第76話 それぞれの付き合い方


「なんか、物々しくなっちゃってるわね……」


 教会へと訪れて、最初に出た感想がソレだった。

 私がココを飛び出した後先生は衛兵を呼び、今回の件を神父と共に説明したのだとか。

 その為魔女の討伐隊なんて話にまで発展した。

 それくらい重く見る事例だったというのに、あの神父は罪に問われる事は無かったそうな。

 結果はともかく、彼が行っていたのは研究と製薬。

 しかも依頼内容からすれば、老人が延命を望み、魔素中毒者を助ける様な活動をしていたという事に他ならない。

 本来なら今回の事件に手を貸した人物として捕らえられてもおかしくないのに、相手も相手でやはりそれなりの立場があったらしく。

 今回の件は全てアルテミスの犯行とされ、神父は咎められる事がなかったという。

 なんともまぁ……立場があるってのは素晴らしいもので。

 権力や実績、そう言った物があれば重犯罪に加担しても国から保護されるんだから。

 そんな訳で、アルテミスと関わりがあるとされるアルテミシア……つまりシスターが居るこの教会は。

 今では厳重に兵によって守られていた。

 守っているというか、逃がさない様にしている。と言った方が良いのかもしれないが。


「お疲れ様です、私この教会に用があるんですが……入っても良いですか?」


「学生さんかな? お祈りにでも来たのかい? でもごめんねぇ……ココは、しばらくの間教会として機能しなくなると思うから。少し歩くけど、他の教会もあるからソコに――」


 門番の様に立っている兵士に話しかけてみれば、相手は微笑みながら柔らかい対応を取ってくれる。

 でも生憎と、私は神様にお祈りしに来たわけではないので。


「いえ、お祈りではなく今回の件の関係者です。コレ、学生証と討伐隊の入隊志願書です。まだ提出前ですけど、証拠として」


「えぇっと……? ミリアさんね。ミリア、ミリア……あれ? もしかしてカリム様のお弟子さん?」


 先生の名は、関係各所には本当に知れ渡っている様で。

 ただの兵士だとしても、彼の名を聞いただけで反応出来る程みたいだ。


「はい、私の師はカリムという名の召喚士です。そして私も、今回の一件に関わっていますので」


「これは失礼を。さっ、どうぞお入りください。それから……そのぉ、出来ればシスターとお話してもらってもよろしいですか? あの調子では、準備が進まないもので……」


「準備、ですか? えぇと……」


「あぁ、もしかしてカリム様から聞いていませんか? 彼女はこの後――」


 ※※※


 聖堂の扉を開いてみれば、そこには地に膝を着いて祈りを捧げているシスターが。

 前回の戦闘でボロボロになった聖堂で、こちらに背を向けて祈っていた。

 とても静かに、呼吸さえ忘れてしまったのではないかと言う程に。


「貴女は今、何に対して祈りを捧げているんですか?」


 そう声を掛けてみれば、彼女はゆっくりと此方を振り返る。

 とても乾いた瞳、人形の様だと表現しても良いのかもしれない。

 それでも瞳の奥に、確かな憎しみの色が見えた気がする。


「ミリアさん、ですか……フフッ、こんな状況になって。初めて私に会いに来てくれた知り合いが貴女とは……皮肉なモノですね」


 ハハッと、感情の籠っていない笑い声を洩らしてから立ち上がり、彼女は私と向き合った。

 恨まれている事だろうとは、思っていたが。


「貴女が来てからです。貴女がこの教会に来てから、全てがおかしくなりました」


「……そうですか」


「急に神父様と戦い始めたり、貴女がお師匠様を連れて来てみれば……建物はこの有様」


「そう、ですね」


「かと思えば、翌日には兵士達が教会内に雪崩れ込んで来て。神父様は事情徴収の後、簡単な別れの言葉だけを残して姿を消してしまいました。それどころか、子供達まで皆……残ったのは、貴女のお師匠様がくれたお金と、子供達が消えた朝に建物内に置かれていたお金のみ」


