第73話 怖い、全てが
「はぁっ! はぁっ……くそっ!」
「落ち着きましたか? ミリアさん」
私の攻撃を全て回避した神父が、涼しげな顔で問いかけて来た。
何でコイツは、そんな事に協力しながら平穏な暮らしが続けられるんだ。
こんな奴が、頭のおかしい復讐劇に手を貸す奴が居るから事態が悪化する。
更に言うのなら、コイツの行動が法で守られる範囲ってどういうことだ。
これだけの研究者なのだ、それなりの立場がある可能性も捨てきれない。
それらを含め、“国から特別に守られる存在”なのかもしれないが。
しかし、当然納得など出来る筈もなく。
「だったら! あのワーウルフは何だって言うのよ! アイツ等もアンタが改造した人間だったんじゃないの!?」
「言ったでしょう? 私が関わっているのは研究と、その結果の提供。つまり教会の子供を引き取ると申し出るアルテミスに対し、此方は金銭を頂き里子に出しているだけです。直接手を下しているのは私ではなく、魔女に成りたがっている依頼主だ」
「お前、お前はぁ!」
再び水を発生させ、高圧縮させた上で放ってみれば。
彼は余裕の表情を浮かべながら回避してみせた。
滅茶苦茶ムカつく、私の攻撃が一切通らない事が頭に来る。
だというのに、エルフ二人は未だ話を続けており。
「つまり魔導回路の研究を進めただけで直接今回の事件には関わっていない、と」
「その通り。そっちは依頼者のやっている事ですからね、私は無関係ですよ? 全てワーウルフに変えているのは恐らく様々な個体を生み出すより、一つの結果に絞って変異する条件を探っているのでは? 確かに、変異の可能性を見るならそちらの方が効率的だ。多分その過程は様々でしょうが、結果は一つに行きついている。なかなか優秀ですね」
私の攻撃を避け続ける神父と、未だ隣の席に座っているエルフ先生。
クソッ! この高圧縮の水を横に薙ぐ事が出来れば、相手の首でも刎ねられそうなのに。
そんな事を思いながら攻撃を続けたが。
「ミリア、止めろ。弾丸の無駄だ」
先生から、そんなお言葉を頂いてしまった。
「でもっ! コイツは!」
「無駄だと言った。法的に裁かれない範囲でやっていると言うのなら、我々が何を言おうと無駄だ。そしてあのシスターの件。ソレがあったからこそ、前回貴様が行った愚行を衛兵に通報していないのだろう。いや、通報出来ないと言うべきだろうが」
鋭い視線を相手に向けるエルフ先生が、そんな事を言って私を諫めて来た。
確かに、ココで私が暴れた所で何にもならない。
それは分かるのだが。
「私、コイツ嫌いです。人間を人間だと思ってない」
「分かっている、私も嫌いだ。こういう“仲間”を持った事の無いエルフは、特にな。自らが法の中で動いているなら、自分だけは悪くないと言い聞かせている。長寿を理由に他の者を理解しようとしない。全く、度し難い」
それだけ言って、先生は私の杖を下げさせた。
グッと奥歯を噛みながら、私は神父を睨んでみた訳だが。
「それでどうしますか? この教会に訴えられる箇所は存在しない。むしろ貴方方の方が、法に裁かれる行為を行っている。ここから、英雄様はどう状況を反転させますか?」
まるで煽るかの様子で語る彼に、先生は杖を向けながら。
「“アルテミス”はどこに居る? ソレを話せば、貴様の仕事は終わりだ。依頼は失敗、とっとと街から出ていくと良い。我々に殺されない内にな」
先生が周囲の空間を歪ませ、いつでも召喚獣を呼び出せる状態を作ってみると。
相手は大人しく両手を上げて、降参してみせた。
コレで全て終わる。
主犯格を捕えれば、コイツ等が私達に関わる事も――。
「非常に申し訳ないのですが、私も知らないんですよ。彼女は亡霊とも呼べる様な幻影を使って、私の前に現れる。しかも実体を持っているのではないかと思う程、精密な。それに資料を提供し、明日の朝には報酬が届く。そう言った事を繰り返して来ましたから」
「つまり……猫娘が見たというシスターは、アルテミスが作り出した分体か」
「恐らく、その通りでしょう。私は私の仕事をしていただけだ……魔女になりたい魔女モドキは既に動き始めている。安全かつ確実な、魔女の遺伝子を持っている未熟な者に向かって。そして当然、私を監視する為の幻影も近くに置いている事でしょう。つまり」
「……っ! アリスッ!」
彼の言葉を聞いた瞬間壁を破壊し、ローズさんから教わった“浮遊魔法”を使って空に飛び立った。
アリス、アンタは今何処に居るの?
