がいたり、人間に近い見た目なのに人間っぽくない種族がいる。

 そのおかげか、ここに着くまでにジロジロ見られたりしていたのがここではそれほど悪目立ちはしていない。

 露店があるところを見ると、魔族領にも人間と同じく通貨が存在していて、それでやり取りされているんだろう。

 であれば、宿に泊まるのに金が必要だ。

 しかし、どうやってお金を稼げば良いんだろう。

 とりあえず、露店の人に聞いてみよう。

 俺は露店を営んでいる中から人間に見た目が近い話しやすそうな人に声をかけてみた。


『あの、少し聞きたいんですけど……』


 俺は兜をかぶって髭だらけのおじさんに話しかける。


『う、っがー。人間なのに魔族の言葉を喋るのか! 珍しい』


 おじさんは長い顎髭を扱きながら俺の顔をジロジロを見る。


『はい。ファルタ川を渡ってきたんです』

『あの大河を渡ったとはツワモノだな』

『そうでもないですけど、ここは何を売ってるんです?』

『俺は武器と防具を売ってるんだが、もうこの短刀しか残ってない』


 おじさんの前には刃渡りが三十cmほどのナイフが数本並んでいるだけだった。


『買うなら安くしてやるぞ』

『けど、ここで使えるお金じゃないとダメなんでしょう?』

『ああ、一本八千モルだ』

『そのモルというのはどうやって稼げば良いんです?』

『そうか。人間だからここで使える金がないんだな』

『そうなんです。まだここに来たばかりで何も分かってなくて──』

『そういうことなら、このバッデルは砂金や砂白金が採れる。河岸に出て砂金なんかを掘ってコボルトの店に売りつけると良い。砂白金ならそれなりに良い稼ぎになるはずだ。もちろん、俺のところでは砂金は扱わんが、それなりの量の砂白金ならこの短刀と引き換えに引き取ってやっても良い』


