4章

第75話 新境地


「アリス、アンタこの後どうするの?」


「ん、う~ん? コレといって予定はないけど。あっ、良かったら皆で夕飯食べに行く!?」


「外食ばかりだと、私のお財布がキツいの。それは却下」


「それじゃ学生食堂でご飯、かなぁ?」


「そ、ならエターニア達を連れて行きなさい。可能な限り一人にならないで」


「えぇー、ミリアは?」


「色々忙しいのよ、我儘言わないで」


 そんな会話をしながら授業後ミリアに引っ付いていると。

 周囲からは、大きな溜息が上がった。

 はて? と首を傾げつつ、周りに目を向けてみれば。


「貴女達は……普段以上にイチャコライチャコラと」


「あぁーその、なんだ。微笑ましい、な? 俺は別に構わないから、続けて良いぞ?」


 何やら意味深なお言葉を頂いてしまったが。

 なんだろう、いつも通りミリアと話しているだけなんだけど。


「エターニア、アリスを頼むわ。ガウル、コイツの薬は持っているわよね? いざって時は貴方が対処して。緊急時には照明弾を上げて貰えれば、可能な限り私がこっちに向かうから。間違っても他の面々に治療なんかさせないでね」


 ミリアは二人に指示を出しながら、私の頭に手を置いて。


「お願いだから、私の居ない所で無茶しないでね?」


「最近のミリアは、流石に心配性が過ぎると思うんだけど……」


「それくらい心配させてるお馬鹿が言う台詞じゃないわ。それじゃ、また明日ね」


 それだけ言って、ミリアは教室を出て行った。

 ここ最近では良く見る光景ではあるものの……なんというか。


「忙しそうだねぇ……エルフ先生の授業、そんなに切羽詰まってるのかな」


「いや、多分そうではないというか……まぁ、良いか」


「ま、何にせよだいぶリーダーらしくなって来たのではなくて? こうして他者からも聞える場所で、表立って指示を出してから去るのですもの。こちらとしては他からのお誘いを断りやすくなったのも事実ですわ」


 二人はそんな事を言っているが。

 ミリアは、本当に変わったと思う。

 初めて会った頃より、ずっと強くなった。

 頼もしくなったし、彼女の言葉に重みが増した。

 だからこそ、私達は彼女に従うべき。

 学生とは言え、パーティのリーダーなのだから。

 しっかりと彼女の言いつけを守って、成果を残すべき。

 それは分かっているのだが。


「最近、ミリアが一緒にご飯食べてくれない……」


 ムスッと唇を尖らせて、不満そうな顔を向けていれば。


「忙しいんですわよ、ミリアも。そう言う時には、下手に付きまとうより距離を置いてあげた方が相手の為ですわ。疲れた顔を浮かべている時には、アリスが思いっ切り癒してあげれば良い。それまでは、貴女も我慢なさい」


「心配するのは当然だが、相手の邪魔をするのは良くないからな。我々は、我々に出来る事をするだけだ」


 そういって、二人は私の肩に手を置くのであった。

 分かってる、分かっているんだけど。

 なんかこう、モヤモヤするというか。

 前回の発作の時もそうだけど、私ばっかり助けられている気がして。

 私にも何か、相手に対して出来る事は無いのかと考え始めた所で……何やら最近忙しくし始めたミリア。

 こればかりは、私の我儘に付き合わせる訳にはいかないのだろうが……。


「ミリア、何してるんだろう?」


「コラ、アリス。旦那の浮気を疑う訳ではないのですから、あまり深追いしない事ですわよ? 相手が隠そうとしているのなら、それなりの理由がある。ソレを理解した上で、信頼してあげるのが一番ですわ」


「そうだな、いつかきっと……その詳細を俺達にも教えてくれるさ」


 仲間達からこんな事を言われてしまえば、それ以上突っ込む事は出来ず。

 私は渋々ながら食堂へと向かうのであった。

 エルフ先生から、またお勧めの居酒屋飯を教えてもらったので……気分転換にミリアを誘おうと思っていたのだが。

 コレはしばらく、後になりそうだ。


「つまんなーい、今日こそは新しいお店に皆で行こうと思ってたのにー」


「そう言わずに、今日は学生食堂で我慢して下さいな。また休日にでも、皆で行きましょう」


「ミリアもまた、我々と同じ新境地を見つけたのだろう。応援してやろうではないか、“筋肉”は素晴らしい」


「「それはガウルだけかと」」


 二人してツッコミを入れ、私達は生徒用の食堂へと足を運んでいく。

 ミリア、本当に最近忙しそうだけど……大丈夫かな?