お願いだから、まだローズさんの所に滞在していて。
それだったら、絶対安全だから。
そんな事を思いながら、杖に跨り滑空していれば。
いつの間にか日が落ちた街の中に、ズドンッという衝撃音と共に火の手が上がった。
お願いだから、そこに居ないで。
アンタはただ生きようとしているだけ。
何かを成し遂げたい、誰かを押し退けたいと考えた人間じゃない。
ただただ、“普通”でありたいと願っただけ。
だからこそ、そのまま生きて。
子供みたいな夢を持って、どこまでも普通に生きていて。
「頼むから……そんな所に居るんじゃないわよ。アリス、お願いだから……」
自らの希望を口にしながら、ただひたすらに煙の上がった場所へと飛行していくのであった。
あぁくそ、ローズさんみたいに綺麗に飛べない事が物凄くストレス!
※※※
『灯は、如何ですか?』
まただ、また現れた。
あの時のシスター、彼女がマッチに灯した炎を見せながら私の前に現れた。
今日は朝から三人でお母さんと訓練して、皆疲れた顔を浮かべながら学園へと帰る途中だった。
日も落ちて来て、帰りに何処かで夕飯を食べて行こうかなんて話をしていた所に。
彼女は現れた。
本当に道のど真ん中、誰だって視界に納めるその場所に立っているのに。
やっぱり、仲間二人には見えていないらしく。
『貴女がこっちに来てくれれば、助かる命があるんですよ? 死んでしまうであろう命の灯を、永遠に出来るかもしれないのですよ? 分けてくれませんか? 貴女の祝福を、私の為に』
「私が協力すれば……助かる命があるの?」
『その通りです。命が助かります、救済の道へと進む事が出来ます。だからこそ、私に力を貸しては頂けませんか?』
シスターは、儚げな様子で此方に手を伸ばして来た。
でも今回は、ワーウルフが登場していない。
だったら本当に、助けを求めているだけかもしれない。
もしかしたら、このシスターと魔物は関係ないのかもしれない。
そんな事を思いながら、彼女の手を取った。
「私が力になれるのなら……別に良いよ。他の人の助けになれるなら……この短い命が、役に立てるなら。協力するよ? でもね、他の誰かを傷付けているのが貴女なら……出来れば、止めて欲しいな」
それだけ言葉にしてみれば、彼女は微笑みを溢し。
そのまま、私の首元に噛みついて来た。
「……え?」
困惑した声しか漏れなかった。
だって、相手は協力してくれと言ったのだ。
だったら普通、私が何か手伝うとか、そういう事だと思うじゃないか。
だと言うのに、この人は。
思い切り首筋に噛みついて来たのだ。
「アリスッ!? どうしましたの!? 急に首から血が!」
「どうした!? 何が……っ! クソッ、またワーウルフだ!」
倒れ込んだ私に対し、エターニアとガウルが駆け寄って来るが。
出血する血液は止まらず、二人が医療品を使って対処してくれている。
でも、再び現れたワーウルフが目の前で暴れているのだ。
あぁ、駄目だ。
コレ、多分駄目だ。
こんな出血では、私は死んでしまう。
これ程血液が失われれば、すぐに治療できない状況なら。
私は、命を落とす事だろう。
そう思った瞬間、心臓が強く脈打ったのを感じた。
ドクンッ、ドクンと。
この耳に届く程、私の心臓は音を立てていた。
まるで、まだ死ぬなと言っている様に感じる程。
でもこれだけの出血なのだ。
これ以上は、多分――。
「アリスッ!? 大丈夫、大丈夫だから! 私が治してあげるから! しっかりと意識を保ちなさい!」
上空から、ミリアが下りて来た。
あぁそう言えば、お婆ちゃんに浮遊魔法を習ったって言ってたっけ。
だとしても、随分とタイミングが良い。
そんな事を考えながら、彼女の治療を受けてみれば。
凄い、まるでお婆ちゃんに治療されているみたいだ。
私に都合の良い魔力量で、バランスを崩す事無く治療していく。
やっぱり、ミリアは凄い。
私みたいな出来損ないにも、コレだけ合わせた治癒魔法を行使出来る様になったんだ。
こういう調整は、とても難しいと聞いていたのに。
なんてことを思いながら、彼女の治療を受けていた筈なのだが。
「ケヒッ」
私の口からは、おかしな笑い声が漏れた。
違う、そうじゃない。
私は決して、こんな事がしたい訳じゃない。
そう理性では理解しているのに、身体が……本能が言う事を聞かない。
怖い、怖い、怖い。
周りの全てが、怖くて仕方ない。
さっきまで私達の相手をしてくれていたお母さん、強くて怖い。
エターニアやガウル、彼女の訓練を普通に成し遂げた……つまりそれくらい強いって事だ、怖い。
そして周りの人間に関しては、全然私と違う存在なのだと自覚すれば……怖くて仕方ないのだ。
なにより、私の事を真正面から見つめ来るミリア。
