危機一髪、その時に
仁志隆生
前編
薄暗い道を僕達が乗っている車のライトだけが照らしている。
他に車はいない、街灯も信号すらも灯っていない。
聞こえてくるのもこの車が走る音だけ。
いやそうでもないか。
だって今は一人じゃないんだから。
「キャハハハ、なにそれ~!」
「笑っちゃうだろ? でさあ」
後部座席からアヤちゃんともう一人の声が聞こえてくる。
「おーい、そろそろ運転交代してくれよー」
バックミラー越しにそのもう一人に言ってみたが、
「ダメ、あたし
「まあそういうこった」
アヤちゃんともう一人、慎がニヤけ顔で言った。
ぐっ、なんか悔しい。
けど慎のおかげで色々助かった。
旅も賑やかになったし、我慢するか。
――――――
ある日突然、自分以外の人が消えた。
他に消えてない人がいると思い、ずっと探し続けた。
そしてアヤちゃんと会えた。
その後はアヤちゃんと二人で少しずつ幾つもの町を巡ったが……。
いや諦めちゃダメだと自分を奮い立たせ、今日も探し続けている。
しばらく歩いていると児童公園を見つけたので、そこにあったベンチに座って一休みする事にした。
「大丈夫、疲れてない?」
アヤちゃんに声をかける。
「疲れてないけど、ちょっと喉乾いちゃった」
可愛らしい顔で
「じゃあ、お茶飲む?」
「うん」
僕は背負っていたリュックサックから魔法瓶を取り出して、コップに注いだ。
まだ少し湯気が出ている。
アヤちゃんはそれを受け取り、ゆっくり飲んでいった。
時々ブランコが揺れる音がする。
前まではたぶん、アヤちゃんくらいの子供達があれで遊んでたんだろうな。
アヤちゃんは他愛もない話はしてくれるが、それまでどうしていたのかは話してくれない。
親御さんは元からいないらしいし、言いたくないくらい辛かったのか……。
とにかく他の人を探して、その後は……その時考えよ。
「あれ? あっちに何かいるよ?」
「え?」
アヤちゃんが指した方を見ると、反対側にあるプレハブの物置だろうものの後ろに人影らしきものが見えた。
「よし、ちょっとここで待っててね」
僕はそこへ歩きながら声をかけてみた。
「すみませーん、どなたかいるのですかー?」
返事は無いが影は動いている。
もしかして声を出せないのか、それとも人じゃないのか?
もう少し近づいてみようと思った時だった。
「ウ、ガ」
へ?
そこから出てきたのは、全身土色で顔に白い✕の傷?がある人……って、
「えっと、あの~?」
「ウガアアア!」
牙をむいて威嚇してきたって、これもしかして、
「あ、ゾンビさんだ~」
いつの間にか近くにいたアヤちゃんが呑気に言った、って。
「いいから逃げよう!」
僕はアヤちゃんを抱えて走ろうとした。
「どこ触ってるのえっち」
アヤちゃんが可愛らしい顔で抗議してきたが、今は勘弁して!
なんとか逃げてきたというか、追って来なかったのか。
車を置いてる駐車場まで来たのだが……。
「ア、ガ」
さっきのと同じようなのが何体もいて、車に齧りついている!
「あー、車壊されてるねー。あれ大事な車って言ってたよねー」
アヤちゃんはやっぱ呑気だった。
たしかにあれは父さんから譲ってもらった思い出が詰まった車だけど、
「それはいいから逃げよう! って」
いつの間にかアヤちゃんの後ろにもゾンビがいて、口を開けて彼女に噛みつこうとしていた。
「危ない!」
僕はとっさに彼女を抱き寄せたが、体勢を崩して転んでしまった。
「ガ、ガ」
気がつくと取り囲まれていた。
ぐっ、せめてアヤちゃんだけはなんとしてもと思った時だった。
「おりゃああ!」
叫び声とゴウッという音が聞こえたと同時に何体かのゾンビが燃え上がり、他のゾンビ達は逃げるように離れていった。
「大丈夫ですか!?」
僕達を呼ぶ人の声。
ああ、他にもいたんだってそんな場合じゃない。
「は、はい。アヤちゃん、大丈夫?」
「うん」
声がした方を見るとそこにいたのは、僕と同年代かなって感じの茶髪で背の高い男性だった。
そしてなんかホースみたいなのを持っている。
「よかった。やっと人に会えましたよ」
その男性が笑みを浮かべて言う。
「危機一髪ってとこでした。ありがとうございます」
「いえいえ……あれ?」
男性が何故か首を傾げた。
「どうかしました?」
「もしかして、大悟?」
「え、そうですけどなんで僕の名前を?」
「分かんねえか。俺だよ、慎だよ」
「……ああっ!?」
慎は僕の小学生時代の友達。
彼は卒業と同時に親の仕事の都合で遠方へ引っ越したんで、そのまま疎遠になってたんだ。
「まさかこんなところで会えるなんて」
「ああ、すっげえラッキーだな。ところでその子は妹さん?」
慎がアヤちゃんを見て言う。
「いや、あのさ」
「そうだったのか。アヤちゃんも大変だったね」
慎がアヤちゃんの頭を撫でながら言う。
「ううん、大悟お兄さんと会えたから大丈夫」
「そっか。これからは俺もよろしくな」
「うん!」
アヤちゃんは元気よく笑みを浮かべ、慎と握手した。
「ところでさ、それもしかして火炎放射器?」
慎が持っていたものを指して聞くと、
「近くの工事会社の中にあったんで拝借してきたんだよ。俺も一度襲われかけたからさ、なんかねえかと思って色々探してたんだ。その後はしばらくあいつらを探ってたんだよ」
「そうなんだ。それで何か分かったの?」
「ああ、あいつらって昼間は町の中うろついててさ、夜になると近所の中型スーパーに入っていくんだ。たぶんあそこを巣にしてるんだろな」
「それでって、ゾンビ達をやっつけるつもりなんだね」
「そうだよ。ほっといて遠くへ逃げようかとも思ったけどさ、もし他の誰かが、俺達の知ってる誰かがこの町に来て、そこであいつらに襲われたらって思ったらさ……」
慎はそう言って少し俯いた。
「そのおかげで僕達も助かった……うん、僕も手伝わせてよ」
「ああ、じゃああっちに俺の車置いてるから、そこで夜まで休もうぜ」
「うん、アヤちゃんもいい?」
アヤちゃんは笑みを浮かべて頷いてくれた。
その後、僕達は近くのコンビニの駐車場で慎の作戦を聞きながら体を休めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます