異世界人 一

 港町ファルタ。

 コレオ帝国北西部のセア辺境伯が治める領地にある僻地。

 人口は二千人。

 コレオ帝国内では少しばかり小規模の町とされている。

 ファルタは漁業を生業とする住民が多く、冒険者組合ギルドで受ける依頼も、そういった漁業の手伝いを中心としたものが多い。

 だが、大きな河口を昇っていくとちょっとした森林地帯が広がっていて、野生の動物の狩場となっていた。

 冒険者の多くはこの森林地帯での狩猟を中心に生計を立てている。


 そのファルタ。

 近頃はとても賑わい始めていて景気が良い。

 そんなファルタに向かっている異世界から召喚された数多くの異世界人。

 その中の勇者や剣聖、賢者、そして、聖女と言った特別な恩恵を持った少年少女が、帝国の繁栄の一助を担う英雄たちが、豪華絢爛な八頭立ての巨大な馬車に乗って雪がちらつく道を往く。


「すっげー、田舎……」


 馬車から見たファルタ。

 真っ白が雪原にひっそりとしていて高い建造物がなければ威厳を示す城壁もない。

 ただ、ひっそりと家が寄り添って、その中心に大きな館があるだけの寂れた町。

 剣聖・塚原つかはら紫電しでんはげんなりした。


「まあ、そう言うなよ。俺は楽しみだぜ。船に乗れるんだろ?」


 賢者・高野こうの貴史たかしは窓から見える大きな川と海に向かって広がる河口を視界に収めて言う。


「あの向こうは魔族領。ようやっとここまで来たんだ……」


 聖騎士・一条いちじょう栞里しおりは川の対岸を見続けている。

 この川を越えて、魔王を倒せば地球に帰れるかもしれない。と、栞里はそう信じていた。


「お前らは気楽で良いよな。俺みたいな低レベルな恩恵持ちはただの使いっぱしり。何の望みもねーよ」


 背もたれに寄りかかってふんぞり返るローグ・大滝おおたき凌世りょうせい

 重要でない恩恵と評される割にこうして要人と車内で過ごせるのは索敵範囲の広さと危険察知能力に長けているためである。


「まあ、そんなことを言わないで。ファルタに着いたらゆっくりして良いですから。港と船の準備ができるまでの間はご自由なのですし」


 大規模召喚魔法の行使者の一人でその中心人物の第一皇女のミル・イル・コレット。


「それにしても辺境の貴族というのは、どうも粗暴と言いましょうか……私とは反りが合わないのですよね。聖女様はおいかがでしょう?」


 ミルは隣に座る聖女・白羽しらは結凪ゆいなに訊いた。

 結凪は言葉を発さない。

 それでも聖女としての回復魔法や治癒魔法を詠唱無しで実行する。

 異世界人の中でも無詠唱で魔法を使うのは彼女だけ。


「もう、四年も経つのに言葉を発さず……」


 皇女はため息をつく。


 結凪は転移したとき、幼馴染の天羽あもう空翔くうがの体の一部を肌身離さずに抱き抱えて過ごしていた。

 毎日泣きながら「くーちゃん……くーちゃん……」と呟いて嗚咽を漏らし続けていた。

 聖女の権能による効果で血の通わない身体の一部だと言うのに傷口を塞いで血を維持し続ける。

 そうして彼女は想い人を身近に感じることで何とか耐え忍んでいた。

 ところが、転移から二週間経過したその日。

 突然、空翔の身体の一部が灰になった。


「え……? ああ………。逝かないで……。くーちゃん、逝かないで……」


 彼女の願いは乏しく、空翔の身体の一部は消え去る。

 それから彼女は声を発していない。

 なのに魔法を使える。

 その才能は讃えられたが、言葉を発さない結凪はどこからも疎まれていた。

 けれど、彼女は聖女。

 勇者とセットで民衆の前に立ち勇気と希望を奮わせる崇奉の対象となった。


 普段は気乗りがしない遠征。

 白羽結凪は何故か今回だけはそれほど嫌な気持ちにならなかった。

 何かを感じる。

 そう予感めいたものがあった。

 その予感が何なのか、結凪は不安を打ち消したくて空翔が生前身につけていた制服の右袖についていたボタンを飾りにしたネックレスをギュッ握って目を閉じる。


「もうファルタに入るわ。結凪、勇太の隣に出てくれる?」


 皇女の命令で結凪は御者席に通じる扉を開いて表に出た。

 ファルタに入る街道の両端に多くの民衆が集っている。

 とても小さな町とは思えないほどの人数だ。


「結凪ちゃん。ようやっと出てきたね。外の空気は気持ち良いよ」


 爽やかボイスで語りかけたのは勇者・如月きさらぎ勇太ゆうた

 これまで多くの戦地に駆り出されて多くの兵士に勇気を与えてきた。

 戦場に彼がいれば帝国兵士の士気が高まり力が漲る思いだったことだろう。

 そうしてこの四年。帝国は領土の拡大に成功していた。

 結凪は言葉を発さないまま、御者席の左に腰を下ろす。

 しばらくしてファルタに入ると民衆が騒々しく声を張り上げた。


「勇者様!」

「聖女様ーーッ!」


 どこに行ってもこの歓声の耳障りが気に入らない。

 結凪は常々思っていた。

 だけど、ここで聖女らしく振る舞わないとまたクラスメイトたちの身に危険が及ぶ事態になりかねない。

 結凪はいつものように御者席から腰を上げて民衆の顔を一つ一つ見ながら手を振っていく。


(え? 何? なんかいつもと違う……)


 ふと目を見開いた。


「くーちゃん……」


 目が合ったのは見知らぬ少年。

 美丈夫の男の肩に乗る金髪の少年だった。


「あれ、なんでくーちゃんが……?」


 見た目が全く違う別人なのに、結凪にはクウガが空翔と重なって見えた。

 そして微かに感じる神の気配。


「どうして、ここにくーちゃんが……?」


 結凪の頭は混乱する。

 馬車は進み続けてるから、クウガから目を離したくなくて身を乗り出してしまった。


「嗚呼……くーちゃん……」


 結凪が目で追っていたのに、クウガはそっぽを向いて離れてしまった。

 まるで彼が勇者に全く興味がないかのように。

 それと時同じくして、馬車の中では、


「見ろよ。あの女、めっちゃ良くね?」


 高野が子どもを二人抱える金髪美丈夫の隣の金髪ロングヘアの美女に目を釘付けにしていた。


「お、マジだ。すげえな。あんな美人。なかなか見ねえぞ」


 高野に続いたのは大滝。

 普段はこういったことにあまり興味を示さないのだが今回は珍しく食いついた。


「俺にも見せろよ」


 と、塚原が二人の間に割って入って女をミル。


「おー、マジだ。あんな超絶美女とやりてぇな」


 三人は下卑た顔を金髪の女に向ける。

 同じく馬車の中の皇女や栞里と言った女性たちはいつものことながらと思いながらも辟易した表情で男たちから目を反らしていた。


 それからファルタ城に入る。

 高野と大滝は同行していたセア辺境伯を呼び出して気になった女について調査できないかを相談する。


「あのさ、俺たち、ここに来る途中に見た金髪の女がどうしても気になって会ってみたいんだけど、特定できない?」

「賢者様。ファルタは小さいとはいえ二千ほどの町民がおりますゆえ、直ぐにというのは些か難しいかと──」

「いや、難しいのは分かってるんだよ。それでも調べるのが貴族ってやつだろ? あんたにはたくさんの部下がいるじゃん。部下を使えよ」

「そう言われましても──」

「コレア帝国の英雄である俺たちに逆らうって言うのか? こっちにはさ。皇女もいるんだ。皇女から言わせても良いんだぜ?」

「わかりました。では、調査はしましょう。ただ、特定できるかはわかりかねます」

「は? 特定したら連れてこれるだろ? 女はどう見たって平民。貴族の権力で余裕だろ」

「──」


 セア辺境伯──ガレス・イル・セアは賢者の言葉に抗えなかった。

 皇女の名を出されては断ることができず、踵を返して去った高野を睨みつける。

 ガレスの息子のゴンドもファルタに同行しているのだが、ゴンドは港の造成を見に行っておりこの場には居ないため、ガレスの後ろには彼の臣下が付き従っていた。

 その臣下の一人が気を利かせて調査に行くと申し出る。


「ガレス様。仕方ありません。私たちで調べてきますから、ガレス様は皇女殿下にご相談を」

「うむ。そうしよう。私はミル殿下に確認を取ってくる」


 そうして、ガレスは皇女に謁見を願い出て相談に至る。


「またか……」


 ガレスが皇女に相談を始めた第一声がこれだ。


「また──というのは」

「またはまたよ。特に賢者と剣聖は女癖が酷いのよ。私たちの間でも問題になっていて──」


 皇女との相談は結局のところ話を聞いてもらうだけで何の進展が無く終わった。

 気になったのは手を出された女は最後は何者かに殺害されてしまうのよと皇女が明かしたこと。

 このファルタは港町としてとても貧相な漁村だったが魚がよく獲れるためガレスが若い頃から気にかけていて発展に寄与している。

 そんな町で人が殺害されるような暴挙は許しがたいと憤慨。

 賢者が言う女の特定ができなければ良いと思っていたが、女のことは直ぐにわかった。


「女はラナという冒険者である可能性が高いです」


 ガレスはこのラナという名に覚えがあった。

 ゴンドも彼女にはお世話と迷惑をかけた過去があるほどだ。

 ガレスが妻のミローデとの間に設けた二男一女の三人ともがラナと見知った仲である。


「そのラナについて詳しいことはなにか調べたか?」

「はっ。ラナにはロインという伴侶がおり、クウガとリルムという名の子を設け四人で生活をしております。ラナは冒険者を休業中とのことで組合ギルドでの仕事が制限されており、ロインは銅級三階位ながら銀級三階位にも劣らない仕事ぶりでとても信頼の厚い冒険者でした」