いったい何を考えているのか、どうしてそこまで努力するのか。
何故私に寄り添ってくれるのか。
全然分からない、だからこそ……怖い。
「カ、カハハ! ヒヒッ!」
おかしな笑い声を溢しながら、視界の先で暴れるワーウルフに飛び掛かった。
マジックバッグから、ブラックローダーを引っ張り出し。
合体させてそのまま相手を叩き切った。
奇襲に寄る一撃で、狼の首をあっさりと両断してみせた。
今なら、剣を振るう事に恐怖はない。
大丈夫だ、私は戦える。
戦えるから……私を、見捨てないで。
ソレが私にとっては、一番怖いのだから。
「あぁもう……最悪。私が調整をミスった? いやでも、発作は起きてない……じゃぁなんで? あぁもう! まさかこの状況が街中で起きるとか、ホント最悪。アリス! こっちを見なさい!」
ミリアは溜息を溢しながら、こちらに杖を向けて来た。
怖い、怖い怖い。
あの杖の先から、何が飛んで来るのか。
周りからどんな魔法が発生するのか分からなくて、私はとにかく怯えていた。
怖い、怖いよミリア……だから、止めてよ。
ガクガクと震えながらも、口元は三日月の様に吊り上がっている。
そんな、異常な状態を繰り広げていれば。
「“ヒール”……うん、やっぱこの調整で間違い無い筈。まだ治療が途中なの、さっさと掛かって来なさい、相手してあげるから。私は攻撃しないわよ? アンタが攻撃して来た時だけ、防いであげる。だから、来なさいアリス。私は両手を広げて、アンタを待っているのよ? さっさと治療の続きをするわよ」
よく分らない言葉を吐いたミリアが、両手に杖を持った状態で。
此方から杖の切っ先を外し、呆れたため息を溢してみせた。
何をしているんだ? アレでは殺せと言っている様なモノ。
だからこそ私は片手で“ブラックローダー”を掴みながら、もう片手には“大樹”を握った。
絶対負けない、コレはお母さんにも勝った双剣なのだ。
ぼんやりする思考のまま、そんな事を思い描き。
「キャハハハハッ!」
自分の声だと思えない笑い声を喉の奥から吐き出して、私はミリアに突っ込んだ。
でも。
「ぶわぁか。アンタは無抵抗な相手を斬り裂けるほど、器用な人間じゃないのよ。どこまでも甘い奴、そろそろ自覚しなさい」
私は大剣を振るう事が出来ず、そのままミリアに突っ込んだ。
ソレを相手も予想していたかのように杖を手放し、私を抱きしめて来る。
勢いあまって、二人共吹っ飛んだが。
でも。
「良いわよ、アリス。落ち着くまでこうしてあげるから。今は叫んでも、暴れても許してあげる。でも、放さないからね」
「あぁぁっ! がぁぁぁっ!」
「ったくもう、本当に獣ね。でもまぁ、私が一緒に居てあげるから」
彼女の言葉を聞いた瞬間、両手に持った武器を手放してしまった。
そのままバタバタと身体が暴れるだけで、むりやりミリアから離れる様な事は出来なかった。
「大丈夫、大丈夫だから。安心しなさい。私が居る、仲間が居る。怯える必要なんか無いの、私達が助けてあげるから」
ギュッと抱きしめて来る彼女に、必死に抵抗してみるが……何故か、上手く行かない。
体中の力が抜けて、ボロボロと両目から涙が零れて。
「ミリ、ア。ミリアぁ……」
「大丈夫よ、アリス。私はココに居る。ちゃんと一緒に居るから」
私が“殺戮衝動”と表現し、お婆ちゃんが“捕食本能”と表現したソレは。
いつもよりずっと早く収まっていくのであった。
「怖いんでしょ? 全部が。だったら一緒に居るから、アンタが怖がる事には、一緒に立ち向かってあげるから。だから私を頼りなさい、アリス。それくらいに、強くなってみせるから」
「ごめん、ごめん……私が弱いから、ずっと頼ってばっかりで……」
段々と、身体の力が抜けて来た。
いつもの暴走より、ずっと短い時間だったと言うのに。
それでも、普段より眠気が強い気がする。
何だか、凄く落ち着くのだ。
「良いのよ、アリス。今は眠っちゃいなさい。明日起きたら、また話をしましょう?」
「うん……ゴメン、ミリア……」
彼女に抱きしめられながら、ゆっくりと意識が遠のくのを感じた。
普通この状況になれば、本能しか残らない。
だからこそ、暴れる筈だった。
だと言うのに今回は、その本能が彼女を求めた。
絶対に助けてくれる、傍に居てくれる。
そう確信しているミリアを、私は本能的に求めてしまったのだろう。
暴れるのではなく、彼女に縋ってしまった。
「おやすみ、アリス。また明日ね」
「うん……おやすみ……ミリア」
その言葉を最後に、私は完全に夢の世界へと旅立つのであった。
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