 もしも神父が手引きしたというのなら、在庫処分のつもりなのか。

 それとも今居る子供達全てを買い上げ、アルテミスがまた何かやろうとしているのか。

 こればかりは分からないが、彼女に語るべき言葉ではないのは確かだ。


「いったい、何が起こっているのですか? 何故神父様は私達を置いて出ていかれたのか、なぜ子供達は姿を消したのか。何故こんな何も無い教会に、常に兵が張り付いているのか。全然分からないんです。何故、こんな事に? 兵の方々から、しばらく寝泊まりする場所を変える様言われました……どこだと思いますか? 牢獄ですよ? 保護の為だと言って、私を牢に入れるそうです。私は、何か間違った事をしたのでしょうか?」


 その質問に対して、私は何も言葉にする事が出来なかった。

 この人もまた、巻き込まれただけ。

 何一つ間違えた行いなどしていないはずなのに、不幸のどん底に落とされている。

 ただ魔女を目指す者の血縁者と言うだけで、自らの過去を奪われ生き人形の様な扱いを受ける。

 他の者を助けようと動いているのに、周りの都合で次々と愛する者を失って行ったシスター。

 そして私も、彼女にとっては“奪った”側の人間なのだろう。


「すみません、でした……」


「何故、ミリアさんが謝るのでしょうか? 貴女が私を陥れたのですか? 違うのでしょう? 私だって、感情だけで恨んだり憎んだりもしますが……この状況を全てミリアさんが作り出したとは思っておりません」


「それでも、です」


「不用意に謝るのはお止めください。そうでないと……私は、本気で貴女を恨んでしまいそうだから」


 それだけ言って、シスターは私の隣を通り過ぎた。

 一切此方とは目を合わせずに、冷たい雰囲気を纏ったまま。


「例えここで抗おうと、私には何かを成し遂げる力などありません。だからこそ、いい加減諦めて牢にでも何でも入ろうと思います」


「今は……それが良いかと」


「結局貴女も、何一つ教えてはくれないのですね。私は……貴女が羨ましいです。ミリアさんの様な力を持っていれば、もしかしたら……私にも、何か変えられたのでしょうか?」


 その言葉を最後に、シスターは聖堂から出て行った。

 恐らく兵の指示に従って、引っ越しの準備でも始めるのだろう。

 全てを諦めて、自らの気持ちに蓋をしたまま。

 彼女の身を守り、アルテミスとの接触を物理的に遮断し。

 そしてもしも、最も悪い事態に陥った場合。

 相手を拘束し、周囲に兵が常に滞在している牢に入れるのとても合理的だ。

 一番、被害が少なくて済む。

 だとしても。


「こんなの、あんまりだ……それに私は、シスターが思っている様な強い人物なんかじゃ無い。少し前まで何も無くて嘆いていたのは、私だったんだ……」


 誰も居なくなった聖堂の中で、私は一人。

 大きなため息を溢して顔を伏せてしまうのであった。

 あぁ、現実は物語の様に上手く行かないものだ。


 ※※※


「お帰りなさい、ミリア。今日は随分遅かったのですね? 門限ギリギリですわよ?」


 遼に戻って来てみれば、エターニアが私の帰りを待っていた。

 見張っている筈のもう一人の姿が見えないが……ガウルと一緒にどこかへ出かけたのだろうか?

