安藤くんと朝倉さん

出井 愛

第1話「大学生になっても、俺はぼっちです」



 大学とは自分の興味や関心があることを専門的に学ぶ場所だ。

 今になって思えば、俺はその言葉がどういう意味なのかを理解していなかったのだと思う。



「今日、この講義。知り合いいないじゃん……」



 大学の講義は選択制だ。

 高校とは違って人により同学年でも同じ講義を受けるとは限らない。


「まぁ『古代ギリシア倫理学』なんて講義、俺みたいな暇な奴しか受けないよな」


 だから、俺みたいな高校でぼっちだった奴は、このように大学生になっても、知り合いが同じ講義を選択していないと、必然的にぼっちになってしまうのだ。


「だけど、この講義……意外と面白いんだよな」


 最初は『古代ギリシア倫理学』って退屈しそうな講義だと思ったが、いざ受けてみれば、ユニークな先生のおかげで思ったより退屈しない講義だ。


「実際に講義を受けてみないと、その講義が面白いか退屈か分からないのはラノベに似てるな」


 要は、大学の授業って書店の本棚から自分の好きそうなラノベを選ぶのと似たようなもんだな。


「そして、皆がワン〇ースを選んだ中、俺だけがラノベを選んでぼっちになったというわけさ……」


「一限目の授業から、何わけの分からないことを、安藤くんは言っているのかしら?」


 すると、長い黒髪の眼鏡をかけた女が俺の隣の席に座って来た。


「委員長……」

「安藤くん、貴方……大学でも、わたしをそれで呼ぶつもりなの?」


 いや、そんなこと言われてもなぁ……委員長は委員長だし……


「大学にクラスなんて概念も無ければ委員長なんて立場も無いのだけど?」

「でも、委員長は委員長だろ?」


 委員長は俺の高校の同級生だ。

 何の縁か、同じ大学の同じ学部に進学してしまったため、こうして同じ抗議を取って顔を合わせることが多い人物だ。


「大学になっても、安藤くんと一緒とかウンザリするわね」

「まぁ、腐れ縁だな」

「腐れ縁というのなら、もっと違う呼び方があっても良いと思うのだけど?」

「違う呼び方ぁ……例えば、どんななのだよ?」


 俺がそう尋ねると、委員長はその言葉を待っていたかのように『ニヤリ』と笑みを浮かべてこう答えた。


「そうね……『元カノ』とかどうかしら?」

「おい止めろ……」


 ……確かに、委員長は『元カノ』だ。それは、冗談ではない。


 だから、一緒になるのが気まずいんじゃないか。


「てか、何で委員長は俺の隣に座っているの?」

「同じ講義を受けているのだから、隣に座るのは問題じゃないでしょう?」

「席なら、他にも沢山あるだろ?」


 大学の教室は高校と違ってかなり広い。うちの大学は小さな教室でも百人分くらいの席数がある。

 そして、出席番号や決められた席もないので、何処に座るかは学生の自由だ。


 特に、こんな人気がなくて生徒の少ない講義ならわざわざ隣の席に座るなんてしないで、開いている好きな席に座ればいいのになぁ……。


「だから、こうして『好き場所』に座っているんでしょう?」

「……はいはい」


「因みに、安藤くん、ノートはとっているのかしら?」


 そう言うと、委員長は鞄から大学ノートを取り出した。

 つまり、途中から来たからノートを写させろってことだろう。


「生憎だが、俺がノートをとるように見えるか……?」

「貴方に頼ったわたしが馬鹿だったわ……」


 そう言って、委員長は教室の黒板に書かれている内容を自分のノートに書き始めた。


「大学は高校みたいにちゃんと授業を受けなくてもいいから楽だよな……」

「その分、授業のノートをとっていないと期末のテストで点は取れないし、それで単位が取れなかったら意味が無いけどね」

「大丈夫、この講義は出席していればほぼ単位は取れるって、朝倉さんが言ってた」

「安藤くん、貴方ねぇ……」


 講義の先生にもよるが、大学の授業は出席さえすれば単位が取れたり、出席してなくても最後のテストさえ点が取れれば単位が貰えたりと様々だ。


 だから、俺みたいにとりあえず出席するだけの奴もいれば、委員長みたいに途中から来てノートを写す奴もいるし、なんならまったく出席しない奴もいる。


 何故なら、それで単位が取れなくて卒業できなくても、自己責任だからだ。


