第21話 ルージュの仕事

「――やっぱ、異常なんだよな」


 あの時に見たモンスターのようなモンスターってのはもういなくなった。

 代わりに大きな牙と角を持った狼のようなモンスターが周りに黒焦げの状態で転がっている。


「どう変異、進化したら小型になるのやら」


 最初に見た変異は大型化だ。

 だと言うのに今は脅威となる部位は変わらないまま小型化が進んでいる。

 通例ってやつからは大きく逸脱しているし、俺自身こういった変化を見たことはない。


「……変異や進化の方向性を操作することが出来る? 環境そのものを仕立て上げたなら不可能ではないだろうけど」


 それでも長い時間が必要なことには変わりない。

 やっぱり人為的に動物たちのモンスター化を促しているセンは濃厚で、そんなことが可能な魔力や魔法の持ち主の存在は疑えないな。


「目的はなんだ? 動物を急速にモンスター化させてどうする? できたところで人間の思う通りに操るなんて無理だし、モンスター軍団を作って使役するなんて現実的じゃないぞ?」


 仮に帝国が王国へ報復する手段としてモンスターって存在に目を付けたなら一部は納得できるけど、思う通りに操れないんじゃ大した問題には発展しない。

 それこそ極魔や優秀なハンターによって討伐されて終わりだ、調査機関はそこまで腐っていないのだから。


「あるいはモンスターを使役する手段が見つかったとか? そのためにこの森で実験してる? ……一番あり得そうな話ではあるけど」


 仮定を前提として考えるなら、実験は続いている最中だろう。

 もっと多くのデータを揃えたいはずだ、アマチュア以上プロ未満の調査隊が動き出しても継続していることを鑑みるに俺たちを含めた実験データが。


「結局、画策している人間をとっつかまえて吐かせる以外にどうすることもできないか」


 誰にとってのお膳立てなのか。

 王国に潜んだ工作員か、学園関係者か、それとも王国か……俺か。


 多方面に対して歯車が都合よく回っている。

 ならば異物である俺が歯車をせき止めなければならないだろう。


「……爺さん、今度会ったらパンチじゃ済まさないからな」


 保険はかけた。

 個人的にはこういうやり口はしたくないし、したくないがために回復魔法を学ぶと志したつもりだったんだけども。できれば杞憂で――


「――あってほしかったんだけど、なぁ」


 かけていた保険が無駄にならなかったことを喜ぶとしよう。




「これはまた随分と派手にやりましたね」


「驚かない、か。そうだな、それでこそだぞ。ルージュ・ベルフラウ」


 涼し気な顔を無理して作っているとわかるラナ先生がそこにいた。

 近くではルルとクルスが氷の像にされてる。争った跡もないし、表情を見るに先生の姿を見て二人が気を緩めたところをってところかな。


「本当に、随分と俺のことを買ってくれたみたいですけど。仲間にでも引き込もうと考えましたか?」


「キサマにはその資格がある」


 資格、資格ねぇ。

 刺客になる資格なんざ取った覚えはないんだけどね。


「資格があってもその気があるかは別でしょうに」


「キサマの実力、才能は素晴らしいがまだ磨かれていない。私でも今であれば無理なく連れていけるさ」


 なるほど、問答無用らしい。

 じっとりとラナ先生、もといラナ・マシューの魔力が展開され始めた。


「今の時点で俺に教えてもらえることは?」


「すまないが無い。だが、こうまで動きやすくしてくれたことに感謝はしている」


「何かを手伝った覚えはないですけどね」


「有象無象は邪魔にしかならないものだ。この二人は死体になれば有用性も出てくるがな」


 ということは元々編成されていた調査隊の面々は実験に必要なエサとして見てたってことかな?

 今日居たあの二人の魔力は感じ取れないし、最後のエサにでもされちゃったか。


 クルス王子は帝国の血、ルルは器の一族の血ってところだろう。


「ルージュ・ベルフラウ」


「何でしょう」


「私と共に来い。キサマも人を救うために魔法を学ぼうとしているのだろう?」


 勧誘というよりは脅迫。

 別にまともなやり取りを期待していたわけではないけれど。


「ありきたりな言葉で返しますが、救うために犠牲を容認するような人が言う言葉ではないかと」


「回復魔法とてそうだ。今のために何人の屍を築いたと思っている。私たちの組織がやっていることはそういうことだ」


「必要な犠牲はあると」


「痛ましいことではあるがな」


 そういうラナ・マシューの表情は本当に心を痛めているかのようなもので。

 演技が上手い人なのかどうかは別にして、僅かに受けた授業で本当に痛ましいと感じていると信じたいとは思う。


 だからこそ、本当に。


「……残念だ」


「俺のセリフですよ。残念です、心の底から、あなたに回復魔法を教えてもらいたかった」


「教えるとも。ただそれは――」


「っ!」


 ラナが指を鳴らした。


「従順になったキサマにだがなっ!!」


「があぁああっ!!」


 同時に背後から殺気が襲い掛かって来た。


「あぁそうだな残念だっ!! 出来れば五体満足なキサマに――っ!?」


「が、ぁ、あぁ?」


 腕が切り落とされた、間を置かず片足も。


 けど、まぁ。


「生憎とまだ、誰のモノにもなるつもりはないんだよ」

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