 なるほど。

 ここでは、砂金掘りで金を稼げるのか。なら、まだ昼になったくらいだし、行ってみよう。


『おじさん、ありがとうございます。僕、お金がないので砂金を掘りに行って、また来ます』

『おお、俺は明日までここに居るから、金を稼いだらまた来いや』


 そうして、砂金を掘りに行くために中心街から離れていくわけだけど、ミローデ様が何やら不思議がっていたので、あのおじさんと話した内容を端折って伝えた。


「魔族には魔族のお金があるのね──」


 俺が魔族の言葉で会話できること以外は納得してもらえたようだ。

 ニコアは俺とおじさんが話しているのを俺の袖を掴みながら聞いていて内容は理解していたっぽい。

 しばらく歩いてファルタ川の河川敷に着くとそこには多くの獣人や人間っぽいけど人間じゃない人たちがいっぱいいる。

 ここの河川敷はせり出した地形になっていて小石や砂が広がっていた。

 この開けた河川敷で砂や石を掘り返して砂金を掘っているらしい。

 みんな道具を持って掘っているけど、中には素手でじゃかじゃかしてる人もいる。

 俺たちは物も金もないから素手で掘ってる人を真似て掘るしかない。


「じゃあ、僕、掘ってみます」


 ミローデ様やニコアの高貴な手を汚すわけにはいかないので俺が一人で掘ることにした。


 結果から言えば上々。

 二時間と少し、作業をして二万モル──魔族領の金貨二枚分を貰った。

 魔族領の金貨には二種類あって大きいと一万モル、小さい方は一枚千モルという数え方をしているらしい。

 この大きいとされる金貨は帝国の金貨よりも大きいらしくて、ミローデ様が、


「帝国の金貨とやっぱり違うのね」


 と、口にしてた。

 俺は金貨なんて見たことがないからね。

 肝心の砂金掘りは最初こそ戸惑ったけど、魚を獲るときに探りを入れるのと同じ要領で気配を探ったら効率的に掘ることが出来た。

 なお、取れた砂白金は約4g、砂金は2g。これを犬耳のコボルト族のお店に売りに行って換金してもらったのだ。

 その後、再び中心街に行って食事を摂り、露店のおじさんのところにナイフを買いに行った。


『おじさん。ありがとうございました。無事にお金を稼げたので短刀を買いに来ました』

『はは、また来ると思ってなかったが、ちゃんと稼いで来れたんだな』

『はい。おかげさまで。とても助かりました』

『役に立てて何より。坊主、短刀はどれにする? お前の体型ならこれが良いと思うんだが』


 髭のおじさんが進めたのは露店に置いてあったナイフでも短いナイフ。

 刃渡りが二十五cmくらいか。先程見せてもらった少し長めの短刀は売れてしまったらしい。


『じゃあ、それください』

『分かった。六千モルで良いぞ』


 さっきは八千モルって言っていたから二千モルも安くしてくれた。

 さらに短刀を収める革製の腰帯を『こいつはおまけだ』とつけてくれて、ありがたい。


『俺はここから北に行ったドワーフ族の国から行商に来たんだ。俺はモルグという。機会があったら訪ねてくれ』

『いろいろありがとうございました。また、お会いしたときにはよろしくおねがいします』


 おじさんはモルグと言う名のドワーフらしく、魔族領の北に隣接する山岳の国から行商に来ていたらしい。

 で、予定の数を売ったのでもう帰るのだとか。

 モルグは俺たちに宿を紹介してくれたので、その宿を訪ねた。


『いらっしゃい──って、ニンゲンじゃない。珍しいわ』

『すみません。この三人なんですけど、二部屋で一万モル以内なら二部屋でお願いしたいんですけど──』


 俺がそう言うと、横からニコアが口を挟んできた。


『一部屋で良いわ』


 そう言って、ニコアがミローデ様に──


「お祖母様も一部屋で宜しいですよね? クウガが二部屋取ろうとしたんです」


 と、報告ついでに確認をする。


「ええ、そうね。一部屋で良いじゃない。何かあったときにそろっていないと大変でしょう?」


 ミローデ様のお言葉で結局一部屋に三人泊まることになった。

 一泊二食付きで六千モル──小金貨六枚。

 食事は少し味気ないのは獣人族に合わせてのことだろうけど、それでもこれまでの食事から比べたら段違いに美味しく感じた。

 部屋は二人部屋を三人で使うことになったがベッドをくっつけて何故か三人並んで寝かせられる羽目に……。

 ニコアは寝ようとするときでも俺の袖を掴んで離さない。それで異性と二人で眠るのは良くないという理由から何故か三人で一緒のベッドに眠る。

 こんな感じで稼いだお金をほとんど使ったわけだけど、お金を稼いで物が買えるなら、ここに少しの間滞在して旅のための必要物品をある程度確保したほうが良い。

 ミローデ様に相談をして、


「そういうことなら仕方ないわね。旅をするための準備なんてこれまでしていなかったものね」


 という言葉を貰ったので、バッデルに留まって路銭を稼ぐことになった。

 もちろん、働くのは俺だけだ。

 そんなわけで、ここバッデルに十日も滞在し、日保ちのする干し肉などの食糧と下着と衣類を買い足した。

 ニコアとミローデ様には靴をそれぞれ購入。これまで履いてた靴は処分する。

 これで少しでも一日の旅程が伸びれば良いんだけど──。

 西門から入ったバッデル。今度は東門から出て、今度はファルタ川沿いを遡上するのではなく、北東に延びる街道を使うことにした。


「荷物大丈夫? 重くない?」


 バッデルを出て、直ぐに、ニコアが珍しく俺を気遣った。

 結構な大きさのバックパックを背負っている感じで、その中に数日分の食糧と衣類が収まってる。

 ニコアとミローデ様は手ぶらでできる限り体力を歩く方に使ってもらいたいという俺の勝手なわがままだ。

 バッデルで十日過ごして分かったけど、バッデルに着くまで俺は一日に二時間とか三時間しか寝てなかったし、それが実は相当にキツくて、バッデルで八時間とか九時間も眠れたときはここは天国かと思ったくらいだ。

 今年の冬で十三歳を迎えるこの身体に睡眠不足は天敵のようだ。

 やはり、所詮、俺は平民なのだ。

 ここまで扱き使われて、平然としてるほうがおかしい。

 俺はそう思い始めていたけど、それを察したのかニコアが俺を気遣いだした。


「大丈夫ですよ」


 と、俺は答えたけど、ニコアは俺の袖を握る手を強めたのは彼女になにかしら思うところがあったのかもしれない。

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