 だから、こうして講義中に話していても怒られないし、中には寝てたりゲームしているやつだっている。


 まぁ、怒られる講義は起こられるけどな……

 要はちゃんと期末のテストで点が取れて単位が貰えればいいのだ。


 ということで、俺は後で委員長からノートを写させてもらうとしよう。


「安藤くん、そう言えば……朝倉さんは?」

「今日は講義が無いから、ウチにいるよ」


 朝倉さんは、俺の『彼女』だ。

 高校からの付き合いで、今は同じ安アパートで同棲している。


 朝倉さんは、この大学、大学院も含めて『学園一の美少女』として有名だからな。

 だからこそ、委員長と一緒に講義を受けているなんて知られたら殺されてしまう……。


「というわけで、俺はあまり他の女と話している所を見られたくないのさ」

「なら、独り言なら浮気にはならないわよね」



 ……今、仲良くすると浮気だって言ったよね?



「委員長。分かるだろ? 俺はこれ以上、この大学で無駄な騒ぎを起こしたくは無いんだよ」

「じゃあ、このノートも後で写させてあげる必要はないわね」


 こいつ……っ!

 ぼっちはノートを写させてくれる友達がいないことを知って言っているのか!?


 だけど、委員長の独り言も一理あるかもしれない。

 確かに、お互いに独り言を言っているだけなら、浮気にはならない……よな?


 なので、俺は独り言を続けることにした。


「まぁ、俺も『ぼっち』だし、独り言なら仕方ないよな……」

「わたしはあなたのそう言う所が好きよ?」


「俺はキライだよ……」



 ……うん、浮気ダメ絶対。



「てか、大学のシステムが悪いんだよ。どの講義を受けるかもどの席に座るのかも『自由』とか、高校で『二人組を作ってー』で常に授業をしているようなもんじゃないか? 必然的にぼっちがあぶりだされるシステムになっているんだ」


「肝心の彼女、朝倉さんは学部が違うから同じ講義も受けられないものね?」

「何で同じ大学に『教育学部』と『教養学部』なんて紛らわしい学部が二つもあるんだよ」


 まさか、お互いに入学するまで別の学部を受けていたなんて、知った時は驚いたぞ!


「入学してから学部が違うことに気付いた時の二人は今思い出しても爆笑ものだったわ♪」

「うるせぇ……字が紛らわしいんだよ」


「教養学部は高校でいう『普通科』みたいなところだから、普通はこの大学を受けると聞いたらそっちの学部を目指すでしょう?」


「仕方ないだろ……教員免許を取るには『教養学部』じゃなくて『教育学部』じゃないとダメだったんだから……」



 そう、俺は教員免許を取るために大学で『教育学部』に入った。しかし、俺の彼女の朝倉さんは同じ大学に入ろうとして間違って『教養学部』で入学してしまったのだ。


 その結果、ほぼ同じ講義を受けれずに、大学でも俺は『ぼっち』になっているわけで……


 だから、こうして独り言をするくらいは『浮気』にならないよね?



「でも……まさか、貴方が教師を目出していたなんて意外ね」

「別に、絶対になりたいって程じゃねぇよ……ただ、どうせ取れるなら教員免許は取っておいてもいいかなと思っただけさ」


 このご時世、俺みたいなコミュニケーション能力の低いぼっちに就職先が見つかるなんて保証は無いからな。

 だから、高校の時から得意だった『数学』で教員免許を取れるこの教育学部に入学しただけだ。


「それに、意外だって言うのなら、委員長だってそうじゃないか?」

「そう? 安藤くんはわたしが教師になるのは意外かしら?」

「まぁな……」


 正直、委員長は別のもっと良い大学にも合格してたから、そっちに行くもんだと思ってたし、いざ入学したら同じ学部にいてビックリしたよ。


「何で、こっちの大学を選んだんだよ……」

「そんなの、こっちの方が『面白い』からに決まっているじゃない?」

「お前、まさか……」


 コイツ……俺と朝倉さんが違う学科を受けていたのを知っていて黙っていた……なんて、ないよな?


いや、流石にそれは考えすぎか……。



「……クフフ♪」




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*月一くらいで更新予定です。



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