 いや、この時間だとあり得ないか。


「ちょっと野望用がね。それより、アリスは?」


「もう部屋で休んでますわ。貴女が居なくて暇だからと、ずっとガウルと訓練をしていましたから。きっと疲れたのでしょうね」


 保護者みたいな感想を漏らすエターニアは、少々呆れた笑みを浮かべながらクスクスと笑っている。

 どうやら私の指示通り、ずっとアリスに付いていてくれた様だ。


「ごめんね、ありがとう。まだ暫く忙しくなると思うけど……私が付いていない時は、よろしく」


 改めて感謝を伝えてから、私も部屋へと戻ろうとしてみると。


「そろそろ、私にも話してくれて良いんじゃありませんの? 今貴女が何をしようとしているのか、今回何に巻き込まれたのか。敢えて隠していますわよね?」


 隣を通り過ぎようとした所で、そんな声を掛けられてしまった。

 まぁ、いつかは聞かれるだろうとは思っていた。

 むしろこれまで事情を聞かずに、ガウルも含め二人が付き合ってくれた事が奇跡みたいなものだ。

 さて、どうしたものかと視線を落としてみれば。


「まだ、貴族だからという理由で毛嫌いされていますの?」


「まさか。エターニアとガウルの事は、もうそんな風には見てないわ。でも……そうね。貴族って立場があり、卒業後もしっかりとした未来が待っている二人は、あんまり関わらない方が良い事かもしれない」


「まるで危ない橋でも渡っているかの様な物言いですわね」


 ある意味、その通りだろう。

 普通だったら、学生の内からこんな経験はしない。

 先生から教わっている魔術だって、失敗すれば命に関わる様な危険なモノだし。

 私の場合は精霊術式を用いているからこそ、未だ失敗を免れている様な状況なのだろう。

 そして今回の一件。

 魔女への進化を渇望する犯罪者、その捜索と討伐。

 つまり私達は、相手を殺すつもりで挑もうとしている訳だ。

 成果を上げるという意味では、貴族としては手を上げる者も多いのかもしれないが……とはいえ、本当に命を賭けるとなれば話は別だろう。

 それに私だって、エルフ先生のオマケみたいな扱いなのだ。

 また私が勝手に動かない様にと、首輪を掛けられたようなモノ。

 だからこそ、エターニアやガウルまで巻き込む訳にはいかない。

 もっと言うなら、間違ってもアリスを相手に近付けたくはないという理由もある。


「とにかく、あんまり関わらない方が良い事態ってのは確かよ。だからエターニアは、事が片付くまでは出来るだけアリスの傍に――」


「気に入りませんわね」


「は?」


 振り返ってみれば、そこには。

 初めて会った頃の様な、鋭い眼差しを向けて来る針金お嬢様が此方を睨んでいた。


「まるで自分はどうなっても良いとでも言いたげな態度、気に入りませんわ。それにそんな台詞を吐くのなら、自分に任せておけばすぐに全て解決してやる。くらい胸を張って言えませんの? 今の貴女は、周りの人間を不安にさせるだけの存在ですわ」


「へぇ……言ってくれるじゃない。こっちはアンタの事も心配してるから巻き込まない様に気を遣ってるってのに」


「あら、いつそんな事を頼んだのかしら。押しつけがましいですわね」


 売り言葉に買い言葉とは、まさにこの事なのだろう。

 二人共目尻を吊り上げ、真正面から睨み合っていれば。


「勝負致しません事?」


 そんな事を言い出したエターニアが取り出したのは、模擬試合の許可証。

 簡単に言えば前回の行事同様、教師に防御魔法を掛けてもらい試合をするって訳だ。

 いわば生徒同士の決闘みたいなもの。

 立会人を付け、全力で殴り合う。

 こんなものまで用意してあったと言う事は、完全に乗せられた状態になる訳だが。


「エターニアが勝ったら、全部教えろって?」


「えぇ、その通り。毎度除け者にされては、いざという時に判断出来ませんからね。そしてミリアが勝ったのなら、私は何も聞かず指示に従いますわ。四六時中アリスに着け、と言われればそう致しましょう」


 なんともまぁ、この図太さはまさにエターニアって感じはするが。


「本気? 今私の使っている魔法、多分教師の防御も抜くわよ」


「あら、大した自信です事。では腕の良い先生にお願いしないといけませんわね?」


 まさかこんな事になるとは。

 しかしここで決闘を断れば、多分今後の関係に響くのだろう。

 相手は、私の事を仲間と認めた上でこんな事を言い出している。

 此方の事を想って、本気でぶつかって来ようとしているのだから。


「分かったわ、相手してあげる」


「決まりですわね」


 そんな会話をしてから、対戦者の欄に両者名前を書き込むのであった。

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