 あまり変な事に関わって無ければ良いのだけれど。


 ※※※


「遅くなりました、先生」


「来たか、すまんな毎度呼び出して」


 そう言いながら彼は忙しそうに書類仕事を進め、こちらに一枚の用紙を差し出して来た。

 受け取ってみれば、そこには。


「何かの御冗談で?」


「いいや、言葉のままだ。そしてそこに書かれている文字列は、貴様の認識とは差異があると思え。あの鬱陶しい魔女の話ではない」


 “魔女狩り”の為、討伐隊の設立。

 その戦力として志願する用紙が、私には手渡されていた。

 言葉通りならローズさんを敵に回す行為に思えるが、詳細を読んでみれば。


「理解したか? 現存する魔女ではなく、これから発生する“かもしれない”魔女に対処せよとの事だ。つまり、あの教会関連だな。魔女が発生する条件は非常に物騒な噂が多い、国が警戒する程にな」


 そんな事を言いながら仕事を進める彼は、此方に一切視線を向けて来ない。

 つまり、自分で判断しろという事か。

 だがしかし、一つだけ確認しておく事があった。


「国そのものが、“アルテミス”を潰そうとしている。という認識で間違い無いですか?」


「正確には、奴の計画を。だがな? 魔導回路を弄り、特殊な魔物を作り出したのは事実だ。それは罪に問われる所業であり、その魔物が兵を襲い街中で暴れたんだ。国家転覆を疑われても不思議ではない。事態を重く捉えたからこそ、今では一教師でしかない私にも直々に声が掛かったという訳だな。そして、その弟子にも」


 国がエルフ先生の実力を知っているのなら、声を掛けないという選択は取らないだろう。

 一時的に手を貸してくれ、と言う様な契約内容なので事が終わればいつも通りに戻る。

 そして私にとっては、今回の事件の早期解決が見込める上に実績も残す事が出来る。

 更に言うなら、前回教会で暴れた様な失態を犯しても、私の身元を国が保証してくれるという条件が揃うのだ。

 願ってもない話、ではあるのだが。


「相手は……“アルテミス”は、こうなる事を予想していなかったと思いますか?」


 今回の事件の黒幕。

 というかダンジョンに潜った際のワーウルフだって怪しいとなれば、相手は当初からアリスの事を狙っていたのではないかと言う疑惑さえ浮上するのだ。

 そこまでして、というか長い時間を掛けて計画を進めて来た相手が……こんな凡ミスみたいな事をするだろうか?


「相手は人族で、時代の流れを考えれば相当高齢だろう。だからこそ、そこまで思考が回らなくなった……というのなら、あり得るがな。しかし私の記憶に残っているアイツは、優秀な魔術師だった。そんな人物が一時の感情で魔女の孫に手を出したり、私が居ると分かっている街中で騒ぎを起こすとは考えにくい」


「つまり相手は、もう何かしら結果を残す算段が揃っている。この事態も、想定の内って事ですかね」


「そう考えた方が良いだろうな」


 まだ今回の一件が片付いた訳じゃない。

 相手は未だアリスを狙っている可能性がある。

 もっと言うのなら……国を敵に回して戦える程の戦力が整った可能性さえあるのだ。

 そんな事を考えてしまうと、途方もない相手に挑もうとしているのではないか? という疑念まで生まれてしまう訳だが。


「あれから、神父とシスターはどうなったとか……聞いていますか?」


「なんだ、確認に行ってないないのか?」


「えぇ……まぁ」


 シスター自身は無関係とはいえない立ち位置に居るのだが、本人の感覚としては本当に関わっていなかったのだ。

 彼女からすれば、私はあの地を好き勝手荒し回った自分勝手な魔術師に他ならないだろう。

 神父相手ならまだしも、シスターには合わせる顔が無い……と言うのが正直なところだ。


「では、現場に行ってみると良い。お前自身が関わった事例なんだ、最後まで見届ける義務がある」


「はい……先生」


 そんな会話をしてから、私は討伐隊へ志願する用紙に名を綴るのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る