「そうか。ご苦労。では休んで良い。ラナには明日、私が会いに行こう」


 異世界人が望む女の特定が出来たため、ガレスはラナに会いに言ったが予想を裏切らず丁重に断られた。

 その様子を斥候として行動できる大滝が尾行して確認している。

 そうとは知らないガレスはラナが応じなかったことを高野に説明をすると、


「良いから連れてこいよ。貴族ならできるだろう」


 と、そう言って譲らない。

 ガレスとしては子どもたちの恩人を売るわけにはいかなかったが、皇女と再び相談した結果、一度連れてきてみることにする。

 だが、その合間に斥候として行動できる大滝がラナとロインの周辺でなにかの探りを入れていたらしく、それに気がついたロインはその日のうちにファルタを去った。

 翌朝、ラナの家に行くともぬけの殻。

 近所の住人に聞き取りをすると、


「昨日、引っ越すって挨拶に来てたわ」


 と、一家がファルタから出たことを教えてくれた。

 冒険者組合に行ってロインとラナの情報を照会するとラナは銀級であるため変更なし、銅級のロインは町外移転のため登録を抹消と記録されていた。

 昨晩から続く大雪の中、ガレスは部下に命じてファルタ周辺にラナ一家の捜索を依頼。

 しかし、大雪だったため足跡が無くラナたちを見つけることは難しく行く先の特定に至らない。

 ラナを連れて来られないことをガレスが高野に報告すると、高野は苛立ちを隠さずに高圧的な態度を取る。


「申し訳ございません。賢者様が望んだ女性をお連れすることは叶いませんでした」

「連れてこられないってのはナシって言ってるじゃんね。探して連れてこいよ」

「そう言われましても」

「俺はあの女を望んでるんだ。それに応えるのがお前らだろ? それとも何? 俺たち英雄に刃でも向けるの?」

「そのようなことはございません」

「だったら早くあの女を連れてこい。しかたねーから七日は待ってやる。七日やるからそれまでに連れてこい。そしたら許してやるからさ」


 ガレスは渋々、高野の言葉に応じて下がった。


「大滝、どうだった?」


 ガレスが下がったあと、大滝が戻ってきた。

 大滝に気がついた高野は状況を聞き出そうとする。


「俺の方でも探してみたんだけどさー。全く痕跡が見当たらねーの。どういうこと?」


 大滝はガレスの後をつけてラナの足取りを調べたが、彼女とその家族の痕跡がまったく追えていない。

 ファルタの外に出たことは間違いないが一日でそこまで進めるとは思えないし、何より、この大雪では遠くまで行けるはずがないと判断している。


「大滝が検知できないレベルで痕跡を消して突然消えるってあり得るの?」


 高野に限らず異世界人の勇者を始めとした彼のクラスメイトは無頼漢ローグの恩恵を持つ大滝の斥候能力に信頼を置いている。

 当の大滝も自身の能力に絶対的な自信を持っていた。


「ありえねーよ。俺を誰だと思ってんだ」

「そうだよなー。なら、あのガレスとかいうおっさんが女を隠したのか」


 大滝の声に高野は同調。

 見つからないということは隠した人間がいると疑念を持ちその人物はガレスしかないと考えた。


「その可能性は大いにあるな」

「ってことは俺たちに歯向かってるってことだよな?」

「そうなるよなー。あのおっさんムカつくわ」


 賢者は苛立ちを隠さない。

 本当なら手元にあるはずのもをガレスが隠したのだと思うと許せない思いで怒りが沸いた。


「じゃあ、ヤっちゃう?」


 大滝は言う。


「ラノベ好きのアイツも言ってるもんな。不都合だったら殺しちゃえって。殺さなかったら「何で殺さないの?」ってなるしな」


 高野は同じく異世界転移でこちらに来たクラスメイトの一人を思い浮かべて言った。

 面倒なことが起きる前に殺しちゃえば全てが丸く収まるんだという持論である。

 高野はそんなことを思いながら、ガレスに期限をつけたことを思い返して言葉を続ける。


「まあ、七日経って連れてこなかったら殺すわ」

「分かった。七日後な」


 大滝は期限が七日だということを確認して、その後の殺した後にどうするのかが気になり、高野に訊いた。


「殺した後はどうする?」

「誰かに罪をなすりつけるか」


 高野はまだ考えている最中だったのか、とにかく罪人を設ける方針を口にする。

 その言葉で大滝はラナの夫が最適解だと考えてロインを罪人に仕立て上げることを提案。

 大滝はガレスがラナに会ったことでラナの情報をある程度握ることが出来ていたからだ。


「だったらあの女──ラナって名前なんだけど、その旦那のせいにしちゃおうぜ」

「そいつは良いな」


 大滝はラナに旦那と子どもがいることを知ったから、ガレスを殺した犯人にロインを仕立て上げ、ロインとラナの子どもはその後で殺せば大きな問題にならないとそう考えている。

 しかし、七日後。ロインはその日にセルムの冒険者組合ギルドに冒険者の登録を済ませて冒険者としての仕事を始めていた。

 そのことを高野と大滝はまだ